30話 悪の道、再考
けれども現実は無情なものだ。
それらの言葉を交わしてまもなく、私は倒れた。医師や司祭の見立てでは呪いではなく病だという。
原因不明の病は私の
その話を医師からされた母の
そのような不確定な状態のものが地位を持ち続けていることそのものが国を揺らすことにつながりかねない。
早いうちに皇太子としての立場を譲渡し、後へ繋げる必要がある。
「……のだけれど、それをやったらそれこそお前たちが怒り狂いそうでね。」
「あっったり前ですよ。ネグロあたり『分かりました皇太子の位をあなたが譲渡される準備を今から進めるというのなら魔王として立つべく見識を今から漁って参ります』とか言い出しますよ」
うーん、言いそう。
まだ幸いなことに寝台から上体を起こすことはできる。
自ら動くことはできずとも、優秀な家族や部下から渡された報告書を読むことも。
ページをめくりながら、弟の話に耳をすませる。
「……ということで、マナの実については前に持ってきたあれ以降はみつかっていません。使えそうなのはあの時バラッド……でしたっけ?あの青い鳥が食べたものくらいだったとか」
「そうだな。残る五つはシナリオログバック機能とNPCの着せ替え要素、名声ボーナス三倍と好感度引き継ぎ要素。それとバラッド自身のカラーチェンジだそうだ」
「何のために存在してるんですか、特に最後」
自分に聞かれても困る。
「とはいえ未来の推測は立てやすくなった。けほっ、幸いバラッドも、言葉を交わすだけでそう言ったことが可能かどうか、おおよそのことを言えるようになったのは……っ、こほっ、大きな進捗だよ」
「っ、兄さま! 無理に話さないで、こちらを……!」
こぼしてしまうのではと心配になるほどの勢いで差し出してくる柑橘水。
受け取ってグラスを傾ければ、こわばっていたブランの口元から息が漏れ出た。
「ふぅ……脅かさないでください」
「大げさだね。」
「大げさなんかじゃありませんよ。こんな道半ばで兄さまが倒れでもしたら、それこそこの国は終わってしまいます」
「ネグロの手でか」
やり取りをしていた時にはあれだけの緊張感だったというのに、時間という妙薬は副作用でそれを薄めてしまう。
口元に小さく笑みを浮かべた。
だがそれは自分だけだったようで、目の前にいる弟は信じられない!と目をつりあげた。
「笑いごとじゃありませんよ! 僕ら、万が一の時にはあいつが魔王として君臨して民衆をばっさばっさやるのを何も出来ずに指を咥えてみていることになりますけど!?」
「それはないだろう。お前やビアンがネグロのその凶行を何もせずに見過ごすわけがない。」
「…………。」
「お前たちが生きてさえいれば、きっとネグロのことを止めてくれるはずだ。私はそう信じているよ。」
「僕はっ! 兄さまのそんなところが嫌いなんです!!」
ずっとブランが傍に置いていた、おそらくは私宛の手紙をぶつけてきた。
甘んじてそのまま受け入れるが……思ったよりも厚みと重みがあるので痛いな。
「マライア副司祭長からの書簡です! じゃあ僕はこれで!!」
肩をいからせて出ていく弟の姿を見送ってから、残された手紙を見下ろした。
◇
「ヴァイス皇太子殿下の御身体を治療する手段は貴様の中にはないのか?」
《はい。当NPCに備わっている機能は現在プレイヤーのサポートを主目的とした解説用副音声、他者視認及び対話によるキャラクターたちのリアクション追加機能、リメイクに伴うルート考察機能となっております》
「ちっ……使えんな」
『ぴ!?ぴぃ、ぴぃ!』
「ええい!人の顔まわりで羽ばたくな!」
「……随分と仲良くなったな。」
『ピ!!』
「ヴァイスさま!このような場所に御足労いただくなど……」
「いい。姿勢を崩しなさい」
かしこまり敬礼をする彼に軽く手をあげると、その指先にバラッドが止まる。
むしろ多少は歩かないと体力が失われる一方なのだから。上位騎士の詰め所くらいは訪ねさせてほしいものだ。
「バラッドから聞き取った話はどうだ?」
「…………」
途端、迷子のように眉を下げて黙りこくるネグロを見るに、どうやらあまり芳しくはないようだ。
「同じことを繰り返し聞くのは勿体ないと思ったまでだよ。現状の情報をそのまま教えてほしい」
「は。……愚鳥いわく、現状世界が崩壊しないための条件としては、二つあるそうです。
