第20話 これ、あひるちゃんよね?

 ベティベアータは追いかけてこない。

 追いかけようと思えば、出来ると思う。


 お母様がそれほど、背が高くないからだろう。

 マリーマルチナユナユスティーナも小柄ではないものの特別、大きくはない。

 多分、平均的な身長くらいしかない。


 ベティは違う。

 ほぼ同じくらいの背丈のマリーとユナよりも頭一つは大きい。

 手足が長くて、スラッとしてるのだ。

 あの手足で追っかけられたら、あたしではひとたまりもない。


 それなのにそうしない。

 あたしが戻ろうがどうでもいいってことかしら?

 ベティにとってはあたしがいようがいまいが、関係ないのかもしれない。


「エミー、慌ててどうしたの?」


 誰の目もなさそうなのを確認してから、エヴァエヴェリーナの部屋に滑り込むように入るとキョトンとした顔の彼女と目が合った。

 どうやら、かなり回復してるみたい。

 顔色も大分、よくなってるし、ちょっぴりふっくらしたように見える。


「エヴァ。すぐに動けそう?」

「ええ?」


 あたしの言葉にエヴァの目が点になった。

 あたしと同じ蒼玉サファイアの色をした瞳が、揺らいでるのを見るのは何とも不思議な気分になる。


 でも、今はそんな感傷に浸ってる暇はない。

 急がないといけないわ。


 あたしは説明するのが得意じゃない。

 得意じゃないというよりは苦手だ。

 それに加えて、時間がないという焦りもあった。


 うまく説明出来たという自信はまるでないけど、エヴァは理解したみたい。

 きっと、エヴァはあたしよりも頭がいいんだと思う。


「本当にそんなことが出来るの?」

「うん。出来るはず。先生が教えてくれた」

「へぇ」


 そして、あたしは今、一枚の絵を描き上げ終わった。

 エヴァの絵だ。

 目の前にいる彼女はまだ栄養が足りてないのか、細い体のままだけど、血色がよくなったお陰か、そこまで不健康そうには見えない。

 でも、絵の中のエヴァは以前の彼女の姿に似てる。


「これで大丈夫よ。こうやって、目を描いて色を塗ったら……」

「あら。すごいわ」


 ベッドの上に眠ってる病身のエヴァがもう一人、現れた。

 我ながら、いい出来だと思う。

 じっくりと観察されたら、バレそうだけど……。


「時間稼ぎにはなると思うの」

「そうね。でも、エミー。ここから、どうやって出るの? 二階なのよ」

「それなんだけど、いい考えがあるの」


 あたしが自信満々で披露したアイデアにエヴァが首を捻った。

 記憶にある限り、エヴァが眉間に皺を寄せたり、難しい顔をしたことはない。

 でも、今、目の前でエヴァが難しい顔をしてる。


「ねぇ、エミー。これ、あひるちゃんよね?」

「そうよ、アヒルちゃんよ」

「飛べるの?」

「た、たぶん?」


 スケッチブックに描こうとしたのはあたしとエヴァを乗せて、大空に羽ばたく大きな鳥だ。

 そのはずだったのだが、気が付いたら、あひるちゃんになってた。

 丸っこくて、黄色くて、かわいい。

 つぶらな瞳に小さな翼がチャームポイント。

 飛べるのかと聞かれたら、「さぁ?」としか答えようがない。

 どうして、こんな物を描いてしまったのか、自分でも分かんない。

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