最終章 世界を継ぐもの Inherit the World

最終章 世界を継ぐもの Inherit the World 本文

 ――〇――

 2022年4月1日18時35分、日本魔界府黄泉平坂市高天原区天照にて。


 ――鳥羽或人――

 その男はベアトリーチェさんの攻撃を全て正面から受けとめ、身体はズタズタに引き裂かれ、内臓をまろび出して、血液を飛散させていた。

 その男はそれを見て顔をゆがめて笑っていた。


 『バキバキバキィッ、ジュバッバッブチブチブチィッ!』


 「痛い痛いーん。痛覚は鋭敏なんだよぉ? 俺ちゃんたち皆は。マチズモマンと愉快なミソジニーみたいな関係で。上司に向かってこんなに攻撃していいのかい? カントル君」


 『バキョッ! バァン!』


 奴の顎が課長の回し蹴りで遠くへ吹き飛ぶ。口が動かないのに喋りは続いている。


 「あーあ、酷いじゃないか。喋り辛いったらヌラベッチャン、ポチョムキン、ありゃしないよお。お喋りトイズのマスコットちゃんなんだぜ、おいらーは指数関数的にコサインとタンジェントをとる美しさで話題の公式なんすから。公式だけに。世も末玲子と不思議な坊主、パンツ被りの冤罪は転売で免罪の謝罪」


 吹き飛んだ顎が飛ばされたときと同じようなスピードで戻ってくる。飛散する血も、肉も、皮膚も、全て直ぐに、時間が巻き戻されるかのように戻っていく。まるで世界がそれを望んでいるかのように。


 『ズバッドカッドドドドドッ!』


 ベアトリーチェさんは奴の胸から心臓を抜き取り、握りつぶし、足を上げ、踵落としで脳天を貫く。右と左にキッチリと真っ二つになり、内臓に攻撃を受けた奴は、無い口で減らず口を叩き続けている。

 僕は氷漬けにされたように、怖気づいて動けない。

 なんて化物なんだ……コイツは。


 「脳ミソがぶっ壊れちゃったじゃないか、この感覚すっげえ気持ち悪いんだぞぉ。ただでさえ脳ミソはゆるゆるの臓器だってのに、ゆるゆるが零れちゃってるよーっ。応答せよ! 嗚咽。咽頭なし! 脳震盪の30倍バージョンみてーな感じでさぁ、ああ、おもろーい! ぎゃはははははははは!」


 ヘラヘラと笑う。確実に脳は潰れ、心臓は抜き取り、握りつぶされているが、その破片がするすると奴の元へと戻っていく。不死身だ。


 「そろそろ満足したかな? こっちとしても総攻撃をうわお!」


 『ズババババッ!』


 「ウガァッ! グルルルルルル……」


 ベアトリーチェさんは間髪入れずに奴に爪での攻撃を仕掛ける、いつの間にか彼女は変身をしていた。凶暴な唸りで喉を鳴らしている。だが、彼女の爪が振り下ろされる前に、右側から巨大な悪魔サタンの手がベアトリーチェさんに振り下ろされていた。

 やはり速い!

 僕が間に入って受け止めなきゃ……。

 

 『ガシッ』


 「だめだめだめだめだめだめ……君は特等席でリンチを見るんだよ。うんち!」

 

 ベアトリーチェさんに向けられる攻撃に対して僕は庇おうと動いたが体が動かない……。後ろを見るといつの間にかあのスーツのアスラとかいう男に組み付かれている。奴がベアトリーチェさんにへし折れた腕や脚が再生していっている様子が僕の体に触れて伝わってくる。



 「クソッ、なんて大きさだ!」


 『ドガァアアアン!』


 宇美部さんも霊魂を巨大な悪魔サタンの手に向け霊魂弾を撃ち出そうとしていたが、その後ろに控える巨大人魚ダゴンの拳により彼も吹き飛ぶ。完全に失神している。


 『ドガァアアン!』


 サタンによって獣となったベアトリーチェさんは簡単に殴り飛ばされ、周辺のビルを突き抜けて行く。


 『ドガァン! ドガアン!』 


 「ベアトリーチェさん! 宇美部さん!」


 「ペルトスミトコンのタイコンデロガ。君はここで何もできずただ見るだけだよ……。鳥羽或人君ェ。ペレストロイカ。わしらと同じ型のミトコンな君は何もできずに大切なものを失い続けるんだよ。ほら、ご覧なさいや……! ソイヤッ! グラスノチ♡」


 奴は僕の頭に触れる。僕の瞳には、吹き飛ばされ、地面に半径20メートルはあろうかというクレーターの中心で倒れるベアトリーチェさんの姿が映し出される。

 あの一撃で、一体何百メートルの距離を吹き飛ばされたのか。一瞬過ぎてわからなかったがビルと家を20軒は貫いている。まだ、あの人は意識があり、唸り声をあげているが……。それは本当にあの人の意識なのだろうか。

 また、宇美部さんの様子も映し出される。彼はもう、動けそうにないほどにボロボロで、地面に蹲り、筋肉を動かそうと震えている。


 ――真なる狂気=アスラ――

 君が居なければ、ここにわたくピ達が現れることはなかったでござるにござるよ。君が動ければ、彼らは助かっていた……。君の責任だよ? 相撲戦争ウォー


 ――鳥羽或人――

 あ、頭の中に奴の声が響く……。僕が、僕が動けていれば……。僕さえいなければ……。


 ――真なる狂気=アスラ――

 さあ見ちゃいたまえ、トンレルヘイム。グラデーションカラーのその先へ!

 君のやった所業の無情、沙羅双樹がコノヤロー!


 ――鳥羽或人――

 これは……。地下の避難所……? この街の住人たちが、一部魚を吐いたり、飢餓や病気を発症している。呪医たちが懸命に指示を出し、医療結界の中で施術をしている。手遅れとなった人、対処のしようがない人は医療テントの傍らで多く横になり苦しんでいる。

 どの人々の顔にも不安と緊張とが張り付いている。


 ――真なる狂気=アスラ――

 わしらの所業は無情も無情。みーんな爆破で御破算よ、皆の苦悶を見たいからね。それはすっごくhappiness!

 サタンちゃんやダゴンちゃんもそうでしょう?


 ――鳥羽或人――

 巨大なダゴンとサタンがにやりと笑い、喉の奥から嘲笑の声を響かせる。地響きのような声は僕の良く知った声……。でも誰の声だ……?

 思い出せない……。

 サタンが口を開く。

 

 「吾が目的は不快なる『阿片』たる宗教の絶滅。そのために吾が眷属を増やし、吾を信奉させ、自爆させ、最終的に世界全てを吾が信奉者に変え、それら諸共全てを消し去る。そして吾も滅び、世界の信仰を根絶することこそが目的……」


 破滅的で自滅を盛り込んだ考えだ。何がしたいんだコイツは。


 「ただ吾が怒りを殴りつけるのみよ……。気に食わん。それだけだ……。クックックック……」


 サタンは僕の考えを見越したように哂った。


 「ぐるるるるるるるるる。うぐるるるるるるる」


【ダゴン】が声を上げる。何を言っているのか……。


 ――真なる狂気=アスラ――

 彼は何も言っていませーん。いろいろあって脳が溶けちゃったのよ。たまに君に反応して喋るけど語彙が壊滅的なんだ、許してあげてちょ。やっぱいいや、いややっぱ許してあげて、いややっぱいいや、いややっぱ……。


 ――鳥羽或人――

 くそ、頭に響いてくる……。情報が頭に入ってくる……。やめろ……。やめろ……。


 ――真なる狂気=アスラ――

 ほうら、戦場は燃えているぞ。パリ燃え、パリ燃え。スターリングラード、スタグラ、スタグラ。四肢の吹き飛んだ奴らにゴミみたいに死んでいく命、ほうら全部君の責任だにょ?

 死、死、死、そうそう、ウェンディゴちゃんが苦しみで動いてくれていないけど、近づいた周りの奴らはみーんな死んでいく。例外なく、彼を認識した生き物は即死っ。即身仏~! 爽快感~!

 そんなウェンディゴちゃんも君につられてこっちにくるだろう。

 俺ちゃんたちは君が居なければここには現れなかったんだぜ? 

 君に導かれ集いし勇者たちなんやで?

 いやーさがしましたよ、真なる鍵。




 あ、ここの空間は意図的ですよ編集さん!




          ―― のりしろ ――

 ↓ここから本編↓

 ちなみにちなみに、君も気づいていたやろうけどサタンちゃんの眷属は魂が変わっただけの一般人だからね。君たちがぶっ殺した奴らはまだ助かる可能性があった、人殺しぃ!

 いやーん! 

 人殺しですよぉっ!

 なにっ、人殺しだってぇっ、人殺しは死刑、つまりおれが人殺しをする、するとおれも死刑、お前がやれ、お前も死刑になれ、みんなみんな死刑だっ!

 法律を作った奴も同意した奴も、みーんな死刑っ!


 ――鳥羽或人――

 人殺し……。いや、そもそもお前らが……。


 ――真なる狂気=アスラ――

 だが貴様が居なければ我々はここに居なかった! 

 ポリネシアン邂逅数か月目っ!

 君ちゃんの死と復活のおかげで、俺ちゃんの封印が緩み、より黄金の教示への介入を強められちゃった!

 卍!

 あとはおバカな権力者たちを

 こちょこちょ

 するだけでアーラ不思議(この不思議は摩訶不思議アドベンチャーの不思議ね、一応)、君の周囲の人たちは、みーんな地べたに這いつくばって死んでいくことになっちゃうのだよ?

 はっはっはっは! 面白い! 面白い! おもんな、黙れや。


 ―― 新コーナー 今日の川柳

 インノケンティウス参戦! (ここのインノケンティウスは3世と8世と10世のハイブリッドで赤いイメージでオナシャス)

 ―― 川柳コーナーは今回を以て終了いたします、臆病虚弱先生の次回作 『マグロ。』 ご期待ください。

 だははははははっ!

 みーんな苦しんでいるところは面白い! 馬鹿みたいに必死こいて抗っている! 面白い! 現実ではどんな生き物もゴミみたいに死んでいくことを初めて悟って絶望している! 


 知らん家の間取り

 玄関 戸 廊下 戸 居間 キッチン

     戸       脱衣所

    トイレ  階段  風呂


 きも。

 はははははははは!

 或人君のその顔っ、ダハハハハッ! 何とも可愛らしい! 人間皆死ぬことを初めて知ったみたいな顔だな! はっはっはっは!


 ――鳥羽或人――

 映し出される戦場の様子。死んでゆく人、傷ついた人、逃げ遅れた人、苦しみながら悪魔や魚へと変貌していく人、悪魔や魚に無残にも食い殺されて行く人、周りの悪魔を殺し尽くし自らの身体を自らの手で引き裂き高笑いしながら死んでいく悪魔の姿、魚を吐きだし空腹に倒れる人、瓦礫の中から聞こえた叫び声のせいで急死した人、突然現れたスーツの奴にゆっくりとバラバラに引き裂かれても未だに生きている人、そして、死体、死体、死体、全て、全てこの魔界府のもの……。

 不条理、理不尽、理不尽だ!

 何故、何故……。


 ――狂気=アスラ――

 理不尽? 何故?

