第41話 王子様は空回りする

(ロベルト視点)


「次元竜は大地を喰らい、世界を喰らい、壊すモノと信じられていたようだ。厄介なのはこの次元竜――ウロボロスを信奉する奴らが太古の昔から、存在しているということだ」


 ビカン先生は重苦しいことを喋っている時に一呼吸置く癖がある。

 僕にもどうやら、そういう癖があるらしい。

 エミーアマーリエに「演劇が好きだからじゃない?」と指摘されるまで気が付かなかったが。


「ジャネタ・コラーは恐らく……いや、間違いなく、ウロボロスの信者だろう。彼女の目的はを起こすことだろうな。次元竜ウロボロスをこの世に降臨させ、世界を無に帰す。だから、を殺すのではなく、絶望を与えようとしたのだよ」


 先生の話に全員が言葉を失い、表情が暗くなってしまった。

 それも仕方がないことだとは思う。

 予め、内容を知っていた僕も改めて、こうして聞くと自分で考えていた以上にショックが大きい。

 空を暗く、重たい灰色の雲が覆っているとでも例えればいいんだろうか。

 完全に黒い雲ではないのが逆にもどかしくさえある。


 当事者であるエミーとエヴァエヴェリーナは、僕よりもずっと心が苦しいに違いない。

 こういう時こそ、僕が彼女エミーを支えるべきなんだ。

 そう思っていても口と体は思うように動いてくれない。


「ジャネタはネドヴェト家が持つ竜の血を狙ったのは、大きな理由があるのだろう。だが、これだけははっきりとしている。ベラドンナの毒を使ったことでな。エヴェリーナ嬢を殺すのが目的ではなかったということだ」


 先生は再び、一呼吸置いた。

 部屋に立ち込める空気を重苦しく感じるのは決して、気のせいではない。


「しかし、ジャネタにとって大きな誤算となったのはエヴェリーナ嬢の心がどこまでも清らかで光に満ちていたということだろう。どれだけ虐げられようとも彼女の心は決して、絶望に陥らず、闇が覆うこともなかったのだ。そこで次に目を付けたのが君だよ。アマーリエ嬢」




 先生の話があまりにも衝撃的だったせいもある。

 エミーと二人きりでカブリオレにいるのに何の会話もない。

 彼女を支えなくてはと決意してもいざとなると行動に出せない自分の臆病さ加減に嫌気がさす。


 先生はこれまでに集めた情報から、推理した。

 エヴァの心を闇で閉ざすことに失敗したジャネタが次に考えたのが、エミーを追い詰めることだった。

 直接、追い詰めるのではなく、周囲の家族から冷たくあしらわれることでまだ、幼い彼女の心を絶望に陥らせる。


 ユナユスティーナがあんなにも変貌したのはジャネタの毒によるものだったのだ。

 そして、僕の不用意な言動がエミーを傷つけ、彼女の心が闇に染まる手助けになったことを知った。

 胸が張り裂けそうなほどに痛い。


 そうではなかったんだ。

 ユリアンから、不思議な夢の話を聞いた。

 このままでは誰も幸せな未来を掴めない。


 そう思ったから、僕はもっと努力して、精進しないといけないと思ったんだ。

 幸いなことに努力が認められたのか、途絶えていたロシツキー子爵の家を僕が再興させるところまであと一歩のところまで来ていた。

 だから、エミーとは少し、距離を置かなくてはいけなかったんだ。


 ユリアンから教えられた。

 僕は周囲から、こう思われていたらしい。

 後ろ盾のない第二王子がネドヴェト家に婿入りし、王太子の地位を狙っている、と……。

 違う。

 僕はそんなこと、一度も考えてないんだ。


 うまくいったら、その時に全てを明かせばいいと思っていた。

 どうして、エミーに一言でもいいから、言わなかったんだろう。

 後悔しても既に遅いのだろうか?


「エミー」

「……何? どうしたの、ロビーロベルト


 ロビーと呼んでくれる。

 君の言葉に棘はないし、嫌われているようには見えない。

 だけど、前のように僕を見てはくれない。


 夏空を映した海のようにきらきらと輝く、きれいな瞳で見てはくれない。

 僕に勇気がもっと、あったなら……。


「僕が王子でなくなったら、やっぱり……駄目かな?」

「変なロビー。ロビーはロビーじゃない。あなたはずっと、王子様よ」


 王子ではなくなる僕が君のことを好きと言ったら、迷惑だろうか?

 そうはっきりと言えていれば、どんなによかったことか。


 それなのにエミーの言葉に救われた気になっている。

 こんな情けない王子様ではいけない。

 分かってはいるんだ。

 だから、これだけは言わせて欲しい。


「君を守る権利を僕にくれないかな?」

「え? ロビーがそうしたいのなら、別にいいけど。変なの。好きでもないくせに……」


 戸惑いの表情を見せるエミーはいつもより、大人びて見えた。

 しかし、ふと表情に影が差して、何かを呟いたようなのに全く、聞こえなかった。


「ありがとう、エミー」

「ホント、変なの」


 エミーが何だか、不機嫌になったのに気が付きもせず、僕は一人救われた気分のまま、彼女をポボルスキー家に送り届けた。


 絶望が迫っていることを。

 日蝕の日が徐々に近づいていることを知らずに……。

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