第38話 それがあひるさん部隊だったのだ

 コラー伯爵家のお屋敷が全焼した。

 ダニエル叔父様との思い出は両手の指で間に合うくらいしかない。

 それでもよく覚えてる。

 背が高くて、陰気な印象を受けるけど、優しい。

 見た目で誤解されるだけで心の温かい人だった。


 あたしはお父様がどんな顔をしているのか、よく知らない。

 だから、叔父様にお父様の面影をどこか、探してたのかもしれない。


 火事の原因は落雷だったと言われてるけど、まるで狙って落ちたように邸宅を直撃したという話らしい。

 天の怒り。

 神様が裁きを下したなんて、言われてもいるようだ。


 ジャネタ叔母様は留守で不在だったから、災難を免れた。

 犠牲になったのは在宅してた叔父様ただ一人みたい。

 でも、叔父様の遺体は見つかっていない。


 近衛騎士団まで動いて、捜査が行われてるようだ。

 これだけ、衝撃的な事件が起きたのにあたしの目の前の世界は何事もなかったように……


エミーアマーリエ。どうしたの?」

「ううん。何でもない」


 叔父様の訃報があって、そして、色々と分かってきたことがある。

 正確にはあたしはほとんど、分かってなかったりする。


 セバスさんがもたらしてくれた情報を基にして、ビカン先生を中心にロビーロベルトとユリアンが知恵を出し合った。

 浮かび上がった事実と対処しなければいけない危機が迫ってるらしい。


 エヴァエヴェリーナは何となく、理解してるようだけど、あたしとサーラはほぼ分かってない。

 理解しなければいけない事実が重すぎて、理解したくないというのも大きいんだと思う。


「これで出来上がりよ」


 あひるさんにつぶらな瞳を丁寧に描き上げて、仕上げるとあたしの魔力で次々に具現化されていく。

 一羽、二羽……合計五羽のあひるさんだ。

 リーダー格のあひるさんの頭には目印として、赤い羽毛の三角帽子を被せてるから、分かりやすい。


 家出の際にエヴァと二人で乗られる大きなあひるさんを描いたことで魔力切れを起こした。

 あのような失敗は二度としないようには簡単に抱きかかえられる大きさにしてある。


「うわぁ。かわいい~」


 かわいいものに目がないサーラはあひるさんにもう夢中。

 あたしはそこもちゃんと考えて、描いてるのだ。


 ふわふわとした黄色い羽毛。

 つぶらな黒い瞳。

 小さく頼りない翼と短い足。

 よちよちと歩く姿に酷いことを出来る人なんて、いない……はず。


「これはすごいですよ」


 ユリアンも誉めてくれるし、エヴァとサーラはあひるさん、まっしぐら。

 あひるさん部隊はきっと、心強い味方になってくれる。

 そう考えてるのはあたしだけなのかもしれないけど……。


 そう。

 今日はおじい様コンラート前国王の離宮に全員が集まってるのだ。

 おじい様はセバスさんやビカン先生。

 それにロビーを加えて、難しい話をしてる。


 あたしとサーラは庭先にテーブルセットを用意してもらい、一人で自由に歩けるようになったエヴァの快気祝いとかこつけたお茶会を開いたのだ。

 ユリアンは難しい話に加えてもらえなかったようで居心地が悪そうに隅の方にいる。


 このお茶会で満を持して、お披露目したのがかねてから、考えてた自衛手段を形にしたもの。

 それがあひるさん部隊だったのだ。




 難しい話が終わったのか、ロビーと先生もお茶会に合流した。

 二人ともあひるさん部隊を目にすると一瞬、ギョッとした顔をしたけど、反応はまるで違う。

 性格の違いが分かって、面白い。


 ロビーは破顔して、あひるさんの一羽を抱きかかえて、もふもふを堪能してる。

 先生は興味無さそうな顔をしながらも触りたいのを我慢してる様子が、まるで猫ちゃんみたい。

 あのつぶらな瞳に見つめられて、結局は先生も負けたけど。


 あの先生さえも屈服させたあひるさんはもう無敵と言っていいかもしれない。


「君達の食事に毒を混ぜていた犯人が分かった」


 ひとしきり、もふもふを堪能した先生が、急に真顔に戻ったかと思うと言った。

 それだけでも結構、衝撃的だったのに続いて出てきた先生の言葉にエヴァと顔を見合わせて、言葉を失ってしまう。

 あまりにもショックだったから。


「黒幕はコラー家。いや……正確にはジャネタ・コラーが黒幕だ。屋敷の地下でベラドンナが栽培されていた。それだけではない。地下には大量の人造人間ホムンクルスが廃棄されていたようだ。その特徴が証拠になった」


 先生はそこで一旦、話を区切ると全員の顔を見回す。

 それで大丈夫と判断したんだろう。


「アースアイだ」


 叔母様やベティベアータの瞳の色だった。

 なぜ、叔母様がという疑問よりもきれいで親切な印象しかない叔母様に裏切られてたという悲しみの方が強かった。

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