4話 忠実な部下と好感度
《ネグロ騎士団長はヴァイス皇子亡き後にその頭角を現し、皇国騎士団の騎士団長とまで昇りつめました。
剣とこの国には滅多にいない魔法の使い手であり、民衆からの評価とプレイヤーからの評価がもっとも高いキャラクターとなっています》
そこまで彼が評価されることになるというのは、不思議だが同時にほこらしくも感じる。
ネグロは元々現皇帝陛下の弟君で、本来ならば従兄弟と呼ぶべき立場の存在だ。
だが、市井の出である彼の母君の存在。
何よりこの国では禁忌として長年忌み嫌われてきた魔法の使い手としての才から、公では存在を認められることのなかった不遇の子でもある。
一時は罪人同様の扱いをされ、命すら危ぶまれていた子だ。
それに難を唱えて騎士団の一員として任じたのは皇帝に次ぐ権力を持っていた自身だが、今でもその判断が真に正しいものだったのかは分からない。
本来は正当な王族の一員として、迎え入れるべきだっただろうに……。
だから未来でそのような華やかな道があるというのは、あの子にとっては幸いなのかもしれない。
たとえその先で弟妹が苦難の選択に至るとしても、いや、だからこそ。
彼からの意見を聞いて自らの選択の是非を問うことが重要だと感じた。
◇
「なるほど。承知しました。殿下が死ぬなどと不吉な未来を口にし、不敬を申す其鳥を真っ二つにすれば宜しいですね?」
「待て待て待て」
剣呑なことを口にする赤髪の青年を手で制する。
成長期は過ぎて三つ年上の自分よりも背丈が伸びてはいるが、言葉と仕草だけですぐさま止まってくれる忠誠心をありがたいと思うべきか。
「張本人が言うのもなんだが、私の言うことをそのようにすぐさま信じてよいのか?」
「当然です。ヴァイスさまの御言葉よりもこの世界に正しきものなど存在しません。」
大まじめな顔で言われてしまった。
未だ十四歳という身の上ながらすでに騎士団の遊撃隊で頭角を現しているというこの少年は、幼い頃に自分に命を救ってもらったからとやや盲目気味なところがあった。……そういえば。
「私のような劣った瞳には残念ながらその鳥の姿は見えませぬが……常ならばこのような夜分、私にまかりこすように仰ることなどないヴァイス殿下の御言葉のなにを疑う必要がありましょう」
「そう信じてくれるのは嬉しいけれどね……。私とて皇太子である前に、人だ。判断をあやまることもあれば、多くの意見を前に、惑うことだってあるだろう。」
「それは殿下の罪ではなく、そのような不出来を殿下の前に持ってくるものの罪です。その鳥とやらもその一つでしょう。殿下が後一年で亡くなるなどと、愚蒙を口にする存在は叩っ切るべきかと。」
「ネグロ。」
ここまでためらいなく排除しようとするとは思わなかった。
だが、この子の目は本気だった。
本気でこちらの言葉を信じたうえで、自分が死ぬ未来を口にしたこの鳥に対して
「こんなに喧嘩っぱやい子だったかな……」
思わずぐちめいた言葉がこぼれる。
《はい。ネグロ騎士団長は攻略キャラクター内で二番目の年齢で、平常時は無口ながらも理性的なキャラクターです。しかし、亡くなったヴァイス第一皇子に対しての忠誠心に篤く、彼のことが絡む過去の時空ではことさら感情を見せることが多いです》
その情報、副音声とやらで必要か??
《もちろん重要です!ネグロ騎士団長が過去に守ることの出来なかった主君への未練と湿度の高さ、そして今を生きることへの葛藤と、せめて亡き主君が望んでいた民の幸せを叶えるべく奔走する姿。それと聖女との交流のうちに生まれる恋心との葛藤こそが彼とのルートでの魅力ですから!》
ぴぃぴぃ!とさえずり声との合唱で解説が続く。
これまでの話と比べてやけに熱が入っている気もするが、それだけゲームのなかでも評判がよいということなのだろうか。
「ヴァイス様。その鳥がもしやまた何か……?」
わずかな沈黙や揺らぎに気がついたのだろう。
こちらを気づかう視線をむけられる。
「問題はないよ。……だからその短剣から手をおろしなさい」
「……殿下の御命令ならば」
油断も隙もない。
けれどもやはり、こちらの機微にさとい子だ。
彼に事情を話さずにこの先隠し続けることは難しかっただろう。自らの選択は間違っていなかった。……はずだ。
「とにかく、今はこの小鳥の言葉が情報源なことにちがいない。その情報の真偽と整合性は問わねばならないが……今は悲劇を回避するため、動くことが第一だ。協力してくれるか?」
「はい!もちろんでございます。殿下の手となり足となり尽くすことこそが我が大望です!」
「……本当にいい子だね。お前は」
本来ならこのようにへりくだり、こちらを仰ぎみるような立場ではなかっただろうに。
事実彼の腹違いの兄弟たちは皆、貴族の一員としての振る舞いを身につけはじめている。
いずれはあの子たちの中からも諸国の貴族と婚姻を結び、土地を収める立場となる者もいるだろう。
けれどもそれに嫉妬を覚えることもなく、むしろ光栄だと言わんばかりに己に与えられた任をこなす彼のことを心から尊敬していた。
「では、まずは状況の整理だ。ゲームと呼ばれる空想演技の中、舞台となるのは今より十三年後のこの国。その時点から数えて十二年前……つまり今から一年後の召喚の儀にて、私は死亡することになっている。」
「…………。」
とたん、剣呑な表情を浮かべるネグロ。
剣を抜かないまでも、手が彷徨いだした。
早めに次の話に向かったほうがいいだろう。
白砂をしきつめて備忘録がわりにしていた板に指をなぞらせれば、白砂が取り除かれたところが線となる。
「その世界では父上も亡くなっており、弟と教会、母と妹、そして貴殿と騎士団がそれぞれ派閥となり対立していた。……これは今の貴殿への問いかけとなるが、同じような状況がもし起きたとして、同様の道を辿る選択はありうると思うか?」
「そも、私が殿下を守ることすらできずにおめおめ生き延びているということそのものが解釈違いでは御座いますが。」
その文句は自分に言われても困る。
苦笑すれば「礼を失したことを申しました。お詫び申し上げます」と仰々しく頭をさげられた。
「とはいえ、もしそれでも生きていかねばならぬとなれば……貴方さまは死出の供などけして望まないことも理解しております。故に、ならばこそその悲願をはたさんと邁進することは容易に考えられます。
地位が必要ならば誰の靴裏を舐めようと登りつめますし、その道が貴方さまのご家族と対立する立場であるならば、そう致しましょう。」
「…………。」
本当にまっすぐな子だ。
《ゲーム中のネグロ騎士団長も同様のことを仰っています》うん、それは想像がつくからすこし静かにしててほしい。
思考に割り込んできた声を制止すれば、無機質な声が止む。
……姿は中々に愛らしいのだがな。
昼から変わらずずっと肩の上にいる青い羽を撫でれば、ぴるぴると甲高い声で鳴いた。
「そうか。……ならばそうなるような道を彼らが歩まぬように私も力を尽くさねばな。」
「は!ヴァイス殿下がその威光をもってして我らを導いてくださるのならば、それに勝る歓びもかがやかしき未来もありません!」
「まったく、口が上手いな。それならばもう一つ、貴殿に問いたいのだが。」
忠実にこちらを見上げて言葉を待つネグロに、全く異なる問いかけを投げた。
「悪逆非道の皇太子として俺が振る舞うことが、ある種ひとつの解決策だと思っている。そのために動くと言ったら反対するか?」
「愚蒙愚昧の身ではございますが畏れながら進言させていただきます。殿下にはまったく、ちっとも、これっぽっちも向いていないためやめた方がよろしいかと。率直に申せば解釈違いです!」
《攻略対象のネグロ騎士団長は亡きヴァイス皇太子に対しての忠誠心がとくに厚いため、彼にまつわる誹謗中傷を信じたりうのみにした瞬間、好感度が一気に落ちます!》
うーん。そうかぁ。
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