第七章 第七章 神々の黄昏 Götterdämmerung

第七章 神々の黄昏 Götterdämmerung 本文


――


 ――宇美部来希――

 母の顔はおぼろげだが覚えている。病弱な母は僕の物心がついたころに亡くなった。

 父は暫らく、ふさぎ込んでいた。

 堅物だが情には脆い人だった。

 歩はその頃、僕に付きっきりだった。今思えばあの頃から、僕はあいつに気を遣われていたのだろう。

 優しい気遣い。

 いつも二人、館の庭を駆け、森の中へ隠れた。あの森の中は僕たちの世界だった。

 どこか遠い場所の記憶のように思える。

 あの森も、あの庭も、ここにあるのに。

 いつの間にか遠くへ去って行ってしまったようだ。


 歩が初めてここに来たのは、母の死の少し前。

 父が孤児を養子に引き取ろうとしたが彼が固辞し衛士の一人という事で僕たち家族の一員となった。宇美部の家は祖父の代から孤児院への献金を欠かさない慈善家で知られていた。

 魔力の強い才を持ち、世俗で生きられない歩を不憫に思った父と母が引き取ろうとしたのだろう。

 なぜ歩は頑なに養子を拒否したのか。なんとなくわかる。

 歩は努力家だった。

 魔力の才はあったが、それを更に引き出す努力を欠かさなかった。

 自分の強みを更に強くすること、それこそが最も強くなる最短の道であると自覚しているように、朝も昼も夜も、僕が見ていないだろう合間には必ず、修練場で一人、魔力量の拡張のための瞑想や出力の解放の修練を定期的に行っていた。

 僕は一度、彼が夜半に一人、修練をするところを見てから、父との訓練以外でもできる鍛錬を積んだものだ。

 僕の見ていないところで歩は、努力していた。

 それが何か、奇妙な感覚を覚えて。感知の訓練を続け、あらゆるものを詳しく見えるように、歩の隠れた努力を観れるように、僕は感知を磨いた。


 15の時、僕らは魔界の学校へ通いながら、神祇寮の任務もこなし始めた。

霊魂を倒し、僕が支配し、歩が封じる。

 順調に僕たちは神祇寮のトップへと駆け上がり、高校に入る頃には、第一級……。特別指定級下位の実力を得ていた。

 当時の歩は既に特別指定級相当の魔力量。

 僕は半径500メートル規模の感知範囲、細胞単位の感知精度を持っていた。

術式と格闘に関しては僕が歩をサポートし、歩は境界術により相手の術を焼き壊した。

 神祇寮では、僕は歩よりも強いとされ。僕と歩は互いに互いを支え合っていた。


 彼の強さは僕だけが知っていた。


 ……その日はいつもの手合わせ訓練、僕が歩といつもの如くぶつかり合い、戦い、そして勝った。

 そのあと、歩は父に呼ばれ、歩は父の部屋へ行った。戻ってきた歩は僕に少しの期間、勉強の為に離れる旨を話して、一か月の暇を僕に求めた、あいつは妙なところで自分が衛士であることに誇りを持っているので、僕は取敢えず許可を出した。そんな仲でもないのに。

 一か月後、帰ってきた歩は自身の出自が物部氏であること、十種神宝の術を得たことを伝え、より強くなったことを報告した。


 それから歩は無敵となった。


 元々魔力量は僕よりもずっと多かったが、もう誰も追いつけない成長速度で、特別指定級の枠を簡単に抜いて行った。高校を卒業する前に、彼は特異指定存在となり、術を完全に完成させ、神祇寮の影の支配者と呼ばれるほどの実力を持った。

 神祇寮の上司たちも、今までは僕たちを快く思っていないためか当てつけの様に依頼を殺到させたりして、僕たち二人で乗り越えたものだったが、全てが歩の片手間で終わり、今まで人柱や、魔力補填のための三交代制だった封印の仕事までも、歩の片手間で終わったことにより、奴らはただただ僕たちに平伏するのみだった。


 歩は無敵だ。

 僕はよく知っている。

 もう歩は僕と同じ修練を受けていない。

 無敵になったあいつは、術を習得して以降も僕と共に任務に行った。


 僕が高所恐怖症の気があることを知ると浮遊術を使わなくなった。

 僕が任務中あいつの戦いを観戦して楽しんでいることを知ると派手に戦うようになった。

 僕が近くにいる時に敵が奇襲すると、一切の容赦なく一撃で敵を殺すようになった。

 僕が遠くに居て観戦していると、相手の止めを刺すのを場合によっては避けるようになった。


 そして三年ほど前、あいつは突然、僕の家から出て行った。

 『独り立ちしたい』そう言って。

 あいつはきっと知っているのだろう。

 僕があいつの気遣いに苦しみを覚えていることを


 ……。


 僕があいつの気遣いに苦しむのは……。

 僕が弱いせいだ。

 僕は無敵じゃない。

 あいつの隣に居られないくらい、僕は弱い。


 どうして弱いのか。


 僕だけは知っている。


 僕は宇美部の生まれじゃない。

 幼い頃に養子になった、養子。


 歩と違って何の由緒もない。ただの孤児の生まれ……。


 きっと、だから弱いのだ。

 青き血の新秩序の言うように。

 ならば僕が変えなければ。

 ならば僕を変えなければ。

 全てを変えて、僕はアイツの隣に立つ。


 ――


 ――〇――

 2022年4月1日17時45分、日本魔界府黄泉平坂市黄泉平坂区上空にて。


 ――慈悲のゲドゥラー――

 天啓……。『天啓』が儂のもとへと絶え間なく降りてくる。


 『蝶よ花よ、北よ東よ、あっちよこっちよ。ゲドゥちゃん東奔西走!』


 ……意味不明だが、北と東、北東に行けばよいのか?

 北、東……西?

 どちらだ……。


 『ホクトーの拳、youはshock! ショーはもうすぐのレッツトライワゴン。カケネリウス碁聖』


 更に意味不明だが、もうすぐ北東で何かあるのだろう。どうやらあの台地……。魔界府府庁を目指せばよいという事らしいが……個人的には封印結界内の『至高の三無』を解き放ちたい。


 『しょーますとごーおん、コレ重要よ。テストに出します。砂糖壺舐めとけ! オラッ! 砂糖壺の問題も出します』


 ……理解が追い付かない。


 『天命の天啓は典型の天恵でテンケー、テンケー、ああそうですよテンケーですよ! テンキーではない、お天気。Byイヴォンカ天吾』


 ……今回の天啓は随分とお喋りだ……。儂は索敵を行いながら府庁へと進む。儂と交戦していた魔導機械の二人組は北上を始め、黄泉区の方面を目指している。あの巨大火砲が軍に向けられるのは厄介だ。


 『牡蛎(オイスター)ソースの真多三郎「拙者接写するにござるうぅ~」盗撮容疑で逮捕』


 ……カリオストロは黄泉区の方から府庁へと向かっている。あ奴は本当に至高の三無の復活を遂行する気なのか、否か。


 『野心家の道は溝に墜ちてチャンチャン、信心深い奴の道は崖に真っ逆さまでもだいじょうビ、真多三郎の道は刑務所に』


 天照の方では有穂と青き血の新秩序の戦闘が始まったようだ。飛び入りで参加した術師を使うと言っていたが、あの団体……。身の丈以上の武器に自らを食われやしないか……。


 『諸刃の剣、なんか刀だけ生き残る村正、喋る混沌の剣と秩序の剣、永遠の英雄譚、SFはサイエンス・ファンタジー? サイエンス・フィクションだ! いやいや少し不思議ですよ、うるせー! 知らねー! 最終幻想』


 頭の中が混濁しそうだ。思考に直接天啓が……。


 「そう言う天啓、こう言う天啓、Are you tenkey?」


 ぬううぅ……だんだん耳の中に聞こえてくるような気がしてきた……。と、とにかくもうすぐ府庁だ。

 不調なじいさん府庁へ符丁をつけに帰庁。吉兆は予兆、冗長な超常。喜多三郎、失調。

 天啓が……。思考に入り込みつつあるような気がする……頭が痛い。

 ……だが府庁が見えてきた。

 もうすぐ会える真なる鍵、蒼褪めた聖者の、種なる鍵。牡蛎?

 牡蛎の話はもういい……。いや、待て、蒼褪めた聖者? この天啓は……。『真なる鍵』は『蒼褪めた聖者』……?

 やってみせ、言って聞かせて、させてみよう、そんで褒めちゃう猫可愛がり 山本五十六

 妙な警句……。見ればわかるという事か……? とにかく、儂の意識が朦朧としてきている……早く向かって……。

 無問題モーマンタイ、見える見える。世界、丸見え(この挨拶もうやらなくなったよね)、世界原理が歩いておる。ゲムニスフタン独立労働者共和国。師走。

 ?

 府庁の前に誰か居るぞ……。あれは……。鳥羽或人!

 『真なる鍵』! あれが……。

 真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、これいつまで続けよう、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、もうそろ染まった? まだ? いやん、本気出しちゃうわん♡ 真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵、蒼褪めた聖者、真なる鍵は蒼褪めた聖者。

 真なる鍵は蒼褪めた聖者……。真なる鍵は蒼褪めた聖者……。真なる鍵は蒼褪めた聖者……。真なる鍵は蒼褪めた聖者……。真なる鍵は蒼褪めた聖者……。

 よしよし、ゲドゥちゃん、脳ミソこんがりガチ子ちゃん。秘匿課邪魔するために、サタンちゃん封印解いて。砂糖壺舐めて。テストを受験して。卍。

 了解……。秘匿課を邪魔するべく……。サタンの封印を解除……。砂糖壺? ……。テスト、受験……????


 ――〇――

 慈悲のゲドゥラーは府庁の上空でしなだれた傀儡の様に浮遊している。その瞳は虚空をとらえ、ぶつぶつと意味不明な文言を常に発している。今、彼の自我は狂気によって壊されたのだ。そうして、ゲドゥラーは『サタン』と呼ばれた巨大なる悪魔の封印を解くため、今までとは比べ物にならない速度で封印結界へと向かった。



 ――鳥羽或人――

 ? 今、上に人が居た様な……。


 「或人」


 振り返るとベアトリーチェさんが府庁から出てきていた。


 「ベアトリーチェさんも出るんですか」


 「ああ……『黄金の教示』および特別指定級相当の術師が確認された。今動ける特別指定級は少ない……金剛は?」


 僕は黙って首を振った。ベアトリーチェさんは思ってもない返答に少し黙った。


 「……それは……或人……。……いや、いい。或人、とりあえず私と来い。春沙は、連絡があった。あいつの罪は薔薇の情報提供と敵対で不問だ。安心しろ」


 春沙さんは孤児院の人たちの避難誘導を任せて別れた、魔力の残量が少なく暫らく満足な戦闘ができないという事で、僕だけで府庁に向かいベアトリーチェさんに報告するという事だったが……。春沙さんの方が避難所に先について連絡を取ったのか。


 「有穂が来たようなのだが……どこかで足止めを食らっている。賀茂についても『青き血の新秩序』による裏切り工作を受けたようだ。海川は昨月、私たちが出払っている時に襲撃を行った『トロネゲのハゲネ』にかなり善戦していた。今は市街に潜伏して回復しているようだ。私たちは高天原区を見回りつつ賀茂の方へ向か……下がれ或人!」


 僕はベアトリーチェさんに手を引かれながら振り返る。そこには飛来する朱色の柱!

 見覚えがある、そこに乗っている一人の男。柱が勢いよく府庁前に突き刺さり、紋章が現れる。


 「栄光の……ジュン……」


 「日本魔界府秘匿一課課長、ベアトリーチェ・カントル。『月の民』にして、特別指定級魔術師……。日本魔界府秘匿一課預かり、鳥羽或人。特異指定存在……。ま、同時に相手取るのもイケるデショ、何分足止めできるカナァ?」


 飄々とした語り口……。だが、明らかに出力されている魔力の質は違う。前回の様に寝そべる姿もなく、武道の構えをとっている。慢心はないという事か……。


 「……或人、少し見苦しいが……。私は本気で行く。ついて来れるのなら合わせろ」


 「……っはい!」


 白銀の毛皮を纏った狼のような姿へと一瞬で変容したベアトリーチェさんは果敢に結界内へ突撃する。彼女が結界に入る直前、栄光のジュンは素早い演武を行った。


 ――栄光のジュン――

 【龍争虎闘(Enter the NINJA)】白黒ハッキリしましょうヨ


 ――鳥羽或人――

 ベアトリーチェさんが結界内に入った瞬間に、外周の柱が飛来、元あった結界がさらに拡張され僕もその効果範囲へと入れられた! 

同時に奴の術が僕たちへと襲い掛かる!


 「敵対分裂待ったナシ!」


 ベアトリーチェさんには白い魔力の布が肩に、僕には黒い魔力の布が肩に現れる。これは一体……。あの栄光のジュンにも黒い魔力の布が現れる。


 「オヤオヤ、組み分けはランダムだけど君が味方かァ。なんか嫌(ヤ)だけど、よろしくネ~!」


 僕は背を見せる奴に間髪入れずレーザーを掌から発射する。奴は避けることもなくそのレーザーを背中に受ける。だが、手応えは全くない。無効化されている……? だがこの結界内でレーザーは発動できている。奴に触れた瞬間に掻き消されているというのか?


 「さぁ術式の説明と行こうカ。私の数ある術式の一つ、【龍争虎闘 Enter the NINJA】は黒ニンジャ軍と白ニンジャ軍に別れる。同軍同士の攻撃は禁止。これは呪術的な条件設定により定められているモノだが……」


 ベアトリーチェさんは間髪入れず攻撃を仕掛ける。奴は全てスルスルとかすめつつも避けて行く。だが、僕の目は奴を捉えれている……。あれから成長はできている。奴に攻撃は通るはずだ。だが……。


 「結界内で内紛はほとんど不可能。結界外に君が逃れてもその印は君に付きまとう。アイツを倒すまで君は呪われるという算段ダ。勿論、介入術がデキれば、話は違うケド……。無理そうだネッ!」


 『ガッ』


 そう言ってベアトリーチェさんの連撃の隙間に蹴りを入れる。ベアトリーチェさんはガードに入るが、奴はそのまま流れる様な連撃へと切り替える。


 『ガガッズガガガガガガガガガガッ! ドガァアアアン!』


 「アチャーっ……もろだネーっ」


 複雑に型を使い分け、手、腕、足、全ての部位を利用した打撃。体系化された技術から繰り出されるそれはベアトリーチェさんの連撃以上の精度・速度での攻撃。複雑な緩急に対応しきれず、ベアトリーチェさんは何発か攻撃をもろに食らっている。ベアトリーチェさんへのダメージは小さいながらも着実に削られて行っている。

 僕はとにかく肩についたこの布に集中する。だが、この布は触れることもできない上に魔術的結合が複雑!

