穏やかな休日

 一週間の休暇を終えると、ドロシーは心身の疲れはだいぶ抜けていた。

 数日前、食器や家具等の傷や汚れを消したりする以外の、光沢や色彩をよみがえらせたりする【修復魔術】を無事に習得できたので、気持ちに晴れやかになったようだ。



 そして、精肉店からの依頼も、ドロシーは要領良くテキパキとこなすことができたのだった。彼女は、穴の開いたボロボロのエプロンだけでなく、汚れたまな板やび付いた包丁まで、あっという間に綺麗きれいな状態に戻す業務を終えた。


 さらに、〈宿屋オーロラ〉でご馳走ちそうになった時には、茶渋が付いた食器やシミ付きのテーブルクロスやカーテンの修復を素早く済ました。

 ドロシーに修復してもらえる物が増えたことを、クック家の人たちは精肉店の主人以上に、とても喜んでくれたようだ。


 それから、ドロシーは修復できるものが多くなっただけではなく、修復の質と言うか【修復魔術】の腕もグンと上がったようなので、受け取る報酬ほうしゅうの額も増えたようだった。




 公国の季節は初夏に近づき、春が過ぎ去ろうとしていた。

 朝と夕方は、冬のように寒いと感じることも無くなり、コートの出番も一気に減るくらいの温かい日が多くなってきたようだ。



 山の新緑がまぶしい頃、清々しい快晴だ。

〈修復屋〉の休みに、ドロシーは友人のアネットと一緒に、セイホク村の方へピクニックに行った。


 ドロシーの相棒であるルルは、〈宿屋オーロラ〉に遊びに行っているらしい。



 彼女たちは、公国の極北にあるマッシロ山のふもと、ホッポウ魔術学院の近くにある入り江が見える、低い山の山頂に辿たどり着いたのだった。その入り江は海に繋がっている。

 彼女たちがホッポウ魔術学院の初等部に居た時、遠足で名も無い低くて小さな山に行ったようだ。思い出の場所である。


 山頂からは美しいフィヨルドを見渡すことができる。山々が連なる間にあるゆるやかに湾曲わんきょくしている入り江は、まさに絶景だ。

 入り江のほとりには、あちらこちらで可愛らしい野花が咲いている。



 ドロシーとアネットは、草の上に敷物を置いて座ったようだ。

 そして、遠くまで続く壮大なフィヨルドをながめながら、彼女たちは持ってきたサンドイッチを食べ始めた。


「……懐かしいなぁ」


「うん……、そうね」


 ホッポウ魔術学院に通っていた時期は、必死で魔術を習得しようと藻掻もがいていた故、ドロシーには良い思い出は少なかったらしい。

 だが、学院時代の楽しかった記憶も全く無い訳ではないのだ。



 彼女たちが居る山頂では、時々心地良い風が吹き、程良く温かい日光が降り注いでいる。

 ドロシーもアネットも、とてものんびりとした時間を過ごすことができたようだ。


「ドロシー。しばらく仕事を休んでいたって聞いたけど、今日は無理してない??」


「うん、大丈夫。今は元気だよ〜。……あっ、仕事も少しずつだけど、やっと軌道きどうに乗り始めてきたしね」


 ドロシーの穏やかな表情とハキハキとした話し方を見聞きして、アネットは「なら、良かった!」と言った。


貴女あなたね……、だいぶ落ち込んでいたみたいだったから、すごく心配していたの。仕事も順調そうで、安心したっ」


「アネット、いろいろ気にしてくれて本当にありがとね! ……あっ、そっちの仕事はどう?」


「毎日忙しいけど、何とか乗り切っている感じね。とりあえずっ、まずはできるだけ長く続けていきたい、って思っているわ」


「そっか。相変わらずハードそうだけど、元気に働き続けられているみたいで良かった〜」



 心が癒やされるような景色を見ながら、ゆっくりと食事ができたので、ドロシーもアネットも良い気分転換ができたようだ。


 また、念願だった【修復魔術】の全習得に加えて、久しぶりの余暇を過ごしたことで、心機一転……〈修復屋〉の仕事をより頑張がんばろうと、ドロシーは強く思ったのだった。

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