頑張り屋の秘密

「ドロシーのことを気にかけてくださって、本当にありがとうございました」


「いんや。けっこー顔色悪かったし、空元気が丸出しだったしな。ケーラさんの葬儀そうぎ後の時に元気ねーのが、まだ続いてる感じだったから、相当体力的にも精神的にも無理していたと思う。

 それにしてもっ! サビ猫さんの主人、生真面目なんだな……」


 ルルは「そうだね」と言うと、顔をゆるませて、再びサイモンの目を見たようだ。そして、穏やかな口調で話を続ける。

 サイモンはロッティの様子を気にかけつつ、ルルの言葉を真剣に聞いているようだ。


「普段は飄々ひょうひょうとしているから分かりにくいけど……、細かいことまで気付いてくれる人なんだね、サイモンさん。

 ドロシーのことを心配してくれたのが嬉しかったから、ドロシーが仕事を頑張ごんばるきっかけについて教えるよ〜。あの子……、なかなか本心を話せないとこがあるしねっ」


「てっ……、オレが知っていーことなのか??」


「危険じゃない……と言うか、『空気の読める優しい人間』とゆーのは、猫の本能で何とな〜く分かるんだ。サイモンさんには、ドロシーのこと知って欲しいから、話してもいい?」


 サイモンは「お、おう……」と返事をした後、ルルはドロシーの過去について話し始めたのだった。




 学生時代のドロシーに関する話である。

 当時、六歳だったドロシーは、セイホク村の外れにあるホッポウ魔術学院に入学した。


 真面目である上、頭の回転が早くて賢いドロシーは、魔術に関する多くの知識をどんどん吸収することができた。

 そのため、初等部から高等部まで、どんなペーパーテストも必ず平均点以上の高得点だったらしい。



 しかし一方で、実技は非常に不得意だった。

 初等部で一番初めに習う【風】の魔術を、ドロシーはすぐにコツをつかむことができず、習得するのがだいぶ遅かった。


 周りの生徒たちよりも、発生させた風で何かをちゅうに浮かせる基礎きそ魔術を、使いこなせるようになるまで、かなり時間がかかったのだった。

 学院の休み時間にも、帰宅後にも、練習した回数を忘れてしまうくらい、彼女は必死で自主練習を繰り返した。【風】の基礎魔術を習得するのに、とても苦労したのだ。



 それらが原因で、ドロシーは自信の無さと劣等感れっとうかんに押しつぶれそうになっていた。彼女はネガティブな性格であるため、常に自分の長所よりも短所の方に目が行ってしまうのである。


 それで彼女は、人知れず長い間、悶々もんもんと一人で悩んでいた、と……。




 そして、初等部の高学年であった多感な時期に、ドロシーの心の傷を深くさせる出来事が起きた。


『お前。、なんで基礎きそ魔術が下手くそなんだよ??』


 同級生からの悪意の無い素朴な疑問を投げかけられ、ドロシーは苦しみのドン底に一気にちてしまったのだ。



 ドロシーが元々魔力が強い理由は、ケーラの遺伝があるからだ。

 だが、敬愛するケーラと比較するような同級生の言葉は、ドロシーを何とも言えない複雑な気持ちにさせた。


 それに、『生まれつき魔力が強い者は、魔術が上達しやすい』と一般的に言われていることも、彼女の苦悶くもん拍車はくしゃをかけた。

 上達する前の段階で、なぜ自分は簡単な魔術さえなかなか習得できないのかと、ドロシーはずっと苦しみ続けていたのだった……。




 とはいえ、人生に絶望する一歩手前で、ドロシーは何とか立ち直ったそうだ。


 些細ささいなことで深く悩んでしまう癖が直る訳ではないが、彼女が立ち直ることができたのは、『〈修復屋〉を継ぐ』という明確な目標と強い意志を持ったからだろうと、ドロシーの母親がルルに話したことがあるらしい。


「まあ……、ドロシーは小さい時から、だいぶ内気だったみたい。

 ……でね、今の話は、全部キャロルから又聞きしたことで――」


 ルルは、魔術学院から帰宅した後に、落ち込んでいたドロシーがベッドの中で一人で静かに泣いているのを、キャロルは繰り返し間近で見てきた、と本人から聞いたようだ。


 ドロシーの過去だけでなく、弱さだけでなく強さもある内面について、ルルは知る限り全てのことを、サイモンに話したのだった。



 キャロルもドロシーと同じく、遺伝的に【修復魔術】が使えるそうだ。


 だからこそ、ドロシーが事細かに胸の内を伝えなくとも、キャロルは娘の心情が十分に理解できるのだろう、とサイモンは思ったようだ。



 ちなみに、キャロルは結婚後、苗字みょうじは変わらないままで、セイホク村にある小麦農家である三男の妻になった。

 キャロルの夫、かつドロシーの父親の名前は、ニック・ウォードである。

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