27話 忍びよる運命
「あら、ヴァイス。孤児院の支援についての打ち合わせは終わったのかしら?」
「母上。ええ、今期も予定通りの支援ができそうです」
中庭の通路を歩いていれば、テラスから朗らかな声が聞こえてくる。
そちらへと視線を向ければ、母エウロペがビアンと共に座っている。
「ふふ。それは良かったわ。今日はこのあと少し空きがあったわよね? 今、娘と二人っきりのお茶会をしてたのだけれど、ここに息子が来てくれたらそれ以上嬉しいことはないわ」
「そのようなことを仰って……父上が聞いたら悲しみにくれますよ? とはいえ、資料の確認は夜にもできますから……母上、ビアン、ご一緒しても?」
「嬉しいわ。欲しいものがあったらいってちょうだい」
「兄さまもお茶するの!?やったぁ!」
はしゃぐ二人の笑みを見れば自然とまなじりがゆるむというもの。
もう一人分の支度を申しつけている姿を見ながら、空いている席に座る。
「ああ、そうだ。ヴァイスが最近連れているその青いかわいい子にも何か用意してくれる?」
「はっ、畏まりました!」
『ぴぃ、ぴ♩』
母の言葉にうれしそうに、肩に乗っていた小鳥……バラッドが歌う。
「(……バラッド。母上とビアンには副音声情報はもらさないように)」
『ぴぃ!』
了解の意なのだろう。高い声で鳥が鳴く。
……あの日、ネグロに話をした後に確かめたところ、ちゃんとこちらから提示しておけば他者に副音声の音は聞こえなくなるようだ。
本当にタイミングが悪かった。一つかけ違えさえしておけばあの時にかような
「兄さま兄さま。こわい顔してるよ?お仕事おいそがしいの?」
「……っ。いや、今はそこまで忙しい時期ではないのだけれどね」
「皇務が減っているからと空いている時間にあれこれ入れすぎなのよ。ファルべさまにそんなところばかり似て!」
「ご
後悔も焦りも隠して笑みを浮かべる。
楽しいひとときを自分のせいで台無しにするわけにはいかない。
それに、今の母上と深く接することで未来を良くするためのヒントも得られるかもしれない。
ネグロを解任してから、思うように動くことができていないのもまた事実だった。
「(とはいえ、今出来ることは然程多くはないだろう。人脈の構築は図ったとなれば、それこそ母さまに憑依した妖魔の討伐くらいだ)」
その妖魔はといえば、普段は母の内側に完全に身を潜めているようだ。
朝食の席で幾度となく言葉を交わしたときも、そして今も。いつもの彼女と何ら変わらない。
……あるいはそれすらも演技だとしたら。
いいや、自分の行動は間違っていないはずだ。
そう言い聞かせる。
「ねえねえ、兄さま。ぴいちゃん触ってもいーい?お名前はあるの?」
「ああ。バラッドというらしい。なでるときは優しく触ってやるんだよ?」
「はーい!」
「らしい?ヴァイスが付けたわけではないの?」
「……ええ。俺が会った時にはもうそう名付けられていて」
──疲れが溜まっているにしても、さすがにやらかしすぎだろう。内心で自分を恥じる。
こんな初歩的なミスを口走るとは。背筋に冷たいものがよぎる。
「そうだったのね。ふふ、すてきな名前だわ」
『ぴ!』
「……ええ」
けれどもそこに深入りすることなく、胸元の羽毛を撫でる母に内心感謝を告げる。
「バラッドちゃん!バラちゃん?バーちゃん!?」
『ぴっ!?』
「ふふ、ビアンはあの青い鳥さんに夢中ね」
「そのようですね。……良かったです」
「あら、やっぱりお兄ちゃんとしては最近のあの子のこと、気になってた?」
花の咲く中庭の片隅、青い鳥が羽ばたくのを追いかける少女の光景を、母と共に眺める。
「それはもちろん。……俺としてはそのつもりはありませんでしたが、結果としてあの子の憧れの君と引き離すことになってしまいましたし」
