7話 密告と命の価値
夜の湯浴みを終えて部屋へと戻り、数刻も立たぬうちにドアをたたく音が聞こえる。
護衛たちの制止なく入ることを許されている身の上、そしてその独特なリズムだけで自ずと相手は特定できた。
「ネグロか。入れ」
「はっ。お休みのところ失礼します!皇国騎士団遊撃隊三十四番、ネグロ。まかりこしました」
騎士という存在は大別して三種類ある。
教会が運営し、皇国と各領土の双方の行き来・守護が許されている教団騎士たち。
各領土にて召集され、訓練を受ける領騎士たち。
そして皇国の皇族に直接仕えて国を守護する立場の皇国騎士団だ。
皇国騎士団は原則的にすべからくして皇帝陛下の直属の部隊だが、遊撃部隊に所属するものだけは隊ではなく個人で動き、それぞれがそれぞれの皇族の直属となる。
皇太子である自分は遊撃部隊の数名を部下としていたが、基本的には騎士団内の任務割り振りや情報集約について、ネグロに一任をしていた。
「昨日命じた調査の報告か。……さすがだな。一日でここまで調べあげるか。」
「ヴァイスさまの命とあらば当然です。……まだ裏が取れていない情報もある中での報告、恐れ入ります。」
「いいや、初報としては十分すぎる。」
少なくとも、午前中に聞いたマレイア副司祭長の懸念が当たっていたことが、これでたしかになった。
「まさか、オーン司祭が悪魔のカイナの密告者とはな……。」
《「悪魔のカイナ」は、グレイシウス皇国に古くより存在するテロ組織です。彼らは本来他国を主軸として活動している一方で、法術を主とし魔術を忌避する国の考えに反発、……》
無機質な音声を聞き流しながら、渡された調査報告書をめくる。
司祭たちと外部の人々との接触記録。
一見規則性のない資料だが、オーン司祭だけが接触している特定の人物と、そこから浮かぶ周辺人物の末に、行きついた先。
「はい。現状情報を求められるままに流しているだけか、悪魔のカイナの信者の一員かは分かりませんが……いずれにしても当初の予定通り三日間あれば判明するかと。」
「この件に関しての物証、あるいは有力証言は?」
「ご用命とあらば。どのような手を使ってでも。」
「……皇国法の範囲内で頼むよ。」
あらかじめ制限しておかねば、本当に手段を選ぶことはなさそうだ。
苦笑とともに釘を刺せば、大まじめにうなずかれた。
未だに悪魔のカイナについての副音声の解説も止まらない。
《……といった活動をおこなっています。
また、ゲーム本編では名言されていませんが後の制作者インタビューにて十二年前にヴァイス皇太子が亡くなった出来事にも彼らが関与していると明言があり……》
「なんだと?」
「どうかなさいましたか?」
とっさに首を小鳥へとむければ、くちばしがまるで遊ぶように傍らにおいていた筆をゆらす。
その一方で繰り返すように音声が響いた。
《ヴァイス皇太子が亡くなった事件には、悪魔のカイナが関わっているとゲームの制作者のインタビューで記載されていました。これは十二月号のSazu−log掲載情報となります》
「……情報元については理解が及ばない。が、およそ一年後に発生が予期されている召喚の儀のさなか起きた事件に、悪魔のカイナが関与している可能性が高いようだ。」
「なんですって……!」
ネグロも血相を変える。
無理もない。
召喚の儀は三つの騎士団のそれぞれエリートである存在が集い、厳戒態勢でおこなう最重要行事だ。
騎士たちの威信をかけた仕事に対する汚点の予兆を、見過ごすはずがない。
「それはつまり、ヴァイス殿下が身罷られるであろう事件に奴らが関与していると!?……つまり今のうちに奴らを根絶しておけば、事態は防げる……?」
「……。……皇国法の範囲で対処するように。」
当たりまえだが、皇国法で人としての権利を無視した拷問や薬物投与や洗脳や人格破壊は認められてない。
暗に言いふくめる意図もこめて繰り返せば、沈黙がおりる。
「…………第三者にバレないよう、証拠を残さなければ……」
「ダメだよ。」
◇
そこから少々の攻防を経て、女中に運ばせた茶を二人で口にする。
未だ不服そうな顔を浮かべているネグロにも、普段以上にきつく言い含めたことが効いているのだろう。
部下として振る舞うときには決して口にしないお茶を呑みこみ、けれども口をはなせばすぐに不満がこぼれた。
「……ヴァイスさまの公明正大さは心より尊敬しておりますが、このたびばかりは状況が違います。」
「変わらないさ。法を遵守すべきだということは、何も変わらない」
「いいえ、変わります!!あなた様の貴い御命が脅かされるかどうかの瀬戸際なのです!
それを守るために、いくらかの犠牲がはらわれようと、それは些事というべきものでしょう!」
荒げられた声。
自分よりいくらか年若いこの子が、どれほどに心を砕いてくれているのか、否応なくかんじる。
……ありがたいことだと、心から嬉しく思う。
けれど同時に、その考えは違うと首を横にふる。
国が……叔父上がそれを認めないとしても。
間違いなく従兄弟であり、血を分けた家族であるこの子に、あらためてさとすように口を開く。
「いいや。それは違うよ、ネグロ。
……一つ教えてあげよう。命に貴賎はなく、その重さは等しいんだ。俺も、君も。異なるものを信じ、異なることを口にする人の一人ですら、その重さには変わりない。」
「……っ!」
顔を歪めるネグロは、まだこの子に出会ったばかりの表情によく似ていた。
自分が生きる価値などないのだと、顔を歪めていた時のことを思い出す。
「たとえ自分と異なる思想を持っていようと、その皮の下には血液が流れていて、熱を持っている。ながす涙があり、涙をながす感情があり、誰かを慈しめる心をもっているんだ。」
「……だから、だから何をされても耐えろというんですか……!俺から世界を、あなたを奪おうとしているのに!そいつらは!!」
そうは言っていないと小さく笑う。
「耐えろというつもりはないよ。現に今回の疑惑についても、私もこうして調査を進めている。副司祭長からの依頼もあったことだし、なによりそのまま野放図にしてしまえば、多くの被害を産むかもしれない。」
今でも目を閉じれは、火の粉のはぜる音が聞こえる。
あの日目を覚ましてから未だに、治癒の術を自ら唱えることができていない。
あんな光景を見るのは、一度でも酷だった。
二度も三度もみるなど、耐えがたい。
「それでもね。法を守らぬものと同じところまで、お前が落ちる必要はないんだ。彼らが獣のような手段を使うとして、それと同じ場所に並び立つ必要はない。
……まずは目の前の事件の解決をすべきで、その為にはネグロ、お前が必要なんだ。」
「……!!」
「力を、貸してくれるな?」
真っ直ぐと見すえれば、立ち上がった彼が胸元に手を当てて深く叩頭礼を返す。
「はい!我が命ある限り、ヴァイス=フォルトゥナ・イラ=グレイシウスさまのため尽くしましょう!」
──それから三日後のことについて打ち合わせる私たちは、故にそのとき気がつくことができなかった。
扉前まで来ていたその者が、聞き耳を立てていたことに。そっとその場を離れていったことに。
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