再始動

 ニシノハテ公国に、待ちに待った夏がやって来た。

 公国の中で一番寒いマッシロ山では、五月下旬まで雪が残っているのだが、六月になると全ての雪がようやく溶け切るのだ。


 世界の北側にある公国は、豪雪地帯で冬が非常に長い。から、人々はこの季節を恋しく思い、ずっと待ち望んでいた。




 ドロシーが本格的に〈修復屋〉の営業を再開してからも、彼女は時々〈宿屋オーロラ〉に行っているらしい。

 シミ抜き等の【修復魔術】の練習は積極的に行う必要は無くなったが、今まで通り定期的に様々な備品の修復をしているのだ。



 それと、相変わらず宰相補佐官さいしょうほさかんであるサイモンも、たまに〈宿屋オーロラ〉の手伝いをしに来ているという。

 ロッティの守りや皿洗いだけでなく、料理の仕込みや掃除……、それからベッドシーツ等の交換や洗濯せんたくまで、幅広く器用にこなしているようだ。


 従業員のように、宿屋に馴染なじんで動き回っているサイモンを見兼ねて、どうやらベンは彼に手伝い代を渡そうとしている時もあった。

 謙虚けんきょに「好きでやってるんで〜」と、サイモンはやんわりと手伝い代を受け取るのを何度も断っていた。だが、ベンがかたくなに「どうかっ!!」と、頭を下げてまで手伝い代を必死で渡そうとしている様子を見て、居たたまれなくなったサイモンは、最終的には手伝い代を受け取っていたようだ。




〈宿屋オーロラ〉が休みだったある日、ドロシーは修復の依頼で、ルルと一緒に宿屋を訪れた。

 ドロシーが仕事を終えた後、皆で昼飯を食べている時、突然ノアが勢い良く話し始めたのだ。


「ドロシー、聞いてっ!! 昨日ねっ、ちょ〜タチの悪〜い客が泊まったんだけど、サイモンさんがやっつけてくれたんだよ〜。『酒を持ってくる女は、ババアしか居ねーのかよっ!』って大声で何度もわめいていたら、サイモンさんが【雷】の魔術できゃ、きゃ、客の髪、を――」


 無邪気に食べながら話していたノアだったが、なぜか話している途中でむせたようだ。

 行儀ぎょうぎの良くないノアを見て、ジェシカは「コラッ、ちゃんと飲み込んでから話しなっ!!」と注意した。


 ビクッとしたノアは、ジェシカの注意をきちんと聞き、茶を飲んで一旦落ち着いてから、再び元気いっぱいに話し始めた。


「【雷】の魔術でね、客の髪の一部をまっ黒焦くろこげにしたんだよっ! その客ねっ、変な感じで前髪を盛ってたし、たぶん髪の毛が薄かったからから、『一本でも大事な毛がぁぁぁーーーっ!!』って叫んでたんだ〜。……ね? すっごく笑えるでしょ??」


「へえ……。うん、ソレはすごいねっ」


 ドロシーがロッティの話に耳を傾けていると、しばらく静かにしていたジェシカも「まあ正直、なかなか滑稽こっけいな場面だったねぇ〜」と話した。


「口の悪い中年の行商人に、あたしのゲンコツくらわせてやろーかと思ったけど、その前にサイモンくんがアイツにおきゅうえてくれたから、ホント助かったよっ!! 毛を焦がした上に、静かにさせてくれたしね。あ〜、見ていてスカッとしたわぁ〜。コレでりるだろーよ、アハハッ。……サイモンくん、ありがとうねっ!」


 ジェシカがお礼を伝えると、サイモンは爽やかな笑顔で「いえいえ〜、お役に立てて良かったです」と、軽やかに返答をしたようだ。




 ドロシーとルルが家に戻ろうとすると、太陽はやや低い位置にあった。昼食後に談笑を楽しんでいたら、あっという間に夕方近くになっていたようだ。


 ドロシーとルルが外に出た後、サイモンも〈宿屋オーロラ〉から通りに移動した。


「サイモンさん、これからマンナカ城に戻るの?」


「いんや、今日は仕事は休み。ちょっと用事があ――」


「サイモン様っ!! そんなとこにいらっしゃったんですねっ!」


 と、サイモンがルルからの質問に答えようとした時、サイモンの目の前に一匹の大きな鳥が飛んで来た。

 成鳥のシロハヤブサは人語を話すことができるようなので、ウォード家の使い魔なのだろう。


 すると、次に別の鳥もやって来たようだ。シロハヤブサよりも、一回り小さなチョウゲンボウのようだ。


「ライサスの兄貴ぃ~。サイモン様を見つけられて、良かったスね! コレで、クララじょうにもジョセフ様にも、きちんと報告できるし〜」


 チョウゲンボウはつばさを動かしながら、サイモンたちの周りを回りながら、上空から降りてきた。

 シロハヤブサは「ああ、そうだな……」と言うと、サイモンの片肩に乗って休憩し始めたようだ。


「サイモン様〜。今日、クララ嬢は昼間に魔術学院から帰ってくるから『昼食よろしく』って、ジョセフ様から聞きましたぜぇ」


「それなら大丈夫だよ、ロニー。クララから直接聞いたのも覚えているし、サーモンのグラタンを用意しとくから」


 サイモンの言葉を聞いて、チョウゲンボウは「ガッテン承知しょうちっ!!」と言った。

 そして、サイモンの肩でひと休みし終えたシロハヤブサは、チョウゲンボウと共にセイナン町の中心辺りへと飛び去って行ったのだった。


「……ではっ!」


「お隣のお嬢さんも、さよなら〜」

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