チキンはちやほやに怯える

 転移で飛ばされた先は王都のすぐ近くにある野原だった。

 天気は良いが、ヒュッと音を立てながら吹く風が少々肌寒い。

 恐らく、ミドリとアオイは王都にいるのだろうが、直接そこに飛ばさなかったのは、周囲に迷惑をかけたりパニックを起こさせたりしないためだろう。

 とりあえず道に沿って歩いていると、不意に自分の手の甲が淡い白に発光しているのに気が付いた。

 そっと触れてみると、ユリステムの声が直接アカネの脳内に響く。

「貴方の信仰心のおかげで、ささやかながら、使者の証とギフトを贈ることが出来ました。ああ、あまり言葉は送れないのですね。あざは願えば隠すことが出来ますが、出しておくことをお勧めします。それと、ギフトはリュック……」

 音声はそこで途切れてしまったが、ヒントらしきものは得られたので、アカネは背中のリュックサックを下ろし、チャックを開けた。

 だが、中身はシンプルな筆箱や折り畳み財布など、見慣れた物ばかりだ。

 神器じんぎのような素晴らしいアイテムが入っているわけでもなければ、亜空間に繋がっているわけでも無い。

 お財布の中身が少々増えているとかなのだろうかと、リュックサックの中をあさり続けていると、底の方に手に刻まれているのと同じ文様があるのが見えた。

 それに気が付き、触れてみた瞬間、底面の文様が淡く発光する。

『これ、多分、私の持ち物を引き出せるんだ』

 再びユリステムの声が流れたわけではなかったが、アカネはそう直感すると、底面にズブリと腕を突っ込んでまさぐり、自宅にあるはずの自身の小説を取り出した。

 疑問が確信に変わる。

 その後いくつかのアイテムを出した結果、消耗品や洋服は無限に取り出すことができるが、自作の小説が書かれたノートやスマートフォンのような一点物は一つしか取り出せないことが判明した。

 また、取り出した物は仕舞い直すこともできるようだ。

『これは、チートとして使えるのでは? なんか、転生系って塩とか売りがちじゃない? 洋服もばらせば布になるし。まあ、文明レベルにもよりそうだけど。でも、この能力があれば、死ぬことは無さそうね。ありがとう! ユリステム様!!』

 現金な使者は勢いよく組んだ両手を頬によせてキュルンと祈ると、意気揚々と王都へ向かった。


 メリクラスム国の王都ウェンディナーは国の中央に位置する非常に大きな都市であり、王都を起点に、蜘蛛くもの巣状に交通網が張り巡らされている。

 そのため、王都には各領地の技術や知識、品物などが集中していて非常に栄えており、メインストリートは常にお祭り騒ぎだ。

 この騒々しさと人の多さは、東京の特に栄えている地区に匹敵ひってきする。

 アカネは人にぶつからないよう慎重に歩き、クレープらしき物を売っている屋台やたいへと向かった。

「お姉さん、そちらはおいくらですか?」

 そう問いかけつつ、チラッと手の甲に入った紋章を見せる。

 すると、ニコニコと愛想良く笑っていた女性がバキッと固まり、大きく目を見開いてまじまじと紋章を見つめた。

「これは、ユリステム様の証!? ああ! お手に触れてしまい、申し訳ございません!!」

 興奮してつかんでしまった手を放すと、女性は生地を焼く鉄板に額をぶつけんばかりの勢いで頭を下げ、謝罪した。

「ああ、いや、大丈夫です。大丈夫ですけど、おいくらですか?」

 アカネが引き気味で声を掛け、落ち着くように促すも女性の勢いは止まらない。

「転移者様からお代など頂けません! いくらでも、好きなだけ持って行ってください。どうぞ、こちらのフルーツ全乗せスペシャルデラックスクレープ完全版をお召し上がりください!!」