 ふふふふふははははは! 理由なんて簡単だ! 俺ちゃんは思いっきり解放してんだよ! やりたい事を! ヘラヘラ生きてる全ての生き物が心底ぶっ殺してやりたいぐらい、愛おしいから!

 ぜえんぶ、全部、何もかもぶっ壊してぶっ殺して、最ッ高にスカッとしたいんだ! それはきっとすっげぇつまらねえ!

 最高だ!

 どうせまた次が巡る、どうせまた次が来る、幾千年幾億年幾兆年幾京年……。那由他の果てにまた1が始まる!

 つまんねえんだよ! 俺はッ!

 いいねいいね! 世界のバランスを整えるのも、出来上がったものを愛でるのも、ぜーんぶつまらない!

 最高だぜ!

 何度も何度もやりつくしちまった! だから今度は全部滅茶苦茶! バチボコぶっ壊し!

 意味なんかねえ! 俺ちゃんはもう人間辞めたんだ! オラッ死ね! いやゴメン、生きろ! やっぱ死ね! 催眠解除!


 ――鳥羽或人――

 何を言っている……。飽きたから……? ふざけているのか……?


 「ふざけてなどいない……。吾らは世界を意のままに、この掌の中に納め、破壊し、心中しようというだけだ……。最も合理的、最も手早い素晴らしい問題解決だ」


 サタンがそう語る。合理的で手早い……。問題解決?


 「世界は信仰という病を抱えている。愚者が罹患するこの病を根絶しなければならない。だが世界には必ず愚か者が存在する。相対的要素だからな。ならば賢きも愚かも全ての者を殺し尽くし、吾一人となれば吾がこの世界で最も愚かな信仰者となる。されば吾が滅びることで世界から信仰の病は根絶される。不愉快な病を破壊する。不愉快であるからだ。そんなことを考える吾を含めたこの世界全てが不愉快だ」


 こいつも……。こいつもただ自分のため。お題目すらもかなぐり捨てて、自分が不愉快だからだと?


 「その通り、世界は吾らが掌の内に……」


 サタンは動き出し、宇美部さんの方へと向かい始める。


 「や、やめろ!」


 「もう無駄だよん。君は君の仲間が死ぬところをゆっくり眺める役なんだから。枯葉が濡れていたあの日、僕は女神を見た。さあ、ダゴンちゃんも働いて、まだ子供が食べてるでしょうがっ! ただでさえウェンディゴちゃんが全然動いてくれないんだからよぉ! 君に働いてもらわないといけないんすよ。大工工事の真心は 十字路の先にあった 道路に落ちてたメルティーキッス ~薔薇MOSS象魔(俺ちゃんの雅号ね、読みはオルテガ)~」


 「うるるるるるる……平等、平等、平等!」


 ダゴンもまた石の柱を持ち上げ、ベアトリーチェさんの方へそれを振り下ろさんとしている。


 『ゴォオオオオオ……ドガァアアアアアアン!』


 その時、遠くから一発の砲撃が、宇美部さんを襲うサタンの肩を貫き、爆破した。病院の方から……。とんでもない距離を飛んできたぞ!

 サタンは振り向きその砲を撃ったものを見る。


 「おお……。中々の強度……。懐かしい、第三帝国の列車砲か? いや、魔力弾か……」


 ボロボロと崩れるサタンの身体は、しかしゆっくりと再構成されて行く。あのアスラと同じだ。


 「くらえ化物!」


 あれは……誰だ?

 片眼鏡モノクルの老人、妙にガタイが良い黒スーツの男がダゴンの足元の地面から、突如現れ、身体に台風のような回転の衝撃波を纏い、ダゴンに勢いよくぶつかった!


 「黄金の教示が長! 王冠のヨトゥムの術、とくと味わうが良い!」


 回転する衝撃波は金属のぶつかる音を大きくたて、ダゴンの肉と骨を削る。


 ――王冠のヨトゥム――

 なんて硬さだ! この私の衝撃波では内臓まで到達できん……!

 この粘性を持った脂肪も衝撃を緩和している……。こんなものは初めてだ……。


 ――鳥羽或人――

 ダゴンの周囲を廻り、縦横無尽に表面を削り取っていく。


 「わーお♡ 奇襲には乗ってあげチャウチャウ

 僕を捕らえるアスラはそんなことをぼそりと口走る。次の瞬間、僕の足と奴の足に鎖が絡みつく。これは、有馬さんか?


 「死ね! イカレオヤジ!」


 有馬さんが鎖を引っ張り、飛び上がり、僕の背後の男へと2本の鎖を両手から射出した。その鎖は勢いよく僕の頬をかすめ、アスラの頭部を吹き飛ばす。だが僕を捕まえる奴の腕はまだしっかりと……。


 ――海川有馬――

 【ひずみ(Convex and Concave)】神よ、賽を振れ。


 ――鳥羽或人――

 僕は鎖によって引っ張り出される。鎖の先を中心に空間が歪むようにねじれ、僕を捕らえていた腕から僕はするりと抜け出せた。


 「重力操作、相当な努力だな、だが……」


 「ああ?」


『パチッ……ズズズズ……』


 首から上が吹き飛んだアスラが左手の指を鳴らす。周囲の空間に四つの黒い点が現れ、空間が歪む。点は僕たちを吸い寄せる。


 ――戦争の赤い剣=アスラ――

 『ブラックホール』 正確には結界内に限定的な重力場を作ってるだけだよ、物理系の方、安心してちょ。まあ、事象地平も作れんことはないけども。


 「うおっ? おおおおお!?」


 ――鳥羽或人――

 有馬さんは地面に鎖をひっかけ、何とか対抗しているが、四つの黒点は一つに重なってゆきどんどん引き寄せる力を増してゆく。有馬さんの身体がバキバキと音を立て始める。元々かなり深手を負っているようで、よく見れば傷だらけだ。

 僕は鎖を引き、有馬さんを何とか留める。




 「ぬおぉお!」


 『ドガァアアアン!』


 僕と有馬さんの必死の協力の他では、王冠のヨトゥムを名乗る男はダゴンの緩急のある動きに翻弄され、奴の体当たりにより地面に叩き付けられている。ゆらゆらと揺らめき、マッハに近しいスピードと非常にゆったりとした動きで、ダゴンの姿は捉え難い揺らめきの中にある。

 あの石柱を抱えているというのに器用な動きだ。


 「ウガァアアアアアアァァアアア!」


 ダゴンの足元からベアトリーチェさんが獣のような姿となり現れる。


 『スパァアン!』


 空気を圧縮し衝撃波を出すほどの勢いでダゴンに突っ込む!


 『ズバババババババッ! ドガガガガガガガッギャリギャリギャリィッ!』


 石柱が割れ、ヨトゥムの攻撃によって骨が現れた胸にベアトリーチェさんの連撃が続く。


 「飢えろ、飢えろ、満たせ、満たせ……るるるるるるる……」


 ダゴンは苦しみ呻る。


 「形勢逆転のつもりか? ゴミ共」


 サタンがそう言いながらニヤリと笑い、ダゴンの胸に向け拳を打ち込む。


 『ドガアアアアアンッ!』


 ベアトリーチェさんが拳に潰され、ダゴンの背から地面へと吹き飛ぶ。凄まじい勢い! 

 クレーターが再びできた。


 『隙あり! やれ!』


 12メートルはあろうかというロボットがブースターをふかしながら、僕の後ろから現れ、サタンに向け一撃を繰り出す。この声は琉鳥栖さんか?


 『そちらに向かいつつ放送の一部を使わせてもらっている、デカブツ共は再生するが足止めは可能だ! 削り続けろ!』


 サタンに向かったロボットは拳に搭載された砲を殴りつけながら発射し、サタンの傷口に更にダメージを与えてゆく。小さなフィギア大のロボットもそのロボットの格納庫から現れ、砲によって応戦している。

 蹴り、殴り、殴り、蹴り……。間隙を作らない連打、ロボット格闘だ。


 『うおおお! コスプレ野郎がぁああああ!』


 ハルト君の声! 

 皆が闘っているんだ。


 「うううう、離さねえぞぉおおお!」


 有馬さんが僕が引く鎖を離さずに、ブチブチと身体から音を立てている。

 皆、傷ついている……。

 クソッ。僕も奴らに……一矢報いねば。


 「何を勘違いしている? 君たちは生かされているのだよ? 血だまりの彼、君は溝の中、歯磨き粉はミント以外で」


 再生してゆく頭部から、アスラの声が響く。奴は右手の指を鳴らす、すると黒い点は爆裂し、僕と有馬さんを巻き込み周囲を破壊してゆく。その音は妙に軽く。そして威力は今まで見てきた魔術の比ではない。


 『ポン』


 「ああああ!」


 有馬さんが全身を鞭打ちにしながら気絶する。僕には一切、爆発は届いていない。恐らくアスラはわざと……。


 ――真なる狂気=アスラ――

 その通り、卵。



 ――アドルフ・ゴットハルト・ルプス――

 !

 サタンの傷が治り始めた……。このおれの攻撃が再生速度に追い付かなくなっている?

 俺の無数の連撃の中で奴の声が響く。


 「鉄くずが……。消し飛ばしてくれよう」


 目の前に魔法陣を帯びた黒い球が現れる。奴が収まっている穴みたいな……。


 『バキバキバキバキ……』


 !

 機体が、あの球に近づくと分解されて行く!

 部品ごとにばらばらに……?


 『ごぎゃっ、バキバキバキバキ……』


 マズい、殴りに前に出していた右腕がとられたっ!

 離脱……。


 「させるわけなかろう」


 !?


 『ガシィッ』


 このデカブツ……!

 機体をホールドしやがった!


 『ベキベキベキ……』


 なんて力、潰される……!

 あの『分解球』も右腕から操縦席コアに来ている!

 

 「チッ……。後でオッサンにどやされるじゃねぇか! クソッ!」


 『バコォン!』


 俺は操縦席の天井を蹴り壊し、逃げ出す。機体を抱く馬鹿でかい腕はとんでもない温度で、湯気さえ見える。火傷覚悟で飛び出す。


 『ジュウッ!』


 「クッ……」


 勢いをつけて飛び逃れたが、触れてもいないのに火傷を負う。マグマか何かか、コイツ!


 『ドガァアアアアアアン!』


 俺が地面に降り立つと同時に機体は爆発。それに一切怯むことなくあの悪魔野郎は俺を追う。


 『ドガァアアン! ドガァアアン! ドガァアアアン!』


 オッサンの遠隔操作するフィギアロボットが牽制攻撃をしてくれているが。効かねえ。クソッ万事休すか。



 「ウガアアアアアアア!」


 ――鳥羽或人――

 ベアトリーチェさんが再びダゴンに飛び掛かる。胸の穴が再生した奴は飛び回るベアトリーチェさんの攻撃を受けながらも躱し始める。


 「るるるるる……平等、飢餓、豊穣」


 『ドガァアン!』


 ベアトリーチェさんが渾身の蹴りをダゴンの治りかけの傷口へ……!

 それを奴は見越したかのように奴は自分の胸に自分の拳を振るう!

 躊躇なし!

