真相

 本屋が一番、時間を使ったのではないだろうか。

 外へ出る頃には夕方になっていた。

「いや~買ったな。アカネのリュックがあって良かったわ。じゃなきゃ今頃、重い荷物を持って歩くところだったからな」

「そ、そうね」

 長年購入を我慢していたアオイは、とうとう手に入った品物の数々に満足げな笑みを浮かべた。

 これに対し、アオイと同程度に品物を購入したアカネは、まだ少し頬を赤く染めたままで、大切そうにリュックサックを抱き締めている。

「お? 何、照れてんだよ。あ、さては早速、買ったのが気になってんな? 三次元エロ本は初めてだもんな。いつもは、あんなに二次元ではしゃいでるくせに、随分ずいぶんと大人しくなちゃって」

 ひじでツンツンと二の腕をつつき、揶揄からかってくるアオイを、うるさい! と睨んで、アカネはリュックサックを背負った。

 そして、ちょっと赤い顔のまま、ソワソワと帰宅への一歩を踏み出したのだが、その肩をアオイがつかんで止めた。

「さて、アカネ、ふざけるのはこれくらいにして、ここから、ちょっと真面目な話だ。今から、ベーテルラッド家に襲撃に行くぞ」

 まるで、最初から予定に入っていたかのような口ぶりだが、初耳である。

 寝耳に水どころの話ではない。

 アカネは驚いて目を丸くし、

「は!? 襲撃!? 何それ。ふざけてるのはそっちでしょ!」

 と、アオイの顔をガン見した。

 だが、彼女はニヤニヤとした笑いを引っ込め、非常に真面目な表情で頷いている。

「アカネ、お前、昨夜お嬢様がおっしゃったことを覚えてるか? 子供の連続失踪事件の話だ」

 昨夜の記憶はもちろんあるが、同じようなうわさを雑貨屋でも聞いたのだから、内容は当然に理解している。

 アカネがコクリと頷くと、アオイが事件の詳細を話し始めた。

 事件が起こり始めたのは、ベーテルラッド家が新事業を始めた四か月前だ。

 以前から使用人への待遇が悪く、横柄おうへいな者ばかりのベーテルラッド家では、家が貧困であり、他の就職先も無いために働き続けねばならないといった事情のある者以外は、基本的に屋敷に居つかず、すぐに他へと転職していた。

 ラーティス家にもベーテルラッド家出身の使用人がいるが、体罰や罵詈雑言ばりぞうごんによる人格否定、給料の天引きなどは当たり前で、最悪の職場だったと語っていた。

 この国でもそのような待遇は違法であるため、何度も騎士や行政の職員が訪問を行っているのだが、より上層部の騎士や行政役員と癒着ゆちゃくし、かつ金で悪徳弁護士を雇っているために、ベーテルラッド家を裁くのはかなり難しいのだという。

 まともな騎士や職員は、そこで働く使用人を思い、悔しがっていた。

 そのようなベーテルラッド家だが、新事業を始め、今まで以上に人手が足りなくなった。

 そこで求人を募集したのだが、悪い噂が出回っているため、当然のごとく新卒はやってこず、仮にきてもすぐに辞めてしまう。

 だが、新事業にはかなりの額を投資しており、引き返せない段階まで来てしまっているため、いまさら方針を変え、事業を止めることはできない。

 おまけに、残った従業員を酷使こくししていたら、体調を崩す者や、捨て身の覚悟で反旗をひるがえす者が現れ始め、屋敷内の状況は悪化した。

 焦ったベーテルラッド家は貧困の家庭から子供を買い、彼らに使用人としての仕事をになわせ、それによって余裕ができた元からの使用人に新事業をになわせることとした。

 このようにして、崩壊しかけの運営状況を無理やり改善させようとしたのだ。

 だが、人買いは違法であり、一気に購入しては足がつきやすくなる。

 一週間に一人か二人、人数に少し余裕が出て来てからは、購入頻度を抑えて人身売買を続けた。

 これが、町の噂の真相である。

「ん? でも、あれ? 失踪事件ってことで、騎士が動いているのよね? それなのに人身売買なの? 誘拐じゃなくて?」

 騎士が動くということは、子供を失った誰かが被害届を出したということになるのだろう。

 しかし、人身売買ならば、購入した側はもちろん、売った側だって罰せられる。

 そうである以上、多少、手続きに違法な点があろうと、刑を恐れ、売った側も口をつぐむのではないだろうか。

 実際、事件の発覚が遅れたのは、売り手が口を噤んでいたことが大きく関係している。

 だが、アオイは困ったようにポリポリと頬を掻いた。

「そこが、ちょっと複雑なんだ。親が売った場合もあれば、子供が売れるってことに目を付けたくずが、子供を誘拐して売ったりもしてるから。それにさ、子供を捨てたいって親は、そんなにはいないんだ。売ったのは最低だと思うよ。でも、それはそれとして、どうしても売ってしまった子共に未練が残って、出来れば帰ってきて欲しくて、行き場の無い気持ちが『失踪事件の噂』を作り出したんだ」

 町の噂は、正確には二種類ある。

 一つは、子どもが犯罪者に誘拐されてしまったという現実に基づくもので、もう一つは、「お化け」に連れ去られてしまったという都市伝説めいたものだ。

 前者の噂の出所は、被害者の家族や友人らであり、後者の方の出所は、子を売ってしまった保護者らだ。

 消えた子供の存在を他者から指摘された時に誤魔化ごまかすため、そう語っているのか、あるいは、アオイの言うように、手元から消えてしまった子供を惜しみ、そう語って心を誤魔化ごまかしているのか、真相はきっと、当事者にしかわからない。

