死にかけの当主様と土下座

「一応言っておくけど、あたしは重度のケモナーだが、ショタコン、ロリコンではないからな! 理想のタイプは、性格が大人しめの、体がドスケベなモフモコエロ獣人の成人男性だし! お嬢様たちにはいやししか求めてない! 変な目的でお世話とかはしていないから、そこだけはわきまえとけよ、オタクども!!」

 これ以上、大切なお嬢様を毒されることのないようマナを部屋から出すと、アオイは開口一番、不機嫌に両腕を組みながら、そう言い放った。

 ちなみに、アオイがアカネたちの男性談議に混ざらず、男に興味がないとでも言いたげな顔をしていたのは、本気で獣人にしか興味がないからだ。

 「アチラ」には、アカネ達と同じ人間の体に獣の耳や尻尾が生えているタイプと、全身がモフモフな毛におおわれている、獣に見た目が近いタイプの獣人がいるのだが、アオイの好みは圧倒的に後者であり、前者にはまるで興味がない。

 そして、ありがたいことに、屋敷に住む獣人たちはほとんどが後者だった。

 アオイは、この世界に来て初めて本物の獣人を目にし、喜びすぎて泣きながら立ち尽くした。

「アオイ殿が悪い変態じゃなくて安心したでござる」

「まあ、アンタは昔から、まともな意味での子供好きだったからね」

 高校の頃、アオイの将来の夢は保育士、又は幼稚園の先生だった。

 気性が荒く、行動がガサツなアオイには無理だと進路指導の教師や担任には反対されていたが、メイドとして働いていた時のように、アオイは、子どもたちのために非常に優しい雰囲気と表情を作ることが出来る。

 また、いつものガサツな態度であっても、子供に配慮して、細やかに世話をすることが可能だった。

 そして、アオイの凄いところは、それによってストレスを溜めすぎないことだ。

 子供を相手にするのだから多少は疲れるだろうが、イライラして当たり散らしたりということが全くなく、むしろ、子供と一緒に遊ぶうちにストレスも浄化されているようだった。

 本人はあっけらかんとして、

「だって、子供ってかわいいじゃん」

 と言うのだが、子供が不得意なアカネには全く気持ちが分からなかった。

 それに、実際に保育所などで働いている人間にだって簡単に出来ることではないだろう。

 アカネは、アオイのそういった性格を密かに尊敬していた。

「しっかし、ミドリが聖女ねえ。それで、そんな可愛い格好してたのか。でもお前、まともな格好さえすればモテるからなー。ボケーっとしてて、他人につけ込まれやすいし。そこのレイドとかって兄ちゃんに、ちゃんと守ってもらえよ。彼氏なんだろ?」

 すっかり、いつもの調子でおしゃべりに興じていたアオイが、バチンとウィンクしてレイドを指差すと、ミドリは真っ赤になって狼狽えた。

「うえっ!? ち、違うでござる。モブ眼鏡に彼氏は無理でござるよ。取り巻きにも捨てられたでござるし。いや、彼らの中にも、恋人みたいな人はいなかったんでござるが……」

 ミドリがハァと落ち込むと、ここぞとばかりにレイドが慰めの言葉をかけ始めた。

 少し雰囲気が和んで、話したいことも浮かばなくなってきた頃、不意にアオイが真剣な表情になった。

「なあ、これからあたしは、真面目な話をする。古い付き合いのアカネとミドリ、そして、ミドリの彼氏である兄ちゃんだからこそする話だ。他言無用にしてくれよ」

 そう前置きして語ったのは、屋敷の事情についてだ。

 問題が起こったのは、今から約半年前になる。

 屋敷の主人であるマナの父親が、突然病に倒れ、亡くなってしまった。

 幸いにして屋敷の使用人には有能なものが多く、かつ、マナの兄であり、跡取りでもあるケイが新たな主人としての手腕を発揮したため、業務が大きくとどこおることは無かった。

