第25話 エミーと呼べて、嬉しかったんだ

 ロビーロベルトとカブリオレ――軽装二輪で二人乗り・一頭立ての小型の馬車――に乗るのはいつ以来かしら?

 随分と久しぶりな気がする。


 ロビーがあたしの家から、おじい様コンラートの離宮に行ったけど、それほど寂しくなかったのはこのカブリオレがあったから。

 ドライブに連れて行ってくれたのだ。

 彼は基本的に誰に対しても優しくて、気遣いが出来る人なのであたしだけが特別だった訳じゃない。


 今、考えたら、勘違いされないようにという意味合いがあったんだと思う。

 病身のエヴァエヴェリーナを除いて、姉妹の交代制でカブリオレのシートに座った。


 あの頃とは違う。

 あたしはあまりにも子供で何も知らなかった。

 愛されようと躍起になって、迷惑をかけていただけなのだ。

 今はもう違う。


 隣の馭者席で馬を操るロビーの横顔を見て、ふとそんなことを思った。


「あの。ロベルト第二王子殿

「ネドヴェト嬢。それなんだが……。僕のお願いを一つ、聞いてくれないかな?」


 落下したあたしとエヴァを風の魔法を使って、助けてくれたのはロビーだった。

 ユリアンに馭者を任せて、かなり危ないということを理解しながら、疾走するカブリオレで魔法を使ってくれたのだ。


 だから、お礼の代わりにあたしが出来ることであれば、何でもいいと言ってしまった。

 それでなくてもエヴァの面倒まで看てもらうのだから、かなり無理なお願いでも聞かないといけないと思う。

 ネドヴェトに二言はないというのが、我が家の家訓なんだから。


「何でしょう?」

「君のことをまた、エミーと呼ぶ権利を僕に貰えないだろうか。そして、願わくば、ロビーと呼んで欲しいんだ」

「ふぇ?」


 あまりに肩透かしなお願いだったので変な声が出ちゃった。

 ロビーは優しいし、紳士だから妙なお願いはしない人だとは思ってた。

 思ってたけど、まさか、そういうお願いをされると思わなかった。


「駄目……だろうか?」

「かまいませんよ、ロビー」

「本当かい?」

「きゃっ」


 そんなに愛称で呼ばれるのが、嬉しかったのかしら?

 満面の笑みを浮かべて、あたしの方を見るもんだから、手綱が疎かになったのだ。

 危ないったら、ありゃしない。


 ロビーはこんなおっちょこちょいの人ではなかったはず。

 どうしちゃったんだろう。

 もしかして、さっき飲んだ珈琲のせいでは?


「しっかりと前を見てくださいっ!」

「わ、分かっているとも。エミーと呼べて、嬉しかったんだ。つい我を忘れてしまったよ」

「だから、ちゃんと前を見てって!」

「うん。エミーはその喋り方の方がいい。堅苦しい言い方をしないで欲しい」

「分かったわ、ロビー。だから、こっちを見ないで前!」

「分かっているとも」


 呼び方が以前と同じに戻っただけのこと。

 親しそうに喋るのも兄と妹のように育ったんだから、何もおかしなことはない。

 ロビーが妙に浮かれているように見えるのは暫く、距離を置いていたから変な錯覚を起こしているだけだ。


 あたしの顔が熱が出たかのように熱く感じるのもロビーの頬が紅潮しているように見えるのも夕焼けのせい。

 きっと、気のせいなのだ。

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