 更に、潰されたベアトリーチェさんを奴は掴みあげ、かかげる。

 サタンもまた、フィギアを叩き壊し、ハルト君を魔術によって捕まえ、かかげる。


 「さあさあ、拷問だぜ、拷問。特に理由のない、意味のない拷問の時間だ。わっくわくだねぇ。俺ちゃんたちはただ鳥羽君の表情が見たいから、あいつらを虐めちゃうんだよ?」


 有馬さんの頭を掴み、僕に見せながら、アスラはそう語る。


 「ウェンディゴも呼ばれてるんで来てるねぇ。いつ来るかは知らんけど、来たら……。ここにいる君のお仲間、『君以外』皆絶命よ……。おっとっと、忘れるとこだった」


 奴は右手で遠くの瓦礫の方から何かを手招きする。すると宇美部さんが僕たちのところまで引き寄せられ、飛んでくる。

 全身が泥にまみれ、ボロボロだ。


 「さあ、ここに磔にしてやろう」


 奴は右手で指を鳴らす。ハルト君、ベアトリーチェさん、宇美部さん、有馬さんの四人が空中で身動きの取れない状態で、磔刑の如く吊るされ、整列、浮遊し、静止している。既に傷ついたみんなからは血が滴っている。


 「ぐるぐる回転どっかーん♡ うれしくなっちゃうなーあっ」


 奴はそう言うと人差し指をくるくると回すようなジェスチャーをする。

 四人が空中で足を軸側にした十字のような格好になり凄い勢いで回転させられ、唐突に止められる。それを何度も何度も繰り返される。


 「や、やめろ!」


 「やめなーいよっ! せっかく君が良い感じになってきたんだから、もっといい感じにしなきゃデショ、やなかんじーっやせたかなしい」


 ――真なる狂気=アスラ――

 そうそう、せっかくだから教えとくが……。カントル君、もう理性が吹っ飛んじゃってるみたいだね。獣の方に呑み込まれちゃってるよありゃ。ま、君を助けるためにそうなっちゃんたんだから仕方ないよねーっ!

 ライオネル・立地。

 ぎゃはははは!


 ――鳥羽或人――

 ……ベアトリーチェさん……!


 ――真なる狂気=アスラ――

 そうそう、そうそうそうそうそうそうそう、あんなに獣になることを怯えていたけど、君の為に変身してくれてたんだよ?

 何ともアレだね!

 なかせちゃうねぇええん、レロレロレロレロ……。

 それなのに君は何にもできない!

 何にもなれない!

 無意味!

 ギャッハッハッハッハ!

 次は全員を逆さに吊るして殴り続けよう!

 一枚一枚爪を剥ぎ、再生して、飽きてきたら歯や骨を抜き取っていこう!

 死んだり死なせたり生き返ったりラジパンダリしよう。

 そんでもっていよいよ飽きたら……。


 「全員の生皮でデスマスクを作って、被って遊ぼおっと、おっとっと、丁度いい塩味」


 ――鳥羽或人――

 ハルト君が悔し気に声を漏らす。


 「う……くそ……っ」


 諦めた声で有馬さんが呟く。


 「動けない……か……」


 宇美部さんはぐったりとしている。


 「……」


 ベアトリーチェさんは……。


 「グルルルルル……」


 怯えていた……。ベアトリーチェさんはこうなることにおびえていた……!

 ハルト君はずっとあの地下の狭い空間に縛られていた……。

 有馬さんは仲間を助けるのに身を挺する、何の躊躇もなく……。

 宇美部さんは道を違えたかもしれないが、僕たちと来ることを最後に選んだ……。

 全員、全員……。


 「なんでお前らなんかに、いたぶられなきゃならないんだ!」


 殺す……!


 ――真なる狂気=アスラ――

 順調! 順調! 怒れ! 怒れ! 怒り狂え! このタワシ!

 ここは怒りを溜めるための空間↓

 

 上方向への力↑

 ほんじゃあ爪、ぺりぺりたーいむ! チョー=チョー人の超超超超いい感じ★


 ――鳥羽或人――

 奴は僕の殺意を嘲笑うかのようにエアギターを弾く。その指の動きに合わせ、数ミリずつ、僕の大切な仲間の爪がはがされてゆく。

 

 有馬さんはもう身じろぐ体力もない。

 

 「アアッ……クソッ」


 宇美部さんは動くことすらなくただ血を流している。


 「……」


 ハルト君は怒りをにじませて歯ぎしりをしている。


 「くっ……くく……拷問には、慣れている……」

 

 ベアトリーチェさんは……もう、魔力切れで変身も解けているのに、まだ、理性が戻っていないようだ……。僕のせいで……。


 「グァアアッ……ううっ……ぐるるる……ぐぁあああ!」


 ――真なる狂気=アスラ――

 そのとーり、ピアノ売って頂戴よん。あ、ピアノで殴る拷問なんてどうでっしょ? ぐふふふふっ君の怒りが爆発するのはどうやればいいのかな?

 わかりやすーい君は訊くだけで教えてくれチャウチャウ茶臼千利休は羅臼町になぜ行かなかったのか。ひとえに時代がそれを許さなかった。利休39歳、羅臼町、命名前のことである。


 ――鳥羽或人――

 うるさい! うるさい!


 ――生まれの異形=サタン――

 呪え! 呪え!


 ――鳥羽或人――

 黙れ! 黙れ!


 ――真なる狂気=アスラ――

 反抗的な君のための特別な拷問、逝っちゃうヨーっ。


 ――鳥羽或人――

 今度は皆の身体に空中に発生した針がゆっくりと刺されてゆく。クソッ……。クソッ……。

 有馬さん……。


 「あああっ! ぐあああああっ!」


 宇美部さん……。


 「……」


 ハルト君……。


 「こんな拷問はっ……! 慣れている……ってのっ……! くそっ!」


 ベアトリーチェさん……!


 「ぐあああああああっ! ああああああああっ!」


 ――止まらぬ腐敗=ダゴン――

 病め! 病め! 病め!


 『ああああ! ああああああああ! あああああああああああああ!』


 ――鳥羽或人――

 嗚咽、絶叫、悲鳴、懇願……。ここに居る仲間と、それ以外の、この戦場にいるすべての人々の、死、苦しみ、恐怖、怒り、全てが……全てが……。僕の頭の中に入ってくる!


 ――無名者=ウェンディゴ――

 アアアアアアアア! 怒りの心を感じる! 俺を殺してくれそうな、『真なる鍵』の怒りを感じる!

 俺の仲間の波長へと成長してゆく心を! 感じる!


 ――鳥羽或人――

 うるさい!

 うるさい!

 破壊してやる!

 壊してやる!

 僕の大切なものを奪ったお前らを……!

 お前らを……!

 僕の溢れる力で……。力が滾ってくる……!

 怒り、恨み、呪い!

 これが、ここに渦巻く皆の呪い、これを奴らにぶつけて、摺りつぶし、引き潰し、徹底的に破壊し! 


 殺す!


 ――〇――

 それが君の望みか?


 ――鳥羽或人――

 ? なんだ? また誰かが、声を……。奴らと同じ声……?


 ――〇――

 お前の学んだことは、そうだったのか? 人を呪うことを、ここにきて学んだのか?

 それならばその力を与えようか?


 ――鳥羽或人――

 学んだこと……。僕がここへきて、学んだこと……。金剛さん、そうだ、金剛さんなら、こんな時、こんなときどうする?

 あの人は、どう考える?


 『全力で生きろ、自分を通せ!』 


 金剛さんが近くでそう言った気がした。誰よりも豪胆で、自分の我儘を通すために強さを手にして、自分の為に善行を行う。あの人なら……。


 ――真なる狂気=アスラ――

 オヤオヤオヤオヤオヤオヤオヤ、遂に君のガンダルフである金剛のお出ましかな?

 でも鳥羽君っ!

 残★念っ!

 金剛さんの死体は今こんな感じなのよ!

 イヤン!


 『パチッ……シューッ……』


 ――鳥羽或人――

 奴の指が鳴ると、僕の目の前に焼け焦げた案山子のようなものが現れる。それは所々炭化して、誰の死体かは一目では分からなかった……でも、体格、そして焼け残った顔の一部と残存する魔力の波長でわかる。信じたくないのに。僕にはすべてわかる。

 ……金剛さんの死体だ。

 あのサタンの魔法陣の破壊の前に、金剛さんは無残に、長く苦しみ、破壊されつくし、死んだ。

 死んだ!


 ――真なる狂気=アスラ――

 ショッギョムッジョ!

 死んだらゴミ!

 ゴミはゴミ箱へ……。蟹蒸雑炊の手榴弾の時間です!


 『パチッ』


 ――鳥羽或人――

 奴が左手の指を鳴らすと、金剛さんの死体の周囲に黒点が現れる。奴はニタリと笑う。


 『パチッ』


 更に奴が右手の指を鳴らすとそれは爆裂し、金剛さんの残った死体は塵も残らず吹き飛んだ。


 『パアン!』


 「ギャハハハハハ! 

 これは優しい心のゾーン→

                                 VOID?


 No, It`s just invisible.


 ここから本編

 君のお師匠は指輪と違って死んじゃったぜ? 蘇りは有り得ない! 何故なら霊魂もぶっ壊しておいちゃってますんでぇええええっ、有能悪役ランキング128位にラーンクイン。127位は……イヴォンカ天吾!? 生きていたのか!?」


 金剛さんが……。死んだ……。本当に……。死んだ……。

 クソッ……。クソッ……。

 ゴミのように壊した。虫のように殺した。玩具のように弄んだ。

 奴らは、奴らは僕の大切なものも、そうでないものも、無関係なものも、全て!

 この世の悪を煮詰めた奴らだっ!

 絶対に……。絶対に許さない……!


 「くっ……鳥羽……」


 ――海川有馬――

 飛びそうな意識の中で、鳥羽の怒りに満ちた顔が見えた……。アイツがキレたところを見た事は今までなかった。アイツの身体はここにいる誰よりも強力な魔力に包まれ、単純な魔力の放出だというのに空間を歪ませるかのような錯覚さえ覚えた。アイツの姿が、何か、変わってしまうような気がした。どこか俺達から離れて行ってしまうような……。


 ――鳥羽或人――

 僕が……。全部、あいつ等の全部を壊してやる……。それくらいの力を……。僕は、僕はどうなっても……!


 ――〇――

 それが君の『通したい自分』か? 自分が無理をしていいというのが? それでいいのだね?


 ――鳥羽或人――

 この声……。まただ……。アイツらのものに近い声。でも、ずっと親近感がある……。親戚のおじさんみたいな。

 僕の通したい自分……?

 自分が無理をしていい。と言うのが……。


 ―― 「あまり無茶はするな。『正しい人を陥れるのが世の常だ』。私のようになるな。君はどうやら私と似た……。私と同じ人種だと、あの時、君の腹を抉った時思ったよ。君もその経験はあるだろう?」 ――


 増田さんの言葉を思い出す……。そうだ、僕が無理をするのは……。


 ――「鳥羽殿、春沙殿、全力で生きろ、自分を通せ! 自分を大切にすることは自分以外の為になるのだぞ。拙僧には難しかったが……。まあ、また会おう!」――


 金剛さんの最期の言葉。

 今、僕に一番必要な言葉。

 今の自分は、どう、なっている……?

 今、僕は怒っている……。それは、僕の大切なものが、傷つけられたから……。それは僕の怒り……。僕が感じる怒り……。


 ――〇――

 彼らに対しての怒り……。


 ――鳥羽或人――

 怒り……。『どうして』っていう怒り……。でも、奴らは……。僕を怒らせようとしている……?

