24話 癒しの光
「ヴァイス殿下。貴方さまはその尊き御身を大事になさってくださいとあれほど……!」
「手練れの者たち相手だったならやらないさ。それくらいの力の差は
「え、い、いや……」
余程先ほどの私の行動に不満があるのだろう。
あるいは、命令の合図に望まずして忠実に動いてしまった自身への責の裏返しか。
いずれにしても苦く言葉を紡ぐネグロ。
その姿に申し訳なさがないとは言わないが、反省をする弁はない。
「逃すことも傷つけることも望ましくなく、あの場で衆目はお前に向かっていた。とあらばあれが最善だっただろう。」
「ですが……!」
会話をしながらも叔父上の身体を検分する。大きな傷は負っていないようだ。
とはいえ治癒はした方が良いだろう。
手のひらをかざそうとして……わずかに震えているそれに自嘲をかくす。
大丈夫。自分は法術をちゃんと使える。
大丈夫。
今ここにあるのは火ではない……水だ。
水の力を宿したマナの実の気配を自らに教え込む。
(……つくづく、厄介なものを知ってしまったことだ……)
炎、熱が肺を焼く感触。
癒しのはずの法術がエーテルの揺らぎによって火傷を拡げていく感覚。
そんなものがなければ、このためらいはなかったはずなのに。
自らの愚かしさを呼吸と共に押しやり、喉を震わせた。
「『それはまだ未成熟。女神が指さしたのは荒れきった地。時こそが妙薬で、生気こそが要。けれどもそれを待てぬ迷い子にこそ女神の慈悲は撒かれた』」
淡い光と共に、傷が癒やされていく。
じんわりと湿った手を隠すように、光が消えるのと同時ににぎりこんだ。
「……水のエーテルのおかげか、治りが早いな。養生されよ、叔父上。」
「あ、ああ……」
痛みが引いてもなおこちらを見上げる姿。
その意図を理解して瞳をほそめた。
「当たり前だろう?手当てくらいするさ。目の前で傷ついた者がいて、たすけない理由はないだろう?」
いまだ緊張に苛まれているのだろう、荒い息を吐きだしながら言葉がかえる。
「お前は……私が憎いだろうに……」
「憎い?どうしてです?」
「どうして、だと?当たり前だろう。普段から顔を合わせるたびに面倒そうな顔をしおって。
お前の薄ら笑いの裏でうんざりとする姿を私がどれだけ娯しみにしていたと思っている!?」
「は?不敬罪でとっとと自らの首を打首にでもしたらどうだ?」
「ネグロ。」
過激な発言はやめてほしい。
血が通っていようと私の部下であろうと、立場は間違いなく叔父上の方が上だ。その言葉が逆に不敬ととられ、捕縛されてもおかしくはない。
「そう、それだ。私を忌み嫌うその男を重用する。どうせそれも当てつけだろう?お前以外なら魔の力を取りこもうとしていてもおかしくはないが、そういった気配がない以上はそう考えるのが当然だ。」
吐き捨てるようにかけられた言葉は因果関係が真逆で。
「まさか。 私はただ能力のあるものを重用しているだけにすぎない。ネグロの力は先ほどあなたも垣間見たでしょう?」
「む、ぐ……」
「逆なのですよ、叔父上。」
なおも納得していない様子の男に、静かに告げる。
「私があなたを憎んでいるのではない。あなたが私を憎んでいるんです。私が生まれていなければ、皇太子はあなたが選ばれる可能性が一番大きかったでしょう。
それを奪われて一領主としてこの地で一生を暮らすことになったことを、あなたの愛する子たちが皇帝の座に座る機会を失ったことを。恨まなかったとはいえますか?」
後ろから刺さる視線に軽く手を振って命じる。
──いいから。今はお前は倒れている
ややして、非常に緩慢な仕草で離れていく気配は感じる。その姿に対してか、あるいは目の前に立つ私に対してか。
歯を鳴らす男の姿はおそろしいものを見るようだった。
「……ああ、そうかもしれない。」
ひりつくような声が聞こえる。決壊した。
「そうかもしれないな。私にとってお前は目の上のたんこぶだった。私だって努力はしていた。
兄上は実力主義を兼ねてから宣言していた。皇族であろうと、直系を優先する必要はないと。優先すべきは能力だと。」
《グレイシウス皇国は必ずしも世襲制に縛られておらず、歴史上直系ではなく次兄や甥姪などの皇族親族のうち優秀なものが継ぐこともありました。
