3話 弟妹の末路と決断
朝の食事と異なり昼食時は執務室でとることが多い。
貴族や高位騎士との歓談を兼ねて食堂で摂ることもあるが、今日は出納の確認が遅れているからという理由でやんわりとお断りをさせてもらった。
女中から運んでもらった軽食は鹿肉を黒小麦のパンでサンドしたものだ。
パサパサとした食感になりがちな内容を、あらかじめソテーした鹿肉とバターがカバーしているのだから料理人の手腕は高い。
舌鼓を打ちながらも目線は書類から離さず、また思考は今年の作物成長率の報告と財政の収支、それから会話の二重をこなしていく。
朝とちがい、肩から降りる気配のない青い鳥はやはり他の人々には見えていないようだ。
「(なるほど、過去の事件についてはそのゲームと現実世界は完全に一致しているようだ)」
《はい。この世界と時代は『戦華の聖女〜忘れ名草と誓いの法術〜』の過去時空となります》
……。
それが確かでないからこうして裏付けをとっているわけだが。
とはいえ、作中の過去のはなしを記録と照合したところ疑わしい発言はない。
……それはそれで、国の重要機密をなぜこの鳥がしっているのかという問題があるが。
「(副音声解説といったが、何故そのようなものが存在しているんだ?)」
《当NPCはゲームの発売後、ゲームの世界観や各キャラクターの攻略対象の裏事情を把握したいというユーザーの要望により生み出された追加パッチになります》
……自問自答にすら答えてくるのか。
口に出す必要はないのは便利だと思っていたが、こうなると少々厄介にも感じる。
「(ひとまず、先ほどの内容について整理をしたい。
そのお前がいうゲームの中には、攻略対象……いわば、ゲームの中で主人公と交流し、親しくなる相手が存在する。それは違いないな?)」
《はい、その通りです》
「(その中に我が弟、ブランもいると)」
《はい。ブラン=フォルトゥナ・ヨダ=グレイシウス皇帝陛下は主要攻略対象の一人です》
《父帝と兄君が亡くなった後、母君を摂政として即位した彼はのちに母君とも決裂。
教会と共同して法学権威派として台頭します。
その後、自らが呼び出した主人公を庇護する過程で二人は惹かれ合うこととなるのです》
……何がどうして母君と決裂したのだろうか。
今のあの子からはさっぱり想像もつかない。
たしかにここ最近はそっけない対応も増えていたが、家族思いのやさしいところは変わりないと思っているのだけれど。
思わず眉間に手をやるが、ブランの方はまだいい。
苦難がありそうとはいえ聖女と結ばれて幸せになる道もあるようだから。
問題は。
「(……それで、ビアンの方は)」
《彼女は母親と同じ王権強固派としての位置を維持しますが、一方で兄や幼馴染である騎士団長、ネグロに対する情も維持しています。
その結果、主人公が聖女として呼ばれたことに対して反発し、彼女の道筋に立ちはだかる壁──
いわば悪役令嬢としての立場を明瞭にします》
…………。
本当に、どうしてそうなるのか。
悪役などと、そう呼ばれるようになるなど。
今のまだ幼く素直な少女の姿からは想像もできないのだが。
《彼女が主要な壁となるルートでは大半が非業な最期を遂げており、またそうでないルートでも革命イベントの際に命を落とすことが大半です》
「……彼女が生きて、幸せになるルートは。」
《友情エンドの中で幼馴染である騎士団長と結ばれるルートはありますが、当ゲームの中ではもっとも難易度が高く、攻略なし・副音声なしでの到達率は周回を行なってもおよそ10%前後となっています》
そんな。
そんなに低い確率でしか、あの子の未来は救えないというのか。
《さらにそのルートでは確定で王権復古の道筋となるため、彼女の兄であるブラン=フォルトゥナ・ヨダ=グレイシウス皇帝陛下は教会に王権を簒奪させるために動いた大罪人として処罰が……》
「もういい。それ以上
喉の奥を詰まらせながらはきだした言葉に、青い鳥は口を閉ざす。
無機質な言葉とは裏腹に、くびをかしげる姿になんとか続きそうになった罵倒をおさえた。
◇
あの子達のどちらもが幸せになる道が、この先存在しないだと?
そんなことを断じて許すわけにはいかない。
この小鳥の言葉がどれほど真実かは分からないが、足掻くと決めたのならうかうかはできない。
とはいえ、自らもこうして公務に追われる身。
なにより自分一人でなせることなど限られていよう。
協力者が必要だという結論に至ったのは、夕餉の歓談を終えてすぐ。貴族たちとの会話の最中だった。
「とはいえ、話す相手は選ばねばならぬな」
先ほど来ていた貴族たちは信のおける者とはいえ、自分の言葉を妄言ととらえる可能性はある。
この貴族社会で下手な噂が流布するきっかけは少ない方がいい。
弟や妹は論外だ。
自分に懐いてくれている愛しい子たちに、あのようにむごい未来についてを話すことすらはばかられた。
自分自身ですら今の状況を信じられないというのに。
一切をたわごとと思わず考えてくれそうな者……。
「……とあれば、彼か。」
ひどく幸いなことに私には心当たりがあった。
同時に少々賭けにでることも理解していたが。
控えていた女中を視線で呼び止め、用を告げる。
「すまない。皇国騎士団遊撃部隊に所属しているネグロ騎士に、伝達を頼みたい。職務が終わり次第すぐに私の部屋に来るようにと」
「かしこまりました」
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