いざ、屑の屋敷へ
レイドとミドリには、既に昨日の内に話を通してあり、ベーテルラッド家の屋敷の外で待つように指示してある。
ちなみに、前もってアカネに襲撃作戦を伝えなかったのは、彼女の小さな肝をいたずらに震わせ、楽しい観光の時間を胃痛と頭痛で苦しませないようにすることと、冷静に思考する時間を与え、やっぱ無理だって! と、ごねさせないためだ。
今回の襲撃は、ミドリが怪我を負った子供たちの回復、及び保護役、レイドが子供たちの保護に加え、地元の騎士、及び行政や国との橋渡し役、アオイが攻撃役、とそれぞれに重要な役割を
逃げられると一番不味い。
アカネとて、襲撃を止めるとまでは言いださないだろうが、少し開始時間が遅れてしまうかもしれない。
まどろっこしいのが嫌だったので、アオイは直前まで黙っていた。
アカネたちが集合場所に着く頃にはすっかり日が暮れて、辺りは薄暗くなっており、吹きつける風が妙に冷たい。
ミドリとレイドは少し早めに集合して、屋台で購入したスープを飲みながら二人を待っていた。
「遅いでござるよ。この寒空の下で待つのは、たとえ一分であろうと、キツイものがあるでござる。スープが冷たくなってきたでござるよ。アカネ殿がごねたのでござるか?」
ミドリが頬を膨らませて文句を言い、両手で持っていたスープを一気飲みすると、レイドが空になったカップを回収して屋台に返した。
レイドは気遣いができる男性だが、同時に世話好きなのかもしれない。
お礼を言うミドリに柔らかく微笑み返している。
「別にごねてないわよ。アオイに色々説明してもらったから、ちょっと遅くなっちゃったかもだけど。ていうか、そんなにモコモコな格好しておいて、寒いも何も無いでしょうが。むしろ、私がそのポンチョを貸してほしいくらいだわ」
屋敷を出る時、ミドリは国から支給された服を着ていたのだが、デート中に新しい服を購入したようで、薄手のセーターの上にモコモコのポンチョを身に着け、ベージュの長ズボンを履いていた。
おまけに、レイドに貸してもらった灰色のマフラーでしっかりと首を防護しており、非常に温かそうな格好をしている。
「これでござるか? いいでござろう。レイド殿が選んでくれたでござる。そのついでに、アカネ殿のお洋服も買ったでござるよ」
ポンチョの
彼女たちもかなり充実したひと時を過ごせたらしい。
特に、ミドリが満足げな笑みを浮かべている。
「ミドリには、モサモサとした、巣ごもり前の小動物のような格好が良く似合いますから。はい、アカネ様。こちらが頼まれていた品です。出来るだけシンプルな物を選びましたよ」
レイドが渡してきた紙袋の中には、上等でも粗悪でもない、普通の品質の長袖パーカーとセーター、それにジーンズなどが入っていた。
どんな店にも売っており、安いチェーン店では、商品の入れ替え時に千円か二千円ほどで投げ売りされていそうなそれらは、まさしくアカネの望んだ
アカネは、
「ナイス無難! これで私も立派な庶民に戻れるわ」
と親指を立てた。
ついでに、レイドが持っていた他の買い物袋も回収して、リュックサックにしまう。
「ほら、そろそろ雑談も終わりにして、いい加減、
流石のアオイも、昨日の今日で思い付いたような作戦に騎士団を巻き込もうとは思っていなかったのだが、これまで一緒に調査をしてきた経緯があるので、一応、襲撃をすることだけは昨夜の内に伝えておいた。
すると、彼らは騎士団の中で密かに有志を募り、襲撃に参加するメンバーを集めていたようだ。
ベーテルラッド家の屋敷に向かう道中、すれ違った騎士にその
また、屋敷の
その店に、騎士団の待機場所、及び子供たちの一次的な避難場所として協力するよう要請したところ、快く引き受けてもらうことが出来た。
騎士団は、アカネたちの襲撃開始とともに正面から屋敷に入り込み、逃げ出そうとする容疑者を捕えたり、証拠を確保したりする役目を
三人は力のこもるアオイの言葉に頷いて、移動を開始した。
屋敷はグルッと背の高いレンガの
しかし、襲撃だと言っているのに、正面から「こんにちは~殴りに来ました~」と入って行く猛者はそうそういないだろう。
そこで、四人はこっそりと屋敷の裏側へ回った。
「この先に屑屋敷があるわけだが、敷地内に入ってすぐ下の地面に、あからさまな鉄の扉がある。その下には屋敷と繋がる地下室があって、子供たちは朝と夜、そこに閉じ込められている。そして、仕事の時だけ、屋敷内に連れ出されるんだ」
コンコンと塀を叩くアオイの説明を聞きながら、アカネは、
『どうやって中に入るんだろう? アオイが一人ずつ抱えて、塀を飛び越えるのかな?』
と、
だが、次の瞬間、その期待は裏切られることになる。
「よっしゃ、やるぞ!!」
元気なかけ声とともにアオイは身体強化の魔法を使い、全身に青い魔力を
拳がめり込んだ箇所から
夜に襲撃を行うのには、極力人目を避けることや、地下室に集められた子供たちをまとめて救うこと、その他に屋敷の住人の油断を狙うことなど、いくつか目的がある。
そのうちの何個かが、塀とともに崩壊してしまった。
だが、アオイは平然として拳についた
「やっぱ身体強化だけじゃ微妙だな。メリステム様も、武器を付けると威力が上がるって言ってたし。アカネ、あたしのコレクションの中で、一番カッコいいのを出してくれ」
と、アカネに向けて手を差し出し、武器を要求してきた。
「何やってるでござるか! 何やってるでござるか!!」
あまりの出来事に呆然としていたミドリが、ハッと正気を取り戻してペシペシとアオイの腕を叩く。
いつもは冷静沈着なレイドも、驚いて瞬きを繰り返している。
「ミドリ、うるさい。敵に気づかれる。ほら、アカネも、早くメリケンサックを出してくれってば! とっとといかないと、面倒なことになる」
アオイはいけしゃあしゃあとした態度でミドリに注意をすると、再度アカネに手を差し出した。
妙にテンションが高く、頬は真っ赤に染まり切って、瞳がキラキラと輝いている。
アカネは早々に彼女を止めることを諦め、リュックサックから出した、凶悪な棘の並ぶメリケンサックを渡した。
「っし! やっぱ、こういう時に武器があると締まるな。実戦は初めてだが、よろしくな、相棒。一緒に屑を倒そうな」
アオイはメリケンサックに軽くキスをすると、今度は鉄の扉を殴って砕いた。
そして、非常に軽い足取りで地下室への階段を駆け下りて行く。
「ああ! もう! 台無しでござるよ!!」
飛び散る
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