 かつ、知らない言語で構成されている。中国語……? 簡体字の他にアルファベットが……。魔力出力でこの結界を破壊する……。それしかない。


 「おおっと、集中させないヨ、働け、働け」


 奴が指を振ると僕は急にあらぬ方向へ引き寄せられる。同時に幾つもの種類の魔術的結合が僕をあちこちへ引き寄せる。これを防ぐには以前僕がやった魔力の中和……。あれは完全に無意識によるものだった。あれをするにはどうすれば……。


 「或人、結界術は……」


 奴の蹴りがベアトリーチェさんの言葉を遮る。


 「助言させるわけないデショ~」


 間髪入れず奴の蹴撃の連打、合わせて奴は手で印を幾つも作り僕の動きを牽制している。

 この空間内に満ちる魔術的結合。これをどうにかしなければならない。

 地面には術式が刻み込まれ、これを破壊するには強い魔力を……。境界術……。だめだ、僕は知らない。その技術を。

 見様見真似……。でも、やるしかない……。 

 体の周囲に魔術を纏う術式……。理論枠組みがわからない!

 かといってそれ無しで焼き切るには集中ができない!

 こうしている間にもベアトリーチェさんの体力は削られて行く。ジリ貧だ……。

 ゆっくりと着実に削られる。考えろ、魔術結合を僕に繋げない方法……。

 繋げない……。

 確か、体内は、魔力の密度のせいで魔術結合は繋げない……。

 僕の周囲に少しでも密度の高い魔力を纏わせれば……焼き切るまではいかなくとも。

 行けるか?

 魔力を周囲に張る、とにかく爆発的に、金剛さんとの基礎訓練、魔力の操作の基礎。

 基本技術でも僕がやれば……。地面にある術式に触れないよう、少しだけ浮く。それで行ける。この引っ張りも、こうすればなくなる……!

 一瞬でも時間が稼げれば集中し結合を焼き壊せる! 


 ――栄光のジュン――

 抜けたカ……。ぶっ壊される前に術はoff!

 新しい術と! 行こうカナ!


 【酔八仙(Drunk Monkey)】縦横無尽


 『ガンガンガンガンガンガンガン、ガガッガン!』


 「ホレホレ、打ち返してみなよーっ、鳥羽君もこっちにおいでヨ」


 「くうっ……!」


 ――ベアトリーチェ・カントル――

  奴の私に対する攻撃は止まらない。息つく暇なく無限の連撃……。

 ――だが攻撃の雰囲気は変わった。

 より奇妙な軌道、奇妙な間、無駄な行動が増えながらも隙が減っている?

 奴の動きに連動し結界内の結合は全て衝撃とダメージを持つ攻撃となっている。

 結界術の本分は不可避の攻撃効果。

 この結界内に衝撃からの逃げ場はない。


 ――鳥羽或人――

 結合が僕につながることは無くなった、だが僕の周囲の結合から衝撃効果が360度くまなく発生し、魔力の防壁のある僕にさえ攻撃が浸透する。

 全身を覆うような魔力の防護は削り取られ必然的に薄くなる。気を張って力み、魔力の密度を上げることによって防護の効果を高めているが、それすらも押されている、圧倒的な連撃。

 これに、こんなのにベアトリーチェさんは耐えている。

 なら僕も耐えきって、もっと強い魔力を、もっとすべてを破壊する力を、もっと強い衝撃を、ぶち壊してやる!

 あの時のように、有馬さんを傷つけた時のような事にはさせない!


 「うおおおおおお!」


 ――栄光のジュン――

 魔力密度が格段に上がった……。術式なしで?

 コイツ、この私の術式の出力を戦闘中に超えるというのか!?

 やはりとんでもない力を秘めているナ……。世界でも屈指の練度まで高められたこの私の結界術を術式ゴト、境界術もなく、素で上回ろうというのカ!

 有り得ない!

 人間の技術にパワーで押し勝つ暴挙……!

 ヘタに削ってゆくよりも一気に……『ネツィヴ・メラー』を出すか……?

 前回の爆発は恐らく奴の死が原因。術式の調整により体の表面のみを塩の柱へ置換するようにして奴を生かしたまま塩漬けに……。


 「揺らいだな」


 マズい、一瞬の隙を……!


 ――ベアトリーチェ・カントル――

 逃すか!

 或人が作ったこの好機!

 一気に決める!

 理性が吹き飛ぼうとも!


 【黒の夢 the Favoured Ones】父祖よ、私の声を聴け


 『ビッシャアアアアアッ!』


 「がはっ……!」


 ――栄光のジュン――

 黒い閃光。白銀の獣はその爪から黒い稲光を放ち、牙をむいた。傷口に黒い光が溜まる……。これは、粘液……!

 私の傷口を食らう何か!

 小さな綻びは無限に食い破られる!

 この小さな粒子に……! 


 「グルルルルル……。ウガァアアアアアア!」


 ――鳥羽或人――

 ベアトリーチェさんは獣のような咆哮と共に奴へ連撃を加える。今までのものよりもより早く、より獰猛に、より荒々しく。それは正に野生の織りなす【凶暴さ】だった。

 ――ベアトリーチェさんの意識は、大丈夫なのだろうか。


 ――栄光のジュン――

 奴のペースに取られたか……。戦闘バトル趨勢リズムを最後に捕らえたものが勝つ……! 

 ならばこちらに引き戻すマデ!


 【酔八仙:呂洞賓】雷剣不動が如く


 雷を帯びた剣の如き斬撃!

 それが奴らを襲う、対して私は不動にして奴の攻撃を防護する。攻防一体、覚悟の型!

 奴の攻撃、全て受ける!


 『バチバチッドガァアアアン!』


 「グルルァアアアア!」


 『ズバァアッ』


 「クソッ……まだ来るカ……!」


 ――鳥羽或人――

 ベアトリーチェさんは恐らく、無理をしている。あのような姿になることを、彼女は恐れていた……。獣になり果てることを、何より見境なく人を襲うことを……。あの人が本気で命と誇りを懸けている……!

 なら僕は、もっとできるはずだ、一度は僕が倒した相手、なら今の僕なら、今の僕に倒せないことは有り得ない!

 できないなら僕は、本物のクズだ!

 命でもなんでも投げて、この状況を打開しろ!


 「うおおおおおお!」


 『ズガガガガガガガッ!』


 「ウウウウウ……。ウオオオォオォオオオ!」


 『バチバチバチッドガァアアアン!』


 ――栄光のジュン――

 自らの傷も構わず攻撃と魔力集中ダト!?

 雷撃に当たっても攻撃の手が緩まない……奴ら痛みすら忘れたというのカ?

 術式が本格的に壊れる!

 私の術式が一度ならず二度までも!?

 これ以上の深追いは金にならナイ、割に合わナイ! 


 「仕事なんでネ……」


 ――鳥羽或人――

 柱が浮き始め、栄光のジュンは飛び上がって空中へ凄まじい勢いで逃れようとする。ベアトリーチェさんは一心不乱に奴に連撃を加え続けるが奴は一部をそのまま受けて逃げる。


 「グルルルルルルゥウウウ!」

 

 「待てっ!」


 「逃げ傷も治しちゃえば、恥じゃないヨ」


 捨て台詞を吐いて上空へと離脱。すごい逃げ足だ、だが逃げた方向は高天原区の大通り方面……。逃げるアテがあるのか?


 「グウウウウ、ゥゥウウウアアア……」


 ベアトリーチェさんは喉を鳴らしながら、僕を見ている。人間としての意識はまだ残っているのだろうか……。白い毛皮を纏った大きな肩が息をするたびに揺れる。浮遊する尾が逆毛だっている。


 「ウウウウゥゥゥ……。クゥ……。ウウ……。ああ……。ああ……」


 頭を抱え、少しずつ元の姿へと戻ってゆく……。やはりかなり無理をしていたようだ。


 「ハァ……。ハァ……。或人……。無事か……」


 顔を上げて僕を見る。息がかなり上がっている。


 「僕は大丈夫です……。ベアトリーチェさん、少し休みましょう」


 「いや……。大丈夫。身体と魔力には疲労は無い。それよりも、奴は確か、大通りへ真っ直ぐ逃げたな……。他の黄金の教示と合流する可能性が高い。有穂も妙な足止めを食らっているようだ……。追うぞ」


 息を整えたベアトリーチェさんはいつもの調子を取り戻す。僕は彼女の魔力の波長がまだ少し乱れていることを感じながら彼女について空へと舞いあがった。


――


 ――〇――

 2022年4月1日17時35分、日本魔界府黄泉平坂市高天原区月詠にて。


 「……はい、結界による封印は完了しました……。はい、結界は用意されたモノを……。はい、相手はおそらくラテン語は未履修かと、なので暫らく……。はい、30分ほど……。はい、では我々は……。全員で待機? 見張りをつけて我々も応戦に……。いや、しかし……。はい……。はい、わかりました……。クソッ……。皆、暫らく待つことになる」


 ――安部実巳――

 カリオストロは僕たちの封印を信用していないな……。癪だが、待つほかない。


 「賀茂が私らを護衛につけるなんて、最期の最期でいい御身分ね」


 姉さんの骨折も……。ある程度は問題ないようだ。僕の刀は……。何とか補強はしておくが、刀自体の切れ味は駄目だな……。呪物を折るとは、とんでもない化物だ。


 「だがあっけないもんだぜ。あの化け物でも神経に多重に封印結合を回されちゃ、おしまいってな」


 「複数人を敵に回すからだ……。個の力よりも群れの力。おとなしく群れに入れぬものはいくら強くても無駄なんだよ。ましてや罪人。慈悲を下す義理もない」


 僕は結晶を見る。透明な結晶の中に驚愕の表情のまま拘束された奴……。幸徳井の双子を惑わし、姉さんを苦しめ、僕たちの秘伝書を盗み、僕らから術を奪った罪人……。まさに魔女だ。この手で火あぶりにできないのが嘆かわしいが……。これで家族も安心できる。


 「実巳さん、罠、張っておきます……」


 春奈がそう言って結晶の周囲に呪符を置く。心配性が過ぎるようにも思うが……。まあいいだろう。


 「キッチリ張っとけよ。お前はどうせ、いざとなったら前みたいに動けないんだろうから。それくらいは役に立ってくれ」


 僕はそう言って刀の術式の調整に戻る。中々酷いな……。とりあえず術は繰り出せそうだが……。


 ――賀茂瀬里美――

 『式神使役術:力場変換:極』【異次元の色彩】


 『カッ』


 「なっ!?」


 ――安部美鶴――

 光!?

 前が見えな……。


 『ドガァアアアアアアンッ!』


 結晶から光が発し、周囲の全てを焼き払った!

 爆発音、熱、痛み……。

 一瞬の気絶から覚めた私は、あの憎らしい笑みを浮かべた女を目の前に見た……。


 「瀬里美……。このッ……。便所掃除の……。小間使いがァ……」


 「相変わらずね。まだまだ痛みが足りないの? それとも脳ミソが腐りきっているの? 最近本当にあんたの頭が心配になってきてるの……。本気でね」


 『五段祈祷式身体強化術』【水のように優しく】


 這いつくばって許しを請え!

 そして死ね!

 死ね!

 死ね!


 「ぅぐっ」


 ――賀茂瀬里美――

 式神に美鶴の身体を拘束させ、磔にする。彼女の抵抗はあまりにもあっけなく無力化される。……ここまでくるともう哀れすぎて何も言えない。他の全員も倒れているところを磔にする。


 「正直ここで全員ぶち殺しても何の問題もないのよ? 魔界に逆らってるアンタらは作戦対象、捕縛に失敗して殺しちゃっても秘匿課員である私はお咎めなし……。あんたらみたいなクズ、私は殺しても何も思わない。でも瀬里奈は悲しむみたいでね……」


 「馬鹿な女……。そうやって甘いポーズをとっていたら私たちにまた……」


 「だからあんたらを再起不能になるまで拷問するの♡」


 美鶴の右腕をゆっくりとねじる。


 「ッ……! ァあっ……! ……! あああっ! アアアアア! ああああ!」


 一回転。キッチリとねじり切る。ぶちぶちとゆっくり音を立てて美鶴の腕を切り離す。キッチリと止血しながら、痛みだけで気絶しかける美鶴の精神に、私の神経操作術で無理矢理覚醒させる。


 「あああああああ! ああああ!」


 口から泡と涎を発しながら、無様な表情を見せる。私は愉快。『あの子』は不愉快。でも私たちの心根は一緒。


 「全員ゆっくりこうしてあげるからね……。春奈……。あんたもね」


 磔になった春奈は呼吸を荒げながら首を振る。


 「春奈にまで、こんな仕打ちをするか……。やはり貴様は悪魔、化物だ! 貴様さえいなければ、貴様さえ隷属していればこんな事にはならなかった! 俺達は貴様の横暴のせいで!」


 実巳が吼える。本気で自分が正義だと信じるかのように、毅然として糾弾している。自分が何を言っているのか本気でわかってるの?

