第8話 あいさつ
「———まぁ、大方予想通りだな」
俺は、自分の下駄箱に入っていた手紙を見て呟く。
勿論ラブレター……というわけではなく、一種の挑戦状みたいなものだ。
中には無骨な男の字で尚且つ書きなぐったような様子で『屋上に来い』とだけ書いてある。
ある意味ラブレターだと言えるだろうが……これをラブレターだと呼ぶものは頭がおかしいと思う。
「書いたのは……浅村辺りかな」
恐らく、というか十中八九浅村だろう。
昨日散々俺にやられたんだから、さぞかし頭にきているはずだ。
それにしても意外と早かったな。
俺的にはもう一回何かあると思ったんだけど。
どうやら俺が過剰に煽りすぎてしまったらしい。
「ま、勿論行くわけないけど」
無駄骨乙。
それにまだ少し早いんだよね。
俺はそんな事を考えながら手紙をクシャッと握り潰すと、普段通り教室に向かった。
「———おはよう、佐倉さん!」
教室に入ると、今日もいつもの様に先に来ていた絵里奈ちゃんに挨拶をする。
俺のにこやかな挨拶に、絵里奈ちゃんがチラッと此方を見た。
だが、相変わらずいつもと同じ様に目を逸らす。
「……おはよ」
ほらやっぱりいつも通り返事なんて返ってこな———。
「———え?」
「な、何?」
「い、いや……」
え、か、返ってきた……?
絵里奈ちゃんが俺に「おはよ」と言ったのか……?
「———もう一度お願いします」
「ちょ、調子に乗るな! 二回も言わないから!」
絵里奈ちゃんは恥ずかしそうに少し頬を赤らめて俺の提案を速攻蹴り飛ばした。
だが、何気に学校での初めての会話だ。
これで感動しない奴などいるのだろうか、いやいない。
俺はあまりの感激によって無意識の内に絵里奈ちゃんの手を取って感謝の言葉を告げていた。
「あ、ありがとう……!!」
「か、勝手に触るな! てか、何で罵倒されて喜んでんのコイツ……キモッ!」
俺の手を振り払いながら罵倒してくる絵里奈ちゃん。
まぁそんな言葉を受けたメンタルプレパラート(顕微鏡を使う時の薄っすいガラス)並の俺は勿論……。
「ごはっ!? い、いや、そういうことじゃ……」
当たり前のように大ダメージを食らっていた。
後一発でも食らえば本気で血反吐を吐くところだっただろう。
吐かなかった俺を褒めてくれても……良いんやで、絵里奈ちゃん。(頭がおかしい)
てか、案外下手に嘘をつかれるよりは罵倒の方が悪くないかもしれない。
寧ろ絵里奈ちゃんに罵倒されるとかご褒美でしかないだろ。
なんて俺が心の中で真剣に考えていると……俺を見る絵里奈ちゃんの目が結構やばいことになっていたので、咳払いをして誤魔化す。
「ンンッ! ……ところで昨日はあれから大丈夫だった?」
「露骨な話題変更……」
「そ、そんなことないけど?」
「……はぁ、何も無かった。アンタのお陰でね。……ありがと」
ジト目で俺を見ていた絵里奈ちゃんだったが、スッと目を逸らしてごまかす俺の様子に諦めたのか、小さくため息を吐いて、少し恥ずかしそうにそうにお礼を言ってきた。
俺はその言葉を聞いて、嬉しいとかよりも先に安堵の感情が上回り、ホッと胸を撫で下ろす。
よ、よかったぁ……。
いや、流石に家まで送るとかいうラノベのベタ展開は普通にキモがられると思って言わなかったけど、めちゃくちゃ心配してたんだよ。
あの頭のおかしい浅村なら絵里奈ちゃんが終わるまで何処か出待ちしてそうだし。
ただ、取り敢えず何もなくてよかった。
俺はそんな感じで安心していると、絵里奈ちゃんが訝しげに俺を見ていた。
「??」
「……何でもないし。ただ、アンタが静かになったから気になっただけ」
「いや、佐倉さんが何も無かったんなら良かったって思っただけだって」
「……っ、アンタは?」
多分『そう言う俺は何もされていないか』と聞いているのだろうが……さて、なんて返そうか。
俺は数瞬迷った後……果たし状の事は黙っておくことにした。
これは絵里奈ちゃんと関係がないので、無駄に心配かける訳にはいかない。
「俺も何も無かったな」
「……ホント? 嘘なんて付いてないよね?」
「も、勿論! 俺が佐倉さんに嘘つく意味なんてないし!」
「……あっそ、ならいい」
そう言って少し安堵したような表情で俺から視線を外すと、何事もなかったのようにスマホをイジり始めた。
やっぱり女神だな……と感動しながら、これくらいが潮時か、と大人しく自分の席に戻る。
ふぅ……危ない危ない。
心配そうな表情で言われると心に来るものがあるが……決して嘘は付いてないもんな、うん。
ついさっき浅村らしき者からの果たし状は貰ったけど、昨日何も無かったのはホントだし。
俺は心の中で絵里奈ちゃんに弁明しながら心配であまり寝れていなかったこともあり、睡魔に抗えずそのまま眠りに付いた。
———浅村が俺が果たし状を無視した事で、イライラを大爆発させてこの教室に乗り込んできたのは、そのあと直ぐのことだった。
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