〈エピローグ〉
――鳥羽或人――
あれから二週間。僕たち秘匿課は魔界府の復興作業に従事しながら、急増した違法術師、怨霊、呪物の秘匿作業と、忙しない日々を過ごしている。魔術師の死は通常以上の怨霊、呪物への影響が強いらしく、全世界で数万人の死者を出した今回の【戦争】は世界全土に大きく影響を及ぼしたようだ。
隠者の薔薇は今回の戦争で5つの魔界都市を掌握したようだが、日本魔界府での事件の直後、直ぐに侵攻を停止、撤退を行った。その後、各国政府筋を通して休戦協定を国連秘匿保障委員会に提出し、正式に休戦となった。それ以降の隠者の薔薇は大人しくなり、ほとんど活動の話を聞かない。おそらくは、僕たち同様、復興と怨霊や呪物に対処しているのに忙しいのだろう。
森さんは戦争休戦以後も多くの患者を診続け、今も引っ張りだこだ。僕は最近、彼に封印術式の基礎と言語学的な知識を学んでいるが、忙しいので勉強の頻度は低い。それでも僕が封印術を扱えるようになれば彼の負担も少しは減るだろう。
森さんは以前、僕に世界中の人々へ隠者の薔薇の呪医団のように呪医医療を与えられる医療団体を違法にならないように作りたいとも言っていた。自分はまだまだ、研究者としてもやっていくつもりだが、一人の医療関係者として多くの人を助けることはやはり夢なのだという。
賀茂さんはこの頃、少し寛容になったというか……。有馬さんによく趣味の事を聴くようになったようだ。今までは無趣味だと言っていたので多趣味な有馬さんを参考にしているのだろうか。伏魔殿のこともあって忙しいようだが、賀茂さんは以前よりも元気になったように思える。
『青き血の新秩序』へ加担したという賀茂さん以外の名家は彼女の父により余罪を追及され、春沙さんや宇美部さんのようにこちらへの情報提供や秘匿課への編入が行われている。それに伴って伏魔殿と神祇寮は魔界府への統合を進めることが決定した。
流石に政府機関でもある神祇寮は一部残るそうだが、有穂さんや宇美部さんの神祇寮祓魔部、そして伏魔殿は全て秘匿課へと既に統合されている。
驚くべきことだが、伏魔殿名家筆頭の五人は僕の部下として秘匿一課に配属になった。正式な一課員としてすぐに部下を持つことになるのは荷が重いが、ベアトリーチェさんは働きからすれば当然だと笑っていた。その中でも土御門春奈さんと賀茂さんは友人のようで休日もよく会っているようだ。それ以外の人たちとはあまり話をしている様子はないけれど……何かあったのだろうか。
有馬さんは相変わらず、のらりくらり事務作業を避けているが、孤児院へ通うのは続けているようだ。もう金剛さんは孤児院にはいないが、彼なりに思うところはあるのだろう。僕もよく趣味の話で盛り上がるが……それは前とそんなに変わらないな。彼が変わったことと言えば、春沙さんと宇美部さんとよく話すようになったくらいだろうか。社交的になった……と言えるが、ベアトリーチェさんにとってはまだまだ悩みの種のようだが。
有穂さんと宇美部さんは、二人で事件当日からずっと、宇美部さんの術やサタンたちの術によって魂を変容された人の治療を行ってきた。宇美部さんは有穂さんとともに自ら襲った人よりもずっと多くの人の命を助け、神祇寮から編入してきた元々の部下三人を加えた五人で全国の怪異や怨霊、魔術・呪術物品の回収を行っているようだ。
宇美部さんは神祇寮総務部にいた『青き血の新秩序』の構成員から、支部へ迎えられ、支部長と対面しその場で支部長を術中に置くことによって、その日のうちに『青き血の新秩序』日本支部のリーダーとなったそうだが、彼がこちらに戻った際の情報提供と、賀茂さんによって捕らえられた『伏魔殿』の幹部たちの自白によって『青き血の新秩序』の日本支部、その他メンバーは大量に検挙、逮捕され、日本支部は完全に壊滅した。禍を転じて福と為すとも言えるが、宇美部さんは未だに罪を感じているようだ。有穂さんと共にそれを乗り越え、罪を償い続けると語っていた。それが彼の選んだ道なのだろう。
琉鳥栖さんとハルト君はあまり変わらないように見えるが、良く話を聴けば仲が良くなったことがわかる。まだハルト君は琉鳥栖さんと病院に行った事はないようだが、今では彼ら二人は仕事で琉鳥栖さんが指導することもあってか親子のように思える。
春沙さんは自らの持つ隠者の薔薇の情報を洗いざらい報告し、保護観察と言う名目で僕たちの秘匿課へ戻ってきた。日本なら外患誘致罪などになりそうな気がしてヒヤリとしたが、司法取引、罪を認めた事とほとんどの魔界の刑法において死刑は存在しないこと、そして功績と能力から許されたようだ。
また、春沙さんは秘匿課の仕事やそれまでの仕事で得た財産の多くを金剛さんが持っていた寺院と孤児院に寄付し、たまに手伝いに行っているようだ。僕も寺院での炊き出しの際、彼と一緒に作業をする。彼は、他の人と同じく、以前より生き生きしているように思えた。
ベアトリーチェさんは、金剛さんが亡くなって以降、僕を度々気に掛けてくれている。僕は仕事でもまだまだあの人に助けられてばかりだ。今度、お礼にあの人が欲しがっていたレコードをプレゼントしようと思う。『南極』の話も気になるし、その時に訊こうかな。
金剛さんは遺言でお墓を拒否したので、お参りをする場所はないが、僕は心の中で思い出す。きっと、ほかのみんなも。
彼の寺院は一応僕が管理者になっているようだが、彼の率いていた団体が円滑に運営を進めている。金剛さんはそう言った経営には抜かりがなかったようで、孤児院も傾くことなく、春沙さんのおかげでむしろ資金も潤沢に運営できているようだ。
色々あったが、僕は今も『魔界府府庁魔術呪術物品秘匿一課』の一員だ。
僕の中にあった様々な拘束が、今は解かれて、少しずつだが自由になった気がする。動かずにいては、何も始まらなかった。以前の僕はただ立ち止まっていただけだった。だけれども僕は突き動かされ、流れ、動き続けていくうちに、僕の歩むべき道をなんとなく見つけた。一人では得られないものを得た。
――僕は金剛さんが求めたように、人と生きることで強くなれる人間になりたい。周りの人々と、もっと、共に生きていたい。
そう思えるように僕はなっていた。
「ありがとう」
……返事は、帰ってこない。
他の皆にも改めて感謝を伝えようかな。
僕はそう思いながら寺院を後にした。
〈日本魔界府府庁魔術呪術物品秘匿一課 完結〉
――〇――
今までのナレーションのお相手は、月の民の父祖にして、青ざめた聖者、さらには南極卿、『古き良き』ヴィクトルでした。ご清聴ありがとうございました。それじゃあ、また、どこかで。
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