 ともかく、人身売買は明らかに違法であるため、まっとうな弁護士が間に入り、国が力を挙げて調査をすれば、ベーテルラッド家を裁き、かつ、売られた子供を保護することが出来る。

 同時に調査を進めれば、子供を誘拐し、売り飛ばした卑劣な犯罪者だってあぶり出せるだろう。

 売ってしまった保護者についても、細かい調査を進め、詐欺の末による売買であったとか、脅迫されていたなどの特別な事情が認められれば、そこまで重い罰は受けない。

 実際、アオイたちの調査によると、保護者らが字を読めないことをいいことに、「奉公契約」として契約書にサインさせ、後から「売買契約」だったと発覚したケースも少なくないらしい。

 そういった奪われ方をしたのであれば、しかるべき手順を踏んで、子どもを取り戻すことも全くの夢ではないのだ。

 しかし、動くべき上層部がベーテルラッド家と繋がり、騎士や行政職員も約半分はやる気の無い者ばかりという現状では、どうしようもない。

 それに、まともな調査が意味をなさないからと、正義感を燃やしてベーテルラッド家に単身で乗り込んでも、不法侵入や強盗などで捕まるだけだ。

 子供たちを奪い返したとて、それがまともな方法によらない限り、ベーテルラッド家に強制送還されててしまうだろうし、ヘタなことをすれば警戒され、逮捕に繋がる証拠だって消されてしまうだろう。

 実際、騎士たちと合同で調査を進め、事件の全容を知ったアオイですら、解決がままならないのだ。

 ずっと歯痒はがゆい思いをしていたのだが、国の命で世直しの旅をしているアカネたちを見て、アオイはベーテルラッド家襲撃作戦を思いついた。

 内容はいたってシンプルだ。

 まず、不憫ふびんな子供たちを助け出すために屋敷へ侵入し、それから、当主を始めとした屋敷内の卑劣な犯罪者をボコボコにする、というものだ。

「いや、綿密な調査とか、手が出せない云々はどうなったのよ。捕まるわよ?」

 アカネとて、ここまで事情を聞いてしまえば、嫌でも子供たちのことが気になってしまう。

 できれば助けてあげたいとも思うが、急に脳筋過ぎやしないか? と呆れ笑いを浮かべた。

 だが、アオイが言うには、「世直しの旅」をしている聖女たちによるものであり、かつ、そのメンバーに「ユリステムの使者」であるアカネがいることで、襲撃は正当性を帯びるらしい。

 転生者を一般市民としてみた時、彼、彼女らは確かに周囲からちやほやされるが、それだけだ。

 ユリステムとメリステムの加護を持つが、彼女らの使者としては受け止められない。

 しかし、ユリステムの使者として異世界に送り込まれ、そのことを国からも認められているアカネは、宗教的に重要な意味を持ち、その行動の価値や意味も、通常の転生者とは全く異なるようになる。

 アカネが、

「ユリステム様に代わり、使者として天誅を下した。ベーテルラッド家の当主らには、裁かれるべき点がある。よく調べよ」

 と命ずれば、国は基本的には逆らえず、襲撃も善となる。

 日本ではとても考えられないことだが、ほとんどの人類がメリステムを信仰していて、特にその信仰があついメリクラスム国では当然にまかり通ることなのだ。

 今回のように正しく使う場合は良いが、裏を返せば、簡単に宗教を悪用できるということであり、かなり危なっかしい話だ。

 まあ、アカネは超がつく小心者で、悪い事をするとお腹が痛くなってしまう性格なので、彼女自身が権力を暴走させる心配は少ないが。

 また、国や貴族らに完全に囲みこまれる前に旅を始められたのは、幸運だったのだろう。

 ともかく、アカネたちが行動を起こせば、今すぐ、不当に労働させられ、虐待を受けている子供たちを助け出し、ベーテルラッド家をしっかりと裁くという、一番良い方法で問題を解決できることになる。

 おまけに、ユリステムの布教だってできるのだ。

 一石二鳥どころの話ではない。

「……そんなに上手くいく?」

 話の内容は理解できたのだが、それほど複雑な問題を簡単に解決できることが信じられず、アカネは首を傾げた。

 だが、アオイは不安そうなアカネに堂々と頷いて見せる。

「いくよ。全くお前は、昔から慎重派のチキンだな。それに、ここに賭けなきゃ、当面の間は解決を見込めない。中の状況は、酷いぞ。あたしは、これ以上あの子たちを放置できねえ。頼む! 絶対にうまくいくって誓うから、力を貸してくれ。それに、ほら、今日買った本とか、この間の同人誌も貸してやるから!」

 アカネには賄賂わいろ、という話が出回っているのだろうか。

 両手を合わせて頭を下げるアオイを、アカネはギッと睨んでからため息をついた。

「レイドといい、アオイといい、人のことを物欲、性欲にまみれたモンスターか何かだと思ってない? まあ、でも、そうね。ごねて悪かったわよ。私も、話を聞いちゃったら放置できない。それに小心者だから、このままにしたら、三日おきに子供たちを思い出しそうだし。とにかく、手伝うよ」

 グッと親指を立てて頷くアカネだが、理由が小物こものである。

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