第7話 従業員へのお触りは禁止です

「———玖月……」

「よぉ絵里奈。お前が此処に居るって花恋から聞いてなぁ。てかその恰好なんだよ、まじウケるわ!」


 そう言ってギャハハハと笑う浅村。

 俺の隣では、絵里奈ちゃんが苦虫を噛み潰したような表情で立ち尽くしていた。

 浅村はそんな絵里奈ちゃんの様子を全く気にした様子もなく、ケラケラ笑いながら近寄り、絵里奈ちゃんの肩に手を回そうとしてくる。


「なぁ早く案内してくれよ~~!! 俺は客だぜぇ?」

「———おっと、この店の従業員へのお触りは禁止ですよ、お客様」


 俺は絵里奈ちゃんの前に立ち、にこやかな笑みを浮かべて手を払った。

 勿論一ミリも目は笑ってなどいないが。


 そして浅村は払われた手を一瞬見つめては、俺の顔面を注視してくる。

 後ろでは、絵里奈ちゃんが驚いたように「な、何してんのアンタ……」と呟いていた。

 

 何って……勿論絵里奈ちゃんを護ろうとしてるんですよ。

 それとバイトの仕事でもあるし。


「お前……暁月じゃねぇか!! 何でお前が此処にいんだよ!」

「勿論バイトですよ、此処の時給いいので」


 俺を見て声を荒げる浅村にそう言うと、浅村は何を思ったのか突然ニヤリと笑みを浮かべる。


「ほぉ……お前、従業員ってことか。なら退けろよ、俺は客だぞ? 俺は絵里奈に案内してもらいたいんだけど~~? ほら、早く退けろよぉ店員さぁぁん」


 わざと此方を怒らせようと露骨に煽って来る浅村には、心の底からの軽蔑を送ろう。

 お前と話していると脳みそがおかしくなりそうだ。


 それと……今、物凄く怒ってんだよね。

 さっきお前我が女神絵里奈ちゃんに「なんて格好」っつたなお前。

 ぶっ殺すぞ。


 俺が心の中で殺意を漲らせていると、後ろからスーツを引っ張られる。

 目だけ後ろに向けると……絵里奈ちゃんが焦ったように言った。


「ねぇ、私は良いから早く店長呼んできて……っ! アイツのことは私が何とかしとくからっ!」


 ……こんな状況でも俺を護ろうとしてくれてんのかよ……。

 

 まだあまり絵里奈ちゃんの機敏を知らない俺でさえ分かるほど震えているのに。

 怖さを抑え込むように手を強く握っているのに。

 顔色も少し青くなっているのに。



 ———此処で好きな女子を置いて引くのは男じゃねぇよなぁ!?



「佐倉さん、何とかするから、絵里奈ちゃんが店長呼んできてよ」

「…………は?」


 俺が完全に絵里奈ちゃんを浅村から隠すように立って言うと、絵里奈ちゃんが呆けたように声を漏らす。

 どうやら俺の返答が予想外だったらしい。


「あ、アンタ、自分が言ってること分かってる? アイツは容赦なんてしてくれな———」

「———だから大丈夫だって。これでも俺、そこそこ強いからさ」


 だから行って、と絵里奈ちゃんを店長の下に向かわせると……先程からずっと何かを言っていたと思われる、顔を真赤にした浅村に目を向けた。


「なんて言いました? すいません、もう一度言ってくださいませんか?」

「おまっ……ぶっ殺す!!」


 突然怒鳴るように言い放つと俺に殴りかかってくる浅村。

 ただ格闘技は習っていないのか物凄く大振りなパンチで、振り抜かれる前に横から手刀で叩くと、おでこ目掛けてデコピンを食らわす。


「いってぇな!! なにすんだよ!!」

「え、デコピン?」

「絶対にぶっ殺す! 死ねクソ陰キャ!!」


 なんて物騒な言葉を吐きながら蹴ってきたり殴ってきたりしてくるが、素人の喧嘩程度で色々な武術を齧ってきた俺がやられるわけがない。

 俺は全て……とは言わないものの、大抵の攻撃はいなしたり避ける。

 全くモロに喰らわない俺にイライラして来たのか、遂には突進までしてくる。


「おいおい……こんな場所でマジになんなって」

「うるせぇええええええええ!! お前の後は絵里奈だ! 今までわざわざ遊んでやってたけど、もう許さん! 絶対に逆らえなくなるまで犯す!!」


 

 ———俺の中で何かがキレた気がした。



「おい、なんて言ったお前? 佐倉さんを犯すって言ったか?? 俺の聞き間違いか???」

「聞き間違いじゃねぇよ。ヘヘッ、アイツいいカラダしてっから早くヤりてぇんだよな。俺の超絶テクで鳴かしてや———」

 

 浅村の言葉の途中で我慢の限界に達した俺は、気付けば、体勢を低くして一瞬の内に浅村の懐に入ると、全力で顎目掛けて拳を———。


「———暁月、やめて!!」

「やめるんだ快斗くん!!」


 振り抜こうとしたところで店長を呼んできたらしい絵里奈ちゃんと、店長が張り詰めた声で制止の言葉を吐いた。

 俺はピタッと顎の数センチ前で拳を止める。

 浅村は、一瞬呆けた表情を晒していたが、あと少し制止の言葉が遅かった時のことを考えてか顔を青ざめさせ、


「チッ……お前ら、学校で絶対ぶっ殺す……!!」


 なんて負け犬の遠吠えの如きセリフを吐いて店を後にした。

 浅村が居なくなると、俺は小さく息を吐いて絵里奈ちゃんの下に駆ける。


「さ、佐倉さん、大丈夫でした!?」

「私のことはどうでもいいから! それよりアンタ、怪我は!?」


 そう言って心配そうに俺の全身を隈なく観察する絵里奈ちゃん。

 そんな絵里奈ちゃんを見ながら、相変わらず優しすぎるなぁ……と俺は小さく笑みを零した。



 

 因みに、浅村はこの店を出禁になった。

 出禁を拒んだ場合は、速攻通報して警察に今回の騒動の一部始終を捉えた防犯カメラの映像を見せるとのこと。



 ザマァみろ、クソイケメンゴミクズ野郎!


 

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