13話 未来の可能性
午前中に急ぎの政務をおわらせた日の午後。
お茶の用意とひと払いをすませた私室であらためて弟と向きなおる。
マレイア副司祭長とのやりとりから、さらに一週間もの時間が経っていた。
「さて、待たせてしまったね。話すと言っておきながら、こんなに時間を空けてしまった。」
「……いいえ、兄さまがお忙しいこともその理由も存じ上げております。そのような中、お時間を割いてくださったことに対する感謝こそあれ、文句なんて。」
そういう割にはどこか表情が不満そうだ。
ブランの表情に喉を鳴らすと、なぜか視線が横に向く。
……ああ、なるほど。
視線の方角でようやく理解した。
「ひょっとして、ネグロも同席していることが不満かい?」
「当たり前でしょう。兄さまが説明してくだされば十分な話じゃありませんか。」
「……不要でしたら一度退出しましょうか。」
荒げる弟とは真逆の、たんたんとこちらを伺う声。
感情をおさえている訳でもなく、配慮のつもりだろう。
この場で椅子に座ることすら畏れ多いと断わろうとした男。
自身の直属の部下である彼は、その弟妹である彼らの言葉をも忠実に守る性質だった。
が、それではここに同席させた意味がない。
「いや。私一人では説明が不足するおそれもあるだろう」
「兄さまの説明が足りなくなるなど、そのようなことがあるわけないでしょう。」
「その通りです。ヴァイス皇太子殿下の御言葉はいついかなる時も過不足などなく完全無欠です。」
サラウンドで話をそちらの方向に持っていかないでほしい。あと二人とも自分のことを買い被りすぎではないだろうか。
「……ともかく。話はネグロも同席した状態でさせてもらう。あらためて現状の確認と、今後の行動の相談も兼ねているからね。」
『ぴ!』
咳払いをしてから告げた言葉に合わせて、肩にのっていた小鳥が高い声で鳴いた。
◇
「……そのような鳥が兄さまのそばに?
ゲーム?空想遊戯?についての理解はまだ及んでいませんが、未来についての予兆を口にするというのは気になりますね。」
「ふざけた話ではありますが。まさかヴァイス様が身罷られるなどと……。」
「それについては僕も同感です。ですが兄さまがその件を憂いて動いていらっしゃる以上、それを補佐することこそが僕らの役割でしょう。」
「当然です。」
重々しく頷きあう二人に茶菓子を勧めるが、相変わらず伸びる手は重い。
これは自分が手をつけてからでなければ食べなさそうだ。
焼き菓子を口にほうりこみ、白砂の板に視線をおとした。
近くにおいた小皿のビスケットを青い鳥がついばんでいる。
「今一度現状を確認しようか。俺がこの子から聞いた話を元に、現状同じような道を辿る可能性。二人はどれほどあると考える?」
「そうですね……。私の場合はヴァイス皇太子殿下が身罷られた際、自決が許されない以上はその真意と民を守るという御意志に沿うべく同様の道を向かうことが予測されます。
その道を邪魔立てするならば、他の皇族の皆さまであろうとなぎ払うかと」
「ぶれないな……。」
《作中キャラクターの内何名かは主人公との交流によって思想や方針を変換させることもありますが、例外もあります。ネグロ騎士団長の亡きヴァイス皇太子殿下への忠誠心については変化がほとんど見られません》
「(それは交流する聖女……主人公が置き去りにされるのではないか?)」
《その忠誠心と湿度の高さもまたネグロ騎士団長の魅力として高い評価を得ています!》
そういうものなのか……。
気を取りなおしてブランへと視線を動かせば、こちらはこちらで額にぐっとしわをよせて考え込んでいる。
「……分からないです。正直なところ、法学についてはここ最近教会でいろいろと学ぶ機会もおおかったですから。
もしもいきなり大職を任されたときにマレイア副司祭長から手を差し伸べられれば、教会や法学を支援する道に進む可能性はある、と……思います。」
「うん。教会からすれば自分たちの地位を盤石にすることを望むのは自然だし、教会の活動や法学に力を入れることでまた発展する未来もあるだろう。」
ブランの選択や考えを否定するつもりはなかった。
どこか所在なさげな顔つきに対してつよく頷きをかえす。
《ブラン皇帝ルートでは、法学の権威を引き上げることで多くの流行り病の根絶や治癒学術院の設立なども行われています。
ネグロ騎士団長ルートが民衆による自治の権利拡大である一方、ブラン皇帝ルートは長い目で民を救う道を模索したともいえるのです!》
小鳥の喉元を撫でてやればぴるぴると気持ちよさそうな鳴き声が聞こえてきた。
「うん。この子もその道もまた多くの人をすくうことにつながると言っている。」
「ありがとうございます。……でも、わからないんです。たとえ法学や教会との結びつきを強めるためだとして、母さまやビアンと道を分つなんて。」
「そうですね。私もそうとなったならば
口々の反応に頬杖をつく。
そう。そこが疑問だ。
まだ十二……一年後だとしたら十三と年若いブランの摂政として母上が立つことは理解できる。
だが、そこから十二年の内に二人が反目し合うような出来事があるのだろうか。
「お前は何か知っているか?バラッド。」
《……回答権限がロックされています》
「その愚鳥はなんと?」
「そのような物言いをするな。中々に愛嬌があるんだぞ?……回答権限がどうやらないようだ。」
そう。何故かかの十二年間の空白を尋ねるときにこの鳥は沈黙を維持する。
ただの沈黙ではなく権限の有無を気にするあたり、なにか鍵があるのだろうが。
「斬りますか?」
「やめなさい。」
「権限ということは、何かの条件を満たすか誰かに言われたら言えるようになる……というのもあるのでしょうか?」
「そうかもしれないね。とはいえ、今分からないから同じことだ。
よって、別の観点から考えよう。母上とビアンが破滅しないために、どのような要素が必要か。」
「母さまとビアンの破滅を防ぐ……。」
実のところ、これが中々に難しい。
二人ともに
母上は元々公爵家の娘だったが、父上に見そめられて結婚。
父は母一筋だから側室を娶ることもなく、たまの休みがあったときにお茶をしている姿を見ることもある。
母の生家は……これは不幸なことだが、ブランが生まれて間もない時期に起きた災害で亡くなっている。
領地で起きた嵐だったが、山間の民を避難させるときに土砂崩れに巻き込まれたのだ。
故にそちらの関係で歪むこともないだろう。
ビアンに至ってはまだ五歳。
十三年も先に何があるかわからない状態だが、今の時点で改善可能なことがあるだろうか。
「…………やはり、俺が悪逆非道の皇太子として反面教師のふるまいをするのも一つの手では?」
「無理ですムリムリ。兄さまには向いてません」
「ブランさまの仰るとおりです。悪逆非道の対義語に記されるべき身の上であることをご自身でよく御理解ください解釈違いです。」
そこまで言うのか……。
というか、お前たち、急に息があったな。
《ブラン皇帝とネグロ騎士団長の意見が合致するイベントは少ないです。
けれども亡きヴァイス皇太子殿下を悪くいう悪徳商人への容赦のなさはまれに見る息のあった姿を見られます!》
うーん、そうかあ。
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