19話 文献と信憑性
「兄さま。マレイア副司祭長から書簡が届きました。まったく……僕を使いにしなくてもいいでしょうに。」
扉のノックに返事をすれば、弟が顔を覗かせる。つい先日十三になったばかりの少年が巻物を差し出してきた。
「ありがとう、ブラン。私と彼女は表向きあまり親しくしすぎない方がいいからね。お前が中に入ってくれて助かるよ。」
「ふん、感謝してください」
「うん。ありがとう」
笑みと共に感謝を伝えれば、「感謝は不要です!」と逆に怒られる始末。……難しいな。
《ブラン皇帝陛下はキャラクター属性的には『ツンデレ』の部類に入ります。好感度が高ければ高いほど、相手に対して素直になれない属性を指します。》
何の属性なんだろうか。何の。
地水風火といったエーテルではなさそうだが。
相変わらず傍から離れない青い鳥が、無機質な音とは正反対の歌声を奏でながら羽ばたいた。
気がつけばこの子、バラッドとの付き合いも半年になるか。
相変わらず他のものには見えない存在ではあるから不信感につながることはできないが、自室に小さいクッションや朝食の席の小皿に取り分けた食材といった変化は少しずつだが確かに浸透していた。
「また例の鳥についての資料ですか?」
「ああ。それと古代呪文についてだな。こちらはビアン経由でクニン殿に伝えれば、またどんなものなのか教えてくれることだろう」
「あんな小さい子どもに頼るなんて……。まあ、ビアンとの交流の一助にもなりますし、解明した古代呪文次第では歴史家の考察材料にもなりますか」
「そうだな。この件でメルトキオ家が名を上げることにも繋がる。無論、クニン殿自身がいやがるようなら無理はさせないが。」
「それとなく古代呪文学の権威とも顔をつながせて、ますますその道にのめり込ませている人がよく言いますよ、まったく。」
呆れ声が返ってくるが、それは当然のことだろう。
弱冠六歳の子どもでは、いかに関心がある分野だとしても手に入れられる資料や出会える人材は限られる。それに次男という立場は嫡男の補佐を優先されがちだから、望むべき道にいけるものは少ない。
古代呪文学に現時点で深い関心と年齢にそぐわぬ造詣をもっている芽を摘む方が損失だ。
「メルトキオ公と夫人にはすでにご納得いただいているぞ?」
「それが末恐ろしいって言いたいんですよ。公ご本人もですが、あそこの夫人は曲者じゃないですか。よくもまぁ……」
「夫人は正当なやり方を重視されているだけだ。ちゃんと手順を踏んで根回しを済ませたからね。今回も温厚なご対応をいただけた。」
「そんな面倒をかけるほどの価値はあるんですか?」
「それはもちろん……。」
返事をする前に、青い鳥から音声が流れてくる。
《クニン=メルトキオ・ヘズ=ビーンズ卿はメルトキオ家の次男ですが、兄公の領地統一の補佐の役割に反発する形で皇都へと来訪。主人公と出会うことになっています。
本人の望みと違う未来への道筋を押し付けられた彼が、望まずして聖女として召喚させられ、国の行く末を押し付けられた主人公に共感を抱くのは自然な流れでした。
二人のルートでは共に領地へと向かい、統一を手伝うルート。家と国から出奔し、遠くで全く別の生活を送るルートなどがあります》
「(……その場合、国と兄弟たちはどうなる?)」
《領地補佐ルートは王権奪取。ブラン皇帝が失脚して責を取らされ、ビアン令嬢が皇妃として三十歳年上の皇帝を迎え入れることになります。そこに愛はなく、政略婚ですね》
……。
《新天地ルートはその後国内の争いが激化。三つ巴になった情勢は止まることなく、二人が幸せな生活を送っているその数年後に、国が他国に攻め込まれて滅ぶルートとなります!》
…………。
「……未来がどうなるかはわからないけれどね。それでも今やった行動がやがて、全体の幸せに結びつけばいいと思っている。」
どうにも一歩間違えれば、偏見を助長するような情報ばかり耳に入るのが参るけれど。
