32話 古典的な話
病の進行はゆっくりだが着実だ。
「……このままでは、新年を迎えるかどうか分からないでしょう」
悲痛な面持ちで首を横にふった医師を見送ってから、枕元に座る青い鳥、バラッドに声をかける。
「今のままだと、私はどんな死を迎えることになる」
《……あなたが皇太子としての立場を維持するのでしたら新年を迎えた後の召喚の儀、そうでないのでしたら皇太子継承の儀の際に病は極限を迎えることでしょう》
ルート考察機能とやらは本当に便利だ。
現状のタイムリミットがわかるのだから。
「病をなんらかの手段で治した場合は?」
《治癒の方法がリメイク版の聖女も使用可能な術式の場合、イベントが追加されることになります。
ですが十二年以内に暗殺・民衆の暴徒化による暴動・突発的な事故で死ぬ可能性は消えません》
「……はぁ。やはり最終手段も視野には入れないとならないか」
先日ブランにたたきつけられた、マライア副司祭長から届けられた手紙を握りしめる。
そこに記されているのは女神が使った聖句ではなく、魔王が使う魔法の呪文だ。
生理的変質魔法……人間の心身に直接干渉する種の術式のうち、該当のものの記憶を失わせるものがある。
ネグロが魔王になって世界を滅ぼすような真似を甘んじては受け入れられまい。
それならば今回の件について丸ごと、彼から記憶を消す手段は保険として持っておきたかった。
「問題は使い手を誰が担うかだが……」
嘆息する。
魔法はこの国では使えるものが限られており、だからこそ差別の一因にもなっている。
自分の周りで魔法を扱える人間は、当のネグロを置いて他にいない。
呪文をかけたい張本人しか呪文を使えないというのは一体なんの笑い話か。
「……過去の
そう結論づけたところで、扉を叩く音と高い声が聞こえてきた。
「ヴァイス、入っていいかしら?」
「母上。はい、どうぞ」
応対の後に現れたのは母、エウロペ。
彼女自身に使える遊撃騎士と、それからネグロだ。
「……珍しい組み合わせですね」
妹や弟とネグロが関わることは少なくない。
ビアンは彼に懐いていたし、ブランも反発こそあるものの、自分の事情を晒して以降は二人で共同で動くことも多かった。けれどもまさか、母と彼が共に訪れるとは。
「ふふ、そうかもしれないわね」
そう微笑む彼女の顔は、けれども目が笑っていなかった。
「ヴァイス、空想遊戯というものについて話は聞きました。あなたの運命とやらも」
「──母上……。」
ネグロを恨みがましく見遣れば、どこ吹く風といった様子だ。この流れだ。誰がそれを彼女に伝えたのかなど分かりきっている。
「今回は皇国法にも抵触しておりませんが」
「逆にこれで抵触していたら法の方を疑うが……」
やり取りを遮るように、母上が手を叩く。
「それについて、あなたが連れているという運命を予見した存在に会いたいの。……ひょっとして、その青い可愛い子がそうかしら?」
「……仰る通りです。バラッド」
『ぴ!』
傍にいた小鳥が澄んだ鳴き声をあげる。
「そうだったのねえ。……聞きたいのだけど、聖女さまがブランやネグロを救えるような傷がなければ、世界は滅びるというのは本当かしら?」
《肯定します。女性向け乙女ゲーム『戦華の聖女〜忘れ名草と誓いの法術〜』は荒れた国を救うべく召喚された聖女がその過程で攻略対象の男性たちと交流を行い、彼らと愛を育むことを前提としたゲームとなります》
長々しいタイトルにその場にいた全員が首を傾げる。
「空想遊戯のタイトルです。お気になさらず」
「まあ、いいわ。聖女さまが救うという対象は、あくまで二人がいないとダメなの? 全く別の、似たような立場の人ではいけない?」
《今回行っているのが続編の作成でしたら、それも可能だったでしょう。
ですが今回の改編目的はあくまでリメイクであり、人気攻略対象であるブラン皇帝陛下、ネグロ騎士団長が対象から外れることは難しいです。
特にネグロ騎士団長の人気はプレイヤーからも非常に高く、可能性は皆無に等しいかと!》
ネグロが鋭く舌打ちした。
母上付きの騎士が鋭く
けれども彼女はそれらのやり取りには
「なら逆に、攻略対象と呼ばれる存在を増やすことは?」
「……母上、いったい何を」
《年齢の幅や属性被りを避ける必要はありますが、可能です。むしろ推奨されるとも言えます。
ちなみに現状存在している属性としては、ツンデレ皇帝・クール騎士団長・素直ワンコ騎士・女たらし風来坊・陰気一途学者です!》
「属性とは」
前にも似たような単語を聞いた気がするな……。
「あら、ならかぶる心配はなさそうね。……私はね、ヴァイスを攻略対象の一人に据えられないかと思ってるの」
「…………は?」
「皇后陛下!いったい何を!?」
絶句する私と、
「ヴァイス皇太子殿下は
そこか。
「ええ、それはそうかもしれないわね。この子ったら昔から早熟で、ちっとも手のかからない良い子だったもの。」
「そうでしょうそうでしょう」
母上もそれでいいんですか……。
「でもね、たとえばこういうストーリーがついたらどうかしら?
……誰もが慕う偉大なる皇太子は、けれども病に冒されてその命すら危ぶまれた。故に、彼は病を癒すことができるものを待つためにその身をいつ目覚めるともしれない眠りへと落とした。」
「「……!!」」
「その目覚めと治癒ができる存在が聖女さま。彼女はヴァイスの記録に触れるにつれて彼を助けたいと思い、その呪文を覚えて彼を目覚めさせるの。……青い鳥さん、これなら物語として、彼を救う聖女の構図として、成立はさせられない?」
《それは……可能性は高いと思います》
「本当か!?」
食いつくネグロがものすごい勢いでバラッドを掴んだ。
『ぴ゛ぃ゛っ!?』と悲鳴にも似た鳴き声とは裏腹に、いつもの淡々とした調子の考察は続く。
《肯定します。今回が一作目でしたらおそらくは難しかったでしょう。ですがリメイクである以上、一作目と異なる変化をファンは要望しており、ヴァイス皇太子はファンからの人気も熱いです。
物語性としても、眠りに落ちる相手を真実の愛で目覚めさせるような展開は古典として親しまれていますから》
「…………っ!!」
「ネグロ。対象の人間の時間を止めて眠らせるような術式は、すでに発見されているか?」
「存在だけならば既に。最優先事項として術式の解読及び習得が成せるよう、通達をさせていただきます!」
僅かだが光明が見えてきた。
《ですが、一つ問題があります》
歓喜に満ちたネグロに掴まれたまま、バラッドが言葉を続けた。
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