8話 兄弟団欒
「ヴァイス兄さま。まさか本日も礼拝に向かわれるおつもりですか?」
「うん?ああ、そのつもりだよ。ブランが邪魔だというのなら席だけ離してもらえるように伝えておくよ。」
「ふん。兄さまが動かずとも、もう昨日のうちに教会には伝えてます!」
食器の音は立たない朝食の席で、会話だけが広がる。
別に頼んでいた小皿に青菜とビスケットをいれておけば、小鳥はそこからついばんでぴるぴるとうれしそうな声をあげた。
「そういえば、昨日はオーン司祭が説法をなされていたね。あの方は演台に立つ機会はおおいのかい?」
「ええまあ。週に二回か……他の司祭さまのご予定次第で三回ほど。連続で立つことはあまりないので本日は別の方かもしれませんが。」
だとすれば、今日は彼の情報を探ることは難しいかもしれない。
裏でネグロをはじめとした遊撃騎士たちが動いてくれているから、心配は薄いが……。
「ねえ!兄さまたちがいくのならわたしも!わたしも礼拝いく!」
「ビアン」
幼い少女の元気な声を母がたしなめる。
「ダメですよ。礼拝は七つの年を迎えてはじめて参加することが許されるのです。あなたはまだ一年半は待たないと。」
「やーんー!」
兄たちがいける場所に自分がいけない理由が納得できないのだろう。ぐずるように首を左右にふる。
あのままでは卓を叩いて、それを母が注意して……悪循環になるかもしれない。
やんわりと苦笑を浮かべる。
「礼拝は入れないけれど、教会には来れるだろう。今日の礼拝が終わった頃にばあやを連れておいで。いっしょに教会の中を案内してあげるから」
「!ヴァイス兄さま、ほんと!?」
「ああ、もちろん。」
先ほどまで顔をしわくちゃにしていた子が、花の咲くような笑顔を浮かべる。
「ビアン……また兄さまに迷惑かけて」
「迷惑なんてかけてないもの。兄さまはいいっていってくれてるし。ブラン兄さまには関係ないでしょ!」
つん、とそっぽを向く少女に思い切り顔をしかめる少年。……むずかしい年ごろだ。
《ブランとビアン。皇家の兄妹はゲーム中でもいがみ合う光景が多々見られますが、派閥や役職をこえた本質のところでは互いに互いを想っています。》
相変わらず無機質な音声が響く。
未来でもこの調子が続くことは寂しくもあるが、家族として想い合えているという点についてだけは安心できる。
《ですが十二年前に亡くなったヴァイス元皇太子が間を取りもつことができなくなったことを契機に、互いの交流は減少。
気持ちのすれ違いの結果、互いに互いを断罪しようとするルートも存在し、生き残った側が過去のことについて悔いるモノローグも存在します》
…………やはり何としても、そこの関係改善はしないとならないか。
「ビアン。ブランには関係ないだなんて、そんな悲しいことをいうのはやめておくれ。ブランも、もし礼拝の後に時間があるのなら、ビアンを案内するのにつきあってくれたらうれしいね。」
「……兄さまがそういうのなら。」
「僕は関係ないでしょう!付き合いませんよそんなの。」
「私たちの中で一番教会に足しげく通っているのはお前だろう?ブランの案内があればより教会を理解できると思ったのだけれど……」
◇
「あ、ブラン兄さまもいる!」
「も、は余計だ!ヴァイス兄さま一人だと教会についての誤った知識が広まる可能性もあるから、時間を割いてやるだけだ。勘違いするなよ!」
礼拝後に待ち合わせをしていたステンドグラス前。
ばあやの手を引いてビアンがかけよってくる。
ブランも顔全体に不服さを隠さないままだが、それでも来てくれたということはいっしょに来てくれるつもりはあるのだろう。
「ふふ、そうだな。助かるよ。ビアン、教会のことでわからないことがあるのならブランに聞くといい。私よりもよほど、この場所について詳しいのだから。」
とはいえど、合流してすぐは緊張がまさったのか、しばらくは自分一人での説明が続く。
「あれが女神ノラシエスさまの像だね。彼女は癒しと祝福の女神と言われており、世界がおわりとはじまりを迎えようとしていたときにその癒しの力で絶滅しそうになっていた人を救った。それがこの国の民であり、彼女からその術を最初に賜った者が、私たちの祖先だといわれている。」
「いちばん最初の皇帝陛下さま?」
「うん、そうだよ。」
「ねえねぇ。女神さまのお髪があんなに短いのはどうして?」
「え。……そういえばどうしてだろうか」
像の見た目の理由まで考えたことはなかった。
そういうものだと言おうにも、朧げな記憶の中で読んだ神話の挿絵には長い髪の女神の姿もあったはずだ。
なぜこの像は短い髪をしているのか。
助けを求めるように視線を反対側の下へむけると、小さなため息と共に、どこかほこらしげな声が聞こえてくる。
「女神ノラシエスさまは
だから一人でも多くの人の子を救うために、自らの髪を切り落として、その髪を法力として使用したんだ。その時の女神さまをこの像は現しているんだよ」
「そうだったのか……それは知らなかったな。」
「ブラン兄さまものしり!女神さまもすごーい!」
感嘆の声を向けられたブランはそっぽを向く。
……が、耳の赤みが隠しきれていないことにほほえましさを覚える。
「ねえねえ、ブラン兄さま、そしたらあの飾りは何に使うの?」
「ああ、あれは教会で半月に一度行われるミサで……」
いまだに距離が完全に縮まったわけではないが、先ほどよりもずっと親しげな様子で歩きだす弟妹。
ブランも素直に妹から頼られるのは悪い気もしないようだし、しばらくは後ろから見守る形に徹しよう。
視線は彼らから離さぬまま、裏で別の思考をはしらせる。
「(なるほど……髪に法力を溜めておく。そのような術があるのか)」
それは良いことを聞いた。
実践できるか試してみよう。
……あの炎の中、自分の無力さで多くの生きようとしていた命がこぼれ落ちた音を聞いていた。
女中には身支度の際に苦労をかけさせるやもしれないが、一つでもすくいあげられる命の数を増やせるなら、試す価値はあるはずだ。
《ちなみに女神像のビジュアルはゲーム主人公といくつかの類似点が設定されています。
これは女神との類似性が高いほど法力の才能があるという表向きの設定と、昔から信仰していた女神像と似通った見目の主人公に対する周囲の好感度が上がりやすいという裏の設定があります》
「(その情報も必要か?)」
《攻略の上では重要情報となります。そのため、女神への反感がつよいネグロ騎士団長は主人公がゲーム中に見目を変えるとまっさきに彼女の変化に気がつき、ほめるイベントが発生します!》
「(うん、やっぱりいらないと思う)」
信頼する部下の攻略情報を聞いて何に使えというのか。
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