「そうですか。兄さまがそう仰るのでしたらいいですけれど。例のよく分からない青い鳥についても、なにか分かればいいですね。」
「そうだね。……正直なところをいえばね、ここまで私しか見えていないとなると、半ば本当に存在するのかと不安になることはある。」
部屋をすぐに退出する様子がないのに甘えて、小さくこぼす。
執務室のソファに腰かけた弟の腰が浮いた。
「幸いなことに早い段階で話をしたマレイア副司祭長が似た夢を見ていたと仰っていたけれど。
そうでなければ何かの呪いか、あるいは精神的な病に罹ってしまったのではと思うところだろう」
「それは……。」
言葉を迷ってくれるブランに安心する。
これはネグロにはこぼせない弱音だ。
彼はきっと、自分に見えているものが存在しないわけがないとまた肯定してくれることだろう。
「だからこそ、鳥についての文献と情報がほしいんだ。存在を客観的に把握できるものか、あるいは他人にも視認できるようになる術が存在するなら、私一人の世迷いごとではなくなるからね。……いや、本当はそちらの方が穏当かもしれないけれど。」
「まあ……兄さまが次の召喚の儀で死ぬなんてことを謳う鳥なんて、そのまま捕まえて丸焼きにされてもおかしくないですからね。いえ、多分それを誰よりも先にやるのがネグロだと思いますが。」
「はは、そうかもな」
笑おうとしたが、笑いごとではないかもしれない。
「仕方ないから僕が止めてやりますよ、その時は。それで、書簡にはなんて書いてあるんですか?」
「その時は頼むよ。……ええと、なになに。」
その文面に記されていたのは、まさに今必要としている情報だった。
◇
《カキンの実とは、課金要素で手に入るアイテムです。
属性により効果が変わり、追加ダウンロードコンテンツや副音声解説NPCバラッドの裏情報ロック解除。その他追加コンテンツ購入のために使用されます》
「その実をこの世界で手に入れる方法はあるのか?」
《ゲーム本編内では基本入手は不可能です。設定上は神話の時代に人が女神より賜っていたマナの実と同一視されています》
以前バラッドから聞き出していた情報として、聞き逃せなかった情報の一つがこれだ。
理解できない文言の方が多いとはいえ、バラッドから聞き出せる情報を拡大することにつながるもの。
とは言え神話の時代に伝わっていたものだ。仮に存在していたとしても入手できるかは怪しかったが……。
「マナの実として文献に記されているものに近しい物質が発見された?」
「ああ。虹色に輝く八角系の物質はエーテルで満ちており、現在調査を進めているところあらゆる法術をはじくらしい」
ブランに説明をしながら、彼が持ってきた書類をめくる。
発見したのはとある貴族の領土内、農場の経営者が宝石と思い宝石商に持ちこんだらしい。
多量のエーテルを含むことから宝石ではなく法学的な物質ではと地元の教会に連絡が入り、現在はその地の領主が保管しているらしい。
「うまく活用すれば手に入る情報の拡大や、そうでなくともバラッドを視認出来るものが出てくるかもしれないからね」
「そうですね。その鳥に話を聞ける者が出てくるなら、より情報も増えるかもしれない」
……その言葉に一瞬、ひやりと背筋に冷たいものが過ぎる。
けれどもそれは表にせず、笑みを浮かべた。
「私は聞き取りを負担とは思っていないし、逆に失礼なことを言い出したと怒り出す者もいるだろうから。それが本当に良いことかは分からないけどね」
「……まあ、ネグロみたいなやつが他にもいるかもしれませんからね」
その言葉に、納得してくれたようで何よりだ。
どうか、他にこの青い鳥の言葉を聞くものが現れることはないように。
身勝手だとわかっていても、そう願わずにはいれなかった。
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