〈修復屋〉の一日 (下)

 ドロシーが〈宿屋オーロラ〉の厨房ちゅうぼうに戻ると、ジェシカは昼食を用意してくれていた。食堂のテーブルには、すでに数品の料理が置いてあった。

 ベンとノアは、小さなベッドで眠っているロッティの様子を見ながら、守りをしているようだ。


「お疲れ様。……早いね、もう終わったのかい?」


「はい。厨房の食器も、寝室のイスとベッドシーツも、全て修復が終わりました」


「毎回ありがとうね〜。……ああ、修復代はまた後日でもいいかい? 明日は宿泊する予定の人が居るから、昼から掃除やら準備やらしなくちゃいけないしっ。ホントに悪いね、いっつもゴメンよ……」


 ジェシカからびの言葉を聞いたドロシーだったが、ドロシーは笑顔で「大丈夫ですよ」と答えた。


 ドロシーが〈宿屋オーロラ〉でひと仕事終えると、毎回ジェシカがドロシーとルルに食事を出してくれるようだ。早朝からの業務なら昼食、昼からの業務なら夕食を作ってくれるらしい。




 ジェシカたちと共に昼食を食べ終わると、ドロシーは食器一式を厨房の流し台へ運んだ。


 ドロシーが流し台で食器を洗っていたジェシカに声をかけると、ジェシカはドロシーが使った食器も洗って、片付けてくれるつもりのようだ。

 ドロシーはジェシカに丁寧にお礼を言うと、今度はベンのそばに行った。


「茶渋の付いたカップや、シミのあるテーブルクロス……ありますか? また修復の練習をしたくて」


「……ああ、頑固な汚れが付いたカップがいくつかあったかな。これからテーブルクロスの上に置いておくから、自由に使っていいよ」



 ドロシーが魔術で、カップの汚れを落として綺麗きれいにする練習をしている間、ルルはノアの遊び相手になっていた。

 使い魔とはいえ、猫の狩猟本能も元々あるので、しばらくルルは猫じゃらしに夢中のようだった。


 ノアと触れ合う時間が終わった後は、ルルは食堂のイスの上で昼寝をし始めたらしい。




 ドロシーがカップやテーブルクロスの【修復魔術】の練習を終えると、夕方近くになっていた。


 ドロシーとルルが自宅に戻るために〈宿屋オーロラ〉の外に出ると、まだ風が少し冷たいのを感じたようだ。

 自宅までの非常に短い距離でも、手先が冷えてしまいそうだ。


「早く春が来て欲しいな。冷えた石畳いしだたみの道は、肉球がちょっと辛いし」


「そうだね〜」



 通りの向かいに渡ろうとした時、〈宿屋オーロラ〉のすぐ近くにあるベンチで、見覚えのある男性が仰向けになっているのに、ドロシーは気が付いた。


「あれ……? ウォードさん??」


 ドロシーは気になって、ベンチに居る長い紫色の髪の青年の傍に寄ってみた。

 ドロシーがベンチに近づいてみると、青年はどうやらコートを布団代わりにして、眠っているようだ。


「あのっ! ウォードさん、そこで長居していて大丈夫ですか?? もうすぐ陽が沈み始めるので、寒くなりますよ?」


「……んん〜。もー、そんな時間か……」


 少し腰を曲げたドロシーがサイモンに声をかけると、サイモンはゆっくりとまぶたを開けて起きたようだ。

 サイモンは体勢を変えて、足を地面に付けると、ドロシーの方を向いた。


「起こしてくれて、ありがとよ。さみーとこ居て風邪でも引いたら、色々とめんどいしな……」


 ドロシーが「あっ……、いえ」と小さく声を出すと、サイモンは再び話を続けたようだ。


「それからっ、オレのことは『サイモン』でいーよ。ウォードさんは、あと……親父と妹の二人居るから、ややこしーしな」



 ……と、ドロシーは、たった今『ウォード』という苗字みょうじをしっかりと聞いた後、ウォード家が公国では非常に有名なエリート魔術士の一家であることを、ぼんやりと思い出したのであった。


 父親は【地】の魔術を使いこなし、公室で活躍かつやくする宰相さいしょうである。長年、マンナカ城で働いているらしい。


 長女は十代前半ではあるが、ホッポウ魔術学院の中等部では常に首席であるため、高等部に飛び級したのだと……。それから、【水】と【氷】の魔術に長けているという。


 そして、長男は――


「……なら、サイモンさんは、わたしの言葉が分かるんだね! 確か……【雷】の魔術が得意で、宰相補佐官さいしょうほさかんだったかな?」


「そ〜。……てっ、記憶力いーから、優秀な使い魔だね!」


 ルルは謙遜けんそんして「そんなこと無いですよ〜」と言った後、めてくれたサイモンに丁寧にお礼も伝えた。


「寝ていたってことは、今日は早い時間に終わる勤務だったんですか?」


 そのようにドロシーがサイモンに聞くと、サイモンは「サボりですわ~」とはっきり返答したので、ドロシーもルルも目を丸くして驚いたようだ。


 そして、サイモンはコートを着ながら立ち上がると、颯爽さっそうと駆け足でマンナカ城に向かっていった。


「親父がキレる前に戻らねーとな。……んじゃっ!」

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