新しい依頼

 四月に入ると、ニシノハテ公国は本格的な春を迎えていた。

 空気も温かくなっていき、コートが必要のない日も増えてきたようだ。


 とはいえ、公国は世界の北の果てに近いところにあるため、日光を感じられない天気の悪い時もたまにある。朝夕と昼間の気温差が激しいのだ。

 夏が始まる六月までは、まだまだ厚着を着なくてはならない日もある。




 ドロシーが〈宿屋オーロラ〉での業務を済ませた、次の日のこと。

 彼女は、再び徒歩で仕事に出かける予定だった。


 昼過ぎからの仕事であるため、ドロシーは少し遅めに起きたようだ。

 朝から仕事がある日は、日の出前に彼女は起床しているが、今日は太陽が見られる明るい時に、目が覚めたようだ。


 ドロシーはゆっくりと一階に降りると、キッチンに向かった。

 ドロシーがベッドから離れると、いつも通り使い魔のルルもドロシーのあとをついていく。


 両手を洗うと、まずドロシーはルルの朝食を用意したようだ。

 その後、温かいイチゴのフレーバーティーをつくると、ドロシーはテーブルの前に座った。眠気が覚めるまで、ドロシーは時間をかけてフレーバーティーを飲んでいる。



 窓から入ってくる心地良い日光を長時間浴びると、ドロシーは徐々に頭がスッキリしてきたようだった。


 仕事着に着替えると、彼女はソーセージがメインとなるブランチをつくって食べた。

 ルルも、朝食よりも少ない量の昼食をちょっとだけ取ったらしい。




 今日も快晴のようだ。

 太陽が南中する少し前、ドロシーはルルと一緒に外出した。彼女たちが向かうのは、セイナン町の中心地だ。


 温かい空気に触れながら、通りを歩いていると、ドロシーは少し汗をかいたようだ。

 程良い運動をしているからか、ドロシーとルルは体が温かくなってきた。目的に行く途中で、思わずドロシーは薄手のコートを脱いだ。


「ポカポカしてて気持ちいい〜♪」


「ホントだねっ! コート、必要なくなったきたし」


 外出しやすい季節だからか、町の中は出歩く人々が多いようだ。商店街に買い物に来る者や、散歩している者と繰り返しすれ違った。



 細い通りを抜けると、ドロシーたちは、フェリクス大公が住んでいるマンナカ城が見えてくる場所まで来たようだ。


 マンナカ城は小高い丘の上に建てられていて、重厚な城壁に囲まれている広くて大きな城だ。サイモンと彼の父親の職場でもある。




 マンナカ城の城壁の隣にある立派な堀沿いを歩き終えると、ドロシーに修復の依頼をした人物の屋敷が見えてきたようだ。

 今回、ドロシーに依頼をしたのは、セイナン町の町長なのだ。


 マンナカ城に近いが、町長の屋敷の周りは民家等の建物が全く無いようだ。

 庭の舗装ほそうされた通路を抜けると、ようやくドロシーとルルは町長の屋敷のそば辿たどり着いた。


「ドロシーとルル、久しぶりねっ。待っていたわよー」


 と、屋敷の玄関の前に、下ろしたツインテールの髪型の、メイド服を着た少女が立っていた。


「アネット、久しぶり〜」


「お疲れ様、アネット。今日も地域共用のパンがまの修復……、だったかな?」


「うん、頼むわね!」


 町長というお偉いさんは、仕事量が膨大ぼうだいらしく、外回りの業務が多いらしい。

 そのため、屋敷で雇われているメイドがドロシーたちに対応したのだ。


 メイドの名前はアネット・ブラウン。彼女は、ドロシーがホッポウ魔術学院に所属していた頃の友人である。

【風】の魔術が秀でている彼女は、その魔術を使った掃除が得意らしい。



 アネットと共に、ドロシーたちが中に入っていったのは、町長の屋敷から少しだけ離れた、小さな建物だった。外壁は、町長の屋敷より簡易的に造られている。


 その小さな建物の中にある物は、パン窯だ。多くの公国の国民は自宅にパン窯が無いため、パンをこねた後、ここでパン焼き職人にお金を払って焼いてもらうという。



 ドロシーはパン窯のひび割れを、放っている青い光だけでなく、目視で確認すると、手際良くひびを直していった。


「毎回ありがとう、ドロシー。メイド長と町長さんにも、きちんと報告しておくわね」


 パン窯の修復を終えると、ドロシーは微笑みながら、「いえいえ〜」とアネットに言った。

 ドロシーの業務を最後までそばで見ていたルルも、彼女にねぎらいの言葉をかけたようだ。


「もっと温かくなってきたら、一緒にお外でランチを食べましょ♪」


「ありがとう、アネット。約束、覚えておくね〜」

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