ケーラの葬儀にて

 とがったような形をした半島……、そこには海沿いの小さな街がある。

 石造りの家々が並んで、あちらこちらには石畳いしだたみの道も続いている。レンガで造られた建物の中には、木組みのものもあるようだ。




 三月が過ぎようとする頃、冬の終わり。

 その日は一日晴れていたが、家の屋根や道端には、まだ薄っすらと雪が積もっているようだ。

 しかし、春に向かっていく頃でもあり、空気の冷たさがだいぶやわらいでいた。人や馬車の往来が多い広い道は、全く雪が残ってはいないので、歩きやすくなっている。



 十三時を過ぎた頃、〈ヒダマリ大聖堂〉には、喪服もふくを着た大勢の葬列者そうれつしゃが集まっていた。

 葬列者の中の先頭に立っているのは、ニシノハテ公国の最高位であるフェリクス・チップ・ウエスト大公、そして彼の妻であるエリザ妃だ。大公夫妻の後ろには、公室の関係者たちが並んでいた。



 祭壇さいだんそばに置かれているケーラのひつぎの横では、ケーラの孫娘の一家が来賓らいひん挨拶あいさつをしているようだ。

 大公夫妻がケーラの棺の前まで来た時、母親らしき女性がケーラの孫娘の体を支えながら、立ち上がるようにうながした。孫娘は祖母の死に大きなショックを受けていたのか、号泣しながら座り込んでいたらしい。


 孫娘は大公夫妻に気が付くと、ハンカチで涙を拭いながら、ゆっくりと立ち上がった。彼女は背筋を伸ばした後、しっかりと大公夫妻の顔を見て、礼儀正しく挨拶をしたのだった。



 そして、大公夫妻を含む公室で働いている一行が、亡きケーラへ別れの言葉をかけ終わると、年配の議員たちがケーラの棺に向かってきたようだ。その後も、ケーラを慕っていた街や村に住む多くの人々が、続々と列を作っていた。




 ケーラの葬儀そうぎが終わった時は、西の空にある太陽がすでに沈み始めていた。

 暗い道を歩く際、松明たいまつやランタンが必要になる前に、ケーラの死を惜しみながら、公国の一人ではそれぞれ帰宅したのだった。



 日の入り前に、ケーラの孫娘も家に戻っていた。

 彼女が暮らしているのは、〈修復屋〉の店も兼ねている小さな家である。ケーラが健在していた時は、彼女も一緒に生活をしていたそうだ。それから、両親とは別々に暮らしているらしい。


「アンタが、ドロシー・エヴァンズか??」


 肩まである焦げ茶色の短い癖毛くせげと、髪と同じ色の眼を持つ孫娘が家の裏口をかぎで開けた後、突然、誰かから声をかけられたようだ。

 ケーラの孫娘、ドロシーが驚いて横を見ると、少し離れた通り側に見知らぬ若い男性が立っていた。


「あっ。はい……、そうです?」


 ドロシーが返事をすると、その若い男性は早足で彼女のそばに来た。


「親父がケーラさんに頼んだ、懐中時計の修復代な……。親父はケーラさんの葬儀の後に、即仕事に戻らないといけなかったから、代わりにオレが持ってきた。

 ……遅くなっちまって、ホント悪いな。親父も、そー言ってたっ!」


 ドロシーに懐中時計の修復代を渡したのは、細身で長身の青年だった。グレーのシャツに、真っ黒なスラックスとコートを華麗かれいに着こなしている。上流階級の者だろう。

 また、彼は腰まで伸ばした長い髪を三つ編みにして束ねていた。紫色の真っ直ぐな髪に、カナリアイエローのが非常に印象的な青年だ。



 ドロシーは青年の話を聞き終わると、すぐに彼女は懐中時計のふたの修復について思い出した。確か青年の母親、……いや依頼主からすると、亡くなった妻の形見だった、と……。

 しなやかなつると多くの小花が彫られていた、可愛らしく優美な模様が付いていた蓋の、古い懐中時計だったのを、ドロシーはよく覚えていた。


 綿の袋に入った懐中時計の修復代を受け取ると、ドロシーは青年に丁寧にお礼を伝えた。


「あっ、あの……。お名前って??」


「あ〜、初めに名乗った方が良かったかな。……サイモン・ウォード、よろしくっ!!」


 ドロシーに軽やかに答えると、サイモンという青年は再び早足で、セイナン町の中央方面に歩き始めようとしていた。

 ふとドロシーが気が付くと、辺りは日の入りの直前だった。足元が見づらい程、外は薄暗くなっている。


「あっ!! もし良かったら、ランタンをお貸しできますが、どうですか? ご自宅に着く前に真っ暗闇になっているかも、ですしっ」


「いんや、大丈夫〜。オレ夜目が利く方だし、ダッシュで帰るわっ! ……じゃ、また〜」


 そうしてドロシーに手を振った後、サイモンは駆け足で帰っていったのだった。

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