殊勝に待つちびっこと教育に悪いおしゃべり
書斎前の廊下では、マナとアカネ、それにミドリがアオイの帰りを待っていた。
アカネとミドリも風呂や食事を済ませていないが、マナのように殊勝な心掛けでアオイを待っているのではない。
むしろ、どちらかというと薄情な彼女たちは、風呂も食事もさっさと終わらせようと思っていた。
だが、ポツンと一人で書斎の前にたたずむマナの姿を見て、罪悪感を刺激されてしまい、彼女とアオイを待つことに決めたのだ。
ちなみに、レイドは記憶が新しいうちに仕事を済ませたいようで、部屋に
ただ待っているのも暇なので、三人はちょっとした世間話で時間を潰していた。
「ミドリ様はレイド様と
廊下に置いてある、高級クッションが敷かれたフカフカの椅子の上に、ちょこんと愛らしく座ったマナが小首を傾げた。
それに対し、床の上にフカフカの赤いクッションを敷いて座っているミドリが、
「うえ!? な、何を言ってるでござるか! 拙者たちにはまだ早いでござるよ!」
と、ワタワタと両手を振って焦りだした。
「早い? 何がですか?」
マナが、キョトンとした表情でミドリを見つめる。
彼女としては、好きな人とは出来るだけ一緒の空間にいたいだろうなあ、くらいの感覚だったので、なぜミドリが真っ赤な顔で拒否したのか、理解できなかったのだ。
「ちょっと! 箱入りの純粋なちびっこに、恋人と同じ部屋で一夜を過ごす、の意味が通じるわけないでしょ! 下手な事を言ったら、アオイに殺されるわよ!」
アオイは子どもが絡むといつもよりも凶暴になる。
アカネがミドリの耳元に口をよせ、声をひそめて忠告すると、彼女の方もコクコクと頷いた。
そして、ミドリがテンパった理由を
「ミドリはねえ、チキンだから、好きな人と長く一緒にいると、手足が震え出して暴れ出しちゃうんだよ」
と、明るくおどけてみせた。
しかし、今度はミドリの方が
「拙者のことを、いつまでもモサ眼鏡だと思わないでほしいでござる。もう無いでござるが、一度はハーレムを築き上げたでござるし! 大体、それはどう考えてもアカネ殿でござる。アカネ殿に好きな男性がいたところは見たことがないでござるが、容易に想像できるでござるよ。もしも半径一メートル以内に入られたら、気絶するでござるな」
アカネ自身にも、容易に想像できる。
ありえない話で
「なによ! ミドリだってチキンのくせに! 三つ子の魂百までっていうし、どうせ、チキっておててを繋ぐくらいしかできなかったんでしょ!」
と、煽り返した。
しかし、今度のミドリは胸を張って、
「ふふ、拙者は、もうキスをしたでござるよ……ほっぺに」
と、自信満々に言い放つ。
「ほっぺに!? これは、したのか、されたのかが重要よ。ここで、ミドリのチキン具合が定まるわ」
アカネと彼女の雰囲気に飲み込まれたマナが、固唾をのんで返答を待つ。
すると、ミドリはあっさり、「拙者がキスしたでござる」と答えた。
どうやら、ミドリのチーレム関連で発生した
「そもそもミドリは、私のことが好きで付き合ってらっしゃるのですか? 私はミドリが
と、
そして、
「ミドリが、巣穴に隠れて外界に怯える野ネズミのような性格だということは、重々承知しておりますが、私を本当に好いてくれているというならば、キスくらいはできませんか? 唇に限定しないので」
と、頼まれたそうだ。
「それでも恥ずかしくてモジモジしてござったら、『ミドリ』って、超絶セクシーイケメンボイスで詰られたでござる。たった一言に悲哀と怒りとセクシーさが込められてござって、あの姿の尊さを思い出すと、無意識に
ミドリが透明な「推し!」「激推し!」と書かれた団扇を持ってバチバチと振り、頬を真っ赤にしてドゥフドゥフと笑っている。
いくら容姿が整っていても、ここまで変態オタクムーブをされると手が付けられない。
これが彼女で良いのかとレイドに問いたくなるが、レイドはミドリがいいらしい。
