9話 伸ばす手と頼ること
家族全員がなるべく揃うようにと母がはじめた朝食の席。
そこに常は中々顔を出さない人物を見つけて頭をさげる。
唯一皇太子が叩頭礼をすることが許される。そうすべき相手。
グレイシウス皇国の偉大なる皇帝、ファルべ=オズワーン・イラ=グレイシウス。
「家族の席だ。頭を上げてかまわない。……ヴァイス。報告は受けている。決行は?」
「明日になります。父上」
「そうか。委細はお前に任せる。よくよく努めるがいい。」
「は!」
「あ、お父さま!今日はいっしょにご飯食べれるの?」
扉が開き、小刻みな足音がきこえてくる。
手をつないでいるばあやがあわてて声をかけた。
「お嬢さま。そのように走るものではありません!それに皇帝陛下にそのような物言い……!」
「よい。この席は皇帝ではなく家族としての席だ。最後までいれるかは分からぬが、時間が久方ぶりに空いたからな。今日は父さまも卓につくとしよう」
「わーい!!」
片手をあげて父上が制せば、深々とばあやはお辞儀を返す。
はしゃぐ妹を横目に、弟が斜にかまえた様子でこちらにあゆみよってくる。
「……その割には、先ほどの兄さまとのあいさつはずいぶん固く聞こえましたけど。なんのお話です?」
「おはよう、ブラン。少し任せられている仕事についてね」
直接父上と顔をあわせる機会は、皇太子の自分でも多くはない。そのため急ぎの仕事についての話をたまに顔をあわせる朝食の席ですることはめずらしくはなかった。
そのことをブランも知っているだろうに、何か気になることでもあるのだろうか。
こちらを見る目はいつも以上に細められている。
「へーえ……。明日のお話のようでしたけど、何か特別な公務はございましたっけ。」
「まあ、色々とな。」
とは言え、仕事のすべてを話せるとは限らない。
たとえ弟相手でも伝えられないことはあった。
とりわけ、教会絡みのことは。
「……そうですか。兄さまは今日も礼拝に?」
「ああ。お前は?」
「行きますよ。当然でしょ」
そこまで言ったところでふいと顔を背けられる。
……昨日はあの後も教会のことを教えてくれて、少しは距離が縮まった気もしていたのだけれど。
一朝一夕ではそう上手くはいかないか。
《ブラン皇帝陛下を攻略するときのポイントとしては、「素直になりきれない彼の性格を理解する」「頼り頼られる関係を意識する」になります。
摂政となった母や教会の面々を完全に信じきれていない彼は、心から身を預けられる人を求めています。そのためには頼るだけ、頼られるだけではなく相互での関係性を意識することが大事になります》
……普段なら必要なのかといいそうになる攻略情報だが、これは有益な気がする。
「(兄、という立場で、年の離れた弟に頼るという発想そのものがなかったな……)」
まだ幼いころ、自分のあとをついて回っていたときの印象のほうが強いせいもある。
とはいえ、自分一人の腕で伸ばせる範囲が限られていることも理解している。
それこそ教会との関係改善のためにも、あの子に力を借りるのは手かもしれない。
◇
「ブラン。来週どこかで時間をとれるか?」
「兄さま?……ええ、まぁ。兄さまが空けろと仰るのでしたら調整いたしますが。一体何用でしょうか」
ふりかえった顔はあいかわらずの仏頂面だけれど、時間を空けてくれる意思はあるようだ。
そのことに感謝を覚えながら提案をなげかける。
「いや、私は教会に対して長らく不義理を果たしてきたからね。あらためて親交をふかめようにも、また支援をしようにも彼らがなにを求めているのか把握しきれていないところがある。
ブランは私たちの中ではいちばん彼らに詳しいだろう?意見を参考に聞かせてもらう場を作れないだろうか」
「…………っ!し、仕方ありませんね。そのせいで兄さまの政務が滞ることはお父さまのためにもなりますからね。僕でよければ受けてあげましょう!」
「ああ。頼りにしているよ。」
胸をはるその姿に自然とほほえみが浮かぶ。
「……でも」
「ん?」
「来週でよろしいのですか? いえ、兄さまがお忙しいことは理解しています。
でも今でしたら礼拝に足しげく通っていらっしゃることもあり、司祭の方々からの覚えもよいでしょう」
「かもしれないね。でもこういうことは
「そうですか……。」
「うん。それに今週中は少し別の仕事がつまっているからね。来週ゆっくり時間を取らせてくれるとたすかる。」
「…………兄さまが、そう仰るのでしたら。」
かつん。
会話を交わしていれば、固い靴音が響く。
皇国騎士の正装に身を包んだ赤い髪の青年が、こちらへと近づいてきていた。
「ヴァイス殿下、ご歓談中に失礼します。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「ネグロか、構わない。……では、ブラン。また後で詳細については調整させてくれ」
「……はい。かしこまりました。」
わずかに固くなった言葉とそらされない視線に疑問はあるが、下手に触れてしまえばまた機嫌をそこねてしまうかもしれない。
むずかしいものだなと内心で悩みながらも、惑う姿を見せるわけにもいかない。
視線を感じながらも、執務室に向かって足を進めた。
礼拝前にひとつ仕事が必要そうだ。
「それで、物証は手に入ったのか?」
「はい。明日の対象のスケジュールも把握済みです」
「……やはり明日の礼拝が終わった後が適切そうだな。根回しは?」
「無論済んでおります。場所はどちらにいたしましょう」
「神殿をあまり騒がせたくはない。資料室を借りるとしよう」
「畏まりました。その旨伝達しておきます」
「ああ。頼りにしているよ、ネグロ」
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