12話 副司祭長と青い流星
弟にも事情を話すと決めはしたものの、神殿内に『悪魔のカイナ』の背信者がいた問題とその影響は大きい。
翌週に約束していた教会についての話の調整をすることすら叶わず、それからおよそ一月余りはろくに朝食の席にもつけず忙殺することとなった。
この度のマレイア副司祭長との会合も、その処理の一環だ。
「……ということで、現在オーン元司祭は皇国管理下のもとで監視および聴取を行っております。
当神殿内での背信行為についても、聞きとりが進み次第にこちらにご連絡と裏取りのご協力をいただきますが……。」
「ええ。もちろんです。この度は皇太子殿下にも御助力を賜り、深く感謝申しあげます。」
「いえ、こちらとしても将来的な皇国の懸念をひとつ排除することができて喜ばしく思っております。」
状況の報告とたがいの儀礼的な謝罪を終え、視線をあわせる。
ここからが、今日の本題だ。
「ですが、
「……。」
「私も別件で失礼ながら司祭さま方についての調査を行なっていたために立件へとつながりましたが、それよりも以前に彼に目をかけた貴方の
明確につながりを引き出したのはネグロの調査だが、最初に声をあげたのは彼女だった。
有力司祭を手当たり次第に調査したネグロと異なり、彼女は最初からオーン元司祭一人に焦点をあてていた。
その理由が知りたかった。
「……。突飛なお話です。貴方さまほど貴く聡明な方でも、いえ。だからこそおいそれとは飲み込めないような……。」
「ご心配は無用です。…‥実のところ、私も先日現実離れした出来事に
自身もだが、おそらく彼女も一番恐れていることは悪意ある相手にその話を聞かれることだろう。
教会所属であろうと皇宮に近いこの立地。
権力争いと無縁でいることはむずかしい。
無論、そうした世をはかなんで距離をおく選択はあるだろう。
だが力を失うということは、身を軽くするとともに望む世界を紡ぐための選択肢すら失うことに繋がる。
それを望むような女人でないことは、先日の頼みの時点で理解していた。
彼女は心から教会の教えを信じ、法学をもってして世界をより良きものに変えようとしているのだから。
「一方的なお話では不合理だと思われるのでしたら、こちらも腹の内を明かしましょう。なぜこのタイミングでこのように礼拝を行うようになったのか。司祭の皆さま方を調査しておりました、その意図を。」
「……いいえ、それには及びません。
皇太子殿下の誠実さについては多くの場所にて聴きおよんでおります。たとえ口だけであろうとも、交わした約束を反故にするような方ではないでしょう。」
そういって、彼女は話しはじめた。
「夢を見たのです。炎の中、呼吸すらもろくにできない世界を必死にかける夢を……。」
「っ。それは……」
自身が見た光景が脳裏によぎる。
召喚陣がかがやき、ついで起きた爆発。
右手を強くにぎりしめれば、青い鳥が気づかわしげにくちばしでつついてきた。
「おかしなことだけれどね。その時に私に逃げろとおっしゃったのが、殿下のお声に聞こえましたの。それでずっと、ひたすら逃げて、逃げて。
どうしてこんなことにって思った瞬間に青い流星が落ちてきたの。」
「青い流星?」
「ええ。流星はみるみるうちに形を変えて、鳥になったわ」
『ぴぃ!』
まるで自分だと主張するような鳴き声。
「そうして私に言ったの。鳥らしくもない声で、《この事件を引き起こしたのは悪魔のカイナたちだ。お前たちの中に悪魔がいる。警戒せよ。警戒せよ。警戒せよ。》
……そうして私が気がついた時には、いつもの寝台の上にいたの。」
「……それで、内部の調査を。」
「ええ。夢を夢と切り捨てられなかった私を愚かと断じる人もいるだろうけれど。……結果的に、一人の司祭が地下の禁書庫に人知れず足を向けていることを知ったわ。夢の言葉の通り、悪魔は私たちの身内にいた。」
「気がついた時には、震えが止まらなかったわ。オーン司祭は誠実で優秀な若者よ。下手に糾弾をすることは、万一彼が
……悩んでいる時に、あなたから礼拝に参加する旨が届いた。その時に逃げろというあなたの声を思い出したの。これこそが天啓だと。……笑うかしら?」
「いいえ。笑いません。……笑えるはずがありません。私もその小鳥を知っています。正体は知らずとも、知っている。今でもこの傍らにいるのです。」
罪を告白するように絞りだせば、向かいの瞳がまるくなる。そうして俯く視線を追うようにして、見えないはずの小鳥へと視線を落とした。
「そう。……そうだったのね。その小鳥について、あなた以外の方は?」
問いかけられた言葉に首を横にふる。
「話自体は信頼のできる部下に。……弟にも後日伝えるつもりではあります。ですが、視認ができたものは未だ。」
「そう……。女神の意志はあなたを選んだということかしら」
それはあり得ないと自嘲しそうになるのを留めて、代わりに苦笑を浮かべる。
「もしもそうでしたら、教会の皆さま方の覚えがよくなりそうですから。私としてはありがたいことですが。」
「ふふ。ご謙遜なさらずとも皇太子殿下の徳の高さはすでにこの国全土に届いておりますかと。」
柔らかい笑みが、けれども真摯にこちらを見据える。
机の上で組まれた彼女の指に力が込められるのが見えた。
「ですが、だからこそ申しておきましょう。貴方さまの誠実さを私個人としては何者よりも貴く、代えがたいものだと思っております。ですが、だからこそ我らは貴方さまを公に支持することはございません。」
「……。」
マレイア副司祭長の事実上の拒絶めいた言葉。
だが、それはある種彼女の誠実さの裏返しとも言えるだろう。
故にこちらも誠実さを示すべく背筋を正す。
「ええ、存じております。むしろそれがよろしいと。全てがひとつの派閥やあり方に染まるということは、それ以外のあり方を受け入れられなくなることにつながります。」
たとえば自らのこれからの政策に反感を覚える誰かがいたとして、その鬱憤を吐き出す先がなくなることの方が恐ろしい。
また、自分が道を誤った時にそれを糺す存在がいなくなることも。
「教会は過去の正しきを守るもの。女神の信仰だけではなく連綿たる歴史を内包するものでもあるのですから。歴史を前に進める私のあり方とは真逆であるべきだろう。」
「……あらためて、その聡明さに感謝を。」
再び深い礼を返される。
それはこちらの科白だった。
教会中核の二番手である彼女がそのあり方を理解してくれるというのなら安心というものだ。
「とはいえ、私個人としては先日の依頼を
副司祭長として、教会の立場を変えることはできませんが。個人としてでしたらいくらでも、あなたさまの力となりましょう。」
「そうか……。なら三つ、頼みがある。」
「はい。」
「まずはひとつ目。ここにいる青い鳥……バラッドについてだ。先ほどのとおり私以外には見えていないようだが、食物を取るなど物質としては他方に関与できている。
もしも第三者も視認できるような術が見つかりそうなら教えてほしい。」
「かしこまりました。文献をたしかめておきます。外も合わせてありとあらゆる神殿書庫を洗うようにしましょう」
指を折って示していく。
「ふたつ目。私と教会との関係性は変わらずで構わない。が、弟のことは気にかけてやってほしい。
……いや、弟だけでなく、妹も。先日の件で見せてくれたあなた個人の聡明さと慈悲を、あの子たち二人に向けてくれることを、願っている」
「はい……?ええ、もちろんです。
教会は誰の前にも門を開くもの。恩義というものがなかろうと彼らの御心の支えとなることをお約束しましょう」
「そうか……。ありがとう。それを聞いて安心した」
彼女の力添えがあれば、自分にも見えぬ弟妹の情をこぼれ落とすことはないだろう。
「当然のことです。それで三つ目の頼みとはなんでしょう。」
その言葉に眉をさげる。
難しいようならば断ってくれてかまわないと前置きすらして。
「…‥彼の。オーン元司祭の論文もおそらく此度の件で押収および破棄されるだろう。その前に複製品をゆずり受けることは可能だろうか。」
「え……。」
「彼の行いもその先の未来も、あってはならないことだ。それは理解している。
……それでも、私は彼の治癒術に対する学説と理念だけは、よきものだと否定したくなかったんだ。」
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