 奴らの行動、僕の仲間を、あいつ等は殺そうと思えば殺せるんじゃないか……?

 なのになぜ。奴らは。それに奴らは……。


 ――生まれの異形=サタン――

 不愉快なるものを滅ぼす……。


 ――止まらぬ腐敗=ダゴン――

 平等。均衡。バランス。


 ――真なる狂気=アスラ――

 目的ぃ? 狂喜! オンリー・ユー! うんち。


 ――無名者=ウェンディゴ――

 痛い! 痛い! 殺してくれ! 殺してくれ!


 ――鳥羽或人――

 そうか……。彼らはただ……。当たり散らしているだけだ。自分の気持ちを。

 さっきの僕はそうなりかけていた……。自分の怒りを自分以外の他者にぶつけるような。

 金剛さんはそうではなかった!

 僕の仲間たちはそうではなかった!


 ――真なる狂気=アスラ――

 チッ……。ここにきてまーた、失敗ルートかい! 卵! でもこういう展開大好き♡ ケコーンして♡ 離婚よ。牡蛎オイスターソースの喜多三郎、破局! 原因は方向性の違い。


 ――〇――

 では君はどうする? 鳥羽或人。君の『通したい自分』は何だ? 私に聞かせてくれ、私に見せてくれ。君の進む道を。


 ――鳥羽或人――

 僕の自分。

 僕の通したい自分。

 怒りの理由。

 全てが繋がり、僕を紡ぐ。

 僕の大切なものを、僕は守りたい。

 僕を傷つける牙を、僕は受け止めれるくらい、強くなりたい。

 僕に多くを教えてくれた人たちのように。

 僕に多くを教えてくれた人たちと、共に。

 皆で!


 ――〇――

 好い答えだ。私はそう言うの、好きだよ。だから君に力を貸そう。

 たった少しだけの間だが……。

 君はもう強い。

 彼らに負ける理由はない。

 力は好きに使ってくれ。

 今の君は、好きな自分を通せる。

 そして、何より大切な、得難いものを持っている。


 ――鳥羽或人――

 僕の身体に魔力が迸る。さっき感じた力とは……違う。

 この世界の全ての場所に僕の居場所があるように。

 この魔界のみならず、この地球上全てが見える。この世界の全てが知れる。多くの人々が死に、多くの人々が生まれ、多くの人々が争い、多くの人々が手を取り合う。

 それらすべてに興味があるが、同時に無関心でもある。それらすべてに手が届く、でも、僕はそんな世界に一人だけ……。

 ――ああ、これが彼ら四呪詛の孤独なのだろう。手の届くものが滅び、手の届くものが争い。手の届くものが醜悪で愚かに見えてゆく。

 でも僕は、その全てよりも、今はただ、この世界が心地よく。

 その全てよりも、僕の大切なものに手を伸ばす。

 それでいい。

 手を伸ばせるからと言って、手が届くからと言って、掬い上げてやるなんて考え、ずっと愚かだと学んだから。

 僕は、僕の為に僕の足で地を歩き、僕の為に手を伸ばす。大切な人たちへ。

 それが、僕の学んだこと。


 ――〇――

 鳥羽或人は【覚醒】した。


 サタン、ダゴン、アスラは彼の二度目の【覚醒】により弾き飛ばされる。一度目の覚醒――彼がトラックに轢かれた際に始めて死んだ時同様、世界をめぐるほどの強大な力。それが彼の仲間である海川有馬、アドルフ・ゴットハルト・ルプス、ベアトリーチェ・カントル、宇美部来希の四名を縛り付けていた魔術結合をその瞬間に断ち、四人は地面へゆっくりと降ろされた。

 鳥羽或人は降ろす際に、拷問を受けた身体の回復と、精神が獣となり、抑制の利かなくなったベアトリーチェ・カントルが暴走するのに対して触れるのみでその精神に絡みあった変身術を解除することに魔力を集中させた。


――


 ――ベアトリーチェ・カントル――

 この匂い……。或人……? 私は……いつから気絶していた……? 視界が、ぼやけて……。


「わ、私は……。あ、或人……? なの、か……?」


 はっきりと視界が見える。或人の外見上の変化はないが……。雰囲気が……どこか違う。おかしな話だが……。あの、南極卿執務官に似ていた。

 彼は土煙の中、私が目を覚ますのを見て、明るい微笑みを向けた。


 「怪我は……大丈夫ですか」


 落ち着き払った様子で、或人はそう言った。今まで見た事がないほどの、安心感が今の彼にはあった。

 それに……私の力が……妙に強くなっているのを感じる。他の者とは違う魔力の波長に呼応するかのように、私の魔力が……。


 「あ、ああ」


 「よかった。他の皆も回復しています……起きて早々で申し訳ないのですが……手を貸してください」


 彼はまっすぐ私を見てそう言う。まともに目を見たのは久しぶりかもしれない。今までは私の方が、目を合わせないことが増えていた。

 彼の茶色がかった瞳を見て、私は、あふれる力を握り締める。


 「当然だ。仲間なのだから」


 彼の笑みが再び映る。


 ――鳥羽或人――

 ベアトリーチェさんが立ち上がる。ハルト君や宇美部さん、有馬さんも僕のもとへ集まる。有馬さんが腕を組み、鎖を動かしながら話しかける。


 「勝算はあるのか?」


 「……僕一人では、あいつ等一人一人でも勝ち目は薄いです……だから、皆に僕の力を分けます」


 奴らの手の内や精神は僕の中の声が伝えてくれる。奴らの力は僕の感知能力で分かる。全てを加味して、僕は奴らに絶対に勝てない。

 アスラは全ての魔術を扱い、僕の知識では絶対に解けない術を出してくる。さっき僕が拘束されていたように。

 ダゴンは生き物がいる限り無限に増殖する配下とタフな防御力がある。さっきのベアトリーチェさん以上の手数と攻撃力で押し勝たなければいけないが、僕一人では手数で圧し負ける。

 サタンは圧倒的な呪いの破壊力を持ち、火力勝負を仕掛けてくるだろう、僕には彼に勝る出力は出せない。そして彼らと僕の魔力量は同じくほぼ無限。僕一人では火力で負ける。


 だが……。


 「覚醒した癖にそんな強くなっとらんっちゃ~これくらいなら俺でもやれるぜのサイコロステーキ断末魔」


 するりと僕の後ろに現れたアスラが僕の隣の有馬さんを潰そうと指を鳴らしかける。僕は周囲の仲間に防護を張り、全員がその場を離れるようにそれぞれの背後へと引っ張る力を掛ける。

 来る。


 『ドガァアアアアアアアアアアアアアアアン!』


 「オー! マイ! ワカメ!」


 地上へ向けた地下からの魚雷によりアスラは吹き飛び、20メートルは後方に飛んで行く。

 そして、そのあと、地面には黒い潜水艦の先端がにょっきりと生え、そこが開かれ、中から装甲板に覆われた武装車椅子と森さん、クラビスさんが飛び出した!

 僕の魔力を分け与えられたことにクラビスさんが反応する。


 「うぉっ! 魔力が……あふれるようだ!」


 「待ってました。皆でアイツを倒します。春沙さん、森さん、琉鳥栖さん」


 「……オイオイ、仲間を信用しすぎだぜ。鳥羽君……。まあ、そのつもりで来たんだけどね」


 春沙さんがそう笑う。

 琉鳥栖さんの車椅子は真っすぐハルト君の方へと走る。背後には大きな何かを背負っているようだ。


 「おわっ……オッサン……」


 「怪我は?」


 「え……? いや、或人のおかげでないけど……」


 「……そうか。ほら、武器だ」


 『ドサッ』


 背後に背負われた荷物をロボット・アームが降ろす。それはパッケージングが取られると、バズーカ砲のような姿とアサルトライフルのようなものが現れた。


 「これって……」


 「特注品の魔力弾バズーカ、Σドライブ換装済み、一回のチャージで一発。クールダウンは13秒きっかり。隣のは、お前のだ。アタッチメントだけ作ってやった……」


 ハルト君はそれらを軽々と装備し、点検する。その姿は実に嬉しそうだ。武器が好きであること以外の理由もあるのだろう。

 森さんが僕らに話す。


 「我々は既に状況把握済みです。琉鳥栖さんが潜水艦内で一部始終の録画をながしていたので……。私は結界術と封印術を周辺に組みつつ移動し、翻弄するつもりですが……」


 「サタンを足止めしてください。奴には効きます。それと、アスラの方は魔術解除が必要です。春沙さんと森さん、有馬さんの協力が要ります。アスラは最初に倒す必要があります……あの三体の中で奴のみ、全員復活させることが可能です」


 クラビスさんと森さんは力強く頷く。

 一方、有馬さんが怪訝な顔で訊いてくる。


 「……向こうの手の内がお前に筒抜けなのは訊かない方が良いのか?」


 「放すと長いので……後でします。話せる分を」


 「まあ、いい。別に話しにくいなら。ただの興味本位だ」


 「……では、アスラの次は……ダゴンです。奴は配下の無限増殖を止める必要があるのと本体の動きを止める必要があります。配下は、宇美部さん、あなたにしか止められない」


 びっくりした様子で宇美部さんが僕を見る。すこし、哀し気な顔で訊く。


 「いいのか」


 「はい、勿論。宇美部さんしかできないことです。サタンの配下にしてもダゴンの配下にしても、数を減らして、足止めして、救うことは、この世界の中であなたにしかできない。有穂さんが居たとしても変わりません」


 宇美部さんはこちらを見る。まっすぐと僕を見据える。僕はその瞳に決意を感じた。


 「ありがとう」


 春沙さんが笑って宇美部さんに語る。


 「礼を言うのも謝るのも終わってからだぜ。特におれ達は」


 宇美部さんは苦笑した。


 「ダゴンは本体の行動も止める必要があります。奴の本当の身体は石柱の中に格納されていて人間大の大きさなのですが、奴を止めないとそこを狙えない。ハルト君に琉鳥栖さんの牽制が必要です」


 車椅子から琉鳥栖さんが話す。


 「俺たちは足止めが得意だって、よくわかってるじゃないか」


 ハルト君も笑って続ける。


 「なめんなよ。再起不能までぶっ壊してやるさ、他のデカブツもな」


 僕は頷く。

 ――あとは……。


 「……最後のサタンですが……奴は一気に火力で押し切らなければだめです。僕の出力では奴を超えられないのですが……課長……その……」


 「……? なんだ或人。言いにくいことでも?」


 「ああいや、その。課長の術である獣人化を僕の魔力で補ったうえでしてもらう必要があって、その、暴走する可能性が低いとは言え、さっきのこともあって……」


 帽子のないベアトリーチェさんは僕をその透き通るような瞳で見据え、ふっと笑った。


 「ふふっ……馬鹿だな」


 「ええっ?」


 「お前が毎度命を懸けてヒヤヒヤさせられている私が、お前の為に協力しないわけないだろう。今回くらい私の命も懸けさせろ」


 僕は胸を小突かれる。


 「ああ、スミマセン……もう、僕だけの命を懸けるようなことは控えます……」


 有馬さんが笑って僕の肩を叩く。


 「ようやっと言質とれたぜ、全く」


 春沙さんも笑う。


 「ほんとだよ、皆いつもヒヤヒヤしてたんだぜ」


 琉鳥栖さんが車椅子を向こうへ向けながら話す。


 「それが俺達を動かしてきたのも事実だが……。これからは、もっと頼ってくれよ」


 ハルト君が彼と共に向こうへ向かいながらこちらに振り向いて言う。


 「今みたいにな」


 ベアトリーチェさんが僕に屈みこんで言う。僕だけを視界に捉えた水晶のような瞳を僕は見つめる。


 「お前は今までも、これからも、私たち秘匿一課の仲間だ……。さあ、奪われた仲間を取り返しに行こう」


 「はいっ!」



 僕たちは立ち上がる三体の怪物たちに対峙する。アスラだけは寝そべっているだけだが。


 「んぁ……。あ、終わった? 友情ぱぱわーとお涙ちょちょ切れ、ドキドキわくわく作戦タイム、楽しかった? 最高? 最低? 中間? 右斜め上? 俺ちゃんはやや左よりの思想。砂糖壺舐め選手権一位」


 他方、サタンはその魔法円をゆっくりと広げながら半壊した肉体をほとんど回復させている。


 「ぐぐぐ……やはり覚醒時の爆発は『受肉体』の比ではないな……『真なる鍵』よ……くっくくく」


 ダゴンは石柱を持ち上げ、魚を大量に降らせ、臨戦態勢に入る。


 「平等、豊穣、幸福、均等、飢餓」


 奴ら三体……そのほかにもう一体『ウェンディゴ』がいる、それだけは僕がやらねばならない相手……。

 まずは『真なる狂気=アスラ』!


