社会人として、家族として

 ……と、ドロシーから向けられた不思議そうな視線を感じで、サイモンは我に返ったようだ。


「ああ、そうだ。昨日はお袋の命日でな、今日の昼前にお袋の墓に行ってきたんだ。そーいやあの日……、マジで大変だったんだよな〜。十年近く前、夏至祭の初日に、公国で珍しく地震が起きたの、アンタも覚えているだろ?」


 ドロシーが「はい、もちろんです」と言うと、サイモンは平常の軽快な口調で、オリビアが亡くなった日について語り始めたのだった。




 サイモンとクララの母親で、ジョセフの妻であったオリビアが亡くなったのは、七年前のことである。

 当時、サイモンは十七歳で、幼いクララはたったの六歳だった。



 身寄りが無く、長年セイホク村の孤児院で、用務員として働いていたオリビアは事故で急死してしまった。一人で庭仕事をしている時、高い梯子はしごから落ちてしまい、頭を強打したのだ。


 その日に運良く孤児院に居た院長が、オリビアが孤児院の中庭で倒れているのを発見したのだが、すでに遅かったようだった……。

 院長は、急いで診療所にオリビアを連れて行ったが、オリビアはもう身罷みまかっていたのだ。



 オリビアが亡くなった日、診療所に駆けつけたウォード家の三人は、深い悲しみに押しつぶされていた。

 ジョセフはふさぎ込み、クララは泣き叫んでいたらしい。情緒不安定になり過ぎていた二人は、悲しみのあまり魔術を暴発させてしまったのだ。診療所の周りで、ジョセフは大きな地割れを起こさせて、クララは巨大なひょうを降らせたという。

 それで、サイモンは自分の感情をぐっと抑えないといけない程、ジョセフとクララをなだめるのに必死だったと……。


 診療所がくずれる寸前の大惨事だいさんじだったらしい。

 強力な魔術を使うことのできる二人の暴走が、公国の地震の原因だったのだ。




「……まあ、親父は宰相補佐官さいしょうほさかんから宰相に昇格したタイミングで、クララは魔術学院の中等部に上がった頃には何とか立ち直って、だいぶ落ち着いたから、ホント良かったよ〜。オレも、日にち薬で現実を受けられるようになってきたしっ」


 ドロシーはサイモンの話を聞いて、「……そうだったんですね」とポツリとつぶやいた。

 地震の真相やらサイモンの過去やら様々なことを一度に知って、ドロシーは頭の中を整理するのに精一杯だったようだ。


 とはいえ、愛する家族を亡くした辛さは、ドロシーも心が痛く感じるくらい理解ができた。彼女はオリビアの最期を、



「なんだけどさ。……オレ、仕事に関しては胸を張れないと言うか、ずぅーとモヤモヤしていること、あって――」


 サイモンは急に顔をくもらせて、声のトーンも低くしたようだ。

 そして、再び話し始めたサイモンの、心の奥の奥にかくしていた想いを聞いて、ドロシーは非常に驚くことになる。


「うん……。学院の先生とか周りの人から薦められたって理由だけで、今の職に就いてるんだ。仲の良かった先輩が居るし、親父から欠員出たからどうだ……て聞いたから、とりあえずペーパーテストと面接を受けてみた感じで。缶詰め状態が多いとサボりたくなるけど、今はお硬〜い雰囲気に多少は慣れたし、でっかい不満は無いから、辞めたいとは思わない。だけどさ……、社会人になっても、学生時代と同じように、『コレをやりたい!』みてーな目標とか意志とか全く無いまま、、とたまに思うんだ。

 だから……、目標とか意志とかずっと持ち続けていて、常に真っ直ぐに突き進んでいるアンタは、本当にスゴいと思う」


 仕事についての心構えや態度をめられたのだが、ドロシーはあまりピンときていない様子だった。褒められたことは嬉しかったが、サイモンの繊細な一面を初めて知ったことの方が、彼女の心に響いたようだ。


「そんなこと無いですよ! 私は元々家事は得意じゃないし、ジェシカさんに食事作ってもらうこと多いし、〈修復屋〉の経理関係は毎度ベンさんに手伝ってもらっていますし……。

 ですから、サイモンさんは素晴らしいですよっ。官吏かんりの試験はすっごく難しいって聞いたことありますし!! それにっ……、お仕事だけじゃなくて家に居る間も、ずっとずっとご家族の精神的な支えになっていらっしゃるから、本当にご立派だと思います。だからっ……、どうかネガティブなことを思わずに、、自然体でいてくださいね!」


 サイモンと同じくらいに、ドロシーも心の内を全て話したようだ。サイモンに、仕事に対する自信を少しでも持って欲しい、とドロシーは思った。

 熱心に仕事をこなすように、りんとした振る舞いをしたドロシーを見て、サイモンは自然と表情が柔らかくなったようだ。


「そ……、そうか?? うん……、分かった!」




 サイモンが帰宅しようと外に出た時は、白夜のため、空は相変わらず明るくて、辺りは白い光が満ちていた。

 サイモンを見送るために、ドロシーとルルも〈修復屋〉を出て、出入り口付近に立ったようだ。


「そーいや、親父から聞いたけど、秋になったらマンナカ城へ仕事しに行くんだってな。……あんま慣れない雰囲気ふんいきだけど、気を張り過ぎなくていーからな。アンタなら普段通りやれば、順調に終わると思うし」


「そうですね、ありがとうございます! とりあえず夜の時間帯になったら、部屋を暗くするためにカーテンをしっかりめて、いつものようにきちんと睡眠を取ろうと思います」


「ん、それがいい。じゃっ、またな!」

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