不穏な噂話
楽しいパーティーも終わりを迎え、アカネたちはそれぞれ、用意された部屋へと案内された。
個別に風呂も用意されたのだが、客人である以上、屋敷の主人と同じような待遇を受ける。
そのため、アカネは生まれて初めて他人に強制的に体を洗われ、風呂上がりのケアをされ、
城に宿泊した時は、世話を断固拒否して一人で風呂に入り、通常よりワンプッシュ多めに洗髪料を使うなどしてささやかなセレブを味わっていたのだが、屋敷の獣人たちには押しの強い者が多く、断りきれなかったのだ。
『ご飯を食べ過ぎたお腹ですみませんね。あっ、私の貧相な体に、そんな高級なオイル的なの、塗らなくてもいいんですよ。あ、肉球マッサージ……気持ちいい。あ、セレブ……』
このような感じで、初めは緊張しきり、脳内で謝りまくりだったアカネだが、最終的にはモフモフエスティシャンに
ちなみに、アオイはマナを風呂に入れる立場なのだが、そのお手入れとマッサージの腕は非常に評判が良い。
同僚などに頼まれて肩や腰を揉んでやることもあるのだが、マッサージ後は皆、肌や毛並みをツヤツヤとさせて、若返ったようだと喜ぶほどだ。
高校時代にアルバイトで動物の美容師を手伝い、ボランティアで、主に犬猫の世話をし続けた成果が出ているのかもしれない。
ツヤツヤになったアカネは、レイドとの恋の進展を聞き、かつ茶化すべく、ミドリの部屋を訪れたのだが、途中からマナとアオイもおしゃべりに混ざり、一気に部屋が騒々しくなった。
予想通り、ミドリはレイドに告白されていて、付き合うことにしたらしい。
穏やかな性格や顔面、体形が好みであるのと、レイドと接している内に、彼が自分を拾って城まで連れて行ってくれた男性だということを思い出したようだ。
今はまだ手探りだが、少しずつ相手のことを知り、自分のことも知ってもらえたら嬉しい、そして、本当に互いを愛し合うカップルになれたらいいな、と微笑んでいた。
それ自体は可愛らしい話なのだが、
「レイド殿は、普段は無表情ぎみでござるが、ふと笑った顔が大変尊く推せるでござる! 加えて、意外と毒舌なんでござるよ。単にイキっているのではなく、おそらく、持っているボキャブラリーが尖ってござる。ドゥフドゥフしていると冷静に刺されるんでござるが、その言葉と、何ら悪い事はしていないのになぜ拙者が落ち込んでいるのか分からない、という顔でキョトンとしているのが心臓に刺さるでござる!! 激推しでござる!!!」
と、鼻息荒くオタクのテンションで彼氏を語るのは
だが、仕方がない。
彼女の魂には、ござるなオタクが染みついているのだ。
興奮して頬が
「あんた、Mだったのね。ちょっと引くわ。というか、そんなんだから刺されるのよ」
「アカネ殿、レイド殿に刺されるのはいいんでござるが、それ以外に刺されると普通に傷つくでござるよ」
苦笑いを浮かべるアカネに、ミドリはしょぼんと落ち込んだ。
「お二人とも、お嬢様に悪影響がありそうな話をするのは、やめていただけませんか?」
普段ならば、豪快な口調でアカネと一緒にミドリを
今のうちはまだいいが、話している内に性癖を深掘りし始め、しょうもない下ネタを飛ばし始めるようになったら目も当てられない。
この辺りについて親友二人に対する信用が無いアオイは、ギッとアカネたちを睨みつけた。
しかし、マナが何でもないように首を振って微笑む。
「大丈夫よ、アオイ。私だってMの言葉の意味くらい知っているわ。痛いのが大好きな人でしょう? 聖女様、いくら魔法で直せるからって、怪我ばっかりしてはいけなくってよ?」
マナが心配そうな眼差しでミドリを見つめた。
もしかしたら彼女の想像では、ミドリは刃物などでサクサクと刺されているのかもしれない。
それはバイオレンス過ぎる。
「お、お嬢様! 微妙に違います!」
アオイが慌てて言葉の意味を正そうとするのだが、その前に、ピンと人差し指を立てたミドリが、
「そうでござるよ。刺されるというのは、言葉で心臓と脳がチクッと刺激を受けるという意味でござる。それに拙者も、痛い事や辛いことが好きなわけじゃないでござる。レイド殿のちょっと尖った感性、かつ傷つける気のさらさらない言葉で、思いもよらぬ方角からサクッと刺され、よく分からないけれど慰めとこう、と頭を撫でられるのがイイんでござるよ。激推し過ぎて泣けるでござる!!」
と、訂正した。
だが、途中までならまだしも、後半の雲行きが怪しい。
「お前は黙ってろ!!」
アオイは貰った能力の一つである身体強化を使うと、常人の目には映らぬほど素早い
「うぐぉ……痛いでござる。ほら、マナ殿。拙者、痛いのは嫌いでござろう? Mも色々でござる。わー! もう黙るから二発目はやめるでござるよ!」
うずくまって涙目になったミドリは少し静かになった。
その後も恋バナを続け、アカネも手刀を食らったり、ひそかに夜逃げしたらしいディルの行き先を議論してみたり、それぞれの世界の話をしてみたりと、楽しく時が過ぎた。
そして皆がしゃべり疲れた頃、コクリとジュースを飲んだマナが、
「そういえば、皆さま、町のこんな話は知ってらっしゃる?」
と前置きし、最近、町で起こっている子供の連続失踪事件の話をし始めた。
最初に事件が起こったのは三、四か月前で、それ以降、一週間から二週間の間に一人か二人、子供が姿を消しているらしい。
年齢は大体、十歳から十五歳くらいの間で性別や種族などにはバラつきがある。
たとえ一人でも子供が消えれば問題になりそうなものだが、事件が世間へ知れ渡り、騎士が調査を開始する頃には既にたくさんの子供たちが消えていた。
初めの頃は身代金目的の誘拐が疑われたていたが、いつまで経っても犯人からの要求がないことや失踪事件が起き続けていること、また、貧困の家庭が出身の子供たちが多いことから、騎士らは別の目的があるとみて、調査を続けている。
しかし、何ら手がかりもなく、子供たちは未だに行方不明のままだ。
「まるで、消えちゃったみたいだ、お化けの仕業に違いないって……わ、私はそんなことは思っていませんが、不気味な話だと思いません? それに、屋敷にはまだ幼い使用人もいますし、ちょっと不安ですわ」
屋敷では、まだ幼い使用人は極力屋敷の外へ出さず、必要な時には二人以上の大人の使用人をつけることで対策している。
また、マナの場合は、専属メイドであるアオイが転生者であり、貰った能力も戦闘に特化していることから、彼女を護衛にして町へ出かけている。
ルメインの町は意外と治安が悪い。
住民間の貧富の差が激しく、騎士や役人の腐敗も進み、一部では平然と賄賂が横行していることなどから、基本的に財力を持っている大人の男性が強い。
貧困などの弱い立場にある者は、犯罪などに巻き込まれても泣き寝入りするしかないこともあるため、決して被害者にならぬよう、必死に自己防衛して生きていくしかないのだ。
怖くない、と言いつつ、マナは股の下からモフモフの狐のような尻尾を通し、ギュッと抱きかかえている。
「べ、別に、全然怖くないけど、でも、アオイが怖いなら、抱っこしてあげるわ」
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