分かってないんだろうな。


 「じゃあ一生アンタらみたいな便所臭い馬鹿どもに付き合ってろって事?」


 「そうだ。分かってるじゃないか。第一、俺達に逆らったからこんなことに……」


 「しーっ……もう黙って」


 私は奴の口を魔力の糸で縫い合わせる。コイツは話の通じない性根の腐ったクズなんだよ、瀬里奈……。


 「カスみたいなDV野郎にこんなこと言っても無駄だってわかってるけど……。瀬里奈はアンタみたいなものでも死んでほしくはないみたい。幼馴染のよしみって奴よ。有難く受け取りなさい。その代わり……。あんたがどれだけ性根の腐ったクズが、アンタの身体に刻み込んでやる」


 私は実巳の額や顔に奴の所業を一つ一つ、文章と絵で刻み込んだ。絵は記憶に残る写真のような情景。こいつ等の『正義の鉄槌』や『遊び』や『躾け』と称した行為の数々……。体のあらゆる部位に呪印として刻み付けてやった。


 「くぁ……こんな……こんなこと……」


 「よかったね。アンタはちぎる部位無くなっちゃった。アンタだけ拷問逃れよ」


 凄まじい形相で奴は藻掻く、私の術式に為す術もなく、奴は怒りで打ち震えることしかできなかった。


 「幸徳井の双子……。アンタら、瀬里奈と仲良くしてた癖に、瀬里奈が告白断った途端あいつ等と組むようになった……。下心丸出しのカス共」


 「……俺を見下した瀬里奈が悪い。おかげで俺の面目は丸つぶれ、雷に至っては一生もののトラウマになった」


 「高々ごめんなさいの一言で壊れる精神なら、ご丁寧にお家の中にしまってなさい。その程度で壊れる面目も随分安いのね。尊敬される人間ってのをアンタらは全然知らない」


 「だまれ! 俺達に説教を垂れるな!」


 「僕の心を壊した癖に! 壊した奴は悪いんだ! 悪い奴は虐め倒してやる! 虐められた気持ちを思い知らせ続けてやるんだ!」


 「この期に及んで、良いだの悪いだの……。もう尊敬するわ、アンタら」


 私は類の股の下に火を点けて放置した。雷は……。


 「ああ! 類! 類! そんな、止めて! 類が! 類が!」


 類の苦しむ声だけで十分、何なら類の前に奴を持ってきて、奴の目を開かせておこうか……。それが一番効果的。喚きも一層うるさくなる。

 さて、最後に春奈……。


 「わ、わた、私は……。私はあなたに……。何もしてない! な、何もしてない!」


 「実巳に言われて、悪口撒いてたでしょ。美鶴と一緒に。瀬里奈は全部知って、知った上でアンタとつるんでたのよ……」


 「そ、それは……。そんな……。わ、私が、私が悪い……っていうの……」


 「さあね。でも私はアンタのこと、十分すぎるくらいにムカついてるけど?」


 「そ、そんなぁ……。ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 「何回目だっけ、アンタがそうやって謝るの。何度かあったよね。瀬里奈がたまたま現場に居合わせて、アンタが謝り倒して……。毎回瀬里奈は当然のように許す。それは私も別にいい。でもアンタは繰り返し続けた……。実巳の言う事を聴き続けた」


 「だ、だってそれは、聴かなきゃ私が」


 「そう、聴かなきゃアンタが打たれる。だからアンタは私たちを傷つけ続けた……。それも別にいい、しょうがないと瀬里奈は許した」


 「じゃ、じゃあ……。」


 「だから私がアンタを無意味に拷問するのもしょうがないよね、アンタの事私嫌いだから」


 「そ、そんな」


 「でもだってそんな。私は関係ない、知らない……。聞き飽きちゃった」


 私は彼女に一発、素でぶん殴る。


 「これでお終い……。これ以上はアンタにくれてやる価値もない……。これが終わったら……。もう二度と私たちの前に現れないで。現れたら次は……。ちゃんと殺す」


 そう言って私は類の股がゆっくりと炙られるのを眺めながら全員の絶叫と嗚咽を楽しんだ。

 多分もう少しで、この音も喧しく思えてくる。瀬里奈はもうずっと、嫌がっている。でも瀬里奈と私は二人で一つ。心根はあまり変わらない。あの子も私と同じように愉しんでいる側面もあって、私もあの子と同じように、嫌がっている側面もある……。コインの裏表も、つながった一つのものでしかない。裏表が離れちゃえば、それは元のモノとは違うモノ。だから私たちは二人で一つ。


――


 ――〇――

 2022年4月1日17時50分日本国、滋賀県琵琶湖上空にて。


 「――中国魔界侵攻はどうだ?」


 『は、訓戒の一部は不参加のようですが、概ね計画通りかと、面積の広さから智慧のヨセフ様のみでは難しいかに思われましたが、氏の采配により、比較的優位に進んでおります。南極卿の介入も見られません』


 「欧州方面は?」


 『基礎のカイ様による同時魔界攻撃作戦により欧州5カ所の地点での戦闘が続いております。参戦勢力には特別指定級術師が複数名見られており何れも劣勢です。ですがその反面、北アフリカ、中東アジアでは美のミハイル様による本部隊と『神聖』のニザールアサシン教団により、既に二つの魔界が解放されています』


 「おおむね予想通り……。それだけに怖いな……まあ良い、他に報告はあるか」


 『南北アメリカ大陸においては前回以上に拮抗した戦闘が行われているようです。逆侵攻を受けている拠点もあるようで理解のヴィクトリア様が現在通信ができない状況です』


 「フム……そちらに比重をかけてきたか……。アメリカ大陸に関しては防衛戦を進めるようこちらからも伝えて置け、おそらくヴィクトリアは既にその戦略に切り替えているだろうがな……。ではこれで通信を終了する」


 王冠のヨトゥムは通信機を操作し、更に通信を行う。


 「あー。もしもし、私だ。もうすぐ降下する。レーダー探知の件は感謝する。持つべきものは友だな」


 『はっは、いやいや、ほかならぬ君の頼みだ、自衛隊も君となれば見て見ぬふりもスンナリと受け入れる。今度いい品を送ってくれ、それで手打ちと行こう』


 「ああ、そうさせてもらう。蔵から90年ものが出たのでそれを送ろう、期待してくれたまえ」


 『そいつは楽しみだ。それじゃ、良い旅を』


 「ああ……。また連絡する」


 ヨトゥムは通信を切ると、操作盤を操り、通信機とその操作盤を収納した。


 『降下用意。降下まであと10秒です』


 「ふう……。たまにはこういった無人機で空を飛ぶのも悪くない……。速いし、疲れないからな……」


 『降下開始』


 ヨトゥムの乗っていた部分の床がハッチとして開かれる、ヨトゥムは上空の気流の中、気流を貫き、そのまま大地へと加速を続け降下する。


 「フン!」


 ヨトゥムは地上にぶつかる前に衝撃を消し去り、大地へと無音で降り立つ。丁度、隠者の薔薇の軍補給地点のテントが並び封鎖されている地点に。


 「王冠のヨトゥム様!」


 部隊が敬礼を行う。


 「ウム……。戦況は」


 「勝利のカリオストロ様による、後方攪乱により、序盤の優位を確立。以降も我々の優勢で戦局は進んでおります。黄泉区の15%の侵攻に成功。このまま府庁を目指し進軍する予定です……。しかし……」


 「何だ?」


 「黄泉区東部、特殊結界内部に巨大な悪魔の姿が確認されています……」


 「悪魔……?」


 「現在は特殊結界により拘束されているようですが、秘匿課の術式の一部かどうか……」


 「……いや、その確認はいい。近づくな。危険だ……。私は秘匿一課の対応に当たる……。カリオストロとも合流するつもりだが、奴の位置は判るか?」


 「一部の通信部隊から、連絡があり、現在は黄泉区から高天原区へ向かったようです」


 「反対側か……。わかった、諸君らの奮闘に感謝する」


 ――王冠のヨトゥム――

 悪魔だと……?

 一体何を考えているカリオストロ……。貴様の語る『至高の三無』とは一体……?

 我々の信奉する理念の象徴たる『至高の三無』悟りを表し神の三位一体を象徴するだけの存在である筈ながら、組織内には熱烈な信奉者がいる。彼らが信奉する信条とも、儀式とも異なる奴の言い分。そして『巨大な悪魔』の存在。奴は、己の権力欲のためにここまで……。


 トンネルの果て、戦場となった魔界府の黄泉区では森林地域の制圧が終了し市街戦が繰り広げられている。そして、東には結界の中に鎮座する巨大な……。顔は記憶できない。認識できない!

 こんな者はあの存在以外にあり得ない! 


 「あれも、南極卿……だと言うのか……?」


――


 ――○――

 2022年4月1日16時2分、日本魔界府黄泉平坂市瓊瓊杵区

 

 ――宇美部来希――

 魂というものは、不思議なものだ。それは情報の塊。我々の言語ではない、もっと原始的で、もっと根源的な記号による情報……。魔術的結合として認識することはある種の『加工』された……。『レンズ』を通した認識だ。

 まあ、尤も、僕たちは世界を自分たちの脳という『レンズ』、瞳という『レンズ』、精神という『レンズ』それぞれを通して物を見ている。世界が本当に見えたままだという確証はどこにもない……。文学史や科学史の話になってしまうな。

 だが、そう言うことなのだろう、魂というモノを見ることは……。


 僕は魂を操ることはできなかった。


 僕が操るのは『霊魂』。呪詛や意思によって魔力と魔術的結合が魂を『固着』し、物質世界の狭間であるこの世界に留まらせている姿。魔術によって『脳を再現している』というべきか。だからこそ霊魂は魂の形を示しているのだ。


 魂の形は脳だった。では身体の形はどこに?


 勿論、脳……というよりも細胞内にある遺伝情報……。正確に言うならば全身それぞれに散らばる遺伝情報がそれぞれを補足する……。僕たちは脳だけでなく、身体総てで僕たちだった。


 だから、霊魂の魔力が強まれば、身体を再現してゆく。脳に残った遺伝子情報を頼りに。


 ――絶命する瞬間に身体情報を全て保護する……霊魂による魂の『保存』を瞬間的に行えば……。あるいは遺体が残っていればそこから転写することで……。『死者の復活』もなしえるだろう。おそらくは、これこそが歩の術『饒速日命十種神宝神法魂鎮祭』のメカニズムだ。


 ――では、身体情報を滅茶苦茶にしてしまえば?


 僕は歩の術の神髄を彼を観察していたことから掴み取っていた。そして『青き血の新秩序』の日本支部に収蔵された文献により、歩の扱う、失われた術式の仔細を断片ながらも学んだ。……奴らは愚かにもこの術を『血統術』と断定しろくに研究もせずに埃を被らせながら書庫に保管していた。まあ、念のために奴らの日本支部はここに来る前に爆破して、適当な人員を実験として『眷属』にしてやったが。

 霊魂に保護された魂の情報……。それに僕が触れるという事、それは……。


 「何をしてンだよ……宇美部よォ」

 

 「ああ、君たちか……仕事が遅いなぁ、そんなんだから僕らに勝てないんだぜ?」


 瓦礫の山の上に僕は座り、眷属たちに囲まれるあの三人組を見下ろす。

 蔵見、飛騨山、桑野……。神祇寮の僕と歩を覗いた最高戦力。

 彼らも相応に『カリオストロ』の私兵であるあの燕尾服どもを掃除してきたようだ。制服が少し汚れている。蔵見は両手で太刀の様に伸びた魔力の刀を持ち、飛騨山は髪の間に複数の種を仕込んでいる、桑野は刀を抜き魔術による黒い焔をその刀身に宿らせている。

 臨戦態勢。

 その程度で?


 「宇美部さん、貴方には神祇寮および伏魔殿に潜入していた隠者の薔薇関連団体である『青き血の新秩序』への協力が疑われている。……そちらの言い分を」


 「『青き血の新秩序』の神祇寮でのスパイは『北島美優』だった」


 「……俺たちの参加していたサークルの……」


 「君たちも一部恩恵に与っていただろ? 北島は青き血の新秩序の収蔵していた貴重な文献の一部を神祇寮のメンバーに配り、ある程度懐柔したうえで引き込んでいた。……僕もそのクチだったわけだ。君ら取り込まれるのは時間の問題だった。その点は僕に感謝してほしいね……。僕らの任務失敗により彼らはコトを急いだんだから」


 「それじゃあ、宇美部さんは……」


 「青き血の新秩序の文献を読み漁り、彼らの隠していた知識を全て知った……。勿論君たちの術も把握済み。そんでもって、知識の提供に抵抗していた北島やふんぞり返っていた日本支部長はこの通り」


 『パチッ』


 僕が指を鳴らすと、眷属の間から二体の化け物が現れる。

 異常に肥大化した筋肉と性器そして頭部のない4メートル近い化物。青き血の新秩序の日本支部長、名前も忘れたジジイの成れの果て。

 六つの蜘蛛のような足に四つの手を持った神々しささえある女の化け物……『元』北島美憂だ。

 どちらも魔力は『元』の倍はある。蔵見には魔力量で勝っている。

 

 「テメェ……一線超えたなッ!」


 『バッ』


 『ガキィン!』


 「失礼だなぁ……彼らが望んだ姿だぜ?」


 蔵見の跳躍からの大根斬りじみた大振りを北島だったものが魔術によって防ぐ。魔力結合は一部不明な言語が混ざり、僕でも介入は難しそうだ。彼女の四つの腕の一本に刻まれた魔術の効果……。

 僕の『魂を操る術』……『外法布留御魂大神霊験再現術式』【夏祭り(Can't Help Falling in Love)】は直接魂を操ることはできない。それは人知を超えた力であり、不死不滅さえも手にできるものだ。今の人類にそんな力と知恵はない。では、どうやって身体情報を書き換え、『眷属』として操っているのか。


 答えは簡単。魂自体の望む形へと変える。


 魂の内部に触れられないのなら、魂の内部に接する表面。つまり表層意識を刺激すればよい。『精神操作術』は表層意識から深層意識へ手を入れる術。これを『魂の術』に付与することで魂の改造を実質的に可能にした。


 「な……なんつぅ、術式!」


 「蔵見君、離れろ!」


 流石は飛騨山。冷静だね。僕に介入の隙を与えず、攻撃か。


 『ババババババッ!』


 蔵見がバク中で後ろへ飛ぶ中、飛騨山は髪に仕込んでいた種を発射。すかさず桑野も眷属を飛び越えて僕の方へ向かう。

 スピード自慢に、手数自慢。適材適所。

 元青き血の新秩序のジジイの眷属が僕の前に立ちふさがり、発射される種を防ぐ。意外にも機敏なのだよコイツは。純血主義だけあって魔力は一級。それを補う身体の強度を持つ。