そのため、法学権威派としてブラン=フォルトゥナ・ヨダ=グレイシウスが母親と反発した際、母であるエウロペ皇太后は彼が皇帝に相応しくない。妹であるビアン=フォルトゥナ・エッダがその跡を継ぐべきだと反発したこともあり、国内の派閥抗争が激化していました》
「だがお前は優秀だったよ……腹が立つほどにな。天は、女神は幾つもの才をお前に与えるものなのだと、恨みがましく呪ったこともある……」
床の上で握り拳をつくる彼に、膝を曲げて視線を合わせる。
「存じています。多少の工作をされていたことは。……今回のことも」
「…………まったく、本当に忌々しい。」
いくらなんでも、ここまで話がうまく行き過ぎるわけがない。
悪魔のカイナについての情報を模造したのは私だったが、それはたまたま叔父上の目論見と勝ちあっただけだったのだろう。
つまり、私たちがここに来て叔父上の元を訪問するところまでは彼の規定通りだった。
その場で乱闘騒ぎ、それも悪魔のカイナが関わるものとあらばどう足掻いても私に責がくる。叔父上自身や彼の資産が損なわれたならなおさらだ。
「マナの実は叔父上の仕込みで?」
「まさか。お前が一目確認したいと言い出して本気で耳を疑ったわ。本当は駆けつけた時には奴らに持ち去られている予定だったんだがな……」
本気で悔しそうに舌打ちをされた。
そうなっていたら色々な意味でやっかいになっていただろうな。叔父上の手元に戻すために動くしかないし、青い鳥にカキンの実として渡すこともできなくなる。
そう考えていれば視線が刺さる。
「だからこそ、だ。どうしてお前は私を助けた。保護だけで十分だったろうに。理解できん。」
誇り高い叔父上の矜持を、先ほどの光が過分にきずつけていたようだ。思わず苦笑がにじむ。
だからこそ、今ここでこうして話をしてくれているのだろう。あるいは、少しでも話すことでこの後降りかかるやもしれない苦難を減らす目論みか。
「悪いことをしたから、気に食わないから。そんな感情論で伸ばすべき腕をひき、癒せる怪我を癒さない。そんなのは道理が通りませんよ」
「通るだろう。世の中というものはそういった感情で世界が回る」
「人と人の間はそうでしょう。ですが国は違う。感情論で与えるものを変えれば、その感情を勝ち取るために誰もが精神の奴隷となる。だからこそ、福祉というものが必要なのです。
あなたは領主であると同時に皇国の臣下であり、民の一人でもあります。ならば
「……それに?」
忌々しいと言わんばかりに眉を寄せられている。この言葉を告げればきっと、さらにその溝は深まるだろう。
分かりながら口にする。
「あなたは私の叔父上であり、家族です。たとえあなたがそれを望んで、認めていなくとも」
……この精神性をなんと喩えよう。
かつて臣下の一人にこう言われたことがある。
あなたは人間ができすぎている。
まるで人間ではないもののようだ。と。
そうなのかも知れないとあるいは思う。
貴族間の腹の探り合いも、記録から見る飢饉の予測と対応も、教育の整備もどれも苦に感じたことはなかった。
ただ、皇国の民を愛しく思っていて。
家族に対しての情は更に一際あって。
《……ええ。ヴァイス皇太子殿下。あなたはそれで良いのです》
無機質な声が、淡々と言葉を紡ぐ。
お前はそうあるべき存在なのだと、青い鳥ではない何かが言っているようだった。
◇
「……理解できん。本当に」
「かまいませんよ。理解して欲しくて言ったわけではありません。今回の件は悪魔のカイナを誘導してくださった、ということにこちらで対処しておきます」
暗に次はないと釘はさすが、身内に甘いのは自分の悪癖かもしれない。自覚はしているからネグロ、その視線をこちらに向けないでほしい。
「本当にお前は甘いな……。そんなことだから、最も近しい身内に対しての目が曇るというのに。」
「……どういうことです?」
変化した叔父上の顔は、はじめて見せる表情をしていた。
憐憫の混ざった、同情の視線だ。
「私が悪魔のカイナどもと元々繋がっていると思ったか?そんなわけがなかろう。彼らを誘導するのに一役買い、今回の策を講じたのはな。
…………お前の母、エウロペだよ。」
「………っ!!!」
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