調教だの、Mだのという言葉を聞かせたら、アオイから拳骨を食らってしまう。
そのため、かなり初期の段階で、アカネはマナの耳を押さえた。
「ちょっと、アンタ流石にアレよ。ドゥフり過ぎよ。もう、その姿が教育に悪いわ」
マナも何やら不穏な雰囲気を感じたのだろう。
二人でドン引きの眼差しを向けると、ミドリがドゥフッとたじろいだ。
「と、ともかく、拙者は一人部屋でいいでござるよ。どうせアカネ殿も遊びに来るでござるし」
「え? 今日は、私は行かないわよ。部屋に
強引に話を引き戻すミドリにキョトンとした後、アカネは決意の灯る瞳で宣言した。
「珍しいでござるな。なにゆえ?」
やけに気合がこもった姿にミドリが首を傾げると、アカネがフフンとリュックサックを下ろして叩く。
「ふふ、今日はね、ワンランク上の大人になるのよ」
「ドゥフッ!? いつの間にそんなことに!? お、お相手は誰でござるか!?」
どうやらミドリは、大人になる、の意味を誤解しているらしい。
おまけにリュックサックの中身も誤解しているようで、ドキドキと心臓を鳴らしながらアカネを見つめた。
「ん? ミドリ、何か勘違いしてるわね。私は今日、本屋で手に入れたエ……高尚なるセクシーの書を読みふけり、大人の知識を取り入れるのよ」
お子様の前なので、アカネは自身の持つボキャブラリーを駆使してエロ本を言い換える。
マナからは見えないように隠しつつ、リュックサックを開けて表紙をチラ見させると、ミドリが残念そうにため息をついた。
「さすがアカネ殿、しょうもないでござる。大人の階段どころか、思春期の階段、一段目でござるよ」
成人女性アカネは、今日に至るまで思春期の階段一段目どころか、その前に立つことすらできなかったのだ。
おまけに彼氏持ちにバカにされると、より怒りが湧く。
「うるさいわよ! こっちには、無課金でお尻と雄っぱいを拝見させてくれる彼氏なんて、いたことがないの! もう、頼りは雑誌なのよ!」
しっかりとリュックサックを抱き締めて吠えれば、今度はミドリがドン引きした。
「なんてことを言うでござるか!? 発想が最低でござる! 大体、彼氏というのは、
ハンッと見下し、彼氏を語る姿には明らかな強者の余裕がある。
アカネは心臓に深手を負った。
「少し前まで、ハーレムでウハウハしていた奴に言われたくないわね。レイドがついて来てくれたの、奇跡だからね!? あと、私は
涙目のアカネが、ガァッと吠えた。
アカネが言葉を重ねるほど、ミドリがどんどん引いていく。
「最低さが増したでござる!! もう、アカネ殿は口を閉じた方が良いでござるよ。大体、無課金、無課金と言うでござるが、課金して拝んだことはあるんでござるか?」
ミドリがジトッとアカネを睨むが、彼女にそんな度胸があるわけもない。
「ないわよ!!」
仁王立ちで堂々と言い放つと、ミドリが残念なものを見る目でアカネを見つめ、
「可哀そうでござる……」
と、同情して肩に手を置いた。
それを発端に再び言い争っていたのだが、二人は肩にポンと手を置かれ、同時に振り返った。
背後にはこめかみに青筋の浮いたアオイがおり、そのさらに後ろには、頬を染め、モジモジと指を絡めるマナがいる。
どうやら、しょうもない言い争いでムキになり、気が付いていなかっただけで、アオイはとっくに帰って来ていたらしい。
内容はよく分からないまでも、二人が何かスケベな話をしていると察したらしいマナが、
「ねえ、アオイ。『むかきんのおしりと雄っぱい』って何? そもそも、雄っぱいって何?」
と、アオイにこっそり耳打ちしていた。
「あ、アオイ、話し合おう。そこまで品がない話でもないって。セーフセーフ」
「やめてほしいでござるよ、アオイ殿! ちょっとアカネ殿と議論していただけでござる! お
二人は真っ青になって命乞いをしたのだが、問答無用で拳骨を食らった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます