事情説明と子供たちの行く末
ラーティス家の書斎は壁一面が本棚で囲まれており、天井に近くには、ケイたちの父親である先代の肖像画と、その妻の肖像画が並んで飾られている。
妻を溺愛していた先代が、彼女の死を惜しんで書斎に肖像画を飾ったのが始まりなのだが、その先代も亡くなった後、肖像画を外してしまうのが忍びなくて、今の形にしたのだ。
肖像画の手入れはケイが引き継いでおり、どちらも美しいままに保管されている。
どっしりとした高級な輝きを放つ机は、よく手入れされていて持ち主に
きっと、部屋の主であるケイや、歴代の当主の心が反映されているのだろう。
室内には穏やかで厳格な雰囲気が漂っており、ロデルの成金部屋とは大違いだ。
「マナが
ゆったりと椅子に腰かけたケイが、困ったようにため息をつく。
しかし、アオイはにっこりと微笑んで首を振った。
「ふふ、大丈夫ですよ、ケイ様。お嬢様のそういった性格は、大変可愛らしいと思っておりますから。使用人風情が無礼かもしれませんが、わたくしは、お嬢様を妹のように思っているのです」
失礼を重ねることになるので言わないが、アオイが屋敷に来たばかりの頃、ケイも十二歳くらいの子供だったので、実は彼のことも弟のように思っている。
アオイの優しい言葉に、ケイは目を細めた。
「そっか、君は変わり者だね。けれど、ありがとう。それを聞いたら、きっとあの子も喜ぶよ」
マナが待っているのだから、あまりおっとりと談笑している時間は無い。
アオイは簡潔に、けれど押さえるべきところは押さえて、事の
「そっか、ディル叔父さんが。でも、丁度良かったな。ディル叔父さんは十中八九、僕の命を奪おうとしたけれど、証拠が無いせいで扱いあぐねていたし。今回の件で捕まってくれれば、処罰も楽だ。それに、調査をしていく内に、証拠も見つかるかもしれないしね」
ケイは、マナよりもシュッとした口元をニヤつかせ、悪い笑みを浮かべた。
「ケイ様は
アオイの記憶にある限り、ケイもマナも、決してディルに懐いてはいなかった。
だが、形式的とはいえ、毎年欠かさずに誕生日プレゼントを贈り合い、世間話をする程度の仲ではあった。
だからこそ、大きな商家というだけでライバルや市民から一方的に恨みを買い、呪いに人一倍敏感になっているはずのケイが、何の調査も
幼い頃からの知り合いに殺されかける恐怖は、相当に強いもののはずだろう。
しかし、それをあっさりと受け入れ、効率的な処罰に向けて頭を切り替えているところに、底知れない強さを感じ取った。
目を丸くして驚くアオイに、ケイは苦笑いを浮かべる。
「そりゃあ、僕だってショックだったよ。でも、強くならなきゃ、やっていけないからね。あ、それと、子供たちの件については安心してよ。調査が終わるまでは家で面倒を見るし、帰る場所がない子は、そのまま屋敷で雇うから。屋敷で働くことにトラウマがあるなら、他に就職先も用意してあげられるしね」
まだ詳細は分かっておらず、断定はできないが、やはり多くの子供たちは詐欺や恐喝の末にベーテルラッド家へ売られていたようだ。
実質的には奪いとられたに等しく、そのような子供たちは、多少は時間がかかるが、いずれ親の元へと帰れる。
だが、中には数人、不用品をリサイクルショップに捨てるがごとく売られてしまった子供たちもいた。
彼らは、今のところは国からの保護対象だが、事件が片付いた後には行く当てがなく、強い不安を抱えている。
そのような子供たちを、ケイは屋敷で使用人として雇い、面倒を見ると約束してくれた。
事件の調査などが終わるまでは国から援助金が出るし、ある程度子供たちが回復してきたら、屋敷の仕事を手伝わせることもあるだろう。
ベーテルラッド家の事件が大きく世間を騒がせるものだった分、アオイたちへの反響も大きく、ラーティス家も、事件に協力し、「かわいそうな子供たちを優しく受け入れた家」として株を上げる。
企業イメージというものは意外と大切であるし、これらのようなメリットがあることから、ケイの提案は全くの慈善活動というわけではない。
だが、心優しい彼のことだ。
子供たちの悲惨な日々には心を痛めただろうし、利益ばかりに目が
適度に労働させ、遊ばせ、学ばせるという先代の方針を適用し、健やかに彼らを育ててくれることだろう。
一番難しく肝心なところを人任せにしてしまい、申し訳なく思うと同時に、この賢さと優れた人徳を兼ね備えたケイならば、きっと素晴らしい当主になるだろうとアオイは確信していた。
「誠にありがとうございます、ケイ様」
短い言葉にできうる限りの感謝を詰め、深々と頭を下げた。
そして、書斎から退出しようとするアオイに、ケイが一言、声をかける。
「ねえ、アオイ。僕たちは皆、君を家族みたいに大切に思っている。けれど、だからこそ、君の選択をちゃんと受け入れるよ。だから、君にとってより良い方を選んでくれ」
やけに意味深な言葉に、アオイはしっかりと頷いた。
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