 『ガガガガッ』


 発芽、何かが出るな。

 桑野の方は一般人の眷属では追えないスピードで僕に迫ってくる。だが、僕に刃を突き立てたとたん、動きが止まる。


 「トラップには気をつけよう。特に、介入できない術があるときは、ね」


 「クッ……」


 僕の周囲にはすでに蜘蛛となった北島の張った二本目の腕の術が展開されている。身体に刻まれたうえに地面にも刻む術は初めて。実に面白いね。

 蜘蛛はそのまま桑野に近づいてゆく。その動きは遅い。


 「スピード自慢も蜘蛛の巣に引っかかっちゃあ、お終いだね」


 『バリバリ、バリバリィ!』


 僕の前に立つデカブツの眷属に花が咲き誇る。花粉をまき散らす。


 「手数じゃ負けない」


 「ほう、そうかい」


 『バキバキッバキィッ!』


 デカブツは関節や神経など身体の内部に根を張っているであろう植物を無理矢理破壊しながら身をよじる。


 「バ、バカな、神経は完全に」


 「魂を操る術に生物学的な常識は通じない」


 既にこいつらの身体内部は異形も異形、自在に内臓と神経が繋がり、摩訶不思議なメカニズムで生を保っている。これを打ち破る方法は少ない。


 「うおおおおおおおお、クルァアアアッ!」


 『ドガァアアアン!』


 デカブツに対して蔵見が全力でスイングを振る。縦に真っ二つ。両側に残骸が倒れる。


 「……圧倒的な一撃で屠る。正解……」


 「本気でやりゃあどうにかな……」


 「……といいたいが、不正解」


 『ガシッ』


 「なにぃっ!?」


 蔵見は半分になったデカブツの左腕に肩を掴まれる。


 『バキィツ』


 左肩粉砕。右半身はひょいと立ちあがり、左半身にくっつこうとしている。

 キモイ生命力。病弱なジジイが求める『完全なる肉体』というわけ。


 「ハァアアアアアッ!」


 桑野が叫び、自身に黒い焔を纏い、身に纏わりつく魔術的結合を破壊しようと試みている。

 強度勝負というわけか。

 現状、結合は破壊され、桑野の身体の自由が戻ろうとしている。


 「おおおおおおおおん」


 蜘蛛が桑野に到着する。蜘蛛の手は桑野に触れ、刻まれた魔術の印が移る。刺青や刻印の移動によって魔術的結合を強化する媒体。それによって蜘蛛の第三の術が発揮される。


 「!?」


 桑野は解放される。驚きつつも桑野は攻撃目標を一番近く、目下の脅威である蜘蛛へ定め、

 黒い焔を纏う刀で切りつける。


 『ザバッ!』


 『ブシュッ!』


 「何っ!?」


 蜘蛛と桑野に同時に傷が付く。芻霊による呪術。依り代は自分。とんだ性癖だったようだね。全く。


 「いいいいいっしょおおおおおおおおくわのおおおおおおお」


 「くっ……コイツ」


 さて、デカブツと戯れている蔵見は……。左肩が粉砕されたがデカブツを切り裂いてこっちに向かってきたか、デカブツの対処は薔薇の鞭で拘束する飛騨山が行う。


 「立ちたくない気分なんだよ、あいつ等と遊んでてくれ」


 「ばっきゃろ! 意地でも立たせて、顔面ぶん殴ってやる!」


 打撲により血反吐を吐く蔵見は片手で魔力刀を振り上げる。

 僕は身じろぎもせずそれを見る。

 わかりやすい軌道、わかりやすい攻撃、ブラフもなし、全力の攻撃。

 僕がどうこうする必要もない。


 『ガシィッ!』


 「グェエエッ!」


 蔵見は首をデカブツにひっつかまれる。デカブツの左腕は薔薇の鞭や様々な針が刺されているが、鞭の持ち主は眷属の集団に踏みつけられている。デカブツのパワーにやられたか。


 「勝負あり――いや、桑野君がまだか」


 デカブツにボロ雑巾にされる蔵見を横目に傷だらけになり血を吹きだす蜘蛛と桑野を見る。


 「クソッ……印が灼けん……」


 蜘蛛は桑野に触れようと手を伸ばす。流石に桑野も切りつけるのではなく回避に専念している。怖気づいたか。


 「防戦一方じゃ、いつかやられちゃうよ?」


 「一泡吹かせてやる」


 桑野は蜘蛛に対して後方、僕の方へと回転しつつ跳躍、刀に勢いを乗せ斬りつけてくる。蜘蛛のトラップがないであろう、先程奴が捉えられた地点を経由して僕へと向かう。

 考えたな。


 「フッ」


 『パシッ』

 

 僕は息を少し吹きかけることで奴の魔術へ介入、無力化した。伊吹式の介入術だ。

 そのまま焔の消えた刀を人差し指と中指で挟む。


 「貴様……ッ!」


 「言っただろ? 青き血の新秩序の知識は全て、僕の物になったって。迂闊……というよりも、僕の素の力を見誤ったね」

 

 霊魂による魔力の強化……それはブラフに近かった。その方が楽だし、現実的な運用として最適。だが、僕自身の素の魔力は非常に少ないながらも、物質の粒子を確認できるほどの魔力感知能力を以てすれば異次元の魔力操作とも言うべき消耗もなければ、魔力量の差も意味を為さない魔力防御・攻撃を為すことができる。

 極限の一点に魔力を集中し相手をそれ以外の部分に触れさせない。針の穴を通すどころではない、物質の隙間を縫うような魔力操作により、歩や鳥羽君でもない限りは僕に力は意味を為さない。面でしか集中できない奴らの中で、ただ一人、点に集中できる僕の痩せ我慢の究極。


 「仕上げは北島さんに任せてやるさ」


 「何を……」


 蜘蛛の四本目の手が桑野の背に触れる。桑野は身をよじることもできず、背に印を刻まれる。僕は刀を離すと指ではじき、桑野を後方へ吹っ飛ばす。


 『ドサッ』


 「クソッ……次は」

 

 『ボッ……ジュウウウウッ!』


 「!? 何ッ!?」


 桑野の焔が奴の身を焦がす。蜘蛛の四本目の手の印が示す術。魔術制御不能の呪い。自らの魔術によって焼かれる桑野を眺め、蜘蛛は笑みを浮かべ、嗤う。


 「あはははははあはははああああはははあはあ」


 眷属たちに蔵見が殴られている。

 流石に頑丈だ。何体か斬りつけられている。

 奴の殴られる音は不愉快だが、しばらくは続くだろう。

 眷属の数はもう十分だ。アイツら三人はボロ雑巾としてそこに捨て置き……歩の心を折るのに使う。


 ……そろそろだ……。


 歩が来る。


――



 ――〇――

 2022年4月1日18時00分、日本魔界府黄泉平坂市天照にて。


 「なあ。どうしたんだよ、歩? 本気でやろうぜ、昔みたいに!」


 ――宇美部来希――

 僕は魂の研究により、人間の魂を弄る方法を見つけ出した。より強く、より大きく、より魔力を引き出す方法……。


 「はっはっはっはっは……。歩、僕は君に勝つ! 君より強くなったんだ! もう君のお荷物なんかじゃないんだよ!」


 僕の特性霊魂弾をアイツにぶっ放す。まだまだギアを上げるには早い。小手調べだ。


 「何を……。してるんだよ……来希!」


 ――有穂歩――

 来季の撃った弾を俺は腕で弾く……。あの変質した化物たちの攻撃を、かわし続ける。ずっとこんな調子だが……。どうしろってんだ。こんな。


 「さっきから僕の眷属には触れずにいるね……。何のつもりだ? 今更慈善家にでも目覚めたのかい?」


 痛っ……。アイツの霊魂弾。妙な効果があるな。俺の手に傷。いや、これは。皮膚が変質している……?


 「知らねえ奴を無差別に殺すような教育は、親父さんから受けてないぜ……」


 「ハン……。そうかい、親父ね……。親父が言ったから俺の世話をしているわけだ、お前は。お前は僕を義務感で見守っていたんだろう? 哀れな、僕を、蔑みながら!」


 『ぅああああああ!』


 ねじれ、曲がり、骨や内臓が露出した人間たちが叫びながら僕へと襲い掛かる……。何人かは妙な術式を使ってきているな……。魔術結合は境界術で壊すとして……。逃げ場は上……。


 『バッ!』


 「逃げ場なんてねぇよ」


 速い! 上から殴りつけてきた! 腕で守るしか……。


 『ドガァン!』


 ダメージが予想以上にデカい! 腕に軋みを覚える! 来季の感知能力にものを言わせた、一点集中魔力による攻撃か! 

 霊魂操作以上に強い!


 「相変わらず硬いなぁ。歩」


 『ガガガガガガガガッ』


 そのまま俺を下に押し込むように殴りつけ続けるか……。腕にヒビが入ったみたいだ。

 何年ぶりだ? 骨折間際なんて……。

 周りの奴らの攻撃も来る……。あのデカい化物はヤバいな……。蜘蛛みたいな化物の魔術も厄介そうだ……。どうする……。


 「!」


 ――宇美部来希――

 地中に逃れるか……。そんなに僕と戦いたくないのか?


 「歩ぅ……。そんなにこいつ等が気に入らないのかい? こいつらの望んだ姿なんだがなぁ」


 僕は振り返りながら、地中から現れた歩に訊く。


 ――有穂歩――

 俺の術式の幻覚は奴らには効果が薄い……。あいつら、催眠じゃない何かで動いている……精神操作の深層心理作用か? 幻覚の重ね掛けでも無駄……。精神操作術ならよく知っている。

 だが、それよりも!


 「来希! お前はどうしたんだよ! こんなのは間違っているってわかるだろ! お前は、お前は赤の他人を巻き込んで、知らない奴を平気で傷つけられるような奴じゃない!」


 俺は叫ぶ、あいつの周りの『眷属』とやらは、デカいのと蜘蛛みたいな奴を覗いて、おそらく一般人……。『魂』は変質し、使う魔術の言語も意味不明だが……敗れ残った服がそれを示している。あいつの罪を増やしてはいけない……。


 「歩ぅ……。お前が僕をどう思っているか。僕にはわからんよ。知らない奴を平気で殺せるような奴じゃない? 知らねえよ……。今こうして滅茶苦茶やってんのに、君は何を見ているんだ? いつもそうだ、いつもお前は僕をどう思っているかも、何を考えているかも、何にも伝えない! 何にも言いやしない! ふざけるな!」

 

 来希が手を前にかざす。

 魔術的結合! 

 標的は俺じゃない……。後ろ!

 奴の眷属たちの間に三つの結合が……桑野、蔵見、飛騨山! 気絶した三人に結合が飛んだ。斬らなければ!

 

 「遅ぇよ……もう」

 

 ――宇美部来希――

 『外法布留御魂大神霊験再現術式』【夏祭り(Can't Help Falling in Love)】 


 『ベキベキベキベキメキィッ!』


 ――有穂歩――

 三人の身体は三者三様の変貌を遂げ、特別指定級の魔力量を放つ。黒く燃え続ける骸骨となった桑野……植物を両手に纏わせる狐のような存在となった飛騨山……六本腕の鬼神となった蔵見……。

 もう、取り返しがつかないというのか……。


 「僕と戦うしかないんだよ。歩。こいつらを救えるのは君だけだ……」


 一瞬哀し気な顔をしていた。俺がそれを見逃すわけがないのに。来希はすぐに怒りをあらわにする。


 「それでも、お前の手を煩わせる必要さえないというのか……! ッお前はッ! 僕をッ 見ていないッ!」


 半分嘘。だが、本音を吐きだしている……。

 来希の纏う魂が増える。七大怨霊を召喚したか……。


 「来いよ、歩。お前と僕は戦うんだよ!」


 怒りに震えるあいつの顔……。怒り……。アイツの怒った顔なんて、ほとんど見た事がない。任務でクズに出会った時に見せたきりだ。それだけアイツは優しい奴だ……。それなのに、どうして。


 「来ないんなら、こっちから行くまでだ!」


 『ドガッガガガガガッ』


 怨霊を纏いながらアイツは俺に殴りかかる。あくまでも近接戦が主体。俺はアイツの攻撃を受ける。アイツに習った型、アイツが教えた動き。


 『ガンガンガンガンガンガン!』


 ――宇美部来希――

 僕の教えた動き、僕から習った型で歩は僕の攻撃を受け止め続ける。流石の魔力量だ、大怨霊の霊力を利用した僕の攻撃を受け止めている。昔と変わらない受け方、違うことは歩が防戦一方であり、そして……。


 「どうしてだ! どうしてなんだ! 何故なんだ! 何故攻撃してこない! なんでなんだよ!」


 『ドガァン!』


 僕の蹴りが歩の守る腕に入り、受けきれず歩は後方に吹き飛ぶ。骨は折った。だが、歩にとってそんなのは些細なダメージだ。直ぐ自分の神経操作と力学操作を合わせた簡易術で腕を動かしてくる。効率なんて関係ない……歩の魔力はほぼ無尽蔵。できないことは瞬間移動くらいだ……。

 だからこそ、今の僕に一方的にやられるのは……。


 「僕を攻撃すらしない、対等にすら思っちゃいない。そうやって僕を、僕を見下しているんだろ? 何とか言えよ歩!」


 「見下す……? 何言ってんだよ。来希。俺はお前を見下したことなんか……」


 「じゃあなんでいつもいつも僕に要らない心配をかける? 僕は君の庇護がないと生きられないほど弱い人間だと思っているんだろ!」


 「そんなことない! ただ俺は……。親父さんと……」


 「そうか、ああそうか! 僕を守れと親父が言ったんだな、ああそうか! それで? 僕から距離をとれと親父が言ったから離れたってのか? なんでも親父が言ったからなのか?」


 「それは……」


 歩は黙る。


 「なぜ黙るんだよ! 全部言えよ! いつもいつも、大事なことは僕には言わずに! 傷つけるだのなんだのと、僕を見下してそうやって!」


 「見下しては……」


 「その態度がッ! 見下しているって言ってんだよッ!」


 僕は新入り三匹を含めた眷属どもを一斉に攻撃させる。奴らは思い思いの魔術、ねじ曲がった身体による攻撃を行う。この術式の理論体系は複雑かつ意味不明……。根幹以外は僕にも理解しきれていないため、細かな運用には向かないが自分の魔力はほとんど使わない。


 「ぅううしゅるうるるううう」


 「……効かねぇよッ!」


 歩は境界術で防御する。黒い焔も境界に掻き消え、植物の蔓も枯れ果て、魔力の剣の刃も折れる。呪詛も、拳も、毒も、死も、圧倒的な魔力の密度の前に為す術なく消える。

 だが、確実に、着実に、その魔力は攻撃によって削り取られ、消えていっている。燃費の良い術じゃない。僕の様に無限に近い効率はできない……。


 「くくくくくく……」


 守れ、守れ、守り続ければいい。僕の事もそうやって守ってきたのだろう。守られるべき弱者として、そうやって見ていたのだろう。ならば僕はお前を超える。超えるんだよ!

 道を開けろ。僕があいつを殴りつける! 


 『ドガァアン!』


 僕は眷属どもを突き飛ばしながら歩へと突撃を仕掛ける。アイツの魔力に対抗できるのは流石に僕だけ……。

 雑兵はアイツの目を散らすため!

 僕はお前の全てを知っている!

 今お前が防御したその動きも!

 今お前が発揮しているその魔力の扱いも!

 守る時の癖も!

 攻撃の癖も!

 あれも!

 これも!

 全て! 

 歩の境界術、その密度の中へ僕の指先の極点に集中させた魔力が滑り込む。

 鋭さとは集中。

 零への収束は究極の刃を生み出す。それが、『効率』の目指す場所。

 歩の持つ、圧倒的な『出力』への挑戦。

 ……僕たちは世界が違う。強さも、向く方向も。

 でも。


 『バリバリバリバリ……』


 「抜けるよな……お前なら!」


 境界術、解除……。このまま突き抜ける。

 

 「くらえ、歩!」


 ――有穂歩――

 『おきつかがみ、御霊振、ふるべゆらゆら。』【澳津鏡】


 「澳津鏡か、少しは捻れよ……」


 『バリン!』


 「何っ!?」


 鏡が割れた!?

 俺の術に介入してきただと……。マズい、俺の術式は境界術も含め、全て独特な古代語の術式、だがアイツはその全てを知っている……。秘伝術の奥まで教えたつもりはない……。

 だが、アイツは介入し、俺の術を壊した! 見て覚えたか……? アイツは目がいいからな……。それだけでもなさそうだが。


 「僕と戦えッ!」


 マズいな……。退路もない、防戦一方、術もない、やるしかないってのかよ……。


 ――宇美部来希――

 かなり後ろから栄光のジュンが来ている……。

 邪魔しに来たってのか……?

 カリオストロの奴。契約違反だぞ……。奴も向かって来ている。有馬も、鳥羽君や課長も……。

 クソッ!

 どいつもこいつも邪魔しやがって。


 「足止めしろ、眷属ども!」


 ――有穂歩――

 そう来希が言った後、俺らの周りの地面に柱が突き刺さる。黄金の教示唯一の特異指定存在……。栄光のジュンか!


 「オヤオヤ、ヤってんネ!」


 「……何しに来た。お前の飼い主の契約者だぞ、僕は。」


 「その飼い主の依頼……。と言ったラ?」


 「青き血の新秩序の前のトップと同じ……。お前らを元に戻らないぐらいにぐちゃぐちゃに改造してやるよ……」


 ――栄光のジュン――

 こっちは手負いだが、問題ない。どれだけ強くなろうと元一級、特別指定級になろうが私の敵デハ……!

 

 『ドガァアアン!』


 「お行儀の悪い『眷属』だネ」

 

 後ろから図体の大きいのが腕を振るってくる。私は奴へ近づき、ドロップキックをオミマイする。

 

 『バッチャァアアアアン!』

 

 手応えアリ……だがこいつらは自動回復持ち……霊魂壊すのも私の結界に余計な術を流す事になる。結界術ではじき出すか。

 

 『パァン!』

 

 厄介な眷属を結界内からはじき出す。二週目の外部結界を降ろす……。前にウミベが仕掛けてきたカ……!


 「お手並み拝見」


 『ヒュッ』


 速い! 

 霊魂操作術師に珍しい近接型とは聞いていたが、予想以上に格闘に慣れているナ。

異常に練られ、極限に集中された鋭い攻撃。

 油断して受けるとこっちが狩られる。

 結界術により『眷属』とやらは無力化できるが……こいつ等、そこそこ魔力がある。結構な消耗に繋がるヨ。


 『ヒュッ……ヒュッ……ドガッ!』


 やはり重い……。カリオストロの合流予定までアト10分ホド……。既に回避だけではもたなくなってきている……。

 イケるかな?

 厳しいかな?

 右ストレートから始まる足技少なめのボクシング風なスタイル。拳の重さは中々そうだが、受けるとマズいだろうネ。避けつつ術式掛けて行こうカ……。


 「テメーは殴れるぜ」


 有穂が動いた! 後ろから来るカ……?


 ――有穂歩――

 俺の境界術で術式が焼けない奴は初めてだ……。相当な強度の術式。だが、俺は奴の結界内でも境界術で結合から守る。衝撃系の攻撃は俺の術式で反射してやる。まずは俺から殴らせてもらうがな!


 『ガシッ』


 「殴れてなーいジャン」


 ! 


 俺の魔力攻撃を受け止めた! 魔力量でも大差なし。という事か!

 

 「放せッオラっ!」


 『ガッドガッ、ドカッ』


 「グヌッ!」


 受け止める隙に来希が腹に一発、それに合わせて俺も胸に一発。クリーンヒットには程遠く、ダメージ量は少ない。


 「ハッ……コンビネーション良いクセに何で戦ってたノ? 痴話げんか、かっ!」


 『ドガガガガガッ』


 「ぬおっ!」


 「くっ……」


 こいつ、なんて動きをしてるんだ! 両手両足、蛇の様に妙な軌道で動いてくる! 攻めても受けられる、守っても迂回される。こっちは二人だぞ!?


 『ドガガガガッ……ガンガンガンガンガッガガガガガッ』


 ――栄光のジュン――

 有穂の方は、パワーはあるが技術はまだまだダネ。全力防御で何とかなる。それよりも宇美部の方が、技術的に私と同格……。コイツ相当な近接戦の実力者!

 さっきの秘匿課課長よりも肉体の動かし方がキレてるネ……。持久戦かつ削り戦法が得意の私でも避けたいような、泥仕合が予想される……!

 だがまぁ、こいつ等を釘付けにするのが私の仕事なんでね、良しとしようカ……。


 『ドガガガガッ』


 「霊魂操作の癖に、格闘マニアだネ!」


 「格闘だけじゃないって覚えてたのに、マークはしてないんだな」

 

 『パチッ』


 「何っ!?」


 結界内に五体の強力な魔力を帯びた『眷属』が侵入……独自の魔術を展開……罠設置型や物理媒体、単純な魔力刀や黒炎の術……問題ない。

 

 『ババッ』

 

 【酔八仙(Drunk Monkey)】縦横無尽


 『ドドドドドドドドドッ』


 結界内の術式効果を塗り替え、攻撃で満たす……! 『眷属』共にはこれで十分……。


 『ドガッ!』


 「ウゥッ!」


 私の結界の合間を縫ってウミベが突きを……クソッ……。


 「僕のは重いぜ……?」


 『ドガガガッ』


 奴にペースを取られる……。抜けなければ。


 『バッ』


 「いらっしゃい」


 抜けた先に有穂歩……!? 

 下手な足止めじゃダメか……!


 『ドガァアアアン!』


 『バキバキバキィッ』


 アバラが三本一気に逝ったッ!


 「カハァアッ!」


 術が緩む。眷属どもの一斉攻撃……。二人の連携攻撃……詰み?

 そんなワケないデショ。


 【酔八仙:鍾離権】芭蕉扇、死すらも飛ばせ


 『ボフゥウウウウウッ』

 

 ――宇美部来希――

 奴の動き一つ一つが結界内にて斬撃となってあらゆる方向から出現する。……この強度は……道教、古い形式のそれを組み込んだものだ。介入はできない。眷属たちは無理か。


 『ザバババババババババババッ』


 「クッ……」


 「塵も積もればなんて言うが、圧倒的な攻撃の前には……」


 『ドガァアアン!』

 

 ――栄光のジュン――

 有穂はダメージ無視で突っ込んできたカ……。


 「浅はかだネ! 私が君の対策をしないとでも?」

 

 『ザバアッ!』


 「ぬぐぉおッ……!」


 ――有穂歩――

 奴の攻撃……奴に近づくに従い密度を増している……。更に奴の拳の扇ぐような型で、更に高威力の斬撃を発生させている。

 鋭い攻撃……高い魔力ながら鋭敏な攻撃だ……!

 だが……。


 「鋭利さならこちらが上だッ!」


 『ドガアアアンッ!』


 「グっ……ガハッ……!」


 ――栄光のジュン――

 こちらの斬撃を上回る鋭い魔力集中……! 

 これほどとは……!? 胸に違和感が……。アバラの骨折に加えて、これはっ。マズい、今ので、さっきの獣人の傷が……。

 ……?

 黒い傷口が火傷の跡の様に爛れ始めているが……。痛みよりも……。何だ、この感覚は……。蝕まれている!

 あの秘匿課課長の罠……! 

 持続型の魔術だったか……獣とて毒を持つとは……。

 だが、時間は十分稼いだようだネ。


「!?っ」


 ――有穂歩――

 何か妙な予感がする……。確かに来希ならこいつと削り合いをして勝ち目はある、俺もこいつと魔力勝負に持ち込めば勝機はある……。全体的に俺らが優勢、だがそれは奴もやる前から分かっている筈だ。何か裏がある……。俺の直感も危険信号。とにかくこいつは早めに仕留める!


 『ひと、ふた、み、よ、いつ、む、なな、や、ここの、たり。ふるべゆらゆら。』


 『饒速日命十種神宝神法魂鎮祭(にぎはやひのみこととくさのかんだからのしんほうたましいしずめのまつり)』【なつまつり (Can‘t take my eyes off you)】【完全詠唱】


 これで俺の存在が誰にも認識できなくなった。攻撃が止む。ここで最高出力を持つ俺の【八掴剣】の生成と分解を行う!


 『ふるべゆ……』


 ! 


 また誰かが来た! あいつらは?


 ――勝利のカリオストロ――

 【大真球(デウス・エクス・マキナ)】


 「御機嫌よう、そしてさようなら」


 ――宇美部来希――

 カリオストロ……。それにトロネゲのハゲネ!

 三体二! 

 行けるか……?

 奴の術は未知数。この球体は一体?


 「協力するヨ」


 「なっ……」


 魔術的結合が、奴の球体とこの結界の結合が連結した!

 僕の額に結合が!

 眷属にも……。

 突如、僕は球体にグッと引き寄せられるように後方へと吹き飛ぶ……。

 何だ、この強度は!

 霊魂弾でブレーキを……。

 ダメだッ……止まらない!


 「ご協力ありがとうございます。栄光のジュン殿……」


 「これで私の仕事は終わり……。宇美部一人に私を呼びつけるとは、随分慎重だネ」


 ――有穂歩――

 順当に俺の存在には気づいていないな……。来希とその改造人間の一部は遠くへ飛ばされたが、今の俺には好都合だ……。奴が勝利のカリオストロ。噂は聞くが、一体こんなところに何の用が……。


 「いえいえ、私の計画にはあなたは必要だったのですよ……『鍵』として」


 『パチッ』


 奴が微笑みながら指を鳴らす。一緒にいたハゲの大男が栄光のジュンに後ろから手を触れる。

 奴の身体に紋様がつき、それが一気に広がってゆく。

 奴も意外だったのか驚愕の表情をしている。だが、直ぐに手で印を結び、その男とカリオストロに攻撃を……。


 「うぉお……!? おおぁあああああ!」


 『ビチャビチャビチャッ……ピチピチ……ピチピチ』


 叫びをあげたのは栄光のジュン、突然、奴は藻掻きだし、地面にゲロをぶちまけた!

 だが奴が吐き出したのは吐瀉物じゃない……。生きた魚だ……。


 「さ、離れるぞ、ハゲネ。次は賀茂瀬里美だ」


 そう言って奴らは逃げ去って行く。残されたジュンは肌が石のように変質し、膨らんでゆく。そのふくらみはどんどん巨大なものとなり、20メートルはある巨大な石の柱へと急速に伸びていった。その石には何か象形文字のようなものが示されている……。その石から半透明の巨大な骸骨が文字から浮かび上がるように隣へ現れる。それには徐々に肉がつき、下半身は魚、上半身は人間、顔は……。顔が形容できない……。これは……。俺と同じ情報操作術による認知阻害に近い何かが掛っている。これは何だ?


 『飢えろ。飢えろ。飢えろ。地に満ちる醜き全ての生物よ。飢えろ。飢えろ。飢えろ。そして飢える者たちよ、満ちよ。満ちよ。満ちよ。全ては均衡の為に……』


 「うっ! ううっ……」


 『ビチャビチャビチャッ……ビチ……ビチ……』


 あらゆる言語に聞こえるその声は、聴いただけで俺の体内に作用したのか、俺は吐いてしまう……。

 これは……魚!

 生きた小魚を俺は吐いた……。さっきの栄光のジュンのように……。

 これが奴の能力……?

 魔術的結合が見えない!?

 奴の足元に魔法陣が見える……。それは明らかに、凶悪な魔力を帯びており、来希が残した何体かの改造人間がそれに触れ、魚の大群となって砕け散った。あれは……。徐々に大きくなっている!


 「歩ぅ!」


 !?


 来希がこんな時に……。

 いや、それより、なぜおれを認識できる?


 「忘れるわけないだろ? この僕が! お前の術式は全て僕には効かない! さあ、さっさと続けよう!」


 術に介入……。否、俺の術式は俺の身体に刻んである……。それに手を加えたか……? あいつなら俺に覚られぬうちに俺の術式に細工できた……。


 俺は……。本当にお前と戦わなきゃならないっていうのかよ……。そんなの俺は絶対に嫌だ!

 

 ――○――

 魚が降る空の下。二人の決戦が始まろうとしていた。


――


 ――有穂歩――

 俺が覚えている記憶で最良のものは二つある。

 一つは初めて親父さん……。篤郎さんに出会った日の記憶。

 もう一つは初めて来希に会った日の記憶。


 俺は物心ついた頃から魔力がうまく制御できず、近付く人を傷つけてしまったり、俺の魔力に目を付けた奴らに狙われ、傭兵どもに攫われた。元々天涯孤独の身だが、そいつはカルト団体へ俺を売りつけようとしていたらしい。それを当時秘匿課の派遣員も行っていた親父さんが助け出してくれた。


 『安心してくれ……。もう君を一人にはさせない……。約束しよう』


 あの人は、魔力制御のできない、行き場のない俺を、俺なんかを、養子に迎えようとしていた。

 俺はあの人に子供がいることを知って、突然兄弟になっちゃ、そいつに悪いと養子は頑なに断った。だから俺は今でも宇美部家の衛士だ。


 『そうか……。なら、約束をしてくれないか。君のその力は、私たち家族を、守るために使うと……』


 衛士として俺が家に来た時。来希と初めて会った。

 俺が緊張して挨拶をすると、アイツは黙って俺に近づいて手を差し出した。


 『お前は衛士だけど……。兄弟分にしてやる』


 アイツは親父さんたちが俺を養子にしようとしたことを知っていたのか、知らなかったのかは、俺は知らない。だけれど俺は、アイツと会えてよかったと。その日初めて知って、その後はずっと、何度も、そう思わせられている。


 この俺の拳は、この俺の魔力は、この俺の術は、全て俺の大切なものを守るためにある。

 親父さんとの約束がそれを俺に教えてくれたが……。今、俺はその考えを自分のものにしている。親父さんとの約束だけじゃない。俺は俺の大切なものを守るために戦う。その一本通った俺の芯が、俺をしっかりと立たせてくれる。どんなに俺が血濡れようと、利用されようと、その芯がブレなきゃ、なんだっていい。俺は、大切なものを守る。


 なぜなら、大切なのもを失った時が、一番俺が弱いから。義母さんが無くなった時、俺は寂しくて、来希とずっと一緒に居た。その時、俺は失うことの恐ろしさと、俺の弱さを知った。


 親父さんは俺の力を見抜いて育てた。

 来希の力も陰ながら見守っていた。

 アイツには教えるよりも自分で研ぐ方が向いていたようで、俺が強くなれば、アイツも俺をよく見て強くなっていった。


 俺達は二人で無敵だった。

 俺が術式を学んでから、それは加速した。

 俺はアイツに学んでばかりだった。そしてそれが、アイツの負担になっていることに、薄々気づいていた。周囲はアイツの事を俺と比べて、弱いと言う。俺はアイツに勝てやしないのに。周りの奴らは皆、アイツの事を見れていないのに。

 優しいアイツはそれを黙って、耐え忍んでいる。不自然な笑顔を張りつけながら……。

 俺達は無敵だ。

 俺はよく知っている。

 俺は一人で特訓を始めた。アイツと別の強さを手に入れて、もっとアイツと無敵のコンビになるために。

 俺はアイツと共に任務に出て、アイツが感知し、俺が叩く。俺の粗をアイツがカバーする。隙のない完璧なコンビだった。

 俺はアイツと移動するときは、浮遊術を使わない。少しでもアイツの快適な旅をして、アイツが一番強い状態で一緒に楽しく任務をしたいから。

 俺は任務中、派手に術を使って戦う。アイツはその戦いを楽しんでくれるから、何より俺が楽しいから。

 俺は任務時の奇襲には手加減をしない。俺と俺の大切なものを傷つける奴には怒りが沸くから。奇襲の怒りをさっさと発散したいから。

 俺は来希が遠くで観戦する時、なるべく対象を捕縛する。俺の我儘で死ぬ奴をあまり見たくはないから、大切なものを守るための戦いではないから。

 三年ほど前、俺がアイツに付きっきりだと神祇寮の奴らが嘲笑していた。だから俺は独り立ちすることにした。俺も寂しくはあったが、俺をダシにアイツが傷つくのは俺の気分が悪かった。

 アイツは最近、気を遣われることに引け目を感じているようだった。だから俺はもっとアイツに話をするように気をつけている。金剛に、任務を初めて失敗した時に……俺が取り乱している時に言われた『気を遣うならもっと真正面から言え』って言葉も、今になってさらに身に沁みてきた。

 俺はいつもアイツに気を遣わせているように思っていた。

 強いアイツと共に、俺は強くなった。

 おかげで俺達は二人で無敵になった。

 俺の隣に立てる奴は、アイツだけなんだ。


 アイツが気に病む理由は一つ思い当たるものがある。

 親父さんに教えられたアイツの秘密。

 アイツは俺と同じような孤児だった。

 俺より小さい頃に、養子として迎えられた。

 俺達は二人とも、どれだけ努力したか知っている。

 だから俺達は二人とも、十分な強さになった。

 変わらない無敵。

 変わらない努力。

 俺達は二人いてはじめて無敵。


――


 ――〇――

 2022年4月1日18時20分アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区、国連本部総会議場ビル地下10階、秘匿保障委員会理事会会議場にて。


 「全世界の魔界にて、同時攻撃を受けているというのに、南極卿財団の方々は一体何をされているのか……。我々世俗の安定にも関わる一大事なのですよ」


 アメリカ合衆国理事が16人の会議場の中で荒々しくも冷徹に南極卿財団執務室代表を問い詰める。


 「我々南極卿財団はあくまで南極卿信条に則り、我々の対処すべき案件のみに対して対処しております。今回の件は各魔界にある秘匿課と各魔界自治組織の問題であり、我々の動くべき段階にある地域は日本のみです」


 南極卿財団代表はその判別しかねる顔に、にこやかな笑顔を示している。


 「ふざけるな! 世界同時多発攻撃、宣戦布告だぞ! ここアメリカにおいて、戦争が発生しているのだ! 我々世俗人の安全を……」


 「我々の、動くべき案件とは、全人類規模の災害、全人類規模の被害、全人類規模の厄災、そして南極卿が関係する問題、この四つのみです」


 南極卿財団執務室代表V・12号は毅然とした態度で語る。その笑顔は変わらない。無機質ではなく、心からの笑み。だからこそ、得体が知れない。


 「……。今回の襲撃は全人類規模ではないと?」


 フランス理事が訊く。


 「勿論。たとえ魔界が滅びようとも、彼らが特異指定存在を利用して世俗世界への侵攻を開始しない限りは、我々は動きません。特異指定存在は皆さんご周知のとおり、核兵器によっても破壊できない人間です。世俗侵攻に使われた場合はパワーバランスの崩壊から全人類規模の社会・倫理・秩序の崩壊が予想できます。しかし、魔界は世俗と比べその規模は10%程度。世俗に対して技術的優位性を持ち、我々南極卿財団及び、国連秘匿保障委員会の一部管理を受けている世界ですが、すべて消えたところで全人類規模の影響は少ないと考えられます」


 「はっは……。確かに、魔界は世俗とは隔絶された世界ですからな。彼方を中心とした我々の活動によって秘匿され、隔離されている……。確かに合理的だ」


 中国理事がそう語る。


 「で、ではなぜ私たち日本国の魔界府にのみ……」


 日本理事が代表に尋ねる。


 「南極卿の関わる問題であるため、また、全人類規模の厄災が発生することが予想されているためです」


 代表はそう呑気に語る。今度はつまらない顔をしている。まるで、今までの会話は楽しかったのにと残念がるように。


 「……。介入とおっしゃられるが……。具体的にはどのような?」


 ロシア理事がゆっくりと質問する。


 「詳細は伏せますが……。限定的ながら南極卿が出動します。南極卿の出動はそれだけで世界終焉の可能性があることを先に申し上げます」


 「せ、世界終焉んん?」


 場がどよめく。流石に数々の外交・政治の場を歩いてきたプロであってもこの場ではどよめく。


 「はい、我々南極卿財団が少しでも世界に干渉するという事は世界終焉の可能性が必ずあるという事は先に述べている筈ですが……」


 「そ、そんなリスク、わ、私たちは認めないぞ」


 アメリカ理事が机をたたき、財団代表へ指をさす。南極卿財団代表は少し半笑いで答える。


 「あなたたちが認めようと認めまいと、私たちの決定に反抗することはできません。この場はあなた達『世俗』に対して、少しでも我々の与えるべき情報を伝達するためだけにあるもの。合意を得る場ではないのです。秘匿課に対しても、指令、認定に関してはあなた達の意見は反映されていないようにね。今回もそうです。我々はあくまであなた達へ情報を提供するに過ぎないのです。……他に質問は?」


 返答者なし。


 「では御機嫌よう」


 南極卿財団代表V・12号は笑顔を失い、立ち上がり、部屋を後にする。扉を出たのち、いつの間にか彼の存在は消え去って、そこには何一つ痕跡は残らなかった……。


――


 ――○――

 2022年4月1日18時30分黄泉区特殊結界(元孤児院)にて。


 ――慈悲のゲドゥラー――

 金柑と駒。いんかみんっちゅうわけで。鹿苑寺夏生。封印解除の正雄。後門の狼、前門の六俣八兵衛。エグザイル。

 了解……。封印を解除します……。


 ――○――

 慈悲のゲドゥラーは淀みなく手を様々な印相へ組み、旧約・新約聖書の聖句を唱え、仏教・キリスト教と世界の諸宗教の混在した術式への介入術を行う。結界は多重な術式の網が解かれ、ゆっくりと結界が壊れて行く。ゲドゥラーの表情はだらんとして、心ここにあらずと言ったものだが、額には汗が浮かび、全身の筋肉は強張っている。

 結界は崩れ去り、中に居た巨大な存在は翼を広げ、皮膚を赤々とした色へと変質させていった。頭には冠の如く角が生えている。


 「ああ! 冠を頂く勝利、生まれの異形=サタンよ! 全てを呑み込む大穴を広げ、魂を歪める力を世界に放ちたまえ!」


 慈悲のゲドゥラーはそう叫び、傀儡のように腕を見えざる糸に引かれ、振り上げた。

 サタンと呼ばれた異形の怪物はその身体の入る穴を広げて行く。魔法陣によって縁取られた深淵に続くその穴はゆっくりと物質を破壊し、その穴を広げて行く。

 そして、サタンはゲドゥラーへ向けて視線を送る。その目に捕らえられたとたん。ゲドゥラー以外の、視線上に存在した人間すべてに向け魔術的結合が飛ぶ。それに捕らえられたものは皆須らく悪魔のような異形に変貌し、牙、翼、爪、角を生やして、手当たり次第に生物を殺さんと、浅ましくも同士討ちと人間狩りを始めた。


 ――勝利のカリオストロ――

 あれは……。ゲドゥラー師が封印を解いたか……!

 素晴らしい!

 預言は、既に完了へと差し掛かっている!

 あの力が在れば世界を統べることも夢ではない!

 至高の三無最後の一角が復活されれば、私は!

 この世界の王として王冠を抱くこととなる!

 踏みにじられ、見下され、侮られ、辛酸をなめて這いあがってきた私の世界が! 

 ナチのゴミクズに先祖の復讐を遂げた私は過去の清算が済んだ0歩目の男だ!

 ここから進みあがるのだ!

 第一歩を!

 果てしなく強く、全てを破壊するあの至高の三無の強さを、私は手にするのだ!


 「さあ、見えてきた。奇襲と行こうか、ハゲネよ!」


 「女と戦うのは気が引けますが……。まあ、相手は『鍵』。全力を尽くします」


 結晶は既に砕けて、今は伏魔殿の奴らの拷問を楽しんでいる……。という事か。青き血の新秩序の日本支部は壊滅であろうな!

 日本支部の長は宇美部来希に殺され、その地位を無理に代わられ、比較的新参ながら実力で幹部を独占した伏魔殿の名家どもはこのざま……。もともと連帯感の薄い組織なのでいつ崩壊してもおかしくはなかったがな……。


 【大真球(デウス・エクス・マキナ)】


 ――賀茂瀬里美――

 球? 

 魔力による球のヴィジョン……。避けられない!

 ?

 ダメージはない?

 額に魔術結合……。言語は……。ラテン語以外の欧米圏……。フランス語か……。

 !

 ひっぱられる!

 この1と書かれた五つの球に……。マズい、動きが制限される。


 「なんて力だ、大真球五つ分に抗ってやがる」


 ハゲが私に向け、黒い小さな球を投げ飛ばしてくる。ここにあるのとは別。


 「お手玉遊び好きなの? 強面ギャップ萌え狙いかよっ! キッショ!」


 複数の式神で一気に畳みかける。拷問していた馬鹿どもはもう動けない、拘束も離して一気に仕留める! このオッサンは強い!


 『式神使役術:力場変換:極』【異次元の色彩】


 四体分をレーザーに置換して奴の死角から撃つ!


 「!?」


 『ジュッ!』


 四つの光線が奴の旨を交差して貫き、心臓、肺をキッチリと破壊する。即死!


 『ビリリッ』


 奴は最後のあがきか、飛ばしてきた球を私の近くで爪のある腕に再構成し私を切り裂く。かなりの強度……。服が少し破れた……。いや、薄い傷までついている。相当な手練れだったようね。


 『スタッ』


 「失ったものは大きい、だが得たものも大きい」


 !?


 後ろを取られた、触れて作動するタイプの術? ならば。


 『式神使役術:特殊指令:極』【哀れなピエロ】


 私の攻撃行動を式神にトレースさせ、全方位から攻撃する!

 食らえ!


 「残念。もう終わりです」


 ――勝利のカリオストロ――

 儀式が完了し、振り向きざまに攻撃しようとしていた彼女の動きが止まる。とたんに頭を抱え、蹲り始める。


 ――賀茂瀬里美――

 あ、頭に、頭に思考が……。思考が入ってくる!!

 はろー、はろー、トンツカタンのグーテンターク、クセジュ? ジェパンスドンクジェスィの彌太郎。いやん、見ないで、瀬里美さんのエグゼクティブ! イエーイ! 見えてる? 聞いてる? 感じてる? 乗ってる? 降りてる? 上ってる? 商店街アド街コド街半端ないぜレッツドラゴン、怒りのデスロード。アーイエーバコーイウDJ松谷。

 意味が分からない……。頭に無限に意味のない言葉が、流れてくる!

 意味ないなってみんな言うけど僕は芸術だって思ってる、だってさ、こういう言葉一つ一つに意味があって、いや待って意味なくね? いや共通性を持つ言葉がないとみんな話しできないじゃん、だから意味はあるよ。でもその意味を考え付いた人なんて存在しないのにどうして誰かが考えた意味があるって言えるんだよ。それは、あれ、あれだよシンクロニシティ。あれほとんど方便みてえなもんだろ。は? フロイト兄貴に謝れやテメエ。うるせえ! 何が集合的無意識は全人類共通だボケ! ただ人間の基幹機能が遺伝子的にそれぞれ似てるからそれに近いことが起きてるだけじゃねぇか。ほんとに? それほんとに? 証拠あんの? 証拠? それを言うならフロイト兄貴も解剖学的な証拠はねえだろうが! ていうか芸術の話どこ行った? いや、そこまで戻るんかい、まあええわ。いや、いいんかい。まあええわ。まあええわで話しまわしすぎだろ殺すぞ。キレすぎだろ、オイオイ、言葉のカッターナイフで滅多刺しが過ぎるわよ。あら失礼、反省して、今後はもっと貞淑に行きますわ。キモ。君こそ言葉のジャックナイフが過ぎるデショ。ま、君つっても一人しかいないんですけど。オイオイ、おいらを忘れてもらっちゃ困る、後賀茂瀬里美さんと瀬里奈さんと山田さんと山本さんと、ヴィクトル君。ヴィクトル君は君と僕と彼だろ、山本さんは海軍の方でここにはいないし、あと、山田、お前は帰れ。ええ、一応僕も君の一人で君は僕の一部なわけで、不可分な存在を切り分けようだなんて哲学が過ぎるよ君ぃ。そう言うとこだぞホント。いやいや、ここがチャームポイントなわけなんだから。うるせえ! ほら、瀬里美ちゃんも読者も困っているよ。こんなクソ長い文章誰も真面目に読んでねえよ! ただでさえ前座も意味不明だったんだから。ああん? なに、ぼくちんの文章が意味不明だっていうのらぁ? 不敬警察! ぴーぽーぴーぽー。本官、突然の尿意にておぴっこ仕りやす。おぴっこぴー。うわあ! ここでするな! 何してんだよお前マジで。ぼくちんの文章をけなしたばつであるのら。うっわあ、賀茂ちゃん可哀そう、最低だよマジお前。本官は職務を全うしたまででござる、ついでにタイーホ仕りマッスル、えいや。うわあ! 治外法権だ! うむ、本官権力カードバトルにはめっきり弱く、お帰り申し上げます、えいや。もう収拾がつかないからさっさと終わろうぜ、どうせここら辺読者は読み飛ばすんだから。バカ野郎、お前、こここそが腕の見せ所って奴だろうが、テメエ、ふざけんじゃねえぞ、殺すぞ、あっ、ごめん、今のは言葉の綾で、綾子、ごめんね、いやその、ホントに殺すとか思っていないんだよ、ね、その、出ちゃったって言うか、いやゴメンホント、なんて言うか、やっぱ駄目だよねこういうふうに良くない言葉出ちゃうのって、その、ホント俺ってさ、クズって言うか、その、ダメなんだよね色々と、至らないというか、ああもう本当にごめんなさい、なんて言うかその。

 ああ……。意識が、遠のいていく……。私の……。私たちの……。

 接写も拙者。グルテンフリーのゴルフバッター満塁ホームランでマンハッタン計画始動。レッツ号珍走団爆誕。竜子古銭水脈の今を追う、ドキュメンタリー、竜子の今。幼子が門を開くとき! とか妙に具体的な予言する老師。この放水車! 用射線! イッツア相撲戦争ウォー、第二次相撲戦争、第三次相撲戦争、ちなみに第三次相撲戦争により人類は滅んだ、多分重量のせいで重力が歪んだ。うんこ。


 ――勝利のカリオストロ――

 伏魔殿の面々は無力にも地面に落ち、全員が気絶している……邪魔なので我が術により遠方に飛ばしておこう……。

 賀茂瀬里奈の姿は何らかの像に覆われ、変貌していった。

 それは始め、直立し、顔の認識できない男の姿をしていたが、徐々に変化してゆき、顔に笑みを浮かべた、白スーツの紳士へと変貌した。髭は整えられているが、妙なカールがかけられ、髪も整えられているが、奇妙な髪型だ……。


 「うっす。オラ、『戦争の赤い剣』真なる狂気=アスラ。赤い剣だから、オラ共産主義者アカなんでよろしく」


 その紳士は冗談めかした挨拶を真面目に語り、握手を求めた……。これが私の求めた至高の三無……。なのか?


 「あ、ああ……。よ、よろしくお願いします……」


 私は若干気圧されながら慎重に握手をする。殺気や魔力は全く感じられない。


 「おう、よろしーく。Thanksな、サタンやダゴンを復活させてくれて、俺ちゃんまで、こうして復活させてくれてよっ」


 彼は私のバシバシと肩を叩いて感謝を述べた。かなりフランクなタイプの神なのだろうか。


 「ああ、いえ、わたくしも、目的あっての事ですから」


 「はっは、現金なやっちゃねぇ……。でもそういうトコ。俺ちゃん気に入ってるのよねーっ」


 彼はにこやかにそう言う。好感触……。で良いのだろうか……。


 『さく……』


 !? 


 「だから、さよなら」


 私は胸を刺された。全く普通の、ただの金属製の、魔力のないナイフで……。

 ナイフはバターに入れたようにさっくりと、私の胸に刺さり、皮膚を通し、肋骨と筋肉の隙間を通り、心臓へ……。

 どこからそんなものを……。

 いや、魔力によって守られ、並大抵の刃の通じない私にそんなものがなぜ……。

 ――魔力での肉体の回復を……。応急処置として止血、縫合を……。

 できない?

 何が起こって……。

 脚に力が……。


 『ドサッ……』


 「ああん、カリ様が死んだ! このひとでなし! て言われながら、感動させるのが『我々の』夢なの。だから死んでね、ちゃんと美人薄命で」


 彼は悲しそうにそう言うと笑い、スキップしながら、時折くるりと回ったり、バク転しながら去ってゆく。約束は反故……。当然か……。『狂気』の神と名乗っていたのだからな……。

 ……クックック……。私は、信じる者を間違えたのか?


 「カリオストロ!」


 ……!

 聞いた声。ヨトゥムか!

 もうこんな場所にまで来ていたとは……。


 「貴様……。そんな浅い傷で何故……。」


 ――王冠のヨトゥム――

 !?

 傷口が妙に深い……カリオストロの魔力もこの傷口の部分のみ効かない……だと? 

 とりあえず私の回復術で応急手当を……。


 「な、何故……。私を……?」


 「貴様とて黄金の教示、隠者の薔薇の同胞、助けぬわけがなかろう」


 「ふ、フフフ……。はっはっはっは!」


 胸の傷から血が噴き出す。いや、それ以前に回復術が全く効かない!

 どうなっている?


 「やめろ、傷口が広がる」


 「私は信じるものを間違えた……。ねえ、そうでしょう?」


 「……『最初から私を信じていれば』などと、言うつもりはない。貴様は貴様の信じた道を誇れ。……裏切られようと、貴様の信心は本物だったのだろう? それは高潔だ、裏切った者よりもな……」


 「高潔……。クックック……。初めて、言われましたよ……そんな言葉……。クックック……。存外、良い気分だ……。ああそうか……。この終わりの為に、あの方は……。『戦争の赤い剣』は……そうに違いない……。そうに違い……ない……」


 「おい、カリオストロ! しっかりしろ!」


 「あなたの……勝ちですよ……。王冠の……ヨトゥム……」


 息が止まった、心臓は……。傷が開いて心臓に達している……。回復術も不可能。魔力も波動を止めた……。死んだか……。クソッ……。

 奴は一体何にやられた? あの巨大な二体の化け物は……。伝承に聞く、サタンとダゴン……。そしてもう一体『戦争の赤い剣』。もしや……。いや、まさか……だが妙な直感がある……。するとこれが黙示録の四騎士だというのか。もう一体の復活を目論んでいるというのか?

 遠くに映る化け物たちは、丁度日の沈み切った天蓋の下、ゆっくりと世界の破壊を進めているように、全てを呑み込み破壊し、全てを飢餓に苛んでいる。あの伝承のそのままに。


――


 ――〇――

 2022年4月1日18時30分日本魔界府黄泉平坂市高天原区天照にて。


 「いやだ!」


 ――宇美部来希――

 歩はそう叫んだ。魚が降る中で。


 「は?」


 「俺はお前と戦いたくない! なぜなら俺はお前を大切な家族だと思っているからだ!」


 「……はぁ?」


 今更になって一体なんだ?

 急に全部……。明け透けに話しやがって。


 「ふざけんな! お前は僕を弱者と、見下して……」


 「誤解だ! 俺は来希の事を、唯一俺と並ぶ強さの男だと思っている。俺達は二人いて初めて無敵だと思っている」


 「クソッ……。今更急にベラベラ……。喋りやがって!」


 『ゴッ』


 僕は歩の顔を殴る、防御もせず、しっかりと、歩は殴られてよろめく……。鼻血を


 「前に金剛に言われたんだ……。もっと話し合えって。その時はそんなによくわからなかったけど……。今、気づいた。俺はお前に思っていることを言わなさ過ぎたんだ、内々でグダグダと……だから全部言う」


 「くうぅっ……。このッ……。じゃあ聞いてやる! 今おれがお前を殴っている! このっ、攻撃をッ、スかしたッ、顔でッ、受けているのはッ、なんでなんだよ!」


 僕は歩を一発一発殴りつける。歩はジッと耐えている。その瞳は僕をしっかりと見据えている。ああ、分かってるよ。君が僕をよく見ていることは、僕がよく知ってる、僕も君を見ているから。そのことを棚上げして……。僕は……。


 「攻撃を受け続けるのは、俺がお前と戦いたくないからだ。俺はこの力を自分の大事な人のためだけに使うって決めたから。俺の我儘だ。手合わせ試合は……。言ってくれたらやったよ……。ただ、俺は、お前と違う力を持っているから、競い合うなんて思ってもみなかった。だってお前の強さに俺はついていけないから」


 「……ッ! くぅううッ……!!」


 駄目だ。卑屈な僕には。そんな言葉は眩しすぎる。僕はもう、戻れないんだ。血筋の無い弱い僕、血筋の由緒ある強いお前。それを打ち倒す。ひっくり返す。それが僕の選んだ答え。仲間を傷つけ、人々を襲い、違法団体のトップへとなった。もう、僕には。


 「歩……僕はね、魂の研究をしたんだ……」


 「来希、もう俺は……」


 「人の魂は不思議なものだ。生きてる者の形を規定する……そう思っていた」


 「来希、もうやめ……」


 「でも! その常識は違った! 真実はどうだったと思う?」


 「……。来希、話を」


 「魂が俺たちを規定しているんじゃない! 俺たちの肉体が魂を規定し、俺たちの魂が肉体を規定している! 俺たちはその双方の中間にいる! どちらが先でもない、どちらも先で、どちらも後……鶏も卵もどちらも同じものだったんだよ、分かるかい?」


 「話を」


 「俺たちは望んだ形になれる、望んだ姿に成れる。成った後は? 分からない、なったことが無いからな……でも、今にわかる。はははははははは!」


 「来希、何を……」


 『バキバキメキッバキバキッ』


 ――有穂歩――

 嘘だ。

 来希は自分の魂の形とやらを書き換えた。

 骨も、肉も、皮膚も、人間ではないものへと変貌してゆく。

 飛べない羽、剥き出しの臓物、異様に長い腕、幾千と増え行く目玉、幾何学模様へと変貌し続ける各部位の骨。

 最早生物ともいえない、黒く、果てなく黒く変色した何か……。無数の術式がそこに刻まれ、触れている地面をどろどろと溶かしている。


 「あ……。ああ……。嘘だろ……。嘘だ」


 俺は、また、間違えたのか?


 「者玖娑播尸唾鵝圍苣佑借悪于椰痲圍」


 幾何学模様の黒い骨が俺の方へと近づく。強力な術式……。だが、俺の魔力に触れ、崩れて行く。あまりにも術式を骨に刻みすぎたのか、物理的な強度が無い……。今の来希は、何かに触れれば崩れてしまう。



 「課長、あの黒いものは……」


 振り向くと、鳥羽君と課長が浮遊していた。俺には気づいていない……。

 ああ、そうだ……術式がまだそのままだった。

 俺は術を解除する。


 「鳥羽君、課長……」


 「あ、有穂さん! これは一体……」


 「来希が、来希がこの黒いものに……」


 そう言った声を遮るように、降り注いできた魚が、突然奇声を発する。


 『ギャアアアアアアアアアアア!』


 「!?」


 奇声と共に、魚たちは巨大化し、人間大の、口から液体を零し続ける半魚人のような存在へと変貌する。


 「クワセロ、クワセロ、クワセロ、クワセロ」


 妙な音程でその言葉を口づさむ。俺と来希へとじりじりとにじり寄る。


 「ぎゃはははははははは!」


 「うわぁ! なんだ!?」


 上空では課長と鳥羽君が悪魔のような羽と角の生えた存在に襲われている。どこからやってきた?


 ――鳥羽或人――

 悪魔……?

 魔力は無理に拡張されているようだ。操作は酷い。だが、見境なく、自滅覚悟。

 ――いや覚悟じゃない、これは、嬉々として自爆しに行っている!

 僕の目の前で自爆しようとしたその『悪魔』をベアトリーチェさんが蹴り飛ばす。悪魔は後方で他の悪魔を巻き込み笑いながら爆発した。何なんだ、こいつ等は!


 「有穂さん!」


 有穂さんは黒い奇妙な物体を守るようにバリアを展開しながら、悪魔たちと半魚人たちを、手元に生成した刀で切り伏せている。

 あの半魚人たちは口から更に魚を吐きだして増えていっている。切り伏せられたものもやがて融解し魚となって、増えて行く。

 無限増殖だとでもいうのか?


 『ドカッ……ドガァアアン! ドカッ……ドガァアアン!』


 僕は上空の悪魔を飛び移りながら蹴り飛ばし、どんどん爆発に他の悪魔を巻き込んでゆく。ベアトリーチェさんも同じく、そうしているが……。

 この悪魔……やはり……。


 「有穂さん、悪魔は斬っちゃだめだ、一般の人が変化したもので……」


 「鳥羽君、悪いが、俺にはそうはいかない理由ワケがある。一応霊魂の保護はやっておいてはいるが……」


 「理由?」


 理由……。あの黒い化物のような何かが……。まさか……。

 その化物は手のような器官を伸ばし半魚人たちに魔術結合を伸ばす、半魚人たちは皮膚が泡立つように膨らみ、破裂してゆく。その結合は見境がなく、有穂さんにも向いているが、彼は意に介さず、振り払っている。だが、そう言った攻撃もむなしく、敵の圧力は増してゆく。このままではジリ貧。元凶を止めない限り無駄だ!


 「『真なる鍵』よ、よく見て置け……」


 声?

 後ろから、聴いたことがある声が……。横目に後ろを流し見る。巨大な石柱を抱える巨人……。

 人魚? の男が拳を振り上げ、殴りかかってきている!


 「無慈悲なる天秤、平等なる天秤、飢餓と満腹の天秤、均衡を保つべく、苦しめ」


 『ゴォオオオオオオオオオオ……』


 その言葉を口ずさみながら、拳が振り下ろされる。

 空気が圧縮され熱を帯び、赤々とした燃焼反応を拳は纏い、凄まじい轟音を響かせながらこちらに『墜ちて』きている!

 マズい、僕はギリギリでしか避けれないスピード!

 音速を超え得る先端速度の攻撃は、僕の左肩をかすめ、ベアトリーチェさんの尾の先を焦がし、正確かつ無慈悲に有穂さんを中央に捉えた!


 「有穂さん!」


 「上から!」


 ――有穂歩――

 課長と鳥羽君の声に反応し上を見る。

 俺は周囲の半魚人共に集中して、その攻撃を確認するのが一瞬遅れた。

 一瞬。

 俺の最も後悔すべき、一瞬。

 でも、それ以外の行動は、後悔しなくてよいことが証明された。

 次の一瞬で。

 ……俺は、信じた者を間違えてはいなかった。


 「来希……」


 アイツは誰よりも全てを見ている。

 アイツは誰よりも早く全てに対処できる。

 アイツは俺よりも、多くのものを救える。

 その信じた心は、一切の裏切りなく。

 黒く染まったアイツの姿は、その拳を受けて、ゆっくりと崩れて行く。無数に刻まれた術式が、壊れる度に、その巨大な拳に対して、俺じゃ太刀打ちできない規模の、魔力の爆発を起こす。その爆発は、拳の威力をどんどんと削って、その爆発は、アイツの身体を、吹き飛ばしって言った。


 「来希……」


 『ドゴォオオオオオン!』


 「くっ……! なんて威力だ……」


 ――鳥羽或人――

 拳の動きの衝撃波により、周囲に居た半魚人は吹き飛び、共に吹き飛んだ悪魔の誘爆に巻き込まれて消し飛んで行く。周囲は隕石落下のようなクレーターができたが、あの巨大な存在の拳は止まり、有穂さんがその真下で、拳の触れる数センチ前、拳をぼんやりと見つめ、涙を流しながら立っていた。


 「有穂さん」


 「有穂」


 「来希が……助けてくれたんだ……」


 僕とベアトリーチェさんが共に有穂さんに近づく。助け出そうと同時に踏み出したのだ。

 すると上にある巨大な拳は音を立てて石となり崩れていった。破片は灰の様に微細だ。


 『バキッバキッ……サラサラ……』


 あの巨大な人魚は、直ぐに腕を切り捨てて、新しい腕を生やしてゆく。その動作は恐ろしく速いが……。巨大な図体のせいでそれでもまだ時間はある。逃げる時間が。


 「……二人とも先に逃げろ。俺はやることがある」


 有穂さんはそう言った後、何かを抱えて、それを地面に置いた。それは魔力を帯びた……。魔術的結合……?

 いや、もっと複雑で……。しかしはっきりと人間の『形』が見えているモノだった。


 「……完全に保存された霊魂……。宇美部のものか……。だが死者の復活は」


 「課長。鳥羽君。さっさと逃げろ。俺はここに残る」


 遥か上では巨大な腕が、人魚の巨人の肩の傷口から生えはじめている。次、あの攻撃が来るのは一体どれくらい後か。


 「有穂さん、何を」


 ベアトリーチェさんは僕を抱えてクレーターの縁へ一気に飛ぶ。巨大な人魚は僕たちを追うように浮遊し、こちらへとゆっくりと近づく。図体が大きいので遅く見えるがすさまじい速さだ!


 「奴は死ぬ気だ、宇美部を生き返らせて」


 「生き返らせる?」


 「奴の術式の本来の姿は、死者の復活を祈願する祭り……。だが多くの場合、死者を蘇らせる術式は膨大な消費魔力により術者が絶命する。少なくとも50人は確実にな……。不足すれば死者も蘇らず、術者も無駄死に、あまりにも見返りがなさすぎる……。成功した例も殆んどない! あれば今頃魔界は人口増が問題になっている!」


 「そんな……。じゃあ有穂さんは……」


 「……」


 ――有穂歩――

 ハァ……。行ったか……。あいつ等、おれが死ぬつもりだと思ってるんだろうな。

 お前も心配すんなよ、来希。俺がそんなおセンチなこと、考えるわけないだろ?

 俺が死んで、お前が生きる。それは、お前が一番……。一番嫌いなことなんだから。そんなことするわけないだろ、俺が……。

 お前を生き返らせて、俺も生き残る。俺ならできる。それだけだ。

俺は俺の我儘を通す、そんでお前と必ず和解する。もう一度、本気でぶつかり合う。あの時に金剛に学んだこと、そのままだが、よくもまぁ、俺の事を表してくれるぜ。

俺はお前と二人でそれぞれ頂点。

 それだけだ!


 『橘の小戸の御禊を始めにて今も清むる吾が身なりけり、千早振る神の御末の吾なれば祈りし事の叶わぬは無し』


 俺の首に下げたペンダントから十種類の紋様が現れ周囲に展開され結界を生み出す。魂を中心に据え、俺は儀式を続ける。


 『招ぎ奉る此の柏手に恐くも来たりましませ薬師の大神』


 拍手一回。


 『神皇産霊神、高皇産霊神、足産霊神、玉留産霊神、大宮能女神、御食津神、事代主神、直日神、普留御魂神、此の神床に仕え奉る人々に寄り来たり給いて速く病を癒し給えと恐み恐みも白す』


 『奥津鏡、辺津鏡、八握剣、生玉、足玉、死反玉、道反玉、蛇比礼、蜂比礼、品々物比礼』


 石笛……。ペンダントと共に親父さんからもらったもの……。ゆっくりと呪文を唱えるように……。

 ひと、ふた、み、よ、いつ、む、なな、や、ここの、たり。ふるべゆらゆら

 と唱えるように吹く。

 鎮魂印を手で結び神歌を唱える。


 『心苦しく悩むの禍災を癒し給えや薬師の大神、年を経て身を妨ぐる禍災を祓い賜えよ天地の神、一節に十種唱えて祈りなば浮世の病癒えざるはなし、禍神の災より病発るとも直日の神ぞ直し給える』


 石笛……。


 ひと、ふた、み、よ、いつ、む、なな、や、ここの、たり、ふるべゆらゆら


 『血の道と血の道と血の道復し父母の道、ひふみよいむなやこともちろらねしきるゆゐつわぬそをはたくめかうおゑにさりへてのますあせえほれけ』


 『禍災に悩む病も此の加持に今吹き払う伊勢の神風』


 俺はそう言って来希の魂へ息を吹きかける。俺にある全ての魔力を籠めて、強く。


 『恐くも此の柏手に大神の本つ御魂へ帰りましませ』


 拍手を一つ。


 一気に俺の中の、僅かに残る、魔力が奪い取られてゆく。その奪われる分は、来季の持つ魔力の分……。上等だ、俺の魔力を、お前にやる。俺の強いところはそれくらいなんだから。お前にいくらでも分けてやる。そんなので死ぬほどヤワな鍛え方してないコトは、お前が一番、知ってるからな……。

 眩暈、立ち眩み……。片膝をつく……。だが、耐えた。頭の上でごちゃごちゃ復活してるデカい馬鹿野郎も、まだ、復活しきってない。


 「歩……」


 見上げると、魂のあった位置に、来希の元の姿があった。俺達は勝った。


 「来希……」


 俺は来希に抱き着く。良かった……。


 「歩……。僕は、お前に言っていないことがある……。僕は君と同じ、養子だ。宇美部の血縁でもなければ、何の血筋もない……。そのことを勝手に、引け目に感じていた」


 「……知っているよ……。お前は努力だけで俺に並ぶ、俺にできない感知を使える。この世界でも最も強い、最高の術師……。俺達は二人いて初めて無敵なんだ」


 宇美部来希:僕は間違え、そして、歩は許した。僕が手を掛けた幾千の人々の罪はまだ消えない……。


 「僕は間違え、罪をおかした……」


 「俺も手伝うよ。俺達は二人で無敵。お前の罪も二人で償おう……。今やったように、俺がお前の掛けた術を一人一人、解いてやる」


 何だ……。僕が、ただ話していなかっただけじゃないか……。分かっていたのに……。こんなになるまで僕は……。


 「もっと早く、話し合えば」


 「これが必要だった、それだけだ……」


 歩は僕を離し、肩を叩いて励まして、笑った。


 「さあ、早く、行こ……」


 歩の顔に術式が刻まれる……。何が……。


 「歩っ……!?」


 歩は黒い影にのみ込まれる。

 僕の光が、影に飲まれた。


 「取り込み中失礼、こちらも取り込み中なのでお互い様という事でどうか一つ、納めちゃってちょ」


 歩の足元の地面から、せり上がるようにするりと男が現れる。スーツを着た……。妙な漢だ、妙な笑顔と髪型、髭をした……。眼鏡の男。


 「AAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 歩を包んだ影が、濃淡により骸骨のようなものが浮かび上がり、高い叫び声を上げる。


 「逃げた方が良いっすよ。こいつ見るだけで死ぬから。マスク・ド・ソレイユ!」


 スーツの男が妙なポージングを決める。何が……。何だって?

 歩が、まだ間に合う?

 否、否、否、否。

 何?

 これは何なんだ? 一体……。


 「宇美部さん!」


 鳥羽君?

 感知できる。彼は、後ろから僕を、捕まえる。


 「有穂さんは。有穂さんはどうなって……」


 「あの、影に取り込まれて、あのスーツの、男が……」


 その瞬間、僕は歩の取り込まれた影から、とんでもないものが発生したことを悟った。僕の鋭敏な感知能力が、その存在を認知することを強制的に遮断し、僕は周囲の状況への感知能力を失った。

 どういうことだ……?

 何がどうなって……。まだ、頭が混濁している……。歩が……。歩が……。


 「何だ、あれは……」


 鳥羽君が後ろを見る。

 ……?

 鳥羽君の心臓が、幾度となく止まっている?

 抱えられていてわかる、あれを見た瞬間から、彼の心臓が急停止と復活を絶え間なく繰り返し妙な脈拍を保っている。音でわかる……。どんな人間の事も感知し脈拍などを察知してきた経験からはっきりとよく分かる……。どうなっている?


 「鳥羽君、大丈夫か?」


 「? 僕ですか? ああ、何だか後ろを見てから妙な感覚がする……。くらいですかね。特に不調はないですけど……」


 「……ああ、ならいい……」


 ――鳥羽或人――

 ベアトリーチェさんの元までたどり着く、ここはまだ市街が残っているが……。


 「或人……。有穂は?」


 「それが……」


 「ワシのせいで有穂君は『青ざめた死』無名者=ウェンディゴとなり我等『四呪詛』が晴れて復活ってワケなのよね!」


 ベアトリーチェさんが、突然となりに現れた、さっきのスーツの男を見る。直ぐに蹴りを放ち、スーツの男の首をへし折る。


 『バキッ!』


 「あ痛い! 痛みは感じるのよ~ん。カントルくぅん。もっと優しく殺してよぉ、ハッハーッ!」


 いつの間にか奴はベアトリーチェさんの背後から現れる。いや、さっきもそこに居た? でもそしたら、どうやってベアトリーチェさんの蹴りを……。


 「『真なる鍵』よ! よーく、ご覧ください! 君の大切なもの、全部俺ちゃんたちが滅ぼしちゃうよん」


 『パチッ』


 そう言って奴は指を鳴らす。その瞬間、僕の向かって右側と左側に、あの巨大な存在、『悪魔』と『人魚』が現れた。


 「『冠を頂く勝利』生まれの異形=サタン! 『平等なる天秤の飢餓』止まらぬ腐敗=ダゴン! そしてそして、このわしっ! 『戦争の赤い剣』真なる狂気=アスラ! 我々三人が、『真なる鍵』たる鳥羽君のお仲間ちゃんたちをゆっくり拷問して、まったり世界を破壊しちゃいます。チャンネルはそのまま! 次の章も、また見てね! CHU!」


〈第七章 完〉

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