ガチケモナーメイド、アオイ参戦!!

 魔車ましゃで駅に到着すると、そこから列車に乗り換え、さらに二時間近く車内で揺られ続けることになる。

 アカネは、人生で初めて直面した車内販売という存在にテンションを上げ、無駄に弁当と菓子を買い、誰よりも旅行を楽しんだ。

 彼女のハイテンションにつられてミドリたちの気分も高揚こうようし、気が付けば、あっという間に時間が過ぎ去っていた。

「やっとついたー!! 長い旅だったわね!」

 アカネはピョンと列車から飛び降りると、両腕を天高く伸ばして首や肩のコリをほぐした。

 駅は少し高いところにあるため、そこから町全体をざっくりと見渡せる。

 王都の方がずっと都会だが、ルメインも沢山の住民と観光客を抱えており、活気にあふれていて十分に都会である。

 お祭り騒ぎのような雰囲気が無い分、むしろアカネとしてはルメインの方が好ましかった。

「さて、ひとまずルメインに着いた事ですし、まずはやど」

「よし!! 早速、アオイに天誅を下しに行くわよ!!」

 まずは宿屋を探して、野宿や全員同じ部屋という危険を排除し、かつ部屋に希少性の低い荷物を置いてから、観光をしたり、アオイに会いに行ったりするべきだろう。

 そう考えての提案は、張り切ったアカネの言葉にかき消された。

「アカネ殿、せっかち過ぎでござるよ。まずはレイド殿の言う通り、宿屋を探すでござる」

 呆れたミドリが両腰に手を当てて叱るが、アカネはムッと口を尖らせた。

「えー、良いじゃない、別に。ここは都会なんだから、夜になってもどこかしらは空いてるでしょ。それよりも早くアオイに会いに行って、天誅を下したいわ」

 最早もはや、会うのが目的なのか、天誅をすることが目的なのか、怪しいところだ。

 変な方向にやる気を燃やしているアカネは、リュックサックをベシベシと叩き、瞳に燃え盛る炎を灯らせた。

「別に、アオイ殿が悪い事をしているとは限らんのでござるが……」

 呆れて出されるミドリの正論など、アカネに届く訳が無い。

「ねえ、早く行こうよー!!」

 道も分からないだろうに、アカネはサッサと駅の階段を下りて二人に手を振った。

 アカネを止めることを諦めた二人は、顔を見合わせて苦笑いを浮かべると、仕方なく彼女の言う通りに屋敷へ向かうことにした。


 アオイが働いているという屋敷は、ルメインでも一、二を争う大きな商家しょうかだ。

 建物自体がかなり大きく、おまけに広大で優雅な庭などもついているため、敷地面積は相当に大きいのだが、周囲に遠慮して町のすみに屋敷を構えるなどという殊勝な心遣いは見せない。

 むしろ、閑静な住宅街のど真ん中にどっかりと座り込んでいる。

「いやー、おっきい屋敷ね。こういう時って、どうしたら中に入れるの?」

 あまりの存在感に圧倒されて目を細めていると、レイドが、

「そこのインターホンに魔力を流し込んでいただければ、中に入れてもらえますよ。今回は城の方から既に連絡を入れてもらっているので、顔パスが通じるはずです」

 と、スピーカーとマイク、それにレンズのついた四角い物体を指差した。

 見た目はアカネたちのよく知るインターホンにそっくりなので、これも転生者による知識伝達のたまものだろう。

 この世界では魔力が電気のような役割を担っている。

 「コチラ」の世界の人間も、ユリステムから魔法を与えられてないから使えないだけで、魔力そのものは持っているため、アカネでも魔道具などの使用は可能らしい。

 魔力の流し方を問えば、対象に触れて念じればいいのだという。

 習うより慣れよ、ということで、早速アカネはインターホンの魔道具に触れ、「動け!」と念じてみた。

 すると、指先に静電気のような刺激が走り、空中に手のひらサイズの魔法陣が浮かんだ。

 スピーカーからザザッと雑音が流れた後に、

「アカネ様ですね。お待ちしておりました。どうぞ、中へお進みください」

 と、綺麗な女性の声が聞こえてきた。

 そして、アカネたちを歓迎するように、閉じきっていた大きな門がガラガラと音を立てて開いていく。

 屋敷と門は石の道で結ばれており、その両隣を美しい花の咲いた低木や白い妖精の像などが飾っている。

「やはり、お金持ちは屋敷の外にもお金をかけるんでござるなあ。しかし、アオイ殿は何故、このような屋敷でメイドなどやっているんでござろうか。正直、似合わないでござる」

 斉藤葵さいとうあおいは髪の毛を金髪に染め上げ、制服を着崩すどころか、基本的には高校指定のジャージのみを着用し、空けたい放題にピアスを開けまくったヤンキーである。

 一人称はあたしで、話し方からしてガラが悪い。

 おまけに短気で、教師や学級委員長とはしょっちゅうケンカをしていた。

 そのようなアオイが、なぜ見るからにモブなアカネやモサモサオタクのミドリと交友関係をもっていたのか、周囲は常に疑問に思っていたが、そこについては当人たちにとっても謎だった。

 いじめられているのではないかと教師に問われることもあったが、決してそんなことは無く、彼女たちは普通に会話を楽しみ、遊んでいた。

 むしろアオイがにらみをかせていたおかげで、アカネたちをパシッたり、いじったりする生徒から守られていた側面すらある。

 また、アオイは、不良は不良でも、必要のない暴力や万引き等の犯罪、弱い者いじめやカツアゲなどは嫌悪するタイプだった。

 子供好きで面倒見もよく、日課はアカネたちに見守られながら校庭の端で釘バットの素振りをし、自己満足に浸るという、優しい系バカヤンキーである。

 関わり合ってみれば温かい人なのだが、そんなアオイへの世間の風当たりは冷たかろう。

 特に規律が厳しい使用人の世界では、それが顕著なのではなかろうか。

 ミドリの脳裏に、服をザキザキに裂かれてブチ切れ、そのままソレを着て仕事をし、屋敷の主人やメイド長にキレ散らかしている姿がよぎる。

 だが、ウンウンと頷くアカネには全く別の意見があるようだ。

「そうね、確かにミドリがそう思う気持ちも分かるわ。でもね、それならとっくに屋敷を追い出されているんじゃないかと思うのよ。だからね、例えばあれよ。屋敷のお坊ちゃんとか捕まえて、メイドという名の姫みたいな生活を送ってるんじゃないかと思うのよ。同僚や上司をこき使い、チーレムを築き上げてたら……ぶっ壊してやるわ!! 天誅よ! 天誅!!」

 天誅! 天誅! と、拳を振り上げて屋敷に入って行くアカネに、ミドリとレイドは呆れた視線を向けた。

 屋敷の廊下はお金持ち恒例の赤い絨毯じゅうたんとシックな壁紙、そして美しい絵画や彫刻などで彩られている。

 アカネが気後きおくれするには十分な高級さだが、城でより格の高いセレブを味わい、かつアオイを天誅しようと意気込んでいる彼女は、鼻息荒くズンズンと廊下を進んで行く。

 客間で腕を組み、堂々と待っていると、やがて真っ黒いメイド服を着た女性、アオイが室内に入って来た。

 この世界にもヘアスプレーのようなものがあるのだろう。

 アオイは髪が伸びてきて頭頂部が地毛で黒くなる、いわゆるプリン状態を嫌っていたため、現在も髪は上から下まで綺麗に手入れされた鮮やかな金だ。

 その髪をキッチリと一つにまとめ、おくれ毛などもピンでしっかりと止めていた。

 また、メイド服は襟元や袖のボタンをキチンと閉め、動きにくいであろう膝丈のスカートをバサつかせることもなく、しとやかに歩いている。

 静々とした所作しょさは正に淑女といった様子で、アカネたちの前までやって来ると、実に美しく一礼をした。

 アオイも姿や種族は変更していないようで、見た目そのものは高校時代とあまり変わりない。

 だが、立ち振る舞いや服装への違和感が凄まじく、ミドリは目を見開いて驚愕していた。

 アカネは、だいぶ変わってしまったアオイの姿にフンッと鼻を鳴らすと、

「アンタも随分と変わっちゃったみたいね。お上品になっちゃって。言ってみなさいよ、何人おとしたの!? 坊ちゃん? 庭師? 執事長? それとも全員!? 答えによっては天誅よ! 一人だけなら許してあげる。でも、一人だけだからね!!」

 と、涙目でリュックサックの準備をした。

 手早く彼女のメリケンサックコレクションと、サバイバルナイフコレクション、そして、主に素振りにしか使われていなかった釘バットを取り出すつもりである。

「高校時代は男に興味ないって顔してたのに! チーレムなんて! チーレムなんて!! うらやま、おごりの境地よ!!」

 アカネの中では、アオイがチーレムを築いていることが確定しているので、ギャンッと吠えて彼女を睨んだ。

 その姿はまさに負け犬である。

 だが、完全な逆恨みにアオイはコテンと首を傾げた。

「チーレム? 何のことだか。わたくしは、そのようなものは築いておりませんよ。それと、男性には大いに興味があります」

 アオイは声を荒げることなく、淡々と冷静に言葉を返していく。

 それからアカネたちの姿を改めて確認すると、呆れてため息をついた。

「全く、久しぶりの再会だというのに、ミドリさんはともかく、アカネさんは全くお変わりないようで。ですが、きっとお二人とも、わたくしの変化に戸惑とまどっている事でしょう」

 二人が頷くと、アオイは異世界に来て困っていた時に屋敷の主人に拾われ、そのまま本人の希望で雇われメイドになったのだと話した。

 アオイが言うには、この屋敷は福利厚生の行き届いた非常にホワイトな職場らしい。

 使用人たちには二人から四人用の部屋が用意され、上級の使用人には一人部屋が与えられる。

 一日三食、稀におやつが出て、風呂なども用意されている割には給金が良く、怪我をしてしまったり、病気になってしまったりした時には見舞金が出され、適切な医療を受けられる。

 また、屋敷内で看病してもらうことも可能だ。

 有給制度もあり、年末などにはきちんと実家に帰ることもできる上、長期の休みには外泊や旅行が許されている。

 結婚や育児による退職後、再び戻ってくることも可能で、男性も育休取得も許されている。

 そのあまりのホワイトぶりに、アカネは一瞬、嫉妬することも忘れて目を丸くした。

 求人でそのような事柄が書かれていたら、逆に怪しい、裏があるに違いないと疑ってしまうレベルだ。

 アオイは、初めは新人として先輩に教わりながら懸命に仕事に励み、成果を上げるようになると、主人の娘であるマナの専属のお世話係へと昇進した。

 屋敷の主人らが獣人であるため、使用人にも獣人が多いのだが、人間に対しても分けへだてなく接してくれ、どこの馬の骨とも知れなかったアオイを仲間として受け入れた。

 加えて、アオイが転生者だと分かっても、誰も態度を変えることは無かったのだ。

「とにかく、ここは素晴すばらしい職場なのです。使用人たちは皆、屋敷のためにと懸命に働き、旦那さま達はそれを私たちに還元してくださります。おまけに」

 アオイの言葉に段々と熱がこもり、それが最高潮へと達した時、トントンとドアが優しくノックされた。

 部屋に入ってきたのは、薄桃色のモフモフとした毛並みに愛らしい黒の瞳、そしてフカフカとした大きな四枚の耳が特徴的な獣人の少女だ。

 フリルがふんだんに使われたクリーム色のドレスを身に着けており、モフモフとした首元には緩く白いリボンが巻かれている。

 獣人なので細かい年齢は分かりにくいが、その態度や動きから察するに、おそらく十歳前後だろう。

「あら、お嬢様。どうなさったのですか?」

 ふわりとアオイが微笑むと、初めは不安げに肉球を擦り合わせていた少女が、

「アオイのお友達がいらっしゃったって聞いたから、ご挨拶に来たのよ。たかが専属メイド如きにここまでしてあげるんだから、感謝してよね」

 と、鋭い牙の揃う口元を生意気に吊り上げ、フンとそっぽを向いた。

 そして、アカネたちの方を見ると美しい所作でドレスの裾を持ち上げ、

「皆様ごきげんよう。私はラーティス家の長女、マナ・ラーティスと申します。皆様のご噂はかねがね伺っております。なんでも、世直しの旅をなさっているとか。聖女様にユリステム様の使者様、騎士様と、アオイはご友人に恵まれておりますね。アオイの友は私の友。どうぞ、ごゆっくりとおくつろぎください」

 と、丁寧にお辞儀をした。

 声は凛としており、子供とは思えないほどの堂々とした風格が漂っている。

 ラーティス家ほど大きな商家になると、莫大ばくだいな財を築き上げ、その暮らしは貴族のものと引けを取らぬほどになる。

 それに加え、ラーティス家は主に衣服や装飾品を商品として扱っており、貴族と接する機会も多いため、その子女はもちろんのこと、使用人にまで質の高いマナーや振る舞いが求められるのだ。

 ミドリやレイドはかしこまった態度に慣れているため、特におくすることなく挨拶を返すのだが、庶民なアカネには荷が重いらしく、腕を組んだまま「おう」と頷いてしまった。

「お嬢様、とても素敵なご挨拶でございます。このアオイ、お嬢様の成長を大変うれしく感じておりますよ」

 アオイがふわりと極上の笑みを浮かべると、マナは「メイドの分際で生意気だわ」とそっぽを向くのだが、彼女のモフモフの尻尾は振り切れんばかりに揺れ、柔らかい口の端が少し上がっている。

 アオイは三人に向けてツヤツヤのドヤ顔を放った。

「貴方たちに、この素晴らしさが分かりますか? わたくしは、この世界に来てケモの血に目覚めたのです。我が命は、ケモ、特に尊いケモな子供たちのためにあるのですよ。朝、髪を整える時にモフリモフリと触れるお耳の、なんと尊い事か。もう、荒れ狂って校則違反を繰り返し、バチバチにピアスを開け、叱られるたびに、窓ガラスを割るか悩んでいたわたくしはおりません」

 要するに、すっかり愛らしい獣人の子供のとりこになってしまい、彼女を世話するのに相応しい態度を身に着けようとした結果、今の淑女風なアオイが出来上がったようだ。

 モフモフな子供に懐かれているくらいではアカネも妬まないので、特に天誅する気は無かったが、一つだけ、どうしてもツッコミたいことがあった。

「いやいや、アオイ、突然ケモナーになった! みたいな言い方してるけどさ、昔からそうだよね。証拠に、生前の持ち物を取り出してもいいんだけれど」

 普段は本など全く読まず、ボーッと二人の会話を聞いているだけのアオイだが、持ち寄った小説類の中に獣人が出てくると、そのキャラクターの老若男女を問わずに飛びつき、熱心に読みふけっていた。

 自ら獣人について熱く語るわけではなかったが、その様子を見たアカネは、アオイはケモナーなんだな、と確信していた。

 ニヤリと悪い笑みを浮かべ、R18マークの付いた冊子をチラチラとリュックサックから覗かせる。

 そして、表紙の扇情的な姿をした獣人男性が姿を現す、そのギリギリを攻めた。

 表情といい、雰囲気といい、まず子供に見せられるようなものではない。

 隠していたはずの趣味がバレていたことを含めてアオイは酷く慌てたが、普段から感情的に動かぬよう気を付けて生活している成果が出たのか、ミドリのようにボロは出さず、冷静にアカネに歩み寄った。

 そしてアカネの手ごと同人誌を中に押し込む。

「お待ちなさい! ここには健全なお子様がいらっしゃるのですよ。悪影響を与えるような物を出したら殺……お仕置きですよ」

 アカネを萎縮させ、黙らせようと至近距離で力強く睨みつけるのだが、アオイを怒らせるのはいつものことだったので、彼女はむしろ懐かしさを感じてしみじみとした。

「やっぱり、そういうの持ってるのね。絶対そうだと思ってたのよ。ねえ、今度貸して」

「アオイ殿もケモナーとは、驚いたでござる。しかし、今思えばその片鱗へんりんはあったでござるな。話してくだされば、一昼夜いっちゅうや、語り明かしたんでござるが」

 ふてぶてしく笑うアカネの隣で、ミドリがキョトンと首を捻っている。

 ミドリは二次元に関しては羞恥心を捨てきったオープンなオタクなので、なぜ仲間たちに性癖をさらすことが出来なかったのか、不思議でならないようだ。

「ミドリもケモナーなの?」

「拙者、雑食系なので、よほどでない限りなんでも平気でござる。でも、可哀そうなのと痛いのは無理でござるからなあ。リョナ等は駄目でござるよ」

 そうやって二人でオタク談義を始めると、ずっと場の雰囲気から置いて行かれていたレイドは小首をかしげ、マナは「ケモ? ケモナー? 『コチラ』の尊いお言葉かしら?」と、ブツブツと呟いている。

「ああ、もう、教育に悪影響なお二人でございますね。いい加減に黙らないと、とっちめ、じゃなくて、お仕置きですよ!!」

 収拾のつかなくなった客間で、アオイの悲痛な叫びがこだました。

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