 凄まじい速さで作り上げられた、通常の三倍近くも厚みと高さのあるクレープを受け取り、アカネは苦笑いになった。

 スペシャルデラックス完全版と言うだけあって、ソフトクリームのようにクルクルと盛られたクリームの上にはイチゴに酷似した謎の果実などが溢れんばかりに乗せられており、最早もはや、崩壊しそうな域に達している。

 また、持ち手の部分もゴツゴツとしていて隠し切れない中身が生地を突き破っていた。

『この紋章、本当に凄いのね』

 メリクラスム国における騎士とは、日本でいうところの警察と自衛隊をかけ合わせたような存在だ。

 王都に入る時、通行証も何も無いアカネは、当然、騎士による取り調べを受けた。

 こんなイベントも物語では「あるある」なので、ワクワクとしながら騎士の待機及び取り締まり所まで連れて行かれたのだが、身体検査を受ける際に紋章を見られ、担当の騎士に「申し訳ありませんでした!」と土下座されてしまった。

 門番から得た情報によると、この世界において崇拝の対象となっているのはメリステムだが、その妹であるユリステムも、メリステムの「最愛さいあいの妹」として名が知られているのだという。

 また、メリステムの紋章を左右反転させたものがユリステムの紋章であり、転生者は手の甲にメリステムの紋章が、転移者はユリステムの紋章が刻まれると言い伝えられている。

 これにより、人々は簡単に転生者たちの存在を知ることが出来るのだ。

 そして、ユリステムの世界、「コチラ」出身であり、メリステムによって非常に優れた肉体と能力を与えられた転生者は、知識や富をもたらす者であるとともに、二柱の寵愛ちょうあいを受ける者として崇拝を受けることがある。

 王都では特にその傾向が顕著で、少なくとも保護対象なのだそうだ。

 アカネは転移者であり、ユリステムの寵愛ちょうあいしか受けていないのだが、数百年以上も現れていない転移者の存在は非常に珍しく、かつメリステムの性格上、確実に転移者を好むため、アカネも転生者に近しい待遇を受けることが出来るのだという。

 アカネは門番の言葉が真実であるのか、確認の意味も込めて紋章を見せたのだが、女性のあまりの勢いにドン引き、怯えてすらいた。

『なんで物語の主人公たちって、あんなに腰が低くなるんだろうって思ったけど、確かになるわ。根が小心者な小市民に、この場でふんぞり返れる強靭きょうじんなハートなんてないもの』

 何も悪い事はしていないはずなのだが、女性をひれ伏させているという事実がグサグサと心臓に刺さる。

 訳の分からない罪悪感に襲われ、

「いや、ただでは貰えませんよ。でも、こっちのお金は無いし……そうだ、千円では足りないかもしれないし、こっちじゃ使えないだろうけど、でも、気持ちということでどうですか?」

 と、財布からなけなしの千円札を取り出した。

 アカネは真っ当に働いて給料を得ていたので決して貧乏というわけではなかったが、主にキャッシュレス決済を利用していた上、墓参りをするためだけに外出していたため、ろくに現金を持ち合わせていなかった。

 おずおずと渡せば、女性はギュッと千円札を抱き締めて飛び上がり、

「ありがとうございます! もしかしたら、メリステム様の加護があるかもしれません!! ああ!! 家宝にします!!」

 と、はしゃぎまわっている。

 女性がキャッキャと大きな声を出しているせいで、みるみるうちに周囲からの視線が集まる。

 誰ともなくアカネの紋章を指差して、ざわつき始めた。

 ひざまずいて拝み始める者や、

「あの方がユリステム様のご寵愛ちょうあいを受けし御方なのか。いや~、美人だな~」

 と、セルフで脳内にフィルターをかけ、アカネの中の中か、せいぜい上程度の顔面を褒めそやす者が現れ始める。

 また、クレープ屋には既に行列ができており、いつの間にか看板が「ユリステムクレープ」に変更されていた。

 商魂たくましい事だ。

 お祭りの主役となってしまったアカネは、いたたまれなくなり、

「わああ! ごめんなさい!! 許してください!!」

 と、泣いて謝りながら、メインストリートから逃げ出した。

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