 森さんがあらかじめ張っていた結界術の印が輝く、サタンやダゴンには、森さんの結界術でも有効。アスラはそれを解除するのに動く!


 「有象無象の無謀の無謬、無駄無駄無駄無駄無駄ァッ! 無駄なのよん。喜多三郎は家にけぇれ」


 アスラがこちらへ近づき、手を振る。無数の魔力結合が奴の手から大量に表れる。一つ一つが正確にそれぞれの結界印を無力化する介入術。

 だが。


 『シュッ! ドガァアン!』


 「!? グゥ……」


 ――真なる狂気=アスラ――

 結界術を利用した加速ッ! それで俺ちゃんの結合が付く前に鳥羽ちゃんがぶっ飛んできやがった! 森まで来ていやがる! だが、森も鳥羽も異様に速い!? 南極卿の力を全員に付与しているネェ……! メイクマニープリズムチェーンジ! 我々の術はノットフォー・ユー、だがっ! 頭蓋骨圧迫キング!


 『ドガガガガガガガガガッ』


 「四呪詛の防御力ナメんじゃあねぇ! 鉛筆ナメナメ! 号泣卒業式!」


 ――鳥羽或人――

 僕と森さんの縦横無尽な連撃に、魔術結合を引っ込めた奴はその結合をこの攻防の最中書き換えた!

 爆発術式!


 「自爆しちゃうよーん。ポチっとな」


 『カッ……!』


 「No~! そう上手くはいかないぜ、旦那ァ!」


 「くっ! あたらないっちゃ★(ブラックスター)」


 春沙さんが結界術による加速の中、無数のトランプと共に現れる。

 ただでさえ軽く、素早いトランプは結界術により軽々と亜音速に乗り、アスラの魔術結合を的確に切断した。言語が分からずとも春沙さんや宇美部さんなら介入が可能!

 僕は結界術の加速に乗りアスラの腹へ両脚によるドロップキックを敢行する。横方向の全力の力を! 魔力を! 足に集中! 僕の攻撃では奴らは再生しない! 奴らの霊魂に刻まれた術式を一部『書き換える』!


 「ドロップキック、ほまーにお師匠好きやね。でもでもでもでも避けちゃう練っちゃう纏っちゃう~……俺ちゃんたちと南極卿は元々同一の存在! ビッグなモーター! ゴルフボール! 力を譲渡された程度のガギグゲゴ共に何ができるってんだコラぁ! 書道!」


 『ボゴッ……ガシィッ!』


 「よぉ……俺も混ぜろよ……イカレオヤジぃ!」


 地面から有馬さんが鎖と共に現れ、アスラを拘束する。呪物の中にある結合はアスラの介入は不可能。有馬さんの魔力も僕の溢れる魔力を介し無制限に近い。有馬さんは今、無敵の拘束能力を有している!


 「ああ、そう。ハマハメされちった。完全マークってワケ。俺ちゃん受けは厭なのよ、いやん」


 『ドガッ! プシュウウウウウウっ!』


 「なっ!?」


 僕が蹴り込んだ奴の腹はゴム人形の空気が抜けるように、音を立ててぺしゃんこになってゆく。僕は直ぐに後ろに飛びのく。これは……まさか……。


 「ああ! 火が消える……。夜明けが……。まだまだ先なのに……つまんなーいから帰る」


 『ぽん』


 軽い音を立てて、奴は弾け、そこには賀茂さんが残されていた。奴はおそらく……自殺した。奴の真意は……いや、それは後でいい。今はそれよりも……。


 「え? あ? な、なに?」


 賀茂さんは鎖に拘束された状態で周囲を見回す。突然のことで理解が追い付いていない様子だ。


 「賀茂ぉっ! 今はとにかく協力しろッ!」


 「ええ、あ、はいっ!」


 実に早い決着とは言えサタンとダゴンは恐るべき物量と破壊によってこちらに迫っている。ベアトリーチェさんと琉鳥栖さん、ハルト君らはサタンの攻撃を避け、誘発し、挑発し足止めを行っている。宇美部さんはダゴンの大群を『魂を書き換える』ことで無力化し、一部を元の姿に戻している。彼の魔力を補助することで魂の姿を元に戻している。

 宇美部さんが珍しく弱音を漏らす。


 「この物量……流石の僕でも一人では辛い……!」


 『戌方伐折羅大将封解急々如律令』

 賀茂瀬里奈:『陰陽術式薬師十二神将調伏式神術:伐折羅大将神霊八卦山地剥式操作』【阿吽(GRANDIA・ENDIA)】

 とにかくこの半魚人の大群を叩きつづけなければ……でも、この数は多い!


 『ドガガガガガガガガガガッ』


 叩いても叩いても増える!


 「くっ……こんな数……私たちだけでどうやって……!」


 ――宇美部来希――

 賀茂さんと式神が加わり魚の大群の突撃を止める。だが、まだ足りない! 


 「オラァッ! 宇美部ぇっ! テメエバッカ活躍してんじゃねえええっ!」


 『ドガァアアン!』


 後ろから、三人の影が大群へと飛来し、植物と黒い焔、そして斬撃の音を掻き鳴らす。

 ――歩は復活儀式の中、僕の魔術を解除した。その効果は僕の術式結合にまつわる全ての人……つまり、僕の眷属すべてに適応される。僕の眷属は全て、元に戻ったのだ。

 彼らはもう、眷属ではない。


 「蔵見……桑野……飛騨山……すまない」


 蔵見がこっちに向かい叫ぶ。


 「バァカ野郎っ! そんな時間じゃねぇっ! それに俺らに謝罪は要らねぇ!」


 桑野が黒い焔を操りつつ言う。


 「フン、眷属にされた後の記憶もしっかり残ってるんでな……」


 「……! ……それでも僕のしたことは……」


 植物の種を撒き、発芽させながら、飛騨山がこちらを見て笑う。


 「水臭いこと言わないでくださいよ、仲間じゃないですか。それに、貴方の術、有穂さん以外に解除できないとはいえ、戻せなくすることもできたはずですよ」


 蔵見が大群を斬りさばき、こっちに叫ぶ。


 「回りくどいんだよっ! お前! 悩みならオレ等にでも愚痴れ、アホッ!」


 僕はいつも間違えていた。それは、人間として当たり前だった。僕は一人で間違えないことばかりに固執していた。答えを求めることばかり……。全てを背負ってしまっている事を忘れて。壊れるまで……。


 「帰ったら飯でもなんでも奢るさ!」


 僕の答えに、彼らは親指を立てる。蔵見が叫ぶ。


 「楽しみにしてるぜっ!」


 僕たち神祇寮祓魔部は全力でこいつ等と戦う! この場は必ず、必ず勝ってやる!


――


 ――賀茂瀬里奈――

 式神が足りない……。クビラを出しても、この魚を水圧で押す事は無理……。むしろ相手に有利になる。術式の有効性が低い。私がせめて他の式神、『因達羅』を使えれば……!

 ――賀茂瀬里美――

 私が出れば勝てるんじゃない?

 ――賀茂瀬里奈――

 あなたの力……私よりもずっと優れた力が、あった方が……。

 ――賀茂瀬里美――

 ……アンタ、いつも思うけど、自分を過小評価しすぎじゃない? 私とアンタで違うところなんて何もないのに。

 ――賀茂瀬里奈――

 そんな筈ない! ……私はあなたのように強くないし、知識も足りない。愚図で、ドジで……融通も利かない。

 ――賀茂瀬里美――

 それは私たちが勝手に思い込んでいることじゃない? 現に、私の疑問も、その答えも私たちの底にあるはずよ。

 ――賀茂瀬里奈――

 疑問……どうして私があなたのように強くないのか。どうしてあなたはそんなに、怒っているのか。……どうして私の中にあなたが居るのか。

 私が言いたい事を、押し黙って、ずっと、そうして、誰かに代わってもらいたかったから。その言葉すら誰にも、言わなかったから。

 ――賀茂瀬里美――

 強くなっていこうよ、一緒に。あなたの方がお姉ちゃんなんだから。

 ――賀茂瀬里奈――

 瀬里美……私の少し年の離れた妹。考えないように、見ないように、私はしていた……。強くならなきゃね。


 「姉さんは薄くなっている東側を、類と雷は西側の端を支えろ! 春奈は奥へ空から式神を投射していけ! 僕はここに突撃する。魔力量は補われる、術式に注意しつつとにかく倒し続けるんだ! これはもう魔界府だけの問題じゃない!」


 あの声……。

 ――賀茂瀬里美――

 正義マンの安部実巳……あのクズまだ生きていたのね。よくもまあ、ぬけぬけと……息の根を止めに行こうよ、お姉ちゃん。

 ――賀茂瀬里奈――

 実巳、美鶴、類、雷、春奈。……忘れていた記憶、怒り、苦しみ……でも、それらはもう、瀬里美が晴らした。あんな酷い復讐は、もう二度と見たくはない。

 ――賀茂瀬里美――

 ……ふーん。もういいんだ。……忘れることはできないよ。

 ――賀茂瀬里奈――

 わかってる。彼らがお父さんにしたことも、私にしたことも、許せはしない。でもだからと言って何かしようとも思わない。彼らが関わろうが、関わって来なかろうが、私が怒りを忘れることはないし、苦しみが消えるわけでもない。

 でも、もう、私の世界は彼らだけじゃないから。

 彼ら以外の……ほんとの仲間が居る!

 ――賀茂瀬里美――

 そう……よかった。


――


 「ぬ……ぬぐう……」


 ――安部実巳――

 刀身が壊れたせいで魔力が足りない……捌ききれん!

 僕はまた、負けるのか?

 魚に食い殺される! 

 僕の首に!


 『ズバァアアッ!』


 瀬里奈の……式神!?