「ネグロのこと?あの子も優秀だものね。皇帝陛下から賜った重要任務に今は割り振られているのでしょう?」
「ええ。実際彼なら期日までに果たしてくれることでしょう」
……それでよしとする自分と、それでは事足りないと思うであろう彼との差異が、今は一番の問題なのだけれど。
「ふふ。しばらくはビアンも物足りないかもしれないけれど、そこは全部落ちついたらちょっとお話しの時間を取ってあげて」
「ええ、伝えておきます」
「お話中のところ失礼いたします。お茶のご用意ができました」
女中が台車を運んでくる。
その上には目を楽しませることを目的にした華やかな菓子や香り高いお茶がのっていた。器から何から、最上級の質のものであることはすぐにわかる。
「ついたわね。ビアン!お茶がきましたよ」
「はぁい!」
『ぴぃ!!』
ぱたぱたと。
二重に重なる音がこちらへと向かってくる。
後一年もして七つの年を過ぎれば、
今のはつらつとした姿を見れるのも、あとわずかかもしれない。
無邪気な姿に家族だけではなく女中までもほほえみをうかべて、テーブルにセットを並べていく。
「ああ、ちょっと待って」
「はい、どうかなさいましたか?」
目の前にティーカップが置かれたところで、軽く手のひらを見せる。
動きを止めた女中に視線をむけることなく、そのまま手首を
「…………!!」
「わぁ、紫になっちゃった!」
小瓶の中身を注げば、琥珀色をしていた液体がたちまちにして色を変える。
ビアンになるべく不安を与えないように努めて微笑みをうかべた。
「人からもらった砂糖水を入れてみようと思ったのだけれど、ちょっと悪くなっていたのかな?……すまない。これは変えてもらっても?」
「は。は、はいっ……」
かわいそうに。
給仕をしていた女中の声がひっくり返ってしまった。
無理もない。彼女が運んできたお茶。それに──毒が入っていたのだから。
「ええ。そうね……。そういえば、この間東から頂いたお茶があるの。折角だからそちらに変えてみようかしら」
「ああ、それはいいですね」
「ならセットも変えてしまいましょう。ビアン、もう少しだけ待てるかしら?」
「えぇー、お菓子……」
「じゃあ、待っている間に以前私がネグロと仕事をしてときに聞いた歌語りの話でもしようか」
「本当!?」
毒が盛られていたお茶会。
顔のこわばっているカサンドラとステラ、皇国騎士団の面々が母の短い指での指示で動き出す。
誰がこの毒を仕込んだのか、裏に誰がいるのかを探るのは彼らの仕事だ。
「どこでお話しする?このテラスでもいいし、折角だから中庭の芝生に座ってみるかい?」
「いいの!?」
「今日は特別だよ」
まだ裏の意図に気づいていない少女は、早いうちに離したほうがいい。ビアンと手を繋いでカサンドラへと目線を配れば、得心したようなうなずきが返ってきた。
「悪いわね、ヴァイス」
「いえ、母上のせいではありませんよ。」
申し訳なさそうな顔をする彼女に、こちらこそ申し訳なくなる。だっておそらく、これは。
「(バラッド。……これは、運命の影響かい?そうだというのなら二回、小さく鳴いてほしい)」
『……ぴぃ、…ぴ』
覇気のない鳴き声にやはりかと息をこっそり吐き出した。
ゲーム開始にはまだ十二年以上あるというのに。
召喚事故が食い止められそうになっているからか、命の危機に遭いそうになるのはこれが初めてではなかった。
今のところはまだ未遂で済んでいるが、『物語にお似合いの』死に方が決まったらそれが訪れるのかもしれない。
いつ訪れるかもわからない未来にたいして湧く胸のしこりを騙すように、こちらへと抱きついてきた妹を抱きしめ返した。
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