16話 観劇会の出会い
教会が主催し、ブランを主とした皇家が支援する観劇会。まだ礼拝入りをする前の幼い子どもとその親族向けだ。
曰く、礼拝入りをする七つより前では、教会の存在や活動についてふれる子どもは少ない。
そのために分かりやすくふれやすい劇の形式で女神ノラシエスについて親しんでもらうことが目的らしい。
はじめての試みでもあるそのイベントは、当初教会側が想定していたよりも多くの人々が訪れた。
「ブランが準備した晴れ舞台だ。ビアンも観にいくか?」
「ヴァイス兄さまは?」
「うーん、仕事の調整は必要だけど……ビアンが行くのなら、ブランの晴れ舞台でもあるし観にいこうかな」
「いく!!」
皇子皇女が参加することを決めたことも無関係ではないだろう。
礼拝入り前の息女と多忙な皇太子殿下。
常ならばなかなか接近できない二人が参加するとあっては日頃より彼らに近づきたい者たちが手をあげない理由はない。
かくして、七歳になる前の年ごろの子をもつ人々が我こそはと希望を出すことになった。
「本来でしたらこのような時こそ私めがお控えせねばなりませぬものを……。申しわけございません」
「よい。ブランから配置については話を聞いている。このような不特定多数の者が訪れるときに外部からの侵入があればことだ。周辺の警護は任せたぞ。」
「はっ!」
胸元に手を当てて叩頭礼をするネグロを見ながら、おおよそブランが考えているであろうことを想像する。
おそらくブランはネグロが会場にいてはビアンがネグロから離れないことを懸念したのだろうな……。
この子に親しめる相手を作ることが目的だから、ヴァイスとしてもそれに否やを唱えるつもりはない。
聖堂内は教団騎士団の者やウォーロックもいるという。万に一つも不備はないだろう。
「兄さま!劇ってどんなのかな?たのしみね!」
「そうだね。女神さまと魔王のお話といっていたから、ビアンも楽しめるとよいね」
◇
「『はーっはっはっは!!女神ノラシエスよ。加護などときれいごとを力にしたところで、しょせんはこのザマよ!』」
「『いいえ……!私は諦めません。彼らの想いは私の力となる。そうしてあなたを打ち砕いてみせるのです!』」
「会場のみなさん。女神ノラシエスに祈りの言葉を!かの清らなる方への聖句をお唱えください!」
「「「女神ノラシエス〜〜!!がんばれ〜〜!!!」」」
うん、自分が知っている聖句とちがう。
とはいえ参加している子どもたちが皆一様に、熱心に舞台に視線をそそいでいるのだからこれは大成功といってまちがいないだろう。
前半の女神に仕えていた神官と魔王の手先とのやり取りには、子どもたちだけではなく彼らの親族も夢中になっている様子だった。
当初教会は定期開催している朗読会の内容をもとにするようだったが、それでは分かりづらいだろうとブランが提言していたらしい。
曰く、『あんな長ったらしいもの、僕や兄さまならともかくビアンが聴けるはずもありません』と。
物言いは素直でないが、あの子なりに妹も楽しめる内容を考えた結果だろう。
おかげで彼女も舞台に向かい、「女神さまかっこいい!」と歓声をあげていた。
「ねえ、ヴァイスお兄さま、ブランお兄さま。女神さまってすごいね!私も大きくなったら女神さまになる!」
「ふふ、女神さまになったら私にも手が届かなくなってしまうから、それは淋しいね。」
「えっ……そんなのヤダァ。じゃあ聖女さま!聖女さまになる!」
「ビアン、お前な……聖女さまは召喚の儀で呼ばれるものなんだぞ。お前なんかが聖女さまになれるわけないだろ」
なれるもの!なれないよ!