 奴の槍が俺の周囲を薙ぐ。

 式神を通して奴の声が聞こえる。


 「許したわけでも、怒りが消えてわけでもない。ただ、私は死ぬのを見過ごすような人間じゃないってだけ」


 くっ……また、負けた……負け……。

 ああ……勝ち負けじゃないのは分かってる。

 姉さんの側に立って庇った時から、僕は、負け……いや、間違えていたのだろう。間違えたくなかった。僕たちは数が多かった。僕たちの方が、優勢だった。僕たちの方が優位だった。だから、間違えを捻じ曲げた。

 正義に立っていたかった。

 ……違う、優位に、だ。

 ねじ曲がったのは僕の性格。いや、初めから捻じ曲がっていた。認めたくない、認めれば侮られる、侮られたくない、ナメられる、ナメられたくない。ナメられればあの時の賀茂のように僕も……それが、僕たちの間違い……ああ、今更、どうしようもないのだろう。悪魔だった僕は、このまま……このままだ……。

 今はただ、僕の犯した罪の相手に助けられ、共に戦うことしかできない。


――


 『ダダダダダダダダダダダダダダダ……』


 「クッソッ! 実巳の奴! こんな量を私に任せやがって! 配分間違えてんじゃないの!」


 ――安部美鶴――

 クソクソクソクソクソクソ、瀬里奈はこれくらい捌いていた。瀬里奈は、私たちよりも下だったのに、下だったのに! 

 負け犬に価値はない、私を見る目を変えちゃいけない!

 思い通りの世界を壊しちゃいけない!

 ……でも、私たちが『裏切者』だって、ばれた時点で、もう、それは、壊れているんじゃない?


 『ズバッ!』


 「ああっ! クソッ!」


 一手、遅れた。半魚人共の牙と槍が私に一気に、剣山のように向かれる。

 実力で瀬里奈に負け、瀬里美に拷問され、復讐され、苛めをしていたカスは魚に食べられてお終い。

 美しさも家柄も力も全部、バカみたい。

 私たちの周囲の人間はきっと……もう明日には私たちを忘れる。

 あの子と違って。

 薄っぺらな人生だったんだってこと、あの拷問で知ってしまった。

 そして認めたくなくて、ここで力を出せるって、突撃して。

 そして、また、死の淵で知る。

 私がゴミだってこと。

 アイツのせいにしたいよ。

 でももう、惨め過ぎて、多くを知りすぎて、これ以上できない。

 ――今更ね。


 『ガキィン!』


 瀬里奈の式神……力士の片割れ!

 また、私は知る。

 瀬里奈のこと、私のこと、私の世界の……狭さと小ささのこと。

 惨めったらしく、自分勝手な私のこと。

 愛する者のいないこと。

 これ以上知りたくはないのに。

 一手じゃなくて、ずっと前から、私は手遅れ。


 「謝らなくていい、許す気はないから」


 「そう……そうね……感謝はするわ」


 その式神と共に戦うしかない。手遅れな私たちを守るのは、もう、瀬里奈しかいないのだろうから。

 ……感謝さえ、私たちがするのは不適切だと、私は知ってしまった。立場が変わるまで、気づかなかった、私はなんて、バカな


――


 「後ろから来てる! 僕の方にも! 類!」


 「うるさい! わかってンだよ、それくらい!」


 ――幸徳井雷――

 僕と類とのつながりが薄くなっている。たった一度の敗北で……?

 たった一度の敗北で僕らは……そんな簡単に……ああっクソッ!

 分かってるって?

 ああ、僕も解ってるよ!

 傷の舐め合いの惨めな気持ちの悪いカス共だってことぐらいは!

 それに気づいたら、そっちに気を向ければ、少しでも向ければ僕たちは終わりだった。互いに互いを、まともな方へ向けないために、必死で、必死で忘れようと努めたんだ!

 僕らは瀬里奈に味方していたせいで……下心だって皆知ってたから、お前を憎むしか仲間になる道はなかった……それは僕らの弱さと間違いのせいだってこと!

 ああ!

 見てしまったんだよ!

 あの拷問の後、目覚めた時に!

 肉親以外の頼れる人なんていなかったからしょうがないって、言い聞かせなきゃ、僕たちはクズだって僕が気付くから。

 ああ、わかってるよ! 

 僕ら以上に瀬里奈は孤立して、裏切られ、それでも強く、立ち続け、跳ね除け、生き続け、僕らのことさえ忘れられる!

 ああなれたかも知れない、僕たちは、そんな強さを怠惰にへし折った!

 クソッタレのイカレ野郎が僕たちだ!

 ああ、解っているさ!

 解ってしまったのさ!

 雷との結合が……緩んでいく……。

 僕の立った一人の……味方……それにすら、もう、疑問符がついてしまう。


 ――幸徳井類――

 俺は無敵……では、ない。雷にすら、当たり散らし……そうか、俺は……ははは……瀬里奈にやっていたことを繰り返すだけだな……。

 少しでも気に食わなければ当たり散らし、逃げ込み、誰も、誰もいなくなる。

 違う。俺が誰しもを遠ざけるのだ。

 俺は強かった?

 違う。俺がそう思いたかっただけだった。

 俺と雷は唯一の肉親だった?

 違う。俺がただただ、クズだっただけだ。

 なるようになった。

 誤魔化しに汚れた俺の手を、俺はもう、見てしまった。

 腹立たしい。

 その根源を知ってしまった。

 知りたくなかった?

 違う。知ろうとしていなかった。

 忘れようか。

 忘れようか?

 ああ、そうすれば、俺はまた……。


『ドスッドスッズババババッバシャッ!』


 俺の腸が切り裂かれる、俺は、血を吐く。

 雷の護符の効果が、緩み、俺の意識が……。

 くくくく……お似合いの最期。


 『祈願大吉、救急如律令』


 回復護符……瀬里奈の術……。はははっ俺は……俺たちは、どこまでも。

 

 『ドガァアアアアン!』


 クビラによって俺らの周囲の敵が破壊されてゆく。

 俺は、膝をつき、呟く。


 「俺らは、お前に許されないことをした……死ぬべきような」


 雷もまた吐き出すように言う。 


 「もう、何も僕らには残っていない」


 「……逃げだよ。それは」


 ああ、そうだな。

 許されないことをして、謝罪も、免罪も、死ぬべきなんて誰も言っちゃいないのにな。何で俺は、また、勝手に……。勝手に……。


 「死ねとも思っていないし、怒りがなくなったわけでもない。許したわけでもない。でも、もう謝ってほしいわけでもない、ただ私があなた達が死ぬところを見過ごすような人間じゃなかった、それだけ」


 式神は動き出し、大群を薙ぐ。やるべきことはそれだけだ。俺たちにとっても。


 「……雷、行くぞ」


 「……ああ。……僕らって……」


 「……ああ。……勝手で、わがままで、見ないふりをしていた」


 それでも、まえに歩き出さなければならない。どんなクズでも、カスでも。孤独でも。

 瀬里奈はそうやってきた。

 俺らは、そこから逃げてきた。

 変われなくても、進まなきゃならない。


 「いけっ! 類!」


 「ああ! 加勢するぞ!」


――


 『ドドドドドドドド……』


 ――賀茂瀬里奈――

 式神無しで捌くにはやっぱり数が多い……!

 方位術と鎮宅霊符では間に合わない……。


 『ズッ!』


 槍が、方位術による攻撃をすり抜け飛んでくる。


 『ザクッ!』


 鳥の式神……。春奈の!


 「もう、見て見ぬふりなんて、しない……よ……」


 振り向くと春奈が大量の式神を造り出し、脳の処理が追い付かず鼻血を流している。


 「春奈、だめ、そのままじゃ」


 「あなたを、守ることも、自分を守ることも出来なかった私を許さないで……私は、今、ようやく、立ち向かえるから……」


 ダメだ、あのままじゃ、私の方の大群を抑えるために、式神を造り過ぎている。後方への攻撃の手も緩めずに、私を……。

 恨んでないと言えば、嘘になる。

 でも、偽りだとしても、私たちは友達だった。

 許せると言えば、嘘になる。

 でも、それでも、私は……。


 『巳方因達羅大将封解急々如律令』

 『陰陽術式薬師十二神将調伏式神術:因達羅大将神霊八卦式操作』【楽園パレード


 この術式が上手く使えた事はない。でも、それでも、ここで成功させなきゃいけない。友達を失う事なんて、誰一人失う事なんて、嫌だ!

 事情は分からない、何が起きているのかは知らない。でも、私は鳥羽君たちに救われた、だから、仲間の為に、私は、力を使う!


 『バリバリバリバリッ!』


 巨大な金剛杵と槍を携え、純白の象に乗ったインドラは金剛杵を振るい、周囲の魚の大群を雷によって焼き殺した。

 初めて、インドラは私の式神として動いた。

 制御も操作も、おぼつかない。

 魔力も恐ろしく消耗していく。

 不格好でもなんでもいい。


 「瀬里奈……! インドラなんてリスクを……」


 「仲間のため……それに、友達のためだもの!」


 ――土御門春奈――

 自分の弱さが嫌いだった。

 流されて、怯えて、抵抗しない。

 流れの中で、自分を痛めつけて。

 初めて、自分が正気な気がした。

 優しさに付入る様な自分が嫌い。

 強さに屈するような自分が嫌い。

 弱い自分が嫌い。

 自分も守れず、友達も守れず、何もない。

 空っぽの自分が嫌い。

 だから、最期くらい、勝手に友達と思っている人の為に、死のうとした。

 私は思っていたよりももっと弱かった。

 私の友達は思っていたよりももっと強くて、もっと優しくて、もっと、ずっと、私を友達だと思っていた。

 取り返せなくても、許されなくても、何もかもがだめでも、上手く行かなくても、私は今、変わらなきゃ、変われなくても、弱くても、折れても、変わらなきゃ。


 『祈願大吉。救急如律令』


 瀬里奈の回復護符が私に付く。

 ……瀬里奈はもう大丈夫。私は私のやるべきことをする!


――


 ――生まれの異形=サタン――

 ダゴンが圧されている……生き残りがあれほどまで居たとは。腹立たしい、実に腹立たしい。アスラの奴め……早々に離脱しおってからに……腹立たしい……腹立たしい!


 『ドガァアアアアアアアアアアアアン!』


 吾が拳をひらりと避ける月の民の娘……貴様とて吾らが眷属の一端というのに!


 「貴様らごとき……釈迦の手の孫悟空にすぎぬというのに……」


 『ドガァアアアアン!』


 ヌウウッ!

 顔面に魔力弾。バズーカの餓鬼か!


 「古くせえ例えしてんじゃねえよ、デカブツ!」


 黒点を奴に差し向ける。だが、それはあの鎖の男に軌道を捻じ曲げられ、餓鬼に躱される。魔力の補助を受けたくらいで、いい気になりおって。ゴミ共がッ!

 鎖でちょこまかと動く奴らの軌道を予知によって捉え、拳を振るう。触れただけでも溶ける温度を食らえッ!


 『ガァアアアン!』


 硬い! 魔術による反作用防護ッ!

 春沙クラビスの【節制】のカードか!


