5話 弟と礼拝
「だが、実際のところそれがもっとも手っ取り早いだろう。共通の敵を生み出し、それに対応することで一致団結を果たすというのは、古来よりもある手法だ。」
事実皇国でも、過去の歴史をひもとけば同様の出来事はいくつもあった。
ネグロが排斥された魔法の件もそうだ。
遠方にある魔と精霊の国が仮想の敵国と設定されていたことが全てもの元凶だっただろうに。
気づけばそれは王弟の息子に対してすら異端と認定し、独房めいた場所に追いやる始末だ。
空想演技の舞台がそれほどまでに殺伐している理由のひとつに、物語的な不穏感、危機感が必要だということも小鳥は言っていた。
ならば、自分が悪役の立場をすることで危機感を煽りながら民への最小限の被害となるように調整もできよう。
とはいえ自らが表で動くとなれば課題もいくつかあるだろうという予測もあった。工作も必要となるだろう。
ゆえに実現可能か否かをたずねようとこの場を組んだわけだが……。
「論外です。そも貴方さまほど公明正大、清廉潔白な方もいらっしゃらないでしょうに。」
まさかここまでとりつく島もないとは。
素行をくずして頬杖をつく。
「それはお前の買い被りすぎだよ。」
「何をおっしゃいますか。先の西方諸国の飢饉の折への支援、孤児たちへの教育に向けた制度の設立と拡大に向けた準備。それらを貴族や豪商たちの反発をここまで軽減して行える方が何処におりましょうか!」
《ゲームの中では亡きヴァイス皇太子は民衆及び貴族から非常に評価が高く、彼を失ったことが国が荒れる要因だったとひどく嘆かれていました。
彼に対する誹謗中傷を行うとゲーム内での主人公、聖女さまの民および貴族からの評価が下がる要因となります》
そこまで評価が高かったのか……というか空想遊戯では彼らからの評価なんてものも設定されているとは。想像以上に奥が深い。
《代わりに教会や司祭たちからの評価は上がります》
あ、そこまで忠実なのか。
そう。
正直自分と教会との関係性はあまりよいとは言い難い。
数年前におこなった飢饉への対応のとき、教会の略式を飛ばして門出の祈りを行わずに馬車を走らせたのが不和のきっかけだ。
その後にいく度となく求められた献金のさそいも、孤児への支援を優先して放置していたことも悪化させる一因だった。
「教会からは、私ほど女神と折りの悪い存在はいないと口さがなく言われるけれどね。」
無論、直接言われることはほとんどないのだけれど。
というか……直接自分にそれをいう姿を見られでもしたら打首にされそうだ。この子の手で。
すでに短刀に手をかけている。ほら、下ろして下ろして。
「それは女神のほうがヴァイス殿下に不敬を働いていらっしゃるのでは?」
「うん、落ち着いて。」
《ヴァイス殿下が亡くなって以降、ネグロ騎士団長は信仰棄却派にもなっています。
世界にも等しい皇太子殿下を救わない女神など存在する必要がないだろうということで、ゲーム開始時点は聖女でもある主人公の存在についても懐疑的です》
うーん。そうかー。
……懐刀として彼のことをこれまでも重用していたが、すこし距離を置いて見聞を広げる機会をつくるべきかもしれない。余力がありそうなら。
とはいえ、今優先すべきは今後の悲劇を防ぐこと。
その一端に教会や司祭たちも無関係とは言いがたいが。
今では彼らは弟の方へと足しげく通い、法学と信仰の必要性を問うているらしい。
弟も毎朝の礼拝をかかさぬ様子がみられている。
ゲーム中で彼が法学権威派として台頭することは、ある種自然なことだろう。
「……まずは教会から糸口をさぐるか。
ネグロ、現司祭長と、それから有力な司祭たちについての情報を集められるだけ集めてこい。どれくらい掛かる?」
方針を口にすれば、忠実な国の騎士でもあり、俺の部下でもあるネグロはひざまずく。
「はっ。都度報告はいれさせていただきますが、三日もあれば完了するかと。」
「わかった。ならそれまでに俺は礼拝に向かうとしよう。」
それだけ告げれば深々と頭をさげたネグロがそのまま一瞬のうちにかき消える。
……茶のひとつくらい飲み干していけばいいものを。
飲み主がいなくなったカップに目を向けて、女中を呼ぶために紐を引く。
《朝の礼拝は信仰ステータスと教会からの評価が昼や夕方と比べてもっともあがりやすい時間帯です!》
「そんな設定もあるのか……。」
空想世界ならさておき、過去に当たるここで聖女でもない自分がどこまでその恩恵を得れるかはわからないが、参考までに使わせてもらおう。
扉の叩く音に返答をしながら、明日の予定を脳内でくみたてていった。
◇
「これはこれは。まさかヴァイス殿下に礼拝へと参加いただけますとは!失敬ですが幼いころぶりでは?」
「そうかもしれません。最近は公務の忙しさにかまけて女神ノラシエスや教会の皆さまへ不義理を続けておりましたから。……その説は、大変な御無礼を。」
胸元に手を当てて一礼をすれば、鷹揚な笑みをうかべて恰幅のよい男性……皇宮にある教会の司祭の一人は首を横にふる。
「いえいえ。殿下が精力的に公務に心身を投じておりますことは存じあげております!
