第27話 善良王の罪と罰
(三人称視点)
歴史的な建築物が建ち並び、旧きと新しきが共存する街並みが美しいヴィシェフラドは大陸でも有数の古都として、知られていた。
この地を長きに渡って、治めてきたのがチェフ朝である。
始祖パヴェル・チェフが遥か遠き地からの来訪者である黒の貴公子と白の聖女の力を借り、何もなかったヴィシェフラドを人々が集う地に変えたのだ。
貴公子と聖女の子が、初代ネドヴェト侯爵となったノルベルトだった。
ヴィシェフラドは概ね、平穏な時を刻んできた。
王朝が揺らいだことはあっても決して、倒れることがなかった。
これはチェフ朝の君主が比較的、能力の高い者に恵まれていたのが大きい。
善良王と呼ばれたコンラート・チェフもまた、そうした動乱の時代を生きた君主の一人である。
彼は荒波を乗り切るだけの才覚を有する人物であることが幸いした。
現在、老年期を迎えたコンラートの半生は戦いそのものだったと言っても過言ではない。
死と隣り合わせの激動の生涯だった。
コンラートは歴代の王の中でも特筆するほどの愛妻家だったことがよく知られている。
王妃ナターシャは隣国の王女であり、政略的な結びつきを求めた国と国の結婚に等しいものだった。
しかし、二人は何も無いところから、着実に愛を育んだ。
互いを慈しみ、愛する夫婦となった若き国王夫妻の姿が、動乱で荒廃した国と民の心をいつしか導くことになったのは自然なことだったとも言える。
コンラートとナターシャの間に現国王であるドミニクが生まれたが元々、病弱な体質だったナターシャは体調を崩すようになった。
王妃に二人目の子を望めなくなったことでドミニク以外の
幾人かの公妾候補が紹介されたが、コンラートは首を縦に振ることがなかった。
そして、王妃ナターシャが三十三歳の若さで儚くなった。
王妃が崩御した以上、次の妃を迎えるものと多くの者が考える中、コンラートは独身を貫いた。
やがて王太子となったドミニクがジェプカ侯爵令嬢ディアナを妃に迎えた年、コンラートは退位を発表し、ドミニク新国王が誕生した。
コンラートはヴィシェフラドの郊外にある離宮へと退き、悠々と余生を過ごすはずだった。
ところがここで当の本人ですら、考えもしなかったことがコンラートの身に起きた。
老いらくの恋である。
腹心の部下であり、共に隠居の身となっていた執事セバスチアーンと静かな日々を過ごしていたコンラートが、偶然出会ったのがイヴォナという名のまだ少女らしさが抜けていない男爵令嬢だった。
イヴォナは夕焼けを思わせるオレンジブラウンの髪と好奇心という色を翡翠色の瞳に浮かべた生命力に溢れた快活という言葉の良く似合う女性だった。
コンラートがかつて恋をし、愛したナターシャとは正反対の存在のように見えた。
ナターシャは色素が薄く、銀に近い金糸を思わせる髪と薄い
コンラートがイヴォナに心を惹かれた理由は、強く優しい心が亡きナターシャに似ていると感じたからだと言われているが、それが真実であるかは誰にも分からない。
イヴォナはコンラートとの関係を秘したまま、この世を去ったからである。
コンラートは夜の闇に包まれた部屋の中、一人静かに夢想していた。
愛する
ナターシャを失い、彼女への愛を永遠に守ると誓いながら、別の女性を愛しその証を
彼女は置き土産だけを遺し、一人静かに逝った。
愛すべき子でありながら、決して公に明かすことが出来ない。
そう考えていた。
全てを分かったうえでその置き土産を引き取ったのがコンラートにとって、莫逆の友と言うべきダリボル・マソプスト公爵だった。
自らの明かせない子へのせめてもの罪滅ぼしとでもいうのだろうか。
コンラートはロベルトを引き取り、育てることを決めた。
しかし、事態が静かに動き始めたのがほぼ同じだったのは何という皮肉だろうか。
国王ドミニクと王妃ディアナの間に生まれた王子トマーシュは、王位継承権第一位だがその資質に関して疑問視されている。
トマーシュは決して、暗愚ではない。
だが、かといって優秀でもない。
これといって、秀でた物がないものの血気に
コンラートは他者を慮るだけではなく、穏やかで心優しいロベルトこそ、次代の王にふさわしいと考えていた。
しかし、ロベルトには王位継承権がないばかりか、当の本人にその意思がまるでなかった。
見目麗しく、性格にも問題がない。
何よりもロベルトは優秀だった。
そんな彼を後継者とすべく、王位継承権と機会を与えるべきという動きが水面下であったが、ロベルト本人の望みはあくまで母モニカ・パネンカ侯爵夫人の実家ロシツキー子爵家を再興することだったからだ。
ロベルトと過ごすうちにコンラートは彼の意思を尊重しようと決めた。
これも罪滅ぼしの一環だったのかもしれない。
だが、このままではトマーシュにより、国や民が危険に晒される危険性が生じる。
コンラートはここにきて、非情な決断を迫られていると感じていた。
秘匿すべき
そんな日が来ないようにと願う彼の中にかつて、戦場に身を置いていた頃の研ぎ澄まされた感覚が戻りつつあったのは決して、偶然ではない。
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