大人の楽園で高尚なるセクシーの書を

 いくら異世界に来たとはいえ、人の趣味は変わらない。

 アカネにとって、観光における一番の目当てはルメインで一番大きな本屋だ。

 二階建ての巨大な建物の中では、本棚が通路を作らんばかりにズラッと並んでおり、そこにギッシリと本が詰め込まれている。

 壁一面が本棚になっている様子は異様であり、妙に威圧的で、本屋というよりも権威ある図書館のようだ。

 だが、商品として並んでいる本には、哲学書や魔導書のようなお堅い本のほかにも、ライトノベルや漫画、それに加えて実用書や雑誌などもある。

 また、建物内にはカフェも併設されており、客は談笑したり、静かに本を読んだりとそれぞれの時間を自由に過ごしているため、意外と親しみやすい雰囲気があった。

 アカネはワクワクと小説のコーナーを物色ぶっしょくし、日本に異世界転生する小説などをもの珍しげに眺めていた。

 タイトルや表紙、あらすじを見たところ、アカネたちの世界における科学技術に強い憧れがあるようだ。

 転生と同時に機械人形となってハイテク世界を闊歩かっぽする物語や、凄腕のハッカーになって裏から世界を牛耳ぎゅうじる物語がある。

「そっか、ここの人たち的には、私たちの世界にロマンを感じるのね。そんなに面白いものじゃないと思うけどな」

 物語としては面白そうなので興味を引かれるものの、日本を始めとしたアカネたちの世界を美化しすぎているふしがある。

 アカネは苦笑いを浮かべて、小説を本棚に返した。

「確かにな。でも、こっちの人も似たようなこと考えてそうじゃね? ていうか、これ、見てみろよ。獣人×人間の宝庫! ここは獣人たちが当然に存在する世界だから、あっちじゃマニアックなジャンルも普通にたくさん置いてあるし、何より、書き方がリアルなんだよな!!」

 「アチラ」では、基本的に異種間でも子をすことができるため、人間と獣人の恋愛というのは普通にあることらしい。

 アオイが積極的に獣人を好むように、獣人にも人間を恋愛対象として強く望む者がおり、彼女的にはかなり夢のある世界なのだと鼻息荒く語っていた。

 ところで、アカネにはずっと気になっているものがある。

 それは、建物の奥の方にあるR18の暖簾のれんと、その先に広がる空間だ。

 日本のレンタルビデオ屋なんかでもよく見かけた、例の暖簾のれん

 一歩でも足を踏み込めば、そこには、とても十八歳未満のお子様には見せられないような過激な大人の世界が広がっている。

 興味はあるが恥ずかしくて暖簾のれんを超えられず、その隙間からチラチラと中をうかがうという思春期の子供のような行動をとっていた、二十二歳、成人女性アカネにとって、そこは永遠の憧れの地だ。

 それが、よりにもよって、異世界のお洒落しゃれな本屋にすらあるというのか。

 ソワソワとするアカネの視線に気が付いたアオイが、グッと親指を立てる。

 そして、

「お、アカネも気が付いたか。そうだ。ここまでの本屋探索は前座に過ぎない。本番はここからだ。行くぞ」

 と、勇ましく暖簾のれんへ向かって歩き出した。

「ちょ! ちょっと、アオイ!」

 あまりにも潔く格好良い後ろ姿に、アカネの矮小わいしょうな心臓が警鐘を鳴らす。

 慌ててアオイの腕をグイグイと引っ張った。

 だが、そんなアカネの様子を見て、アオイは不思議そうに首を傾げている。

「いや、何を狼狽えてるんだよ。あたしもアカネも、とっくに二十歳はたち超えてんだから、こういうとこに入っても誰にも怒られねーよ。というか、その反応、もしかして入ったことねーの? たかがアダルトコーナーに?」

 図星を突かれたアカネは顔を真っ赤にして、

「う、うるさいわねえ! けがれを知らない大人と呼んで頂戴ちょうだい!」

 と、アオイの肩を揺さぶった。

 よほど恥ずかしかったのか、妙な必死感がある。

 そんなアカネの姿を見たアオイは軽く両手を広げ、ふっと小馬鹿にした笑みを浮かべた。

「何言ってんだよ、興味あるだろ。結構面白いぞ。映像系は再生機器を持っていないから買えないけど、雑誌とか豊富だし、女性向けのコーナーもあるし、もちろん獣人特化コーナーもある。見るだけ見てみたら?」

 どうやら、かなりバラエティ豊かなようだ。

 元々アダルトコーナーに憧れていたアカネなので興味は引かれるが、長年チキンとして生きていた蓄積もあるため、あっさりと頷くのも難しい。

「女性用のコーナーもあるの!? 凄い! エッチな男性のやつとかあるかな!? じゃなくて、その、だって、ほら、私にはまだ早いっていうか、購入予定の、ちょっとエッチな小説で十分っていうか……」

 アカネは性的な描写のある小説を抱えて、まごまごとしている。

 なお、タイトルと表紙が少々露骨であり、チキンすぎるアカネにとっては、この小説すらエロ本扱いだが、彼女は貧乏性なので、ちょっとお高めの実用書で挟み込むといったことはしていない。

 アオイはアカネのモジモジとした態度にごうを煮やし、腕を引っ張って暖簾のれんの中に引きずり込み始めた。

「いいから来いって。私はもう何回も入って、その度に屋敷には持ち込めねえなって諦めてんだよ。でも、アカネのリュックサックがあれば、隠し場所にも困んねーしさ。あと、同僚たちになんか言われたら、アカネのせいにしようかと」

 これが、是が非でもアカネを巻き込みたい理由のようだ。

 アカネは当然のごとく憤慨ふんがいし、

「最低じゃない! なら行かないわよ! 全くもう!」

 と、腕を振り払ってそっぽを向いた。

 しかし、

「その代わり、シャイでチキンなアカネちゃんのために、お姉さんが品物を代理購入してやるけど? 行けないんだろ? カウンターのお兄さんの所に」

 というアオイの魅力的な提案により、アカネは憧れの地に足を踏み入れることを決めた。

 いわく、そこは大人の楽園だったそうだ。

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