そのような状況の中で捻出してこちらに足を運んでくださることこそ、喜ばしいことはございません。」
「ありがとうございます。本日の説法はオーン司祭が?」
「名を覚えていただけていたとは光栄です。ええ、私が本日はお話をさせていただきます。」
「覚えていないはずがないでしょう。貴殿の法学……それも治癒術に特化した論文は私も目を通させていただいておりますから。本日の説法も楽しみにしております。」
握手をして表面上は穏やかなやり取りを交わし、どちらからともなく別れる。
ひとまずは無難に過ごせたと言えるだろう。
肩に乗っている青い鳥は、相変わらず誰の目にも見えていないようだ。
目が覚めてすぐは顔をのぞきこんでいたつぶらな瞳と目があって、思わず悲鳴を飲み込んだことを思いだす。
朝食は昨日と変わらずに皿のパンをついばんでいたが、昨日と違ってサラダの柑橘類を避けていたあたり、ひょっとしたら好みがあるのかもしれない。
もしそうなら、好みのものを与えてやってもいいと思うくらいには肩に乗ったその柔らかな感触に情もわいていた。
席に着く信心深い貴族の面々と挨拶を交わしながら、この場所に入ってから絶え間なく聞こえてくる声に耳をかたむける。
《ゲーム開始時点でヒロインは教会の一室を与えられることとなります。これは彼女を召喚したのが法学権威派だったことが要因です。
しかし物語の最中で襲撃イベントの発生後、ルート確定分岐とともにヒロインの滞在場所が変更となります。逆にヒロインがその時点で特定の誰かと親交を深めていない場合はバッドエンドが確定します。》
「(そんなものもあるのか……)」
聖女として呼び寄せられた少女は、その選択次第で自らの身にすら悲劇が降りかかる事実には心が痛む。
だが、今の自分の立場もそう変わらないのかもしれない。
一歩間違えれば一年後に死が確定している運命で、その中であがこうとしているのだから。
「(ルートといったが、どのようなものがあるんだ?)」
《本編中のルートは恋愛ルート五つ、友情ルートが三つになります》
五つ。
そのうちの恋愛ルートの二つが弟と部下、友情ルートの一つが妹として、あと三つと二つ。筋道がわからないルートがある。
「(それぞれの攻略対象の名前は?)」
《それはゲームをやってみてのお楽しみです!》
いや、楽しもうにもゲームとやらがなにかもいまだによく分からないのだが。
鐘の音に合わせて着席をするさなか、苦い顔をおしこめる。
……が、確かに聞いてもせんないことかもしれない。
何せそのゲームとやらは今十五歳のネグロが二番目の年長だという。
となれば、いまだ幼い攻略対象となる者たちに対してよりも、周辺の問題を軟化させることこそが重要だろう。
オーン司祭の説法がはじまった。
視線を僅かに横へと向ければ、隣の空席が目にはいる。
……あの子は、ブランは来なかったか。
無理もない。今朝の朝食の席で自分が礼拝に参加するといったらすごい剣幕だったのだから。
「(これは今度こそ嫌われたかもしれないな……)」
年頃ゆえの反発もあるだろうが、自分の安全領域に無作法に踏みこまれてよい気はしないだろう。
背もたれに体重をあずける。
《今回の行動による好感度ステータスの測定は不明です》
「(そんなことまで出来るのか……)」
やり取りによる好感度の測定などと、そのようなことが出来たら対人面において最強ではないか。
そんな思考は続く副音声に吹き飛ばされることとなる。
《ですが皇帝ブランの本編中の亡き兄への好感度と湿度は間違いなく高水準となっています!
彼は兄への憧憬ゆえに、その意志を継ぐと豪語しながら国ではなく民にすりよるような行いをするネグロ騎士団長に対し、敵意めいた執心を抱いているのです!》
「えぇ……」
好感度が高いと言っていいのだろうか、それは。
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