気付かなかった不調

 ドロシーとルルが家に帰った時には、ちょうど日の入りが始まる時間だった。

 オレンジ色の陽の光をまぶしく感じるが、外はまるで冬に逆戻りしたように寒いようだ。



 早く家の中に入ろうと、ドロシーが裏口のかぎを開けようとした時、〈宿屋オーロラ〉の長男であるノアが、駆け足でドロシーの傍にやって来た。

 ノアはドロシーの背後から彼女に抱きつくと、「おかえり〜」と言った。


「お母さんがねっ、ビーフシチューを作り過ぎちゃったから、ドロシーにも食べて欲しいんだって! 『今夜は夕飯を食べに来て〜』って言ってたよ。もちろん、ルルちゃんも一緒にねっ」


「そうなんだ。なら……、お言葉に甘えて」


「よしっ!! あっ。そーいえば、サイモンさんも来ているよ〜」


「……??」




 ドロシーとルルが〈宿屋オーロラ〉の中に入ると、厨房ちゅうぼうにジェシカとサイモンが立っていた。

 すると、ドロシーは無意識に、不思議そうにサイモンを見つめたようだった。


「って……、今日はサボリじゃねーからな。皆さんが赤ん坊を面倒を見ながら、家事だけじゃなくて仕事しているの大変そうだと思って、見兼ねて手伝っていた、だけダゾ」


 ドロシーの視線と、疑問に感じている彼女の心情を察して、サイモンは〈宿屋オーロラ〉に居る経緯を説明した。


「ホント悪いね〜、サイモンくん。でも、すご〜く助かったよ! ありがとね」


「いえいえ〜。いっつもピリピリした職場で働いてるので、気分転換になってまーす」


 ジェシカとサイモンは協力しながら、次々と五人分の料理を器に入れているようだ。

 そして、ある程度、熱々の料理を器に入れ終わったら、サイモンはテーブルに皿と鉢を運んでいった。


「ほらほら、アンタも席に座ってくれればいーよっ。料理が冷めないうちに食べてちょ」


「あっ……。ありがとうございます」


 と、宿屋の出入り口近くに居たドロシーが一歩前にみ出した時、なぜかドロシーはふらついたのだ。転びそうになった上、体勢を立て直せそうになかったため、とっさに彼女はその場にしゃがんだようだ。


「おいっ!! 大丈夫かっ!?」


 ドロシーに声をかけて急いでテーブルに皿を置くと、サイモンはあわてて彼女に駆け寄った。そして、ドロシーの顔を見て、目を細めながら言葉を続けた。


「顔色が悪い……。こりゃ早く食べて、さっさと寝た方がいいな」


 サイモンの思わぬ発言を聞いて、ドロシーはかすれた声で「え……?」と発した。ドロシーは驚いた表情をしているので、自分の不調に全く気付かなかったらしい。


「ドロシー。明日は仕事あるのか??」


「いえ……。無い、です?」


「そうか。なら、良かったぁ〜」


 サイモンは、ドロシーが何とかテーブルの前のイスに座るのを見届けると、ひと安心したようだった。



〈宿屋オーロラ〉で夕飯をご馳走ちそうになると、ドロシーたちは家に戻るために、早めに外に出ようとした。サイモンの助言に従い、なるべく早くドロシーが就寝できるようにするためだ。


「ドロシー、あのね――」


 ドロシーが通りに出た後、彼女の後ろからルルが声をかけた。


「ちょっと用事があるから、わたし、もう少し宿屋に居るね。先に家に戻ってていーよ」


「えっ、うん。……分かった〜」




 ルルが〈宿屋オーロラ〉の厨房付近に行くと、ベンもジェシカもノアも見当たらないようだ。


 だが、厨房の横にある食堂には、サイモンと小さなロッティが居るのに、ルルはすぐに気が付いた。

 大きな暖炉だんろの前で、ベビーベッドで眠っているロッティをサイモンが見守っていた。


「サイモンさん。……宿屋のご家族は、宿泊用の部屋を準備してるの?」


「その通り。……て、サビ猫さんよ。急にどーしたん?」


「あっ、うん。サイモンさんに、ちょっとがあって!」


 サイモンが「オレにか??」と小声でつぶやくと、サイモンの足元で、背筋をピンと伸ばして座った。

 すると、イエローグリーンのでサイモンの顔を見上げると、ルルは話し始めたのだった。 

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