搾取の豚を天誅!
予想通り、屋敷内は酷い騒ぎになっていた。
騎士の
ただでさえ体力のないアカネが、身体強化を用いたアオイについていける訳が無い。
そこで、アオイはアカネを背負い、廊下を全力疾走していた。
基本的には、廊下ですれ違ういかにも性格の悪そうな使用人たちを軍馬のように蹴散らして進むのだが、時折、急停止して部屋の中に入り込む。
襲撃のお目当ては主人だが、彼を天誅する前に、アオイがどうしても許すことの出来ない使用人たちにも、天誅を下しているのだ。
「よお、ここであったが百年目だな、屑! お前のことは、特に、ぶん殴りたくて、ぶん殴りたくて、たまらなかったぜ」
アオイはアカネを下ろすと、メリケンサックの
グルグルと牙を
本能がアオイに警鐘を鳴らすのだろう。
ひょろりと痩せた小汚い姿の男性は、顔面を真っ青にしながら壁際へと追い詰められていき、壁に背中をゴリゴリと押し当てて震えた。
「ひっ! だ、誰だ、お前は! 俺が何をしたっていうんだ! 痛っ!」
ニタリと
よく見れば、腕にも包帯を巻いており、何やら怪我をしている様子だ。
男性は恐怖に歪んだ表情で、
その憐れで醜い姿をギロリと睨んで、アオイは
「何をしたか? そんなん、お前の背中が知ってるだろうが! シャルロッテに触れようとした屑が! お前らの主人、ロデルは、人を人とも思わねえ、どうしようもない屑で、正直、生きている価値すら見いだせないゴミだが、一つだけまともなところがあるよなあ。子供への性暴力を嫌う点だよ。そんなに罰を与えられた背中が痛むか? だがまあ、屑に感謝しろよ。アイツがてめえを野放しにして、シャルロッテたちへの
アオイは子どもたちへの虐待を嫌うが、中でも特に嫌悪しているのが性的な暴力だ。
前々から屋敷にひっそりと忍び込んで調査を進めていたアオイは、何があっても基本的には干渉せず、唇を噛み締めて、今すぐにでも助け出したいのを我慢していた。
しかし、子供を襲おうとしたことだけはどうしても許せず、その場で男性に石を数個ぶつけて行動不能にし、凶行を食い止めた。
そして、すぐに屋敷内で数少ない、まともな良心を持っていそうな使用人とコンタクトを取り、男性の性的暴行未遂を密告させた。
これまでの調査が水の泡になりかねない危険な賭けだったが、選んだ使用人が読み通り善良な者だったため、密告は上手くいき、屋敷側にもアオイの存在がバレずに済んだ。
なお、その使用人はそのまま内通者として働き、アオイたちに協力し続けている。
襲撃作戦で騎士たちを屋敷内へ手引きしたのも、その使用人だ。
ベーテルラッド家において、成人した使用人への罰は鞭で背を打つことだ。
罰を受けた男性の背中は裂け、いくつもミミズ腫れができていることだろう。
アオイからすれば、当然の
そして、それでもなお、怒りのおさまらないアオイは、
「まあ、
と、怒鳴りつけると男性をボコボコに殴って痛めつけ、半ケツを出した状態で赤子のように泣きじゃくるという、惨めな姿にさせる。
そして、腕組みをして男性を見下ろし、顎をしゃくってアカネに「例の言葉」を促した。
ようやく出番が来たアカネは、片手を腰に当て、もう片手でビシッと男性を指差す。
ふふん! と不敵な笑みを浮かべ、
「ユリステム様の使者、遠野茜と斉藤葵が、変態の屑を天誅したわ!」
と、宣言した。
何もしていないアカネだが、まるで自分が制裁を加えたかのような立派なドヤ顔だ。
一見すると手柄の横取りや便乗だが、襲撃の正当性をより確かなものにするためにも、定期的にユリステムの名前を出し、宣言をしておいたほうが良いのだ。
「よし、使用人への天誅はここらで終わりだな。次はいよいよ、目当ての屑を狩りに行くぞ!!」
「あったりまえよ!」
その姿はさながら、軍馬で戦場を駆け回る百戦錬磨の戦士だ。
まあ、実際に戦っているのは、馬であるアオイの方だが。
脳に屋敷内の地図が叩き込まれているアオイは、人間どころか、屋敷の壁や壺、像なんかも全て蹴飛ばし、殴り飛ばし、階段を飛び越えるような勢いで駆け上がって、一気にロデルのもとへと向かう。
ドゴッと鈍い音を立てて最後の壁を破壊すると、ひときわ上等な部屋にたどり着いた。
どうやらここは、ロデルの書斎のようだ。
ロデルは、雇ったチンピラと腕の立つ使用人で身を固め、悪事の証拠がたっぷりと入った机と共に身を守っていた。
そして、全員で扉の方を警戒していたのだが、予想外の方向から無理やり現れたアオイたちに驚き、恐怖するのも忘れて二人を凝視した。
「う~わ、いかにも成金臭いわ。金がビカビカ過ぎてお下品だし。お金はかかってそうだけど、私のチキン的ゴージャスレーダーが全く反応しないわ。なんなら、この部屋でポテチ食べれちゃうわよ」
彼らの視線を鼻で
床には赤い
また、天井近くの壁には、美化されたロデルの肖像画や角が金箔で飾られたシカの剥製が並び、そこかしこに金の壺や像が置かれている。
メリクラスム城やマナたちの屋敷に比べ、
赤か金で飾っておけば高級になる! あとは高い物でも買っておけ! という、庶民が必死に考えたセレブ空間に、いっそ親近感すら覚えてしまった。
「そうだよなあ。豚小屋にしては上等だと思うけど。おっ! ディルもいるじゃん。久しぶりだな、屑!」
アカネにつられてノリノリになったアオイが、顔面を真っ青にして内股で剣を構えるディルに、よっ! と片手をあげて挨拶をした。
ディルもマナたちと同じ種類の獣人なのだが、ストレスのせいか、昨日まではフサフサだった毛もやせ細り、全体的に貧相になっている。
つい昨日まではラーティス家の主として君臨していたはずなのだが、たった一日で、随分と落ちぶれたものだ。
「ア、アオイ!? なぜお前がここに!?」
ディルはアオイの姿を目にして、驚きの声を上げるのだが、彼女の方は、
「いや、それはこっちのセリフだけどな。ケイ様がご回復なさった後にコソコソ夜逃げしてさ、どこ行ったんだろーって思ってたけど、よりにもよって、ここの世話になってたのかよ。だっせえな。しかも、何? 使用人になったの? 仮にも貴族風の生活をしてた奴が? うーわ、ほんと、だっせえ。マジで格が下がるから、二度とラーティス家を名乗るなよ」
と、両腕を広げ、緩く頭を振りながらため息をつく。
本来、呪いを扱うには専門的な知識と、材料費などの
ディルでは決して扱いきれぬモノであるため、絶対に協力者がいるはずだ、という話になっていたのだが、この様子を見るに、それがベーテルラッド家なのだろう。
ベーテルラッド家は違法に財を溜め込み、ルメインの町でも有数の商家となっていた。
そのため、ディルを使ってラーティス家を取り込み、邪魔なライバルを排除すると同時に、更なる
随分と欲深い話だ。
だが、ディルとベーテルラッド家が繋がっていたのは、ある意味では幸運だったかもしれない。
天誅を済ませた後は、屋敷中をひっくり返す勢いで調査を進めるのだ。
ケイへの悪事に繋がる証拠も、容易に見つかるだろう。
「ほんと、他人を頼んなきゃなんもできねーとこ、マジで
言葉といい、態度といい、これではどちらが悪役か分からないが、アオイは非常にイキイキとしている。
「だ、黙れ、黙れ、黙れ! この俺を侮辱しやがって! たかが使用人のくせに!」
図星をさされたのか、目を血走らせ、顔面を憤怒で染め上げたディルが、剣を槍のように構え、単身で突っ込んできた。
「テンプレート。言葉もだっせえな」
アオイは鼻で
すると、紙のように軽いディルの身体が吹き飛んで壁に叩きつけられ、ベシャッと床に落ちた。
白目をむき、イヌ科の長い口からダランと舌を垂らす姿は、まるで死体だ。
だが、実際は生きてはいるようで、時折ビクッビクッと体を震わせている。
平然とした様子でメリケンサックを振るアオイを見て、使用人らに一気に緊張が走った。
「お、おい! お前ら! 客人であるディルですら賊に立ち向かったのだ、お前らが行かんでどうする! ほら! 早く行け! 早く!!」
ボタンを弾け飛ばさんばかりに膨れ上がった腹に、地肌の見える薄い頭髪、困窮すれば唾を飛ばして他者を怒鳴りつけるという、しょうもない小悪党の条件を全て兼ね備えたこの男こそ、ベーテルラッド家の当主だ。
猛獣のような覇気を放つアオイに立ち向かいたくは無いが、命令された手前、逆らうわけにもいかない。
「これだけ量が多いと、拳じゃ面倒だな。せっかくだし、メリステム様から頂いた神器、釘バットを見せてやるよ」
メリケンサックを外してポケットに仕舞うと、今度は右手に魔力を集中させた。
青い光はすぐに形を成し、
アオイは、包帯を巻くように細い布でグルグル巻きにされた持ち手をギュッと握り締めると、ホームランでも打つかのような豪快な素振りを見せた。
それだけで前列の使用人やチンピラが吹き飛び、後列を数人巻き込みながら、ディル同様、壁に叩きつけられる。
床に落ちた後の姿もディルそっくりだ。
「うわあぁぁぁっ! この化け物が!!」
「釘バットってなんだよ! モーニングスターじゃねえか!!」
残ったチンピラたちが剣を投げ捨て、一目散に逃げ出そうとするのだが、
「逃がさねえよ、バカ。アカネ、ナイフ」
と、せせら笑うと、アカネから数本のナイフを受け取る。
そして、それを器用に投げ、チンピラたちを壁に
中には、手のひらにナイフが刺さって
その様子を見て、アオイは忌々しげに鼻を鳴らした。
「何泣いてんだよ、馬鹿共が! ろくに食わせてもらってねえ、肉も何もねえあの子達は、殴られると直で骨に当たってた。そんなあの子達の方が、痛かったに決まってんだろ。それを、お前らは、殴ると拳が痛いからって、せせら笑って、怒鳴って、棒で……ああ! クソ!! 思い出すだけでイライラしてきた。ハハ、ほんと、殺しちまいてーわ」
アオイは血が出るほどに頭をかきむしると、血走る瞳で使用人を睨み付け、ドゴッと思い切り床を踏み抜いた。
そして、失禁し、気絶する使用人たちの方へ近くにあった壺を投げつけると、今度はチンピラたちの方へ目を向けた。
「おまえら、子供を
アオイが声をかけると、ずっと彼女の後ろで、テレビドラマでも眺めるかの如く戦闘を鑑賞していたアカネが、ズイッと前に出た。
「ユリステム様の使者、遠野茜と斉藤葵が、小汚いお漏らし小悪党に天誅を下すわ! 牢獄で悔い改めなさい!!」
ビシッと指差せば、すっかり手札が無くなり、パニックになったロデルが、証拠品の書類を抱き締めたまま、自主的に壁際へと追い詰められていく。
「い、嫌だ。止めてくれ。痛いのは嫌だ。なんでもするから」
腰が抜けて座り込んだロデルは、涙と唾液で顔面をぐしゃぐしゃに濡らし、ついでに頬に
ズボンやカーペットには染みができており、見るだけで吐き気をもよおした。
アオイがドカッとロデルの顔面スレスレの位置に蹴りを入れ、壁に亀裂を生じさせる。
「うるっせえよ、小便くせえ豚が。子供たちがそう言って泣き叫んだ時、てめえが何を言ったのか思い出してみろよ。あたしはなぁ、ぬくぬくな温かい環境で健全に育つべきお子様たちが、てめえみたいな豚に搾取されて、ボロ雑巾みたいに扱われてたってのが、どうにも許せねえ。殺してやりてえよなあ」
これまでに溜め込んできた恨みと怒り、そして、ようやく罰を下せるという黒い喜びが、胸中を満たして激しく暴れ出す。
アオイはベロリと唇を舐め、青筋の浮いた頬に満面の笑みを浮かべた。
獣の宿った黒い瞳がしっかりとロデルを
彼の絶叫が、屋敷中に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます