第6話 神かよ

「———ホントにそんな直ぐに決めても良いんですか……?」

「うん、全然大丈夫だよ。見た感じしっかり身体は鍛えているようだし……何か格闘技をしていた様な感じもするしね」


 そう言って朗らかに笑う店長———修二さんが、俺は怖い。

 一言も格闘技をしていたなんて言ってないのに分かるのが、ホントに怖い。


 今俺は、警護要員に採用されたと言う事で人生始めてのスーツに身を包んでいるわけだが……まあ違和感が凄い。

 制服とはまた違った堅苦しさがあると同時に、仕事をしていると意識が切り替わる気がする。

 なるほど、サラリーマンがスーツを着ると言うのは一種の意識の切り替えにもなっているのかも知れない。

 

 高校生が適当言ってるだけだしホントかはさっぱりだが。

 何なら大方会社がスーツを着ろって言ってそうだけど。

 

「ところで……警護って何をしていれば良いんですか?」


 そう、肝心なのはそれだ。

 実はアルバイト募集のチラシにもWebサイトにも詳しい仕事内容が書かれていなかった。

 当初は勿論危ないやつか……と警戒したものだが、どうしてもお金が必要だったので来たわけである。

 

 俺が遠慮がちに訊くと、修二さんが笑顔で言った。



「———なにかあるまで自由だよ。ウチの店の好きなモノでも頼んで待ってて」



 俺はもう二度と、修二さんに逆らわないことを誓った。








「ふふ……まさかこんなに楽な仕事で時給二〇〇〇円なんて……神だ。この店は神が経営する神の店だったか」

「うんうん、そう言ってくれると私も嬉しいよ」


 俺が優雅にコーヒーの入ったマグカップに口を付けて飲んでいると、俺の対面で同じくコーヒーの入ったマグカップに口を付けて嬉しそうな笑みを浮かべる修二さんの姿があった。

 そっとマグカップを机に置いて、俺は口を開いた。


「…………何してるんですか?」

「ははっ、快斗くんは変なことを訊くなぁ。勿論コーヒーを飲んでいるんだよ?」

「…………」


 いや、それは見れば分かりますがな。

 貴方……店長ですよね?

 店長がこんなにサボっていて大丈夫なんですかね?


 俺がジト目で店長を見ていると、店長は孫を見るような目で店内を見始めた。


「私は店長だけど料理も出来ないし、こんなだからコスプレも出来ないから、こうやって従業員たちの働きぶりを見て、システムとか色々と改善点を探しているんだよ」

「そ、そうなんですね……」


 また一言も言ってないのに会話が成立しちゃったよ……もう怖すぎだって。


 俺が内心戦々恐々としていると、修二さんが「ほら、見てご覧」と言って何処かを見始める。

 この人は何を見てんだ、と目線を追ってみると……目線の先には絵里奈ちゃんが頑張って働く姿があった。


 現在絵里奈ちゃんは王道のメイド服+猫耳を付けており、尻尾がスカートから生えていた。

 何のコスプレかはさっぱり分からないが、物凄く似合っていることだけは分かる。

 猫耳もメイド服も、薄っすらと付けられたメイクも、何もかもが絵里奈ちゃんをより美しく際立たせていた。


「どうだい、彼女、綺麗だろう?」

「……そう、ですね。とても綺麗です」


 気付けば、俺は揶揄う様な店長の言葉に本気で答えていた。

 これには流石の店長も少し目を丸くして驚いている。

 

「少し意外だね」

「何がですか?」

「いや、こういったことは誤魔化されることが多いから少し驚いただけだよ」

「まぁ……自分の気持ちに嘘は付きたくないですからね」


 それに、何時絵里奈ちゃんが聞いているか分からないし。

 絵里奈ちゃんの耳に誤魔化した時の声が聞こえては絶対にならないのである。


「うん、やっぱり君を雇ってよかったよ。絵里奈たんはウチの自慢の従業員だからね」

「此方こそこんな素晴らしい店に雇っていただきありがとうございます。佐倉さんはマジで天使だと思います」


 ホント、この店が駄目だったら一体何時まで探していたことか。

 そう考えるだけで肝が冷えるね。

 

 なんて考えていると……丁度客足が減ってきたからか、絵里奈ちゃんが此方にやってきた。

 何やら少し頬を赤くして。


「あ、お疲れ様、絵里奈ちゃん」

「お疲れ様です、佐倉さん」

「———お疲れ様、じゃない! 何お客様達の前であんなこと言ってんの!?」

「「あんなこと……?」」


 俺も店長もイマイチ身に覚えがなく、お互いに見合って首を傾げる。

 そんな俺達を見ながら、絵里奈ちゃんは諦めたように大きなため息を吐いた。


「…………はぁ……もう良い。あと暁月」

「はい!」

「何でそんなに元気だし……ちょっと来て」

 

 おいおい遂に絵里奈ちゃんに俺の名前を呼んでもらったぞ……!!

 一体幾ら払えば良いんだ!?


「何ですか、佐倉さん?」

「……私がこの店でバイトしてること、誰にも言わないで」


 少し離れた場所で、絵里奈ちゃんが俺を睨みながら脅すように言った。

 ただ……。


「そんな怒って脅すように言わなくてもいいのに。そもそも絶対言わないし」

「……っ」


 俺が誰かに口外すると思われているなら心外だ。


 この俺が何でわざわざ絵里奈ちゃんの秘密を他の奴らに暴露しないといけないんだよ。

 二人の秘密とか特別感あってめちゃくちゃいいのにさ。


 俺は、少し狼狽える絵里奈ちゃんの目を見て言った。


「約束する、絶対にこの事は誰にも言わない。ついでに猫のことも」

「……っ、あれは忘れろっ!!」


 そう言って怒鳴ってくるが、顔を赤らめて恥ずかしそうに言われると此方としてはご褒美です。

 

 俺がニヤニヤとしていた時———。



「———ぎゃははは!! おいおいなんて格好してんだよ絵里奈! お前こんな所で働いてんのかよ!!」



 何故かこの店に、あの面倒で屑でうんこ野郎の浅村が、俺達……厳密にはメイド服+猫耳姿の絵里奈ちゃんを見て爆笑しながらやって来た。


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