車内会話、要するにお左遷
たいした荷物もない上、必要なものは基本的に国が用意しているので、アカネはリュックサックのみ、ミドリに至っては手ぶらで待ち合わせ場所まで向かった。
そして、スムーズにミドリを後部座席へと乗せると、ちゃっかりとその隣を陣取った。
ミドリを押しつぶすとまではいかないが、明らかに距離が近い。
イケメンに至近距離まで接近されたミドリが、口元をドゥフッとさせながらアカネに助けを求めてくるが、当然のごとく無視をした。
恨みがましい視線を断ち切って、アカネは旅のお供といえばお菓子だろう、とリュックサックを
異世界転移前にごっそりと食材を買い込んでいたことと、自分がお菓子をストックする性格だったことに感謝しつつ、取り出した飴玉を口に放り込んだ。
「そういえば、どうしてルメイン? とかって隣町に行くの? そこにアオイがいるの?」
二人にも飴玉を分け与えつつ、何の気なしに問いかけると、レイドが意外そうに眉を動かした。
「よく分かりましたね。そうですよ。昨日、国でアオイ様の名前を調べてみたところ、ルメインのとある屋敷にメイドとして仕えていることが判明したのです」
門番に聞いた時は、アオイについて全く情報を得られていなかったので、しばらくは酒場や店屋の人々に話を聞いて情報を集め、そこから
だが、想像よりもずっと早くにアオイと会えることが判明し、アカネは両手を上げて喜んだ。
「おお! スゴイ!! けど、分かるにしても早くない? 国家公務員もチートを使えるの?」
完璧主義の超人な宰相でもいるのだろうか。
アカネがクルリと後ろを振り返り、身を乗り出してレイドを見つめると、彼は苦笑いを浮かべた。
「チート? 確かに、事務などにおいて、優れた成果を発揮するための能力を身に着けた者はいますが。アオイ様の発見がスムーズに進んだのは、キチンと
レイドの話を聞いて納得すると同時に、その気になればすぐにミドリはアオイを見つけ、会うことが出来たのではなかろうか、という疑念がアカネの中に浮かび上がる。
「ミドリ、ちやほや生活に溺れて、アオイのことを探すのサボったでしょ」
後部座席の方へ身を乗り出したままミドリに冷ややかな視線を向けると、彼女は斜め上の方へ目線を逸らした。
「何のことやらさっぱりでござるな~。ところで、レイド殿、アオイ殿に会いに行ったら、いったん城に戻るんでござるか? 拙者、あんまり帰りたくないでござるよ。アオイ殿も城は嫌がるでござろうし」
アオイの現在の暮らしや意向は分からないが、行動が雑で面倒くさがりな彼女も、城へ帰るのだと言えば、決してついて来てくれないだろう。
同人誌騒動で城に居づらいというのもあるが、同じ世界で生活し、再び関わり合いを持てると分かった以上、ミドリはできるだけアカネやアオイと共に行動したかった。
「なるほど。それなら、ちょうど良かったかもしれません」
王の側としては、アオイに再会した後は城には戻らず、そのまま旅を続けてほしいのだという。
そして、旅先で魔物による被害や病の
おまけに、国内で大きな問題が生じたら、どこにいようとも一目散にその場所まで駆け付け、困難の解決に努めなければならないのだという。
なお、旅をするための資金は定期的に国から送られるため金銭的な面での心配は必要なく、また、他に必要なものがある場合も、その都度、送ってくれるらしい。
ミドリは、いざという時には寝る間も惜しんで働き、時に体まで張らなければならない代わりに、平常時は安全で
豪華な生活を用意するのにかかる経費と旅のために必要な経費では、金額に大きな差が生じる。
基本的には自由に旅をすることが認められ、日々のこまごまとした仕事からも解放される、といわれれば聞こえはいいが、それは要するに、普段与えるべき恩恵のグレードを落として必要な時だけはミドリをこき使いたい、ということだ。
レイドの栄転が実質的には左遷であるのと同様に、ミドリのそれも、いうなれば左遷である。
そのことを察したミドリは、
「ふむ、要するに、旅をしながら今まで通りの聖女としての活動を全うしろ、ということでござるか」
と、苦笑いになった。
小心者のわりに気の強いアカネの方は舌打ちをして、
「随分と虫のいい話ね」
と、吐き捨てる。
レイドも城では冷遇されている側の人間であったから、何か感じるものがあったらしく、苦笑いを浮かべていた。
「まあ、そう思いますよね。私も同感です。一応、アカネ様にも、世直し時にユリステム様の名前を出せば布教が進みやすい、というメリットが用意されているようですが」
どうやら、アカネがユリステムの布教をしようとしていることについても知られていたらしい。
この世界では、ほとんどの国家でメリステムが信仰されている。
そして、それ以外の神を信じることは禁止されていたり、
だが、その唯一の例外がユリステムである。
ユリステムはメリステムが溺愛している妹であるため、彼女を信仰することは決して禁じられていない。
しかし、人というものは現金なもので、よほど信仰に
メリステムからの恩恵として魔法が与えられ、かつ、どうしようもない困難に直面すると神の力を得た使者や天使が派遣されるという事実によって、多くの人間は彼女に感謝し、信仰心を強めている。
ユリステムの存在を信じ、彼女を大切にする、つまりは彼女の加護を持った転生者たちを優遇すると、より恩恵を得られる、という教えもあるが、その場合の信仰の行き先はユリステムではなく、自分に恩恵を与えてくれる可能性のあるメリステムだ。
ユリステムが力を取り戻すには信仰を集めなければならないが、その名を幅広く伝え、存在を信じてもらうだけでは足りない。
信者によるユリステムへの「感謝」が必要になるのだ。
要するに、ユリステムが望むような布教をするには、人々に何らかの利益を与え、それがユリステムからの恩恵である、ということにしなければいけない。
確かにアカネ一人では布教も難航するだろうし、ミドリたちや国の威光を借りることが出来ればありがたい。
それに、城に戻りたくない二人としては、多少仕事があろうとも資金面に不安の無い旅を続けられるというのは、決して悪くない。
だがそれでも、何となく首輪をはめられたような気分になるのが面白くなくて、アカネは唇を尖らせた。
「別に、ミドリさえついて来てくれれば、国の助けが無くても、旅には困らないけどね。私だって食料ならいくらでも出せるし、日用品もあるから、お金なくても生活できるし。布教も、ミドリが手伝ってくれたら全然平気だし」
今のところは国の提示してきた条件をのむつもりだが、半分は本気である。
「拙者としては、城から出てアカネ殿やアオイ殿と一緒にいられるのならば、何でもいいでござるけどな。む? どうしたでござるか、レイド殿。照れるので、そんなに見つめないでほしいでござるよ」
ジッと自分を鋭く見つめて無言の圧を送ってくるレイドに、ミドリは照れ笑いを浮かべ、身じろぎをした。
「自分が入ってなかったのが、面白くなかったんでしょ。レイドも、もしもの時は私たちについて来てもいいよ? 仲間は多い方が楽しいし」
アカネは根暗ぎみであまり友達が多い方ではないが、気心の知れた仲間とワイワイ過ごすのは好きなタイプだ。
また、そうやって作った交流の輪に、新しい仲間が入って来るのを嫌悪するタイプでもない。
会って間もないが、レイドのことは性格などが気に入っていたので仲間としてはむしろ大歓迎だった。
レイドの方も、意地でもミドリと共にいるつもりなので、嬉しそうに頷いた。
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