佐々木の繭

バーナム効果には理由がある

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「見てみて、大吉だってー」


 放課後に七年坂公園のベンチでぼーっとしていると、真宵が嬉しそうな声を上げた。

 真宵の手には小さなキーホルダー型のおみくじが握られている。

 どうやら、どこかの小学生が忘れていったみたいだ。

 懐かしいと同時に、もうとっくにそんな子供っぽいものは卒業したのでおみくじぐらいで、はしゃいでいる真宵をみると不思議な気持ちになる。

 無邪気でいつまでも純粋なその様子は可愛らしくもあるけれど、ちょっとだけ不満に思う。

 冷静に考えればそんなものに自分の未来を決められるなんて不愉快なはずなのに、むしろ喜んでいる真宵をみるといじめたくなる。


「ふーん、大吉ならきっとラッキーだからなにがあっても大丈夫だね」


「そうそう、きっと私はラッキーガールだから、何があっても大丈夫。大船に乗ったつもりでどーんとついてきなさい」


 いやみをいったつもりなのに、真宵はえっへんと腰に手をあてて威張る始末だ。

 私はそっと、真宵の頭を撫でた。


「はいはい。でも、一人で変なことに首を突っ込んじゃダメだからね。どんなにラッキーガールだとしても……」


 どんなにラッキーガールだとしても死んでしまう。

 それくらい真宵はよく奇妙なことに巻き込まれている。

 初めて会った時から、美少女で屈託のない性格の真宵。

 それにも関わらず真宵が私と仲良くしてくれているのは、彼女の得意な性質のせいだ。

 真宵は奇妙なできごとを惹きつける性質がある。

 それは真宵自身が好奇心やちょっと親切から始まる場合もあれば、なにもしていないのに巻き込まれるということもある。

 最初に迷いが転校してきてすぐに孤立したのは、この町のせい――この町は特別な街なのだ。住んでいる年数が足りないとたどり着けない場所がある――だったが、そのあといろいろあって、真宵の特異体質に気づいていくのはまた別の話だ。


「占いなんて本当に信じてるの?」


「うん、もちろん。いいことありますようにってお願いしてるから。それに対する神様の答えみたいな感じ」


 私の問に対して真宵はまっすぐに答えた。

 純粋すぎるくらい純粋なその様子はサンタクロースを信じる子供と同じ目をしていた。奇跡は起きなくても、真宵の願いを叶えるために私もきっとこっそりプレゼントを用意してしまうだろう。

 とにかく、真宵を守りたかった。


 最初に出会ったときは、その美しい容姿に惹かれ。

 彼女と交わる機会ができれば、それだけじゃ飽き足らず自分のものにしたくなり。

 そして、真宵の特異体質に気づいた今は、何者にも真宵を触れさせたくなかった。


「そういえば、めちゃくちゃ当たる占いが流行ってるんだって~」


 真宵はのんきに占いの話を続けている。

 よほど占いが好きらしい。

 占いなんてオカルトじみたもの、私としては少しでも真宵をオカルト的なものから遠ざけたいというのに……。

 だけれど、こういうとき話を完全に聞き流すと私が興味のないものとして、真宵はその怪しげな占いに一人で行ってしまう。

 そうすると大抵、やばいことやら面倒なことに巻き込まれてより手がかかる。

 よって、私は真宵の話に最低限のあいづちをうつ。


「占いって、どうせどちらともとれるようなことを言って、受けた方がそういえばあの時っていうように思うやつでしょ。バーナム効果っていうんだよ」


「バーナムってなんか美味しそうだね。バナナ味のバームクーヘンみたいで。でも、この占いはそんなのじゃなんだって。なんと、占ってくれるのは二組の佐々木さんなんだけど、すごいんだから。この間の英語の小テスト占いで全問あてたんだから! おかげで、この前の英語の小テストの補習うけてなかったでしょ」


 真宵はえっへんと腰に手をあて、とても自慢げだった。

 それは単にテストの山を教えてくれただけではないだろうか?

 私は思わず心のなかでツッコミをいれる。たしかにこの間、真宵はいつも合格点をとれずに呼び出しをくらう英語の小テストでめずらしく、補習を免れていた。


「もしそうだとして、どうして真宵は小テスト満点じゃなかったの?」


 私は意地悪く聞いた。

 学校のテストなんだから、ちょっと要領の良い生徒ならば教師の授業や日頃の傾向である程度、テストの山くらい予想がつく。それをもとに真宵は暗記をしたのだろう。そんなものを占いというなんて、どれだけ子供だましなのだろう。

 子供だってだませない。

 でも、真宵は、


「しょうがないじゃない。だって、佐々木さん答えの記号しか教えてくれなかったんだもん。記号だけ覚えるのとか英単語とか文法覚えるよりもっと苦手」


 意外な返事に私は驚く。

 確かに、真宵は単純な暗記を苦手としている。

 決して馬鹿なわけじゃないけど、人と比べると暗記というものが苦手なのだ。

 一緒に勉強しているのに、その差は如実である。

 真宵は決して馬鹿なわけじゃない。

 英単語や文法などは苦手としているが、長文読解やリスニングは私よりも得意だ。

 まあ、結局教師が基礎点ように作った単語や文法ができないせいで、点数は伸びないのだけれど。


 でも、英語の小テストの本当にだけを教えてくれたというのは、いささか奇妙な話だ。

 単なる、心理学を駆使して真宵をだまそうとしている生徒程度ならもう少し放っておいてもいいが、テストの解答だけを的中させる。

 そんな奇妙な現象はあるはずがない。

 本物だとしたら、放ってはおけない。

 そして、害のないものだとしたら、私の第一志望の大学の入試の答えを今のうちから占ってほしい。

 そうすれば合格間違いなし!

 私が心の中で下種なことを考えているのに気づいているのかいないのか、真宵は、


「だから、一緒に佐々木さんのところにいって占ってもらおうよ。いいでしょ?」


 上目遣いとちょっとだけ尖らせた真宵の唇のピンク色があまりにも可愛らしくて私は、頷かずにはいられなかった。

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