驕り高ぶるチーレムに天誅!!
そうして我武者羅に走った先で
取り調べの際、質問ついでに
そこでアカネは王都を探索し、ファンタジーの空気を好きなだけ味わい、ユリステムの使者としてちやほやされてから王城に行こうと思っていた。
しかし、行き交う人々の多さと熱気に蒸されて観光の余裕はなく、ようやく転移者としての格を見せつけようとしたクレープ屋では、
そのため、予定が大幅に狂ってしまったのだ。
もう二度と騒がれたくないので、城門の端にある目立たない木の下でゴキュゴキュとペットボトルの水を飲み、呼吸を整える。
そして、こっそりと城の門番に声をかければ、紋章を見せるまでもなく、
「あ、貴方はお噂の! ミドリ様に面会をご希望されているとお聞きしております。どうぞこちらへ。ただいま係の者を呼んでまいります」
と、顔パスで城内に入ることが出来た。
先程のお祭り騒ぎの噂が爆速で出回ったわけではなく、どうやらアカネを取り調べた門番が、王城の方へ連絡を入れていたらしい。
城内の壁は、全てが真っ白い大理石のようなものから造られており、室内を照らす丸いライトは金色の繊細な模様で飾られている。
また、床はすべからく赤いベルベットの
目に見えて高級な内装だが、不思議と下品さは感じられず、むしろ潔癖な雰囲気すらあった。
許されるならば、可能な限り軽装になって
そうすると、一分も経たないうちに騎士の正装に身を包んだ青年が現れた。
年齢は、おそらく二十代前半だろう。
アメジストのような紫の瞳には穏やかな知性が灯り、
引き締まった体つきや真面目そうな横顔には気品が漂っており、文句なしに爽やかな美青年だ。
彼は真直ぐにアカネを見つめると、
「初めまして、レイドと申します。これからアカネ様を応接間までご案内いたします。何かご不明な点がございましたら、ご気軽にお申し付けください」
と、丁寧にお
キッチリとした動作は美しく、その姿や態度にアカネはポーッと
初めは非常に完成度の高いテーマパークにやって来て、キャストにもてなされているような気分であり、アカネは興奮しながら城内を
よれたパーカーに色あせたジーンズ、そして真っ黒いリュックサックという絶望的な
某有名RPGで毒の沼に入ってしまった時のように、一歩進むごとに小さな心臓がダメージを蓄積していく。
応接間のソファーに腰を下ろす頃には心が
『どうしよう。ヘイ、兄さん! 私をトイレまで連れてってくれ! とは言えないしな』
いたたまれなさが限界を超え、謎の冷や汗を全身にかきながらキョロキョロと辺りを見回し、ソワソワと身じろぎをした。
転移者でなければ、即刻つまみだされるほどの挙動不審ぶりである。
誰か助けてくれ! と心の中で号泣していると、レイドが、
「申し訳ございません、アカネ様。よろしければ、発言をお許しいただきたいのですが」
と、控えめに声を掛けてきた。
涼やかなイケメンボイスにすら怯えるようになってしまったアカネは、ピョンと座ったまま飛ぶと、コクコクと頷いた。
レイドの質問内容は、アカネとミドリの関係性を問うものだった。
「そんなことですか? えっと、友達ですね。むこうでは高校っていう、主に十五歳から十八歳までの年齢の子供が通う学校があったんですが、そこの同級生……まあ、仲間のようなものでした」
カラカラに乾いた口内も、動かせば少しは潤って気も紛れる。
話しかけてくれたことに感謝しつつ、そう話せば、今度はミドリがどのような性格をしていたのかを問われる。
ミドリは、一言でいえばオタクだ。
一人称は
そんな彼女は異世界転生のジャンルをこよなく愛しており、特に、聖女がハーレムを築いて
そして、基本は気が弱くて怖がりだが、二次元というジャンルにおいては三人のうち誰よりも強い心臓を持っていた。
そのため、堂々と性描写ありの小説やらマンガやらを自作し、
「どうでござるか!? 今回は会心の作でござるよ! ココとココが、特にエッチでござろう? ココは心理描写に力を入れたでござる! ドゥフッ!」
と、鼻息荒くアカネとアオイに共有していた。
内容自体はなかなか面白かったので、毛の生えた心臓に尊敬の念を抱きつつ読んでいたが、今思い返すと、十八歳未満の人間が読んでもいい内容を超えていた。
しかもミドリは悪いオタクだったので、自身のとてもセブンティーンとは思えないモサモサなオーラを利用して、十八歳未満は立ち入り禁止の二次元エロショップに出入りし、年齢制限のあるサイトは生年月日を偽って、過激なコンテンツを閲覧していた。
だが、そんな彼女も、この王城の中で堂々と振舞うことなどできないだろう。
聖女を名乗っているくらいなので、チートはもらっているのかもしれないが、上手くハーレムを築くことはできず、うだつの上がらない日々を送っているに違いない。
もしかしたら、聖女様の部屋から夜な夜なドゥフドゥフした笑い声が聞こえる、とか、ちょっと見た目がモサいよね、などといった陰口を叩かれ、縮こまりながらヒキニートのような生活を送っているかもしれない。
『かわいそうに……大丈夫よ。チーレムにあやかれないチキンは、アンタだけじゃない。私もついてるわ。一緒にドゥフドゥフしようね』
アカネはそっとミドリの異世界生活を憐れんだ。そして、
「ええと、控えめで大人しい子でしたよ。友達思いで優しくて、絵をかいたりお話を考えたりするのが好きでしたね」
と、彼女のアレな部分はオブラートに包み込み、三者面談の先生のような説明をした。
一通り話を聞き終えるとレイドは満足したようで、
「なるほど。貴重なお話を頂き、ありがとうございました」
と、恭しく頭を下げた。
再び気まずい沈黙が場を支配し、アカネがペットボトルの水を大量に摂取していると、コンコンと控えめにドアがノックされた。
レイドがさりげなく視線を送ってきたため、アカネが「どうぞ」と声を掛ければ、まず三名の美青年が室内に入り、その次に
そして、その後ろを、更に二人の美少年と一人の美青年がついて歩く。
イケメンサンドである。
そして、美女がアカネの対面にあるソファに優雅に腰を下ろすと、その両隣に赤い髪のイケメンと青い髪のイケメンが座り、その後ろには黄色、緑、ピンク、銀色と実にカラーバリエーションが豊富な頭髪を持ったイケメンたちが並んだ。
正にチーレム女王の完璧なフォーメーションであり、その集団から一歩下がった場所へ、レイドもいそいそと紛れ込んだ。
どうやら、彼もチーレムの一員だったらしい。
「お久しぶりね、アカネさん。もう、分かれてしまってから五年前になるかしら。また会えて嬉しいわ」
突如現れた美女は、穏やかに言葉を紡いで微笑んだ。
パッチリとした黒い目は愛らしく、美白の肌を持つが
髪は
お姫様というよりは、まさしく物語に出てくる聖女、あるいは女王といった風格が漂っていた。
セミロングの傷んだ髪をモサモサと跳ねさせ、曇りぎみの分厚い眼鏡をかけ、猫背で野暮ったく制服を着こなしていた高校時代のミドリとは似ても似つかない姿をしている。
だが、アカネは目の前の美女がミドリであることを理解していた。
なにせ、高校時代の頃と声がほとんど変わっていない。
また、彼女は美容に金をかけるくらいなら二次元に使う、という方針により酷い姿をしていたが、地顔は可愛らしく、出るとこは出て引っ込むところは引っ込むという素晴らしいスタイルをしていた。
城の精鋭たちに磨き上げられ、メイクなどを施され、最大限にまで姿を整えられれば、確かに、現在のような美女へと変化しても不思議ではない。
過去にも、姿を整えて街に繰り出した際に、金髪にピアスをいくつもつけた他校生にナンパされて囲まれ、
「怖いでござる。現実のチャラい男性は恐ろしいでござる。拙者、二度とお
と、同人誌を抱き締めながら泣きじゃくるという事件が起きていたほどだ。
ちなみに、ナンパ男性たちはアオイが追い払った。
ともかく、目の前の美女が紛れもなく高校時代の親友、田中翠であるということは理解できたのだが、どうにも実感がわかず、アカネは混乱していた。
『ちょっと待ってよ、これがミドリ? 私とモサモサ協定を結んで、一生妄想だけして生きよう、互いにモテずとも仲間がいるのだと励ましあおう! 同士よ!! って、熱いハグを交わした、あのミドリなの!? 嘘でしょ!? 嘘だと言って!!』
脳内が大パニックを起こしていると、ミドリが美しい
「どうしたの? アカネさん。もしかして、私が分からないのかしら? あの頃に比べると、随分と変わってしまったから。でも、貴方はお変わりなくて嬉しいわ。キャッ! あら、私の指先に蝶が……」
窓も扉も開いていないというのに、どこからか迷いこんできた蝶がミドリの指先に止まる。
「おや、俺の蝶が、ついミドリ様のお手に触れてしまったようです。大変申し訳ございません」
隣の青い髪のイケメンがミドリの白い手をすくうようにして持ち上げ、蝶をかき消すと、後ろに待機していたピンク髪の美少年が、
「リードさんばっかりズルいや」
とソファに身を乗り出して、ミドリの反対の指にキスをする。
それを皮切りに、ミドリの取り合いが始まった。
その姿はさながら、ふれあいコーナーで奪い合いを繰り返されるウサギである。
まさにイチャイチャ、まさにハーレム。
変わり果てた友人への驚愕と虚無が怒りに塗り替えられ、アカネの中で脆い堪忍袋の緒がブッツリと千切れる音がした。
「この裏切り者!!!」
ここ一番の
遠野茜、二十二歳成人女性のガチ泣きである。
「何が私で、アカネさんよ! あんたの一人称は拙者で語尾はござる、私のことはアカネ殿って呼んでたでしょうが!! キャッ? はっ! あほらしい。アンタは喜怒哀楽の全てをドゥフッで済ませてきたでしょうがぁ!! このモサモサモブ眼鏡が!!」
アカネが涙を拭いながらガアッと吠えると、慌てたミドリが、
「アカネ殿!? いや、アカネさん。一体どうなされたのですか? 何があったのです?」
と、ボロを出す。
だが、ハーレムのメンバーたちはそのことに気が付いていないようで、ミドリを守るようにグルッと取り囲み、
「転移者とはいえ、無礼な!」
だの、
「ミドリ様に危害は加えさせん!」
だのと騒ぎ始める。
か弱い姫を守る騎士と、それに襲い掛かる卑劣なモンスターという醜い構図が生み出された。
神経をザリザリと逆なでされたアカネは、ビシッとミドリを指差して、
「アンタだけは、一生仲間だと思ってたのに! じゃなかった。アンタの思い上がったチーレム女王な態度を崩して、純真無垢? な私の親友、モサモサモブ眼鏡の姿を取り戻してあげるわ! これは嫉妬じゃない!
と、一番重要な事を二度言いつつ、堂々と宣言する。
数秒前、土下座をしてでも得たいと思っていた夢のチーレム生活を目の前で見せつけられ、ふつふつと怒りを貯めていたアカネは、心の中で、
『どうかアイツに天誅を下す力を! 神様、仏様、ユリステム様!!』
と、祈っていた。
その凄まじい想いの込められた祈りが届いたのか、その瞬間、能力が一段階成長したのだ。
これにより、自身と強いつながりのある転生者、つまり、親友であるミドリとアオイの遺品を取り出すことが出来るようになった。
その獲得したての力を使い、逆さにしたリュックサックをガンガンと振って、アカネは次々にミドリの同人誌を出現させる。
内容はもちろん、チートを手にして聖女になった主人公が、権力や財力を持ったありとあらゆるイケメン達にちやほやされる物語だ。
しかも、どの本にも当然のように性描写があり、中には異世界に来た瞬間に男性とスケベなことをしているという凄い本もある。
また、本人がかいた物もあれば購入した物もあるが、より強いインパクトを与えるため、そのいずれもがマンガである。
「刮目せよ! それがそいつの願望で、中身は常にドゥフドウフな永久にモテないモブ眼鏡よ!!」
アカネは、火事場の馬鹿力的に精度が上がった
なお、美少年には教育や倫理に配慮して、健全だがちょっとエッチくらいの物を与えた。
怒りに駆られていても、アカネは小心者な気遣いを忘れない。
「わ~!! 止めるでござるよ。勘弁してくれでござる、アカネ殿~! リード殿たちも同人誌鑑賞を止めるでござるよ~!!」
流石に焦ったミドリがワタワタと両手をばたつかせ、ボロを出しまくりながら涙目になる。
トドメにアカネは、ミドリの自信作である小説の音読を始めた。
「『私には決めた人がいるのです』セリーナは涙ながらにレイテスを拒絶する。『ですが、私は貴方を愛しているのです。清らかな貴方を。どうせ、もう、リーテンは帰ってきません。ですから、どうか』セリーナは情熱的なレイテスに身を委ね……あらあらあら、スケベ! これ以上は音読できないほどスケベになってるわ!! 随分と強引なのがお好きなのね。へえぇ、これがあんたの願望ってわけ。イケメンも増えた!! ヒェッ! お尻軽すぎだわ、この浮気者!!」
論点は微妙にずれたが、淀みなく紡がれる小説の音読、及び性癖の
とうとうミドリが中央にあるテーブルを飛び越え、ペシペシとアカネの腕を叩く。
「何を言ってるでござるか! 妄想と現実は別でござるよ! それに拙者、皆とスケベなことなんてしてないでござる。無理でござるよー!!」
アカネの胸ぐらを縋るように掴み、ブンブンと首を振るのだが、そのような言葉はもはや誰にも届かない。
「実際にチーレム築いてる奴が何言ってんのよ! うらやま、じゃなくて、聖女が聞いて呆れるわ! ほら、取り巻きどもを見てごらんなさい、ドン引きでしょうが!」
ハンッと笑って顎をしゃくり、取り巻きたちの様子を見るように促す。
顔を赤くしながら同人誌を読みふける者や、既に閉じてゴミでも見るかのようにタイトルを睨む者など、実に様々である。
「ミドリ様、これは? そこの方の虚言ですよね? 清らかでお美しく、国のために尽くす貴方が、こんなスケベな欲求の持ち主だなんて……」
白銀の髪を持つ男性が希望を声にのせて問いかけるが、やがて事情を
「僕たち、聖女様を守るのに優れた人材だから、聖女様の近くに配備されていたんだよね。チーレム? を築き上げるためじゃないよね」
もう一人のショタ枠である黄色い髪の美少年が、ミドリに純真無垢な瞳で問いかけた。
取り巻き同士がヒソヒソと小声で話し始め、美少年二人が瞳に涙を浮かべると、とうとう、いたたまれなくなったミドリが膝から崩れ落ちた。
「うわあああ! 許してくだされ! 許してくだされ! 拙者も、転生したからにはチートでハーレムな、ウハウハ聖女ライフを味わいたかったんでござるよ!!!」
四つん這いになって、火曜サスペンスのような勢いで自白をする。
聖女の権威が
「よし!! これで、ユリステム様の使者、遠野茜による天誅が完了したわ!!」
アカネは両腕を天高く掲げ、満面の笑みを浮かべて勝利宣言をした。
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