屋敷が眠りについた頃、アカネは……

 屋敷が眠りについた頃、アカネはひっそりと起きて、興味津々にエロ本を読みふけっていた。

 今読んでいるのは買った中でもかなりライトな方であり、もう少し重めの物は、

「これはエッチすぎる。まだ、私のレベルじゃ読めないわ。あと三段くらい駆け上がってからじゃないと……」

 と、判断され、大切にしまい込まれている。

 アカネは満足するまで読みきると、そっと本を閉じ、丁寧にリュックサックにしまった。

 貴重品がたくさん入っているリュックサックは、似たようなエロ本がもう数冊しまい込まれることで、アカネの家宝へと進化を遂げていた。

 アカネは非常に満ち足りた笑みを浮かべ、リュックサックを拝むと、ニマニマと笑んだままベッドに潜り込んだ。

 元々寝つきが良く、慣れた空間ならば容易に眠れるアカネは、すぐに夢の世界に訪れることが出来たのだが、現実から夢へと切り替わる瞬間、誰かに呼ばれたような気がして、ゆっくりと目を開けた。

「お久しぶりですね、アカネちゃん」

 転生前にも訪れた真っ白な空間の中、アカネの目の前には、ニッコリと微笑むユリステムの姿があった。

「わっ! ユリステム様!? あれ? 目と脳が痛くならない。それに、あの、前に会った時と、お姿が変わっていらっしゃいます?」

 反射的に顔を背けたアカネだったが、ユリステムが目を潰すほどのまばゆい輝きを放っていないことに気が付くと、おそるおそる彼女の姿を再確認した。

 ユリステムは以前のように非常に美しい姿をしているのだが、その輪郭はハッキリとしており、腰まである黒いつややかなロングヘアーも、謎の光を放出していない。

 また、黒い瞳はキラキラと輝いて感情が宿っており、透き通るような白い肌にも生気せいきが宿っていた。

 着用しているのはすそを引きずるほど長い、ワンピースのような真っ白いローブだ。

 神々しさが減少した代わりに人間的な美しさが増していて、アカネは無意識に両手を合わせ、「ありがたや~」と拝んでいた。

「ふふ、私も神ですから、そうやって拝まれると懐かしくて、嬉しくなってしまいますね。アカネちゃんが頑張って信仰を集めてくれたおかげで、姿を人に近づけることが出来たのですよ。新機能も使いこなしているようで、安心しました」

 ふんわり微笑むユリステムを見て、アカネは一つ確信したことがある。

 それは、黒髪黒目が至高ということだ。

『黒髪黒目のユリステム様は最高ね。可愛くて綺麗だわ。これが金髪とか銀髪だったら、いくら美しくても、見慣れなくてちょっと引いちゃってただろうし。エロ本見てた時も、ついつい黒髪黒目に食いついちゃったし。多様な髪色と目の色に囲まれたからこそ、黒にいやしを求めちゃうわ。やっぱ、無難ぶなんが最高ね、黒髪黒目が至高よ』

 今のところ一切予定は無いが、彼氏を作るならば黒髪黒目であるし、ハーレムを作る時も出来るだけ黒髪か黒目を集めようと決意した。

 一人でうんうんと頷いているアカネに、ユリステムが笑みを溢す。

「アカネちゃんは面白いですね。そんなに、この姿が気に入ったのですか?」

 嬉しそうに頬を染め、ローブをちょこんと広げて小さくお辞儀をすれば、アカネは、

「そうですね。私、可愛いものとか綺麗なものは好きですよ。ユリステム様はお可愛らしくてお綺麗なので、目の保養になります!」

 と、テンション高く返した後、嫌な予感がして固まった。

「ユリステム様、もしかして、私の心が読めたりします?」

 神の能力といえば、人々の思考を読み、天界から現世の様子を覗き見ることだろう。

 物語でも、主人公たちは心が読まれて恥ずかしい思いをしたり、行動が逐一バレていて、ショックを受けたりするものだ。

 黒髪、黒目云々がバレていても辛いが、つい先ほどまでエロ本を読みふけっていたことがバレるのも辛い。

 恐る恐る問いかければ、ユリステムは首を横に振った。

 好意や嫌悪感のような感情は伝わるが、思考まで読むことはできないそうだ。

 また、自身の管轄する世界である「コチラ」の様子は覗くことが出来るが、姉の管理する「アチラ」の様子を覗くことは難しいらしい。

 しかし、アカネの能力については彼女が直接管理しているので、リュックサックの中に何が入っているのかを確認したり、能力の使用状況を確認したりすることは可能である。

 また、勝手に中身に干渉し、入っている物を取り出すこともできるようだ。

 神と人の感覚は違うので、アカネのエロ本など歯牙しがにもかけないだろうが、それでも、目の前で取り出されて、

「男性の裸体らたいですね。これが、人の子の間で流行っているのですか?」

 などと問われれば、心に深刻なダメージを負ってしまう。

 アカネが、

「リュックの中身を見るのだけは、勘弁してください!」

 と、涙目で頼み込むと、ユリステムは、

「私はプライベートを守る神ですよ」

 と、優しく微笑んだ。

「もっと信仰が集まれば、思考を読んだり、アカネちゃんを通して、世界を眺めたりすることもできるのですが、今はまだ、難しいのです。いつか、それができるようになったら、ほんの少しでいいから外に触れてみたいと、思うのですが」

 アカネを通して、ということは、おそらく、アカネの見たものをユリステムに共有するということになるのだろう。

 ユリステムはうれい顔でため息をついた後、ジッとアカネの顔を見つめた。

「天界での日々は、とても暇なのです。この通り、何もありませんし。それに『アチラ』は、元々は私と姉で管理していた世界ですから、今どのようになっているのか、気になりますし」

 ユリステムが駄目押しで言葉を重ね、懇願の瞳を向けてくる。

 人の子であり、彼女の使者であるアカネが、ユリステムを不憫に思って憐れむというのは、随分と傲慢ごうまんな話だろう。

 だが、そうと分かっていても、アカネは彼女に同情してしまった。

 加えて、懇願され続けるとアカネの中の良心も痛み出し、

「う、えっと、夜十時以降は覗かないって約束してくれるなら、基本的に、お好きなようにしていただいて大丈夫ですよ」

 と、条件付きで許可を出してしまった。

 すると、眉の下がった、捨てられる寸前の子犬のようだった表情にパッと光が戻り、ユリステムは嬉しそうに微笑んだ。

「わがままを言ってしまって、ごめんなさい、アカネちゃん。でも、ありがとう。それと、深夜は覗かないということですね、分かりました。ところで、アカネちゃん、今日は就寝が遅かったようですが、どうしたのですか? 人の子は、眠らなければすぐに健康がおびやかされてしまいますよ」

 純粋な様子で問いかけられ、再度アカネの動きが止まった。

 アカネはチートが欲しいと公言しているが、ユリステムに貰った能力自体は非常に便利で気に入っているし、命を助けてもらったことも含め、彼女には深く感謝している。

 少し意外に思われるかもしれないが、アカネはユリステムを敬愛しているし、彼女のために真面目に働こうとも思っているのだ。

 そんな彼女に対して、できるだけ嘘はつきたくないが、

「エロ本で、エッチな男性のお身体をなめ回すように拝見しておりました! 小汚くてすみません!!」

 と、土下座をするのもはばかられる。

 清らかなユリステムの耳を俗な欲で汚したくない。

 そんなアカネの最適解は、素早く敬礼をし、

「異性について大変造詣が深い書物を読み、勉学に励んでおりました」

 と、言い放つことだ。

 キュッと頬を引き締め、真剣な瞳でユリステムを見つめれば、彼女はにこりと微笑んで、

「あら、それは偉いですね。お勉強、お疲れ様です。そうですね、アカネちゃんのお勉強を邪魔してはいけませんから、夜は控えますね」

 と、頷いてくれた。

「ところで、ユリステム様。本日はどのようなご用事で私の夢に現れたのですか?」

 屋敷の襲撃時には何度も天誅宣言をした。

 加えて、喫茶店に子供たちを迎えに行った時にも、両手でグッドサインを作り、

「ユリステム様の使者、遠野茜と斉藤葵が、搾取の主人を天誅したわよ!」

 と、言っておいたので、ユリステムには多くの信仰が集まった。

 それによって姿を変えられたわけであるし、夢を介してアカネと会話できるようになった、というのも分かる。

 だが、話を聞いたところ、信仰は何らかの形で使用すると消えてしまうようだ。

 何故、わざわざ貴重な信仰を消費してまで自分にコンタクトをとろうとしたのかが分からず、アカネは首を傾げた。

「次の行き先を指示してくださるのですか? それとも、信仰の集め方に問題でもありましたか?」

 いくつか質問すると、ユリステムがモジモジと恥ずかしそうに身じろぎをした。

「いえ、特に用事は無いのです。ただ、誰かとおしゃべりをできるかも、と思うとはしゃいでしまって。あの、アカネちゃんは今、一応は眠れている状態ですから、体への負担は少ないですし、夜が明けるまで、一緒におしゃべりをしませんか?」

 今度の懇願は良心をチクッと攻撃するというよりは、アカネの中にある庇護欲的なものを刺激する。

「いいですよ。私はユリステム様の使者ですから!」

 グッと親指を立てて快諾すれば、ユリステムはありがとう、と笑った。

 それから、ユリステムがアカネの布教方法に興味を持ったため、屋敷を襲撃した時の話も交えて、彼女の名前を使い、天誅しまくったことを明かした。

「要するに、手柄の横取り型なんです。格好悪い方法ですみません、ユリステム様。それに、勝手にユリステム様の名前も使ってしまいましたし」

 襲撃に関しては天誅宣言が必須であったし、ケイをいやしたのに便乗した時も、ミドリが全く怒らなかったため、あまり気にしていなかったのだが、改めて考えるとかなり後ろ暗いことをした気がしてくる。

 ミドリたちに、アカネは小物だなぁ、と笑われているうちはまだいいが、これで助けた相手に、

「流石ユリステム様の使者様! ありがとうございます!!」

 などと、何もしていないのに感謝されまくってしまったら、かえって気に病んでしまう。

 ふてぶてしいように見えて、変なところが繊細なのだ。

 他に方法も無いので、布教はこれまで通り、便乗、横取りスタイルでいこうとは思うのだが、それだけだとアカネの小さな肝が危ういため、ゴミ拾いでも始めようかと、真剣に悩みだしていた。

「世直しのためになるのであれば、私の名前を出すことに問題はありませんよ。それに、お友達が怒っていらっしゃらないなら、その方法でよろしいと思います。布教に格好良いも悪いもありませんし」

 難しい表情で唸っていたアカネの頭に手を置き、ユリステムが柔らかく微笑む。

 それからしばらく、アカネは「コチラ」での日々や「アチラ」で起こったことを話していたのだが、夜が明けて、アカネの体内時計が起床の時刻を告げ始めた頃、

「もしも旅の行き先に迷ったら、メリステム姉さんの神殿に行ってみるのも良いかもしれません。姉さんは子煩悩で人が好きですし、アカネちゃんが私たちの再会のために頑張っていると知れば、きっと大喜びで歓迎してくれるでしょう。それに、その、私のことで申し訳ないのですが、その時までに、ある程度信仰が集まっていれば、もしかしたら、ほんの少しだけ姉さんに会えるかもしれないと思うのです」

 と、ユリステムが話し始めた。

 眠り続けるのにも限界が来たのだろう。

 アカネが言葉を出す前に夢から覚めてしまい、白い空間から屋敷の部屋へと強制的に連れ戻された。

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