二人は真剣に言い争っているのだと分かってはいるものの、そのやりとりにはどこか心が和む。
《ビアン令嬢は女神ノラシエスに対して憧れをいだいており、ゆれ動く国の現状を憂いていました。
過去の記録で聖女が異世界だけではなくこの世界から選定される記録もあったため、聖女となるべく相応しき力を身につけようと努力します。》
それは未来の空想遊戯でも同じなのか。
頬をほころばせそうになるのを、自然な笑みに上書きする。
ネグロに対しての憧れといい、一度想った願いを貫き通そうとするのはあの子の長所なのだろう。
《一方でその憧憬と研鑽は、聖女として召喚された主人公に対する対抗心と嫉妬にもつながります。
出会いのシーンで主人公へとイヤミをつげる彼女について、初見のユーザーの多くは不快感を抱いており、友情ルートも存在するビアン令嬢に対して悪役としての印象を植えつける一助となりました。》
「……もしも女神さまや聖女さまのようなお人となるのなら、誰にでもやさしさを忘れてはいけないよ。
お前を脅かすかもしれないと思う人にこそ、礼儀が必要だ。」
聞こえてきた無機質な声のようなことはたしかに避けたいな。その思いから言葉をつむぐ。
「むぅ……。兄さまのお話、むずかしいです」
「誰だって、嫌なことをされた相手のことは嫌になるだろう?だからそうならないように気をつければいいだけだよ。」
「……ヴァイス兄さまも、ですか?嫌なことされたら、嫌になります?」
どこか顔をこわばらせたブランが会話に入る。
何故だか普段よりも早口だ。
「そうだね、あまりいい気はしないかもしれない。……もちろん、相手にも事情があるということは理解するようにつとめるけれど、ずっとそのような振る舞いをされたら、寂しくなるだろうね。」
「そう、ですか……。」
「とはいえ……完全に嫌いにはなれないだろうね。元より大切な人たちが相手ならなおのことだ。」
そういって紺色の髪をなでれば、安心したようにその瞳がゆるんだ。
この子がどれだけ突き放すような反応をしたところで、きっと自分はこの子を愛することに変わりはないのだから。
それはビアンやネグロ、両親に対しても同じだった。
「さて、そろそろ舞台の片づけも終わるだろう。立食会に向けて準備をはじめよう。」
「はい!」
◇
立食会は無礼講の歓談の席として設定されていた。
皇室主催だとこのような形式ではできなかっただろう。つくづくブランに任せて正解だったと思う。
「ヴァイス皇太子殿下、ビアン皇女殿下。この度はおめもじ叶いまして光栄に存じます」
「ありがとう、貴殿はオリンティア商会の副会長を務められていたな。今日は無礼講だ、頭をあげるとよい。」
絶え間のない挨拶は、ブランが裏方として調整に行ってからも絶えることなく訪れる。
常の舞踏会や謁見ほどの人数ではないが、こうして家族や近しいもの以外の者と挨拶するのはほとんどはじめてのビアンはすっかり後ろに隠れてしまった。
「はじめまして、ビアン皇女殿下。私の娘もちょうど皇女殿下と同じくらいの年ごろなのです。仲良くしてくださると嬉しいです。」
「……こんにちは。」
挨拶だけしてすぐまた顔を引っ込めてしまう様子は微笑ましいが、少々申し訳なさもある。
あとわずかで来訪者との挨拶も終わるだろう。
そのあとに少しでも気兼ねなくこの子が同じ年頃の子と遊ぶ機会を作れればよいのだけれど。
そう考えていれば次の挨拶へと訪れた人。
無論、その者にも覚えがあった。
「メルトキオ公、貴殿も本日はいらしていたのですね。」
「ええ、息子に皇都を観せるよい機会でしたもので。お忙しい皇太子殿下ともこのような場でおめもじかなうとは光栄でした。」
お辞儀をする壮年の男はビーンズ領の領主であり、公爵家の一つでもあるメルトキオ=ビーンズ公。
母上の覚えも良い、領土経営の手腕は貴族内でも随一の男だ。
「そういえば貴卿の息子もこの年ごろだったか。名を教えてくれるか?」
「ええ。無論です。……クニン、皇太子殿下と皇女殿下にご挨拶を。」
男の足元に隠れていた少年は、この年ごろでも愛らしさと同じくらいの美しさを秘めているようだった。
たれ気味の金目をほそめて、こちらへ名を名乗る。
「……クニン=メルトキオ・ヘズ=ビーンズです。皇太子でんか、皇女でんか、お会いできてこうえいです。」
その名を少年が名乗るのとほとんど同時に、肩に乗っていた青い鳥が奇妙にふるえる。
いったいどうしたのだろうか。
疑問が浮かんだ次の瞬間、あのいつもの無機質な音が聞こえてきた。
《条件が満たされました。攻略対象のクニン=メルトキオ・ヘズ=ビーンズ公爵家次男の情報を開示します》
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