 「俺のカードを削り切ったのは後にも先にも金剛だけ……。アンタじゃ力不足だぜ、ダンナ!」


 カードによる削りは本来、ダメージにすらならない筈だが、的確に神経を逆なでする。薙ぎ払い……。


 『ドガガガガガガガガガガガッ!』


 ガトリング砲!

 車椅子の男かッ!


 「抑制弾幕、牽制攻撃、機動防御……数的不利だぜ、サタンとやら」


 吾の周囲をちょこまかと蟻共が飛び、調子づきおって……ダゴンに気を遣るのは止めだ。

 貴様らを完全に破壊する……!


 「ヌウウウッ!」


 「! 腕が……六つ!? 顔も三つだ!」


 ――春沙クラビス――

 琉鳥栖が拡声器越しに驚く。あれは、もしや、神曲の……。原作はそっちでもあるってか!?


 「さあ、ようやっと戦いの始まりだ、ゴミ共」


――


 「平等、均等、飢餓、豊穣、疫病、混沌……」


 ――鳥羽或人――

 ダゴンの数による優位は崩されつつある。だが、サタンの抑制のための人員は予想以上に必要……。琉鳥栖さんやハルト君の機動力と連携力で、ダゴンを切り崩す必要がある。でも、それではサタンが……。


 「お困りのようだな、日本魔界府の、鳥羽或人……いや、今は南極卿というべきか」


 「王冠の……ヨトゥム!」


 僕の背後に立っていたのは隠者の薔薇、幹部会〈黄金の教示〉の長、つまり、あの栄光のジュン以上の大物。さっきはダゴンに攻撃をしていたが……一体何を……。


 「ダゴンに対して我が攻撃は一切の手応え無く破れた……。彼奴は速度による翻弄ではないようだな……」


 「貴方の速度は、むしろサタンに有効……しかし」


 「ならば私はサタンに向かうまで。私とて同胞が一人殺され、一人取り込まれている。貴様らと敵対しているという些事に拘る気もない。このような状況なら猶のことよ」


 彼はサタンの方へと歩みを進める。


 「何故……。何故僕たちは」


 「理想が異なれば道も違うものだ。少なくとも我々の一部は貴様らとは相容れない。我々はその相容れない者の仲間。故に、貴様らと慣れ合えたとしても、我々は貴様らとともに行くことはない……殺し合う事を止めることは、今はできない……いつかは……いや、今喋ることではないな」


 『ギュルルルルルルル……』


 魔力を激流のように回転しつつ力として放射する術により、王冠のヨトゥムはサタンの方へと飛び去ってゆく。

 僕は琉鳥栖さんとハルト君に合図を送る。


 『ピピピピッピピピピッ』


 「ハルト! 合図だ、行くぞ!」


 「分かってるよっ!」


 ――ゴットハルト・ルプス――

 合図とともに俺は躊躇なくオッサンの車椅子を抱えてサタンの周囲から離れる。鳥羽の事だ。ミスはない。

 飛び去る途中、すごい速度の竜巻のようなものが突風と共にサタンに突っ込んでいった。


 「ハルト、バズーカ砲の調整は問題ないか」


 「ああ、問題ない。アサルトの方もアタッチメントのΣドライブがかさばるが、問題ない」


 「そうか。良かった……。あと……ハルト」


 「ああ? どうした?」


 「死ぬなよ、って……『アイツ』が」


 「……」


 オッサンは俺にこれを伝えようか、迷っていたのだろう。

 そんな気回さなくてもいい。

 俺が『アイツ』の見舞いに行かないことを想ってのことか。

 いや、ただ、言うべきかどうか、それをずっと悩んでいたのだろう。

 オッサンが嘘をつける人間じゃないことは、過ごしていてすぐに分かった。そんな人間初めてだったが、鳥羽や、金剛とかもそう言う人間だった。

 何を教わったから、とか、母親との関係から、とか、遺伝子がとか、そう言う事とは、何も関係なく……俺は……。


 「まだ見舞いに行く気はねえが……わかったよ馬鹿親って言っといてくれ。親父」


 「……ああ!」


 「るるるるるるるるるるるるる……飢餓、飢餓、飢餓……」


 「こっち向けや、やたらうすらでかいのっ!」


 『ドガァアアアアアン!』


 ダゴンの顔面に一発。バズーカ。すかさず車椅子を向こうに投げる。ブースターにより親父の車椅子は空中で軌道を変えつつガトリング砲を浴びせる。


 「一気に行くぞ!」


 『バババババババババババ……』


 鱗が剥ぎ取られる。

 俺はアサルトで奴の肌を削り取りつつ、バズーカを差し挟み、奴の表面を削り取ってゆく。


 『ドガアアアアン……ドガァアアン!』


 「平等平等平等平等平等平等平等平等平等平等……」


 ダゴンは石柱を抱え、振りかぶって来た。

 速い!

 だが、攻撃は止めない!


 『ジュウウウウウウウウウッ!』


 親父のレーザーにより奴の腕の関節に穴が開く。

 間髪入れずほぼ同時にそこにバズーカと銃弾を叩き込む。


 『ドガァアアアアアアアアアアアアン! ブチブチブチィ!』


 腕が千切れる。石柱がバランスを崩し落ちる。


 「鳥羽! 今だっ!」


 既に鳥羽は真っすぐ、石柱の特定の部分に凄まじい速さで降下している。それは後ろ手にジェット噴射の要領でアイツの得意のレーザー術を放出しているからだ。


 「ありがとう、皆!」


 だが、その一閃の最中に、横から殴りつけるものが一人っ。


 「あのジジイ!?」


 『ドガァアアアアアン!』


 「グーリンダイのクーリングオフ、グーテンターク★。ゲドゥちゃんインアスラだにょ。牡蛎オイスターソースの喜多三郎復活、最高!」


 ――鳥羽或人――

 アスラ!? マズい、まだ奴が現世に繋がりを持っているのを何とかしないと、奴が復活する。


 「横から殴りつけて台無し、ご破算、パンパカパーンのパンティ・ストッキングレッツゴーインザバックトゥウフューチャー、あぼぼぼぼぼい! あぽっ」


 奴は座禅の姿勢のまま残像が複数見えるほどの速度で僕の周りを囲うように回転する。奴の攻撃方法ではない! 恐らく宿主の方法。奴の呪縛を解くことはできるが、宿主の術には対応できない!


 「ダハハハハッ! ソーバッド、イッツバッド、バッティングおんマイウェイ、死ねっ! なんて嘘嘘嘘嘘うそだにょーん……」


 『メキメキメキッ……』


 「あ?」


 突然奴の身体は音を立てて変形し、奴本来の姿に似た何かに変貌してゆく。これは……宇美部さんの術だ!

 地上から彼が術式結合を隠しながら飛ばしていた!


 「まだ間に合う! ダゴンを討てっ!」


 「えええっもう出番終わりなんですかっ、Chotto Matte Kudasai!」


 奴の叫びと共に僕は彼の脳内に付着する奴の術式結合を解除する。

 そして、再び、僕は石柱に向かい全力で落ちる。

 あの一点、一点だけを狙って。


 『ドガァアアアアアアアアアアアアン!』


 破戒された石柱の中、先程見た姿に似た男の遺骸が脈を打ちながら現れた。

 彼は既に死んでいる。そこに意志も、心も、何もかもない。

 ただ、平等のための機械として己を改造した、愚かな男の末路。機械は既に元のモノから大きく逸脱し、壊れてしまっている。


 『バキッ……バラバラバラ……』


 僕が触れると、遺骸は崩れた。そして、同時に、ダゴンの人魚の方の肉体も……。


 『ガラガラガラガラ……』


 全員の力で打ち倒した……。石柱の瓦礫は一つの場所に収束し、人間の形……栄光のジュンとなっている。奴は気絶しているようだ。


 あとは……。


 『ドドドドドドドド……』


 !

 あれは、サタンの周囲に奴の腰元の魔法陣と同様の文字列が浮かび上がる。自分を中心に大爆発を起こす気だ!


 「皆、さがれ!」


 ――生まれの異形=サタン――

 遅いわっ!

 半径30km圏内を無に消す大技。そう簡単に逃れられるものか!


 「鳥羽或人、一人生き残り絶望しろ、己の無力さに!」


 『カッ!』


 『ドガァアアアアアアアアアアアアアン!』


 爆発……。この感触……。

 封印術式!

 森水都……ノーマークだった……。


 「既にサタンの周囲には40以上の封印結界を張っています。数回の爆発には耐えられるでしょう……鳥羽さん、皆さん、後はお願いしますよ」


 ――鳥羽或人――

 森さんが結界術の為に魔術結合に魔力を送り制御しながら、電子音声で僕に伝える。


 「はいっ、行きます!」


 僕は封印結界の周囲に立つ、ベアトリーチェさんのもとへと行く。

 本当に、ベアトリーチェさんの民族である『月の民』は僕と繋がりあるものなのだろうか。

 ――○――

 勿論、伝えたように、彼らの父祖は南極卿……力を譲渡された君は、彼らの力を何倍にも引き出すことができる。その力でなら、サタンを圧倒できる。

 ――鳥羽或人――

 ならば、行くしかない。


 「ベアトリーチェさん!」


 「或人! 行くぞ!」


 「はいっ!」


 封印結界の中に共に入る。

 サタンはその腕で、侵入した僕たちに間髪入れず攻撃を繰り出す。


 『ドガァアアアン! ジュウウウウッ!』


 僕はその腕を受け止める。

 すごい力だ。出力では確かに僕は圧し負ける……!


 「何と弱い力か、それでよくも……」


 『グググ……』


 「ヌウウッ……! 月の民……貴様ァッ……!」


 半人半獣の様子を示すベアトリーチェさんが僕と共に巨大な拳を押し返す。


 『ドガアアアアン! ドドドド!』


 崩れた態勢に対して僕たちは二手に分かれ、サタンの関節や死角に攻撃を繰り出し手削ってゆく。

 だが、その六本の腕は僕たちを蛇のように追い、叩き潰してくる。


 『ヒュッ!』


 「貰ったぁッ!」


 ベアトリーチェさんが躱した隙を突かれ、奴の拳の軌道に捉えられる。


 『ドガァアアアアアアアアアアアアアン!』


 「なにぃっ!?」


 振るわれた拳の軌道は歪み、ベアトリーチェさんには当たらずに地面に激突、クレーターを作る。軌道の途中には鎖。

 有馬さんの重力操作だ。彼が叫ぶ。


 「また、忘れやがって、ジジイ過ぎてボケちまったかぁ!?」


 「おのれっ!」


 『ギャリギャリギャリギャリギャリィッ!』


 「ヌウウウッ!」


 サタンの胴体を縦横無尽に削る竜巻。王冠のヨトゥムの追撃だ。


 「この私を時間稼ぎに使うとは……借りは一つと言ったところだ!」


 この生まれた隙に、僕はベアトリーチェさんの手を取る。


 「なっ、或人?」


 「力を貸してもらいます」


 僕は自らの魔力をベアトリーチェさんの方へ込める。力の奔流をベアトリーチェさんはその掌に感じているのだろう。


 「……わかった。共に行くぞ。或人」


 「はいっ、ベアトリーチェさん」


 僕とベアトリーチェさんは同時に手を取りながらそれぞれ左と右の掌を前にかざし、そこへ二人の力を集中させる。魔力の波長が同期し、混ざり合い、集中し、僕一人の何倍、何乗もの出力の魔術が発生する。


