第3話 宝物第一号

「———で、何があったんだ?」

「いきなり浅村君に胸倉掴まれて殴られそうになりました」

「おい!! いきなりじゃなくてお前が写真取ったからだろッ!!」

「え、証拠を残そうとして何が悪いん? 黙ってやられてたらやられ損じゃない?」


 本来ならば一時間目の授業を受けているであろう時間。

 生徒指導室・生徒指導員の前にて、顔を真っ赤にしてキレ散らかす浅村に俺は、生徒指導員という圧倒的強者の味方が現れたことにより、水を得た魚の如く浅村に言い返していた。


 因みに生徒指導員の前沢先生は、見た目はゴリゴリのヤクザの様な強面で、身長はまさかの一九〇センチ超え。

 しかもただでさえ顔が怖いのに、柔道に空手を始め、ボクシングやブラジリアン柔術などの格闘技もマスターしているとの噂で、黒のスーツを着ているせいでヤクザ感が更にパワーアップしているのだ。

 当たり前だがこの学校で前沢先生に逆らう奴は存在しない。


「て、テメェェェェッッ!!」


 俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす浅村だったが……一瞬にして前沢先生に腕を掴まれ、更にはその強面から発せられる身体の芯まで震え上がるようなえげつない睨みをモロに食らう。


「やめろ、浅村。そもそもお前が暁月の襟を掴み、殴ろうとしたのが原因だ。お前がキレるのは、俺が許さん」

「ぐっ……すいません……」


 流石の不良少年浅村であっても前沢先生の前では、借りてきた猫の様に大人しくなる。

 この学校で暴力事件とかが起きない理由が少し分かった気がする。


 因みに俺は、そんな浅村を見ながら……。


 よく言ってくれた、前沢先生!

 流石生徒指導の先生だけあるよ。

 ついでに絵里奈ちゃんのことも相談してみようかしら。


 何て俺が思っていると、前沢先生が此方を向く。


「暁月、取り敢えずお前は何もしていない様だから戻って良いぞ。ただ、写真はSNSには上げるな」

「ありがとうございます、前沢先生!」

「あ、おい、待てッ! 何でお前は戻れて俺は戻れないんだよ!?」

「五月蝿いぞ、浅村。お前には少し指導が必要なようだな?」


 そんな二人の会話を聞きながら、我が天使———絵里奈ちゃんの下へと、俺は歩を進めた。










 俺が教室に戻るとまだ一時間目の途中で、そっと扉を開けたのにも関わらずうるさく聞こえるほど教室はシンとしていた。

 ただ、誰でも急に教室の扉が開けばそちらに意識が向くため、今クラスの殆どの視線を一身に受けているわけである。


 き、気まずーーっ。

 止めて、あんな情けない助けの求め方をした手前めちゃくちゃ恥ずいんだけど。


 俺が視線から逃れるように席に座ると、クラスメイトは俺から視線を切って再び授業に集中し始めた。

 そう、大体は。

 

「…………」

「ど、どした……?」


 ———絵里奈ちゃんが頬杖を突き、美しい金色の髪を机に垂れさせながら、顔を此方に向けて俺を見つめている。

 何を俺に伝えようとしているのかすらも分からないが、何故かずっと見られているのだけは分かる。


 絵里奈ちゃんの澄んだ薄茶色の瞳はとても美しく、逆に此方が目を見れなくなってしまった。

 スッとゆっくり目を逸らした俺は、内心大パニックを引き起こす。


 おいおい……絵里奈ちゃんが俺を見ているんだが!?

 やばい、めっちゃ目が綺麗なんだけど。

 てか頬杖付いた絵里奈ちゃんのビジュ良すぎじゃね?


 チラチラと定期的に絵里奈ちゃんの方を向くと、ずっと俺の方を見ていた。

 授業など全く聞いていないように見える。 


 まぁ俺も絵里奈ちゃんに意識が向きすぎて一ミリも聞いていないけど。

 てかほんとにどした?

 もしかして……俺に惚れた?

 いや、流石にないか。

 

 心の中で悲しく勝手に自己完結していると……これまた残念なことに絵里奈ちゃんが俺から顔を背けてしまった。


 ……うん、どんな言葉を掛けてくれるか一瞬でも期待した俺が馬鹿だな。

 よくよく考えれば全く仲良くないもん。

 何なら今回の騒動って俺が引き起こした様なもんだし、絵里奈ちゃんからしたら俺って周りを飛び回る蚊みたいな存在か———ん?


「…………」

「……えっと……これは?」


 俺の机に、突然絵里奈ちゃんから一枚の紙切れが置かれる。

 聞こうとするが、直ぐに絵里奈ちゃんはそっぽを向いてしまう。

 

 何だ何だ……と俺は嬉しさ九割困惑一割で折られた紙切れを開いてみる。

 そこには———。




 『ありがと』




 そう一言だけ、シャーペンで書いてあった。

 俺は驚いて絵里奈ちゃんの方に視線を向ける。

 そこには……少し耳を赤くし、頬杖を付いた方の手で髪を弄る絵里奈ちゃんの姿があった。



 ———俺の宝物第一号の誕生である。


 

 俺はそっと絵里奈ちゃんからの手紙にカードスリーブを五重にして仕舞うと、その美しい姿をこの目に焼き付けた。


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