古城にて(下)

 ドロシーたちがアルフィーの執務室に戻った後、壁にある掛け時計の時刻を見てみると、十二時を少し過ぎていた。



 その時、ドロシーとルルは、足元で複数の小さな何かが通り過ぎて行った気配を感じたようだ。ふと棚の前にある机の上に目を移すと、ドロシーは、無数のうろこがあるトカゲのような生き物が居ることに気が付いた。


 その生き物は黒い体と、ゴールドの目を持っていた。皆、とても器用に二足歩行をしているようだ。数匹のグループを組んで、アルフィーが目を通すための書類を運んできたらしい。


「郵送した書面に書いてあったと思うけど、俺がチェックしなきゃいけない書類も直してもらいたいんだ。あせってドジる『サラマンダー』も居るから、書類がちょいげるちゃうことがあるしっ! あっ……、【炎】の魔術が得意だから、俺はサラマンダーを使役できるんだ。

 てかっ、いつの間にか十二時を過ぎちゃったなぁ……。業務が長くなって、ホントごめんっ! 書庫のヤツの十分の一以下しかないけど、頼んでいーか?」


 ドロシーが返事をすると、アルフィーは棚の中から部分的に焦げている書類を出した。アルフィーは、それらの書類を壁側のサイドテーブルに乗せると、ドロシーに「悪いけど、よろしくな」と伝えたようだ。

 だが、その後――


「コラッ、そんなとこで寝るなーっ!!」


「キキィィィィィ!!」


 多くの書類が置かれた机の上で、居眠りをしていたサラマンダーの一匹がアルフィーから注意された声で驚き、声を出しながら飛び起きて拍子ひょうしに、ブワッと火を吹いたのだ。その火の粉は、そばにあった書類まで飛んでいったようだ。


「おいおい、また書類が焦げちまったじゃんっ! 頼むから落ち着いてくれ……。ドロシーさんの仕事が増えてしまって、本当に申し訳ありませんでしたっ」




 ドロシーがマンナカ城での業務を終えると、アルフィーは彼女にバニラフレーバーのブレンドハーブティーを振る舞った。

 ゆっくりとハーブティーを飲みながら、ドロシーは自分の懐中時計の時刻を確認した時、時計の針はあと数分で十三時になる時間であった。


 ……と、とびらをノックする音がして、アルフィーの執務室に誰かが入ってきたようだ。


「失礼しま〜す。……お! ドロシーもルルも、お疲れさん」


 サイモンが見慣れない真っ白なシャツを着ていたので、彼の仕事着を知らないドロシーは目を丸くして驚いた。彼女はしばらく言葉が出てこず、だいぶ遅れて「お疲れ様です」と挨拶あいさつを返したのだった。

 サイモンは一束の書類を抱えているようだ。


「頼まれてた書類の二重チェック、全部終わりましたよ〜。……あっ、パイセン。使役できるサラマンダー、もしかして増えてません??」


 サイモンが一旦話し終わると、「誰のせいだぁー!!」と突然アルフィーは叫び、困惑した顔でサイモンを凝視したのだ。


「てっ、そっちのサボりのせいで、めちゃくちゃ大量の書類の処理を、代わりに俺がこなしてるんだぞっ! 、もうちょっと手伝ってくれよ……」


「ヘイヘーイ」


 アルフィーは、サイモンの日頃の態度に怒りを感じつつも、遠回しに彼を信用して頼っているという発言をした。

 ドロシーもルルも、アルフィーとサイモンのテンポの良いやりとりを見て、仲の良い先輩と後輩なのだとすぐに理解できたので、ほのぼのとした気持ちになったようだ。




 ドロシーとルルがマンナカ城から離れると、再び正門に戻るまでサイモンが彼女たちを見送った。

 すると、ドロシーたちが城の正門近くにある馬車の駅まで歩き始めようとした時、サイモンがふと話し始めた。


「馬車の駅までだけじゃなく、一緒に馬車に乗って〈ヒダマリ大聖堂〉まで送るよ。あっ、コレは恒例こうれいのサボりではなく、上司である宰相さいしょうの親父からの指示だから」


「往復の交通費を全額出して頂いていることに加えて、他のことにも気をつかってくださって、申し訳ないような……。でも業務の一環いっかんなら、そんなこと言ってはいけませんね。本当にありがとうございます」



 馬車の駅に着いて約十分後、ドロシーとルル、それからサイモンは巡回じゅんかいしている馬車に乗った。馬車は、セイナン町の商店街がある方へ向かっていった。


「そーいや、親父から言伝ことづてを頼まれていたんだ。今日から三日後に、お袋の肖像画しょうぞうがを修復してもらいたいらしいけど、その日は他の仕事が入ってたりしないか?」


「大丈夫です、空いていますよ」


「分かった、ありがとう。昼過ぎからの仕事になるけど、よろしくな」


 ほぼ密室のような馬車の中で、中性的な美青年であるサイモンに見つめられて、ドロシーは良い意味で、波立つような心情になっていた。自分も名画の中に入ったかと感じるような、夢見心地である。


 もしも女装をしたなら、彼はそんじょそこらの女性よりも、きっと何十倍も美しいのだろう、とドロシーは思っていた。

 サイモンは男性であるので、失礼なことを考えているのかもしれないが……。


(こんなにも美しくて、素晴らしい男性と知り合いになっている自分が、今でも本当に信じられないなぁ……)




〈ヒダマリ大聖堂〉の前にある広場に着くと、馬車は駅の前で停まったようだ。

 ドロシーとルルは馬車から降りた後、サイモンに「お見送り、ありがとうございます。お疲れ様でした」と丁寧に伝えた。


「慣れないとこまで来てくれて、お疲れさん。親父や先輩とかのために、いろいろありがとな! 腹もペコペコだろうし、いつもよりも疲れているだろーから、今日はしっかりと休んでな〜」


 馬車の開いた扉から手を振るサイモンに、ドロシーは少し照れながら手を振り返した。


 そして馬車を見送った後も、歩いて帰宅するまでも、ドロシーはふわふわとした不思議な気持ちが続いていたのだった。

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