 「ヌウウウッ……吾が術式に勝る破壊、あり得ぬ、なんと、腹立たしい!」


 『カッ……ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ……!!』


 サタンの散り際にはなった術を消し飛ばし、二人で放ったレーザー砲撃はサタンの半身を完全に消し飛ばし、結界を貫き、その光線は宇宙へと飛び去った。

 魔法陣がぐにゃりと捻じれ、一点に収束していく。その一点には……里奈ちゃんが横になっている。

 良かった、無事にサタンも……。


 「或人……」


 「ベアトリーチェさんが居なければ……そして、皆がいなければ、勝てないどころか、僕はここに居ません……本当に、ありがとう。……最後の相手は、僕だけで倒さなくてはならないので……」


 ――ベアトリーチェ・カントル――

 他人の為に力を使ってきたと、思っていた。

 それは違った。

 私は今になって初めて、いや、彼の救出の時初めて、自らの意志で、他人の為に力を使ったのだろう。

 彼に対しての感謝……私の気持ち……願い……その中で今最も伝えたい心、その言葉は……一つだけ。


 「必ず、帰ってきてくれ」


 「はい! 必ず!」


 彼の笑顔が夕闇の中に輝いた。


 ――鳥羽或人――

 僕は手を振って、ベアトリーチェさんと別れる。有馬さんや、森さん、琉鳥栖さん、ハルト君らも手を振っている。

 宇美部さんは神妙な面持ちで僕を見ている。


 「必ず、取り返してきます!」


 その言葉に彼は手を振る。

 知っているものも知らない者もいる。だけれど僕には今、仲間がこんなにいる。負けることはない。絶対に。

 視線を奴の方向へ向け、空中浮遊術で向かう。

 奴がここまで来ないうちに、なるべく人を巻き込まないうちに、早く!

 !

 痛い!

 こんなに……。痛いものなのか……。死ぬというのは。


 「AAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 ――〇――

 すまない、鳥羽君。さっきまでは私が死の苦痛を肩代わりしていたが……。力を一部譲渡した状態ではそれがままならない。

 ――鳥羽或人――

 ……大丈夫です。

 僕ならこんな痛みも、乗り越えられる。

 ――○――

 ウェンディゴは自らを罰するために、再生の術を逆転させ、自らを死に続けるように仕組んだ。始めは無限の苦痛に満足していた、だがやがて受け入れきれずに、周囲へ死の呪いを振りまくようになった。

 無限の苦しみ。無限の死に際。それを耐えられなかった私の結果の一つ。それが奴だ。

 ――鳥羽或人――

 ……理性が吹き飛んでしまうほど、永い、永い苦しみ。終わらない苦しみ。せめて一時だけでも。安らぎを……。

 思えば、四呪詛の奴らは……。

 ――○――

 君に伝えた情報の通りだ。

 真なる狂気=アスラは孤独と退屈にある自身の事を偽り、己の思考を否定し続け、己の喜びを信じ続けた結果の一つ。何が嘘で何が本音で、何が事実か、全てわからなくなり、ただ己の感じた事を口から流すようになったと同時に、信条も、思いも、信念も、心もすべて失った。ただ享楽を追い求めるだけの存在。

 平等なる飢餓の天秤=ダゴンは無慈悲な合理性と平等性、公平性を突き詰めた結果、自らを不朽の機械として改造した結果の一つ。既に壊れて自滅を促すだけの装置。

 生まれの異形:サタンは義憤によって行動し続けた結果の一つ。敵を作り、それを滅ぼす事を行い、自分こそが滅ぶべきものと理解し、それに類する全てを破壊し尽くす。不快なものを排除したい願い、排除から守るために排除する者を排除するという矛盾……。その中で自滅を選んだ哀れな存在……。

 ――鳥羽或人――

 その全てが、僕にとって他人事ではなくて、その危うさを彼らは感じ取って、僕をあちらに引き込もうとしていた……。それに……いまでも僕は、彼らに共感できる。

 ――○――

 危うさは誰でも、いつでも持っているものだ。

 ――鳥羽或人――

 だから、この痛みと苦痛の中で、僕は仲間を思い出す。

 僕はよりウェンディゴに近づく……。痛みの頻度は増し、幾千幾万もの死が僕を通り過ぎて行く。


 死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死


 全てを忘れるほどの痛みと苦痛。そして身体が適応するために発する快感。

 僕は音もなくただ無数に絶命してゆく。

 のまれるな、気を確かに持て、忘れるな……。

 ベアトリーチェさん、金剛さん、春沙さん、琉鳥栖さん、ハルト君、賀茂さん、有馬さん、森さん、宇美部さん……有穂さん!

 僕は有穂さんを取り戻しに来た。宇美部さんに代わって。他の秘匿一課の皆に代わって!


 ――無名者=ウェンディゴ――

 俺に、終わりを! 終わりを! 終わりをくれ! ああ! ああああ! あああああああ!


 ――鳥羽或人――

 僕はそのか細い体を殴りつけ、一撃で砕いた。

 きっとこれの何倍もの苦痛を受けてきたのだろう。

 僕は、他の四呪詛にも、そして彼にも、同情に近いものを感じている。

 それは間違いなのかもしれないが。

 そう感じずにはいられない。

 それを抑えることもしない。


 「ああ……あり、がとう……」


 そのミイラのような体は、砂となって崩れ、存在ごと失われた……。


 ――〇――

 これもまた、彼らにとっては一時の終わり……。私……。南極卿の力は、今や世界に刻み込まれた【世界法則】……。力の多くを失った彼らでさえ、不死不滅の存在なのだ……。


 ――鳥羽或人――

 あなたは一体……。


 ――〇――

 より大いなる存在【上位存在】から人類を守る一人の【人間】。それが南極卿。

 吾等は軍団レギオン吾等は大勢であるがゆえにってね。

 魂の完全なる複製、世界法則による不死不滅、世界の循環への関与……。

 これらにより私は自分と全く同じ、魂も記憶も一部を常に共有する分身を数多く持っている……。彼らはそのうちの……。『踏み外した』者たちだ……。魔力の強いものを依り代に受肉することで封印から復活する。私の『南極卿財団』はこういう事態にも対処する。自分で蒔いた種だからね。ただ、今回は君が居た。


 ――鳥羽或人――

 僕?


 ――〇――

 そう、君は、今私と心で通じ合っている。先程も彼らと心を通じ合わせていた。それは君が私の『器』だからだ。


 ――鳥羽或人――

 『器』……。


 ――〇――

 『器』とは数百年に一度の周期で発生する、私の元の遺伝子と奇跡的に完全一致する遺伝子の人間の事を指す。それに私の魂の一部が、くっついてしまうんだ。発生の段階でね。これは事故、いや、バグみたいなものだな、トンネル効果のような……。

 とにかく君の生まれた時から、私は君の心の隣にいた。これからもそうだ……。本来は君が死んだときに体を貰うのだが……。


 ――鳥羽或人――

 でも僕はもう既に何度か死んでいるのでは。


 ――〇――

 その通り……。だが私の信条としては、まだまだ未熟な君が死ぬのは、非常に……。忍びなかったものでね……。一度目は……。二度目以降は、まあ、魔界に巻き込んでしまった罪滅ぼしみたいなものさ。オマケだ。オマケ。死ぬほど平等性を求めてるわけじゃない。時には好きなことをしたいのだよ。私も。


 ――鳥羽或人――

 それでいいと思います。……でも、もう僕は大丈夫です。


 ――〇――

 ああ、そう言うだろうと思った。

 ……貸していた分の力は無くなるよ。ああ、そうだ。君の魔力出力はちょっとだけ強くなるようにしてたけど、あれは君の潜在能力の一部だから、もっと訓練すれば、直ぐに取り戻せるよ。君は生まれついて凄い才を持っている。オールラウンダーとはいかないが、若い頃の私よりも才能に溢れているよ。

 ……それじゃあ、この辺で、良いかな?


 ――鳥羽或人――

 最後に一つ……。あなたのお名前を……。


 ――〇――

 いいよ。私の名前はヴィクトル……。V・13が固有番号。

 安心してくれ、ずっと君の傍にいる。寂しくなったら、南極の地下に行けば他の私にも会えるよ。ベアトリーチェ君の実家もあるだろうからいつか行ってみると良い。

 それじゃ。


 ――鳥羽或人――

 満ちていた力は消え去った。不思議と変わった気はしない。


 『サラサラ……』


 塵……?

 ウェンディゴを構成していた塵が集まってきた。そしてそれは、一点に収束し、人の形へと変化してゆく。有穂さんだ!


 「……? 鳥羽君? あれ……。来希、来希は?」


 有穂さんがむくっと起き上がって周囲を探す、直ぐに僕の後ろの方を見遣った。


 「おーい!」


 僕が振り向くと、遥か向こうにベアトリーチェさんと有馬さん、ハルト君、そして宇美部さん……。それに……。賀茂さんに、里奈ちゃんもいる。


 「皆! おーい!」


 僕たちは急いでそちらへ向かう。


 「来希!」


 「歩!」


 有穂さんと宇美部さんが抱き合い泣いている。受肉先の人は皆無事なようだ。里奈ちゃんも、賀茂さんも、あとは……。

 その時、その更に後ろに空から柱が飛来した。


 『ドガァアアン!』


 栄光のジュンか! 

 皆は臨戦態勢に入る、だが、直ぐに柱は空へ浮かび、王冠のヨトゥムと栄光のジュン……そして、アスラに操られていた老人がその結界の中に立っていた。


 「この場で暴れるのは無粋……! だが、いつかは我々、黄金の教示、隠者の薔薇が貴様ら秘匿課に勝利し! 世界に魔術の秘密を明かし! 平等なる技術社会を実現して見せる! 首を洗って待っていろ! 次こそは勝つ!」


 王冠のヨトゥムは白スーツの男の遺体を抱えながらそう言い放ち、栄光のジュンの結界と共に黄泉区の方へと飛んでいった。


 「やれやれ……。何だったんだ? あのオッサン」


 ハルト君は呆れたようにそう言う。

 有馬さんが答える。


 「さあな……向こうも向こうで大変だったんだろう。あの様子だと戦争も休戦か」


 『ゴゴゴゴゴ……』


 地面から潜地艦が現れ、中から森さんと琉鳥栖さんが現れる。琉鳥栖さんが声を張る。


 「重傷者はあらかた回収したが……戦場に向けて負傷者を回収しつつ進むつもりだ。お前ら早く入れ」


 ハルト君が返事をする。


 「へーい、行くぞー」


 皆が潜地艦に向かう中で、僕の隣にベアトリーチェさんが来て話しかける。


 「或人……」


 「大丈夫です……。もう、僕は」


 僕は笑ってそう言う。ベアトリーチェさんは笑いかけて答える。


 「また無理をしている。少なくとも今は、休め」


 そう言われてみれば確かに……。僕は知らず知らずのうちに相当無理をしていたみたいだ。疲れがどっと襲ってくる。足元が……。


 「おっと」


 よろめいた僕はベアトリーチェさんに抱えられる。


 「あ、アハハ……。ちょっと疲れがキてるみたいですね……」

 

 「フッ……少しずつ、無理をしないようになればいい……」

 

 少しずつ……ゆっくり……この仲間たちの元では、僕は変わってゆけそうだ。


 〈最終章 完〉

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