 だが、主人と使用人たちは互いを家族のように思い、大切にしていたため、屋敷の雰囲気はどんよりと重くなってしまった。

 特に、まだ幼いマナは悲嘆にくれ、彼女の精神的なケアを行うことがアオイの急務となった。

 必死にブラッシングをし、時に距離を置き、時に構いながら、ようやくマナの精神が回復してきた頃、今度はケイが病に倒れた。

 発症した日に高熱を出し、それ以降、日に日に衰弱すいじゃくしている。

 まだ息はあるが、いつ亡くなってもおかしくない状況だ。

 医者には原因不明の病と診断されたが、アオイたちは第三者による「のろい」の影響ではないかと考えていた。

 呪いと言われると一気に胡散うさん臭くなるが、当然のように魔法が存在するこの世界では、一定の手順を踏み、条件を満たすことで対象者にダメージを与えたり、反対に身体能力の向上のような、良い効果を与えたりする「呪い」も普通に存在している。

 そして呪いをかけた者も、おおかた予想は着いていた。

 ケイとマナの叔父である、ディルだ。

 何しろ、ケイはディルが誕生日プレゼントとして贈ってきた果物を口にした途端、病を発症したのだ。

 また、ディルには一切の知らせを送っていないのにもかかわらず、その日の夜に示し合わせたかのように屋敷を訪れ、わざとらしくケイの病に驚くと、彼が亡くなってしまう前提で話を進め出した。

 その日以降、まだ当主としては幼いマナの補佐役と言い張って屋敷に寄生し、主人かのごとく好き勝手に振舞っている。

 加えて最近は、度々ケイの病床に訪れて怪しい契約書を差し出し、自分を次期当主に据えるよう、書類にサインしろと迫っていた。

 どう考えてもディルが果物を媒介ばいかいにケイを呪い、家を乗っ取ろうとしているようにしか思えない。

 だが、証拠品は既に消化してしまっているし、いくら調べても、他に証拠らしい証拠も見つからない。

 どんなに怪しくとも物的証拠が一切なく、おまけに、ケイの看病やディルの横暴を食い止めるのに必死になっている現状では、まともな打開策の一つも思い浮かばなかった。

 一見すると穏やかに見えるラーティス家だが、その実、内部では悲鳴を上げていたのだ。

 あまりに身勝手でいやしい振る舞いを見て、前当主も、病死ではなくディルによって殺害されたのではないかとうわさする使用人もいる。

 しかし、前当主は本当に病死したのであり、その死に他者の手は介入していない、というのが、アオイを含めた上級使用人たちの見解だった。

 彼はもともと病気がちで、幼い頃から何度も高熱を出し、その度に死のふち彷徨さまよっていたからだ。

 それに、ディルは良くも悪くも小物だ。

 前当主が生きていた頃は、彼に知識や人望で勝てる見込みが一切なく、大人しく分家を取りまとめ、雑用をしていた。

 しかし、偶然にも前当主が亡くなり、家が混乱状態におちいっているのを見ると、まだ十七歳の子供であるケイには勝てると判断し、彼の殺害と家の乗っ取りを企んだのだろう。

 アオイたちは、このように予想を立てていた。

 また、あまり頭のよくない人物なので、他の商家や暴力団などにそそのかされ、いいように使われている可能性もある。

 だが、動機や方法が何であったとしても、ディルがケイを死のふちに追いやっていることには間違いがない。

 アオイは偉そうにふんぞり返り、使用人たちにあらゆるハラスメントをしてくるディルが、反吐へどが出るほどに嫌いであるし、彼のような男が当主となれば、ラーティス家の未来が悪い方向へと転がることは目に見えている。

 他にも、明るさを取り戻しつつあった屋敷の雰囲気が再びどんよりし、獣人たちの毛がストレスでパサつき始めたことなど、不満や不安には枚挙まいきょにいとまがないが、やはり、最も気になるのはケイ自身の命とマナのことである。

 ケイが亡くなれば、再びマナは深い悲しみと苦しみに襲われることだろう。

 アオイにとっても、二度目の親しい人物の死だ。

 苦しくない訳が無い。

 それに、ディルは性格の腐った屑であるから、正式に当主となった後、マナがどんな目に遭わされるか分からない。

 屋敷での待遇が悪くなることは簡単に予想できるし、最悪の場合、利益のために気味の悪い変態のもとへととつがされるかもしれない。

「なあ、頼むよ、ミドリ。ミドリは聖女なんだろ。それなら、ケイ様だって治るはずなんだ。嫌なんだよ。これ以上、お嬢様や屋敷の皆が苦しむなんて。本当は自分たちでどうにかするべきだと思う。でもさ、あたしは頭がよくないし、貰った能力もこういうことには使えないんだ。なあ、ミドリ。何でもするから、頼むから、ケイ様を助けてやってくれ」

 力強いアオイの眼差しは、救いを求めてはいるが決してびてはいない。

 真直ぐにミドリを見つめ、そっと床に膝をつけると、ピシリと土下座をした。

 酷く真剣な雰囲気が漂い、唾を飲み込むことすらはばかられる重々しい雰囲気の中、ミドリがそっと口を開いた。

「顔を上げるでござるよ。土下座なんて、友達にすることじゃないでござる。それに、そんなに頼み込まれずとも、ケイ殿のことは拙者が直してみせるでござるよ。なんたって、メリクラスム国の聖女でござるからな」

 肩を優しく叩いて前を向かせ、グッと親指を立てると、アオイはホッと胸を撫で下ろした。

「そっか、助かったよ。ごめんな、ミドリ。折角、ゆるい旅をしてたのに。あんまり目立ちたくないんだろ?」

 バツが悪そうに頭を掻くアオイを見て、ミドリはキョトンとした表情になった。

「へ? いや、拙者たちの旅の名目は世直し旅でござるし、アカネ殿の布教もあるから、派手にいくでござるよ。そもそも、拙者、聖女の魔法は常に大安売りしてござるし」

 魔法を湯水のように使い、次々にチートを用いて問題を解決していくことに、当然疑問の声もあるだろう。

 奇跡の行使による解決は根本的な問題を残す、だとか、第三者が一方的に救いの手を差し伸べるのは傲慢ごうまんだ、といった意見もある。

 しかし、聖女として行動してきたミドリは魔法を躊躇ちゅうちょなく使い、出来る限り人々を救ってきた。

 力を持っているから行使すべきというよりは、単純に、苦しみ、死にかける人々を見捨てられなかったのだ。

 後に生じる問題は、後から考えればいい。

 根本的な解決は、一時しのぎの後に何とかすればいい。

 ミドリからすれば、

「彼らの問題は彼らが解決すべきです。我々は神ではないのですから、完璧な救済は望めません。そうである以上、出来ることはありませんよ」

 と、謙遜けんそんするふりをして自分の価値を高く見積もり、人々から一線を引いて、苦しみを見捨てる方が、よっぽど傲慢ごうまんに思えた。

 全く考えなしに正義感を振りかざし、自己満足にひたるのは確かに愚かなことだろう。

 だが、戸惑って行動することを止め、誰かの明日を永久に失うことほど愚かなこともない。

 奇跡を高く売りたい国側には叱られることもあったし、かなりキツイ苦言をていされたこともあったが、それでもミドリはその考えを曲げず、聖女として君臨し続けた。

「もしかして、あたし、土下座損?」

 アオイが赤く染まった頬をポリポリと掻くと、ミドリは大きく頷いた。

「うむ。そして、シリアス損でござる。さらに、何でもするはキャンセル不可なので、三つほど損が重なってござるな」

「ああー!」

 ドヤ顔のミドリを前に、アオイは膝から崩れ落ちた。

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