一つ、私やブラン殿下が悔恨と呼べるような心残りや傷を得ること。そしてもう一つは国が揺れること。
国という抽象的な表現になりますが、要は空想遊戯の世界を追体験する存在が、「自分がいたことで世界はこんなに救われた」と感じられるだけの余白が必要ということです」
そこまで一息で話しきってから、苛立ちを隠せぬ表情で舌を打った。
「失敬な話だ。皇太子殿下の件もだが、この世界すらプレイヤーとかいうものが好き勝手いいようにするためのものだと?この地に住まうものをなんだと思っているんだ」
「……気持ちは分からないでもないけどね」
そのことに
「この世界を遊戯だと定めたものの価値観については、私も言いたいことはある。でも非建設的なことに時間を取るくらいなら、少しでも道筋を探らなければね」
「……はい。殿下の仰るとおりです。」
「改めて詳らかにした今、一応再度の確認をしておこうか。国を揺らす立場を私が行うことで、君たちに軽蔑されて傷を遺すのが条件を満たす選択肢としてはあると思うけれど、どうだい?」
眉間に思いきりシワを作られたが、以前ほどの即座の拒絶は返ってこなかった。
この言葉自体が私自身の生存も含めた案として考えられていることを理解したからだろう。
「私が隠遁して他のものに位を譲ることも考えたがね。隠遁だけではきっとお前たちの傷にはならないだろうし、邁進もしないだろう?」
《はい。現状ヴァイス殿下が失踪という形で消えたとしても、世界の維持をするならばその数年後に死亡が発覚する形となるでしょう》
「愚鳥が……」
「なら、私が皇帝として即位し、生かさず殺さず民を
無論、虐げられる側の立場としてはたまったものではないだろう。空想遊戯としての在り方が終わった以降で、何らかの形で責を取る必要はあるだろうが。」
《ゲーム本編が終わった後のことについては、圧倒的人気の結果追加DLCやファンディスク、続編の制作が発生しない限りは自由となります》
不穏なようなよく分からない単語があったが、うん。
「必要以上の犠牲を出さず、けれども民からの畏怖と嫌悪をあつめる役割だ。……ブランやビアンからも失望を向けられるのは心に刺さるものはあるけれどね」
「ヴァイスさま……」
「それでも、それが一番の道だというのなら私は選んだって構わない」
《……それだとちょっと条件が満たないですね……》
「愚鳥!!!!!!」
無機質だった音声がこの数週間でずいぶんと情緒豊かになったものだ。
いや、わかっている。若干逃避が混ざっていた。
そうか……ダメかぁ。この案。
「参考までに、どの条件が満たないか教えてもらえるかい?バラッド」
《はい。理由としては二点あります。
一点目、そのifが成立した場合、騎士団長ネグロのルートが事実上なくなります》
「何故だい?」
《ネグロ騎士団長の忠誠心は、崇拝するヴァイス殿下が道を違えようと変わることはありません。
或いは妖魔に憑依されていると判じて主人公に協力を求める可能性は十二分にありますが、ルートが構築されるほどの深い感情をさらすことは難しいと推測されます》
「そういうものなのか……。」
《はい。と……いいますか》
そこで一度言葉を区切る。
まごつく様子は鳥の姿をしながらも非常に人間らしい。主に各領土の問題ごとを奏上してくるときに、こんな顔をする人が多かった。
「臆する必要はない。言ってくれ」
《承知しました。
……そもそも仮に極悪非道に振る舞ったとして、ヴァイス皇太子殿下のこれまでの好感度構築を鑑みるに、それを外部から入ってきた主人公が超えることはないでしょう》
「それはそうですね」
「そうか……?」
《なので仮にその道を進み主人公が精神的に救う道を見つけたとしても、それはヴァイス殿下をもとに戻す方向になります。
正気に返った彼と共に攻略対象がしあわせな国を築くというのは、最終的な未来図に主人公の入る余地がほとんどなくなるため物語として推奨はされないでしょう》
……つまり、その未来が成立する可能性は薄いということか。
《ぶっちゃけますと、恋愛シミュレーションゲームからはジャンル違いになります》
「ジャンル違い」
よく分からないけれど、うん。ダメそうだ。
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