静かに過ごす時間の中で

 ドロシーとルルが夏至祭に行っている頃、サイモンはサイホク村のある場所に居た。

 その場所は、非常に広い墓地だった。サイモンたちの家がある森のすぐ側、平地に造られた集団墓地である。


 森の反対側には高い建物は何も無いようで、見通しが良いようだ。墓地からは、公国で唯一の孤児院とホッポウ魔術学院がよく見える。



 サイモンは数輪の白いカーネーションを持って、亡き母の墓に訪れていた。

 平らな墓石には『オリビア・ウォード』という名前、それから彼女の生年月日と没日ぼつびが彫られている。それらだけではなく、『世界で一番愛する貴女あなたを、私たちは決して忘れない』というメッセージも、墓石に加えられているようだ。


(昨日、親父とクララが先に来たみたいだな……)


 サイモンが地面に両膝りょうひざをついて、墓石の正面に近づくと、彼は白いユリがすでに供えられていることに気が付いた。

 その後、ユリの隣に持参したカーネーションを置くと、サイモンは祈りをささげたのだった。



 サイモンは墓地から離れると、ゆっくりとセイナン町の方へ歩き始めたようだ。

 民家と民家の間にある道を通ると、ちらほら夏至祭の会場に向かっていると思われる人々が居た。笑顔で嬉しそうに話している人と何度もすれ違ったサイモンは、真っすぐに自宅へ戻っていったようだった。




 昼前に商店街の方へ戻ったドロシーとルルは、家に帰る前に〈宿屋オーロラ〉に寄った。

 彼女たちが〈宿屋オーロラ〉の中に入ると、クック家の人々は宿泊客のための準備に追われているようだ。おんぶひもでロッティを背負ったジェシカも、ロッティの様子をなかなか見られないようで、あちらこちらへ慌ただしく動き回っている。



 毎年、夏至祭の時期になると、近隣の国々からニシノハテ公国に大勢の観光客が訪れるのだ。日帰りで自国に帰る者も居れば、連泊して余暇を満喫まんきつする者も居る。

 それ故、六月は宿屋の書き入れ時なのである。



 全ての部屋に泊まる客をもてなせるよう、ベンたちは懸命に仕事をこなしていた。

 ちょうどベンとノアが食台に洗濯済みのテーブルクロスをかけている時、ドロシーは新しい紙袋に入れた一部のスコーンを、厨房ちゅうぼうにある小さなテーブルの上に置いた。


「夏至祭で買ったスコーン、皆さんで食べてくださいね〜」


「ありがとうね、ドロシー! 今日の昼飯か夕飯の時に頂くよっ」


 ベンに続いて、ノアもドロシーにお礼を伝えた後に、ドロシーとルルはスッと素早く〈宿屋オーロラ〉から出ていったのだった。




 太陽が南中してから少し過ぎて、ドロシーとルルは家に入った時、〈修復屋〉の周りは珍しく非常に静かだった。

 普段なら時々、住民が通りを歩いているので、話し声が聞こえてくるのだが、今は外には誰も居ないようだ。多くの人々が夏至祭に行っているのである。


 それに加えて、ドロシーは久しぶりに連休を取ることができたようだ。人々が夏至祭を楽しんでいる間は、業務を依頼されることがほぼ無いからである。

 身体からだを休ませることができる期間なので、良い意味で、ありがたいことなのだ。



 キッチンの近くにあるイスでひと休みした後、ドロシーは茶を作るためにかまどに火をつけた。

 と、湯が沸騰ふっとうして、ドロシーがカップに紅茶を注いでいた時、玄関からドアをノックする音が聞こえた。


「ドロシー。……オレだよ、サイモン。中に入ってもいーか?」


「あっ、はい! 今、開けますねっ」


 ドロシーが早足で玄関を開けると、恐る恐るサイモンが〈修復屋〉に入ってきた。彼は、マチのある紙袋を持っているようだ。


 ドロシーのあとについていき、サイモンは食台の前にあるイスに座った。


「キッシュを作ってきたんだ。と、……、ついでに、オレもここで食べていっていーか?」


「えっ……? あっ、構いませんよ。今、お茶をれますね!」


 サイモンが「ありがとな」と言うと、ドロシーは温かい紅茶が入ったをサイモンの前に置いた。その後、すぐに竈の近くに戻ると、ドロシーは冷暗所から野菜を出したようだ。


「えと……、サラダも作ろうと思っていますが、どうですか? 塩以外に、オリーブオイルも酢もかけますか?」


もらうよ〜。オリーブオイルも酢もオッケー!」


 ドロシーが二人分のサラダを小さなボウルに盛った後、サイモンが作って持ってきたキッシュも皿に乗せた。

 サイモン手作りのキッシュは、ベーコンとポテトが入ったシンプルなもののようだ。


「サイモンさんっ、今回も素晴らしいですね! このキッシュ、お店でも出せるくらいのレベルですよっ」


「ははっ、め過ぎだっつーの。まっ、この間のベリーパイはお袋直伝だけどな」


 ドロシーからの褒め言葉を軽く流しつつも、好意を寄せる相手がキッシュを美味しそうに頬張ほおばる姿を見て、サイモンは胸が高鳴っていた。

 すると、今度はサイモンが話し始めたようだ。


「親父……。オレに対する愚痴ぐち、なんか言ってなかったか?」


「いえ、特には……?」


 ドロシーからの返答を聞くと、サイモンは少し上を向いて、しばらく考え事をしていたようだった。


(サボりで、マンナカ城に居ねーことをずっと厳しく注意しないのは、お袋が死んでから、長年オレに家事任せっぱなしになってることを、今も相当気にしてるんだな……。元々家事は好きだから、オレに対して負い